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Amazon.co.jp ・本 (352ページ) / ISBN・EAN: 9784101235387
作品紹介・あらすじ
この希有な旅人のことをどうしても書きたい――。第二次世界大戦末期、敵国の中国大陸奥地まで密偵として潜入した若き日本人がいた。名は西川一三。未知なる世界への好奇心に突き動かされた男は、極寒の雪道、延々と続く砂漠、幾重もの峠、匪賊の襲撃や飢えを乗り越え、八年に亘り中国北部からインドまで果てしなく長い路を歩み続けた。二十五年の歳月を経て結実した超大型ノンフィクション。
みんなの感想まとめ
未知なる世界への探求心が駆り立てた若き日本人、西川一三の8年間にわたる過酷な旅路を描いたノンフィクション。第二次世界大戦末期、彼はラマ僧に成りすまし、中国の奥地からモンゴル、チベット、インドへと密偵と...
感想・レビュー・書評
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沢木耕太郎『天路の旅人 上』新潮文庫。
第二次世界大戦末期に敵国の中国大陸奥地まで密偵として潜入した日本人、西川一三の8年間の軌跡に迫るノンフィクション。
著者の沢木耕太郎は東京から冬の盛岡へと向かう。本作のテーマとなる人物である西川一三本人にインタビューすることが目的であった。定期的に酒を酌み交わしながら、インタビューを続ける沢木であったが、やがてその交流が途絶えてしまう。西川の軌跡をノンフィクションに仕立る道を模索するうちに時は過ぎ、ある日、西川の訃報を目にする。
まさか盛岡に、このような凄い人物が暮らしていたということを知らずに驚いた。また、中公文庫から全3巻に及ぶ『秘境西域八年の潜行』という体験記が刊行されていたことなど全く知らなかった。
山口県出身の西川一三は満州鉄道に就職するが、そこを退職し、内蒙古に設立された興亜義塾という学校に入る。西川は卒業目前に酒席で暴力を奮ったことで退塾となり、未知なる中国の奥地からモンゴル、チベットへと密偵として潜行していく。蒙古人のラマ僧に扮した西川はロブサン・サンボーとして、極寒の雪道、延々と続く砂漠、幾重もの峠、匪賊の襲撃や飢えを乗り越えていくのだ。
本体価格670円
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2025/7/7読了
第二次世界大戦末期、ラマ僧に成りすまして、中国西域に潜入。そこから更にチベットへ、インドへと旅した日本人が居た、というまるで小説のような実話。J・ダニング『失われし書庫』で知った、リチャード・バートンも異教徒と見破られずにメッカ巡礼を行ったが、それを連想させる(多数の言語を操り、完璧に現地人に成りすまし、19世紀当時白人が殆ど足を踏み入れたことが無い土地を冒険した、という余りに現実とは思えない経歴に、初読時の途中まで、バートンが実在の人物と思ってなかったくらいだ)。
上巻は、著者と西川一三との出会い、本書成立までの経緯が語られた後、本題の“旅”の話に入る。志願して、“密偵”として蒙古人に偽装して中国西域に潜入……したは良いが、そこからは任務とは関係なくチベットに行こう決意、実行してしまう。とは言え、雪原を、砂漠を、山岳地帯を基本徒歩の旅は過酷なものだし、敵地奥深くにバックアップもなく潜入しているから、身分がバレれば生命も危うい。生半可な気持ちで好き勝手やった訳ではない。上巻最後で、遂にラサに到着。潜行の旅はまだ半分にも達していない。下巻でどうする、どうなる? -
チベットに対して特別な興味はない。派手なアクションもない。移動の過酷さは、伝わってくるが、めきつく騙されたり、目を背けるまでの厳しい場面もない。しかし、最後まで夢中にしたのは何でしょうか?とにかく身体が丈夫な主人公でした。ずっと栄養が気になってました。
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戦中に中国大陸に密偵として従事した西川一三。
未知の地域を旅する過程は生やさしいものではなく
激寒の環境、匪賊の脅威、慣れない駱駝 -
深夜特急以来、超久しぶりの沢木耕太郎。
上巻は内蒙古からチベットのラサまでの旅。迫力のある文章で情景がリアルに想像できる。過酷な旅の途中の美しい風景、人との繋がり、あたかも自分も一緒に旅をしているような錯覚に陥いる。凄く面白い。下巻が楽しみ。 -
第二次世界大戦末期。
自ら志願して、密偵として中国奥地に潜入した西川一三。
露見すればすぐに殺される危険な任務。
蒙古人ラマ僧(ロブサン・サンボー)に扮して旅を続け、チベット・ラサへ。
未知の世界へという好奇心にかき立てられる西川。過酷な環境に耐えながら、旅を続ける西川。
3年かがりでラサにようやく辿り着く。
過酷な旅だった…
周りの人々に助けられラサまで辿り着いた西川。
周りの人々が西川を助けるのも、西川の人がらがさせることなんだろう。
本当に悪い奴に出会わなくて、よかったと…
敗戦を知った西川はどうするのだろうか…
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第二次大戦末期、中国大陸奥地まで密偵として潜入した日本人、西川一三。彼の足跡をたどる8年に亘るドキュメンタリー。匪賊の襲撃を乗り越え、飢えに苦しみながらも、中国北部からインドまで気の遠くなるような長い道を歩き続けた十三。彼は極限の状態でありながらも精神は限りなく自由で、心躍る大冒険を続けてゆく。本当の豊かさとは何なのか?読者の心に問いかけるノンフィクションである。
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☆☆☆ 2025年7月 ☆☆☆
西川一三。このような人物がいたことはまったく知らなかった。
第二次世界大戦中に密偵として中国奥地に進入し、チベットからヒマラヤを越えインドまで旅をした稀代の旅人の物語。
本書は沢木耕太郎が西川の取材のため東京から盛岡へ発つところの回想から始まる。いまから四半世紀前というから、おそらく1998年~2000年ごろ?と思われる。「年に364日働いている」という西川と酒を酌み交わしながらの取材を重ねたものの、インタビューを中断し、再開できないまま西川は亡くなってしまう…
それでも沢木耕太郎はこの人物のノンフィクションを書くことをあきらめず、遺族への取材や資料の綿密な読み込みの結果完成したのが本書だ。
西川は山口県生まれ。少年時代から西域にあこがれを抱いていた。司馬遼太郎といい、井上靖といい、この時代の少年にとって西域は未知なるもの、冒険心をくすぐる象徴のようなものだったのだろう。
西川は満鉄に就職し中国にわたるが、職を辞し興亜義塾という組織に入り、蒙古の言葉、文化を学び密偵として中国奥地へ旅立っていく。日本と交戦中である中華民国の物資調達ルートを探ること。数年におよぶ長い旅の始まりだ。
ロブサン・サンボーと名乗り、ラマ教徒に扮して雄大だが残酷なゴビ砂漠を渡り西域へ。巡礼増の仲間やラクダとともに、アルガリ(動物の糞)を燃料としながら過酷な旅を乗り切っていく。道なき道を行き、星を見ながら方向を定める旅。
前半部分ではバト少年の死の場面があまりにも悲しく忘れられない。
旅の供として「売られた」バト少年。9歳ながらも過酷な旅に同行し、不満をもらさなかった強い少年。彼がおもちゃを与えられ初めて子供らしい喜びに浸り無邪気な笑顔を見せた数日後、病により旅立ってしまった。だからその笑顔は西川にとって忘れられないものとなった。遺体は砂漠に葬られ数日たてば、動物に啄まれ、乾燥により骨だけになってしまっていた…
さらに旅を続ける西川。
時に巡礼の旅人たちや行商人とともに。
急流を泳ぎ切り対岸に渡ってしまったラクダを連れ戻し喝さいを浴びることも。
そして1945年。
西川はチベットにて日本の敗戦を知る。 -
西川一三の旅。山口の地福出身。帰国後、盛岡で暮らした理由はたまたまとあったが、腑に落ちなかった。「困難を突破しようと苦労しているときが旅における最も楽しい時間なのかもしれない。困難のさなかにあるときは、ただひたすらそれを克服するために努力すればいいだけだから、むしろ不安は少ない。」恐れていては一歩も踏み出せなくなり、踏み出して努力すれば、いずれゴールに辿り着くことができる。旅に失敗はつきもの。旅をすることは前向きになることなのかもしれないと想う。
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題目が最高。さすが沢木耕太郎という内容。下巻も楽しみ
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沢木耕太郎氏は、1947年東京都生まれのノンフィクション作家・紀行作家である。横浜国立大学経済学部を卒業後、入社企業を初日に退職して文筆活動に転じ、1970年に作家デビュー。社会の周縁に生きる人々や事件、スポーツ選手などを題材にしたルポルタージュを数多く手掛け、1979年に『テロルの決算』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。1986年から刊行された『深夜特急』は、自身26歳のときのインドからロンドンまでの一人旅を描いた作品で、若者を中心に絶大な支持を集め、JTB紀行文学賞を受賞。以後も『一瞬の夏』、『凍』、『キャパの十字架』など多彩なテーマで作品を発表し続けている。
本作品は、第二次大戦末期にラマ僧に扮して中国西域へ潜入した西川一三の、8年間に亘るチベット、インド、ネパールへの旅と人生を、西川の著作『秘境西域八年の潜行』と本人への1年間の取材をもとに描いたノンフィクション作品。2022年出版、2025年文庫化。読売文学賞受賞。
私は、好きな書き手を問われれば迷わず沢木の名前を挙げるファンで、これまで読んできた本はエッセイ集を含めて30を下らないが、本書については、文庫化後入手して読んでみた。
作品としては、序章の入り方から、終章の終わり方まで、実に沢木らしいものだったが、驚くのは、何と言っても、西川一三の8年間の旅と生活の凄まじさである。移動の距離(インド国内では鉄道を使っているが、それ以前の内蒙古からインドまでの距離は直線距離でも2,500km)、自然環境の厳しさ(大半の地形は砂漠・土漠や山岳地帯。また、チベット・インド国境のヒマラヤの峠は標高4,000m超で、ここを9回越えている)、文化・慣習・言語の違い等、現代日本に住む私にとっては、にわかには想像すらし難しいものだ。
読了後、私は以前に似たような読後感を持った作品があった気がして、しばらく考えたのだが、それは井上靖の『天平の甍』だった。同書は、奈良時代に戒律を求めて唐へ渡った僧・普照と仲間たちの苦難と理想を描いた歴史小説で、当時はもちろんチベットやインドへは行けなかったものの、その壮絶な旅路が重なって感じられたのだ。
それにしても、西川一三はなぜここまで壮絶な旅をしたのか。。。西川が最初に内蒙古の日本の勢力圏から中国の支配地域に入ったのは、軍にも認められた諜報活動のためだったが、それも軍の命令というより自らの申し出によるものであったし、初期の段階で撤退の指示が出ても、西川はそれを無視して西への旅を続けた。さすがに、日本が負けたと思われる知らせに接したときは動揺するが、それでも(むしろ、それだからこそ)ヒマラヤを越えてインドまで行く道を選んだのだ。一方で、本書には、西川が子供の頃に蒙古服を着た男性から中国大陸の奥地の話を聞いて憧れを抱いていたこと、沢木との会話の中で、西川が「一度行ったことがあるところにまた行っても仕方がありませんからね。行ったことのないところなら別ですが」と語ったこと等が書かれているが、西川という人間の、未知なる世界に対する興味と、それを成し遂げるための情熱・生命力が、人並みはずれたものだったということなのだろう。
そして、本書に加えられたもう一つの面白さは、同じ時期に内蒙古からインドへ旅をした木村肥佐生の存在である。西川と木村は、チベット・インドで一時期行動を共にするが、タイプは大きく異なり、帰国後も対照的な人生を送った。木村は、西川に先んじて『チベット潜行十年』を出版して注目され、また、モンゴルやチベットとの関わりを持ち続けて、大学教授にもなったのに対し、西川は、盛岡で一商売人としての半生を全うした。このことは、沢木が本書で目指した、西川の8年間の旅だけではなく、西川一三という人間を描くために、大きな意味を持ったといえるだろう。
