丕緒の鳥 十二国記 (新潮文庫)

著者 :
制作 : 山田 章博 
  • 新潮社
4.06
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本棚登録 : 5377
レビュー : 695
  • Amazon.co.jp ・本 (358ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101240589

作品紹介・あらすじ

丕緒の鳥は、小野不由美さんが描く人気シリーズ十二国記の最新刊です。今までの作品の世界観を活かしながらも、王の視点ではなく民の視点で描いた短編集であることが特徴です。そのため、王や国といった大局的な視点よりも、人間そのものに焦点を当てていると言えます。今までの作品であまり描かれなかった人々の姿を描写し、新たな魅力をシリーズに与えた作品です。

感想・レビュー・書評

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  • 十二年ぶりの十二国記シリーズ『丕緒の鳥』。
    十二になぞらえずにもっと早く刊行してほしかったな〜w

    十二年も経っているのに、待つことを諦めていなかった。
    それほどまでに十二国記シリーズは私に強い影響を残していた。

    会社に入って(なんで俺だけこんなに忙しいんだ...もっと働くべき人が働いていないのに...)とはグジグジしていた時に「十二国記シリーズ」を読んだ。
    景王陽子が王たることを悩み立っていく姿を通し自分の働き方の哲学を見つけた。
    それほどまでの影響を残したシリーズ。

    十二年ぶりの『丕緒の鳥』はまさに十二国記だった。
    無慈悲な現実を突きつける。
    立場の違いによる考えを突きつける。
    苦悩し、苦悩し続けた先に自分の解を見つける。
    それが正しいのかわからない。
    しかし歩んでいく。

    4編、すべてに残るものがある。
    その中でも特に、『丕緒の鳥』、『落照の獄』が私に響いた。

    『丕緒の鳥』
    なぜ本作をタイトルにしたのか。
    丕緒が王に伝えたかったこと、丕緒が気づいたことを刻む本編は、小野不由美さんが読者に伝えたいこと、気づいてほしいことと重なっているのではないかという気がした。
    大いになる「希望」とともに。

    『落照の獄』
    「父さまは人殺しになるの?」で始まる。
    死刑制度とは何かと本当に考えさせてくれた。
    「けだもの」を単純に切り捨てることは簡単である。
    国の視点、民の視点で苦悩する様はズキズキとする。


    「十二国記シリーズ」は異世界ファンタジーである。
    異世界という姿を通し、現実にある正解のない世界で生きていく民の物語。
    最後まで読みきりたい。
    最後にすべてを読み返したい物語。

  • さすが小野不由美…
    十二国記を読むの久しぶりだし、わかるかなぁと思ったけれど、あっという間にひき込まれた。
    完全なるファンタジーの異世界なのに、創作とは思えないほど細部まで作りこんである世界観の見事さったら。

    これまでの長編で築かれてきた世界の奥行をさらに広げる4つの物語。
    王も麒麟もない、雲の下の人々が今回の主役だ。
    「丕緒の鳥」
    「落照の獄」
    「青条の蘭」
    「風信」
    傾きかけた国、王がなく荒廃が進む国で、自らの力ではなすすべもない世の流れに翻弄され、苦悩しながら己の務めを果たし、懸命に日常を営む。

    一番好きだったのは、「青条の蘭」。
    山毛欅(ぶな)を石化させる奇病が徐々に山に蔓延しだす。
    当初は事態を軽くみていたものの、次第にそれが大災厄の始まりであると気付き、奇病を食い止めるべく奔走する末席の官吏。
    天は対抗する何かを与えてくれているはずだ…
    何の手がかりもないまま、暗中模索する長い年月の間に、次々と木は倒れ、山も里も荒廃していく。
    苦難の末にたどり着いた最後の希望を王に届けるべく吹雪の中をひたすら進む。
    標仲が倒れた後、希望は人から人へ、王のもとへ…。

    これはどこの国なんだろう?と思って読んだけれど、最後まで国の名前は出ず。
    でももう一度よくみていたら、隣の国がわかり、あぁっ、つまりあの国のことなのね、と合点がいってどきどきした。

  • 中学生くらいのときに『月の影 影の海』を手に取って以来、新作が出るたびにずっと楽しみにこのシリーズを読んできました。

    ただ、前作の『黄昏の岸 暁の天』を読んだ後に、あれ?と思った違和感が、この短編集でもっと強くなった気がします。率直に言えば「これ、十二国記かなあ」っていう…。

    もともとFacebookページなどