この三十年の日本人 (新潮文庫 草 236-2-B)

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  • Amazon.co.jp ・本 (350ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101236025

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  • 本書は、雑誌に掲載された、筆者・児玉隆也のルポルタージュ9編を収載したもので、初版発行は、1975年。
    9編の中には、ノンフィクションの名作として知られる「悲しき越山会の女王」が含まれているが、私が興味を持って読んだのは、「チッソだけが、なぜ」というルポルタージュである。それは、私が最近、「水俣病闘争史」や、水俣で活動した米国人写真家のユージン・スミスについての本を読んだからだ。このルポルタージュは、「文芸春秋」の1973年10月号に掲載されたのが初出だ。1973年といえば、熊本地裁が、水俣病に対してチッソの責任を認めた画期的な判決が下された年である。

    「チッソだけが、なぜ」という題名の意味は、2つほどありそうである。
    ■当時、有機水銀を廃水として流し、周辺住民に重篤な健康被害を出したのは、チッソだけではない。例えば、新潟では昭和電工が「新潟水俣病」と呼ばれる同じ症状を起こす公害病引き起こしている。ただ、その公害は、チッソの水俣病ほどには騒がれず、企業も叩かれなかった、それはなぜか。
    ■チッソは、戦前の企業グループである日本窒素グループの本家企業である。日本窒素は、野口遵という希代の起業家が起こした新興企業群の一つであり、特に、現在の北朝鮮に壮大な規模で一大工場群を建設している。戦後、北朝鮮の日本窒素の工場群は北朝鮮のものとなり、日本窒素グループのメンバーは、水俣で事業を継続する。戦後、日本窒素グループは、いくつかの企業グループに分裂する。それは、旭化成グループであり、積水グループである。次のなぜは、旭化成も積水も、大きな企業グループに発展したのに、なぜ、チッソだけが(公害問題もあろうが)、衰退していったのか。

    それを、筆者は、チッソ水俣という企業が持つ「愛情のなさ」によるものだとしている。「愛情のなさ」が水俣病で苦しんでいる患者に対しての冷淡で非人間的な仕打ちにつながり、それが、他の公害病以上に、患者の「怨」を買った。
    戦前の北朝鮮の日本窒素グループは新興企業としては異例の発展であったが、北朝鮮に工業を・産業を興すことは、当時の大日本帝国の国策でもあった。創業者の野口遵は東京大学出身の優れた技術者であり、技術者を大事にする人物でもあったようであり、日本窒素グループには、東京大学出身の技術者が数多く入社することとなった。そして、北朝鮮では、現地の朝鮮人労働者を日本人とは差別しながら働かせるという企業運営の仕方をしていたとしている。筆者は、戦後、その北朝鮮で働いていたエリートたちが、復員して水俣にやってきて、北朝鮮と同じ企業運営の仕方をした、と分析している。差別の対象になったのは、水俣の農家・漁師出身の工場労働者である。また、後の旭化成が延岡に工場を建設したり、あるいは、後の積水が事業を始める時等は、チッソは、最優秀の人材はチッソ内に温存し、二番手以下の人材を送り出したとされている。
    こういったことにより、「(チッソは)外部の社会感情よりも内部の組織感情にこりかたまるという会社になった。他人のことは知らんぞ、という愛情のない会社になった」というセリフを筆者は文中に引用することにより、「愛情のなさ」の意味を説明している。国家と一体になったエリート技術者が、エリートでない者たちの感情を分からずに、自分たちの内部の組織の事情、居心地の良さのみを求めてできた組織がチッソだった、と言っているのだと理解した。

    なるほど、と思った。
    私が最近読んだ、「水俣病闘争史」やユージン・スミス関連の書籍は、患者サイドからの見方に基づいて執筆されている。患者が、如何にチッソや国と闘ったかという視点である。確かに、チッソという会社は、有機水銀が水俣病の原因であろうと分かっていたであろうにも関わらず、それを認めようとせずに、姑息なやり方で、チッソという会社の利益を優先した。それはどうしてだろうか、という、チッソ側の事情を追求したのが、この「チッソだけが、なぜ」というルポルタージュであった。興味深く読めたし、ある意味で、厚みのある読書が出来た気がする。

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