沢木の最長の長編ともされるが(『波の音が消えるまで』の方が長い?)、沢木だからこそ書き得た大作であることは間違いない。
(2025年11月了) -
試しに読んでみたら予想外にハマった「深夜特急」。バックパッカーどころか普通の海外旅行すらさほど興味がないのに、と自分でも不思議だったが、同じ流れで、きっと本書にもハマるに違いないと、今回は確信して手に取った。
第二次世界大戦の末期に密偵として中国奥地に入り込み、終戦後もなおチベット、ネパール、インドなどを踏破した西川一三。
彼の遺した膨大な手記を読み解き、本人にもインタビューを重ねて生まれたのが本書だ。
密偵と言ってもほとんど志願して始まった旅の、その想像を絶する道程に驚きの連続だった。強靭な肉体と持ち前の勤勉さで行く先々で重宝され慕われた西川。本人の意思に反してあまりにも呆気ない幕切れとなったことが、本人の無念さが痛いほど分かるだけに読み手としても残念で仕方ない。
帰国当初こそ話題になったようだが、こんな人物のこんな人生が今はほとんど知られていないのが不思議なくらいだ。 -
「旅は楽しむもの」というのが概ね現代の認識だと思うが、本書を通じて旅の様々な動機を知った。仕事としての旅から生きるための旅へ、そして好奇心に突き動かされ「知る」旅へ。旅は人生そのものとはこの人のことを言うのだろう。
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西川一三なる人物のことは全然知らなかった。
盛岡の知人が、以前こんな面白い人が住んでた街なんだよっておすすもしてくれて出会った一冊。
ある種若気の至りというか、青い使命感で中国の西の果てを目指すところなど大変人間味がある。
旅自体も面白く、行ったことのない土地の風や匂いを夢想しながら読んだ。
下も楽しみである。
勧めてくれた人、ありがとう。 -
第二次大戦末期、敵国中国の奥地までラマ僧に扮して潜入した西川一三。
過酷な旅路にも関わらず、何が彼をそこまで突き動かすのか?それを探るために読んでいる気がする。
チベットを目指しリチュ河を命懸けで渡るシーンはハラハラした。次はインドだ。 -
学生の頃、深夜特急に夢中になって、最近になり本書が話題となり手に取りました。自分が変わったのか、どうも乗り切れなく…。残念ホシ2つ
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小説だったら出来すぎと思うくらい壮絶な旅ですね。
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旅文学の新たな旅、という言うべきか。
偉大なる冒険家"西川一三"との出会い、
そして西川がどのようにチベット、ラサに至るのか。
その道中をこれまでかと表現し尽くし、
西川自身の想いやそれぞれの地で出会う蒙古人、あるいはタングート人、チベット人など、それぞれが持つアイデンティティや文化にも触れていく。
それはまさに我々自身が旅に出ているかのような、
そんな高揚感を与えてくれる冒険そのもので、
ラサに至るまでの道を文字通り同行させてもらった、
そんな思いを綴らざるを得ない。
西川の度胸やここぞの運、また旅を俯瞰することでわかる偶然の産物などは我々が旅をする際にも起きていることなのであろう。それでも西川はラサに辿り着いた。
自然に触れる一文はあまりに美しく、
ラサに辿り着いたことは我々読者の到達でもある。
そして一人旅をこよなく愛する僕にとっては、
この一文は全く偉大である。
「神仏に向かって祈っているのではない。長い労苦の象徴としてのラサに向かって首を垂れている。そこからラサは見えないが、彼らには見えているのだ。それは美しい自然の中の、もう一つの自然のように思えた。」 -
さすがは沢木耕太郎さん。素晴らしい作品でした。
ネパールのエベレスト街道トレッキングした経験があるのでその時の記憶が蘇ったりしてとてもよかったです。
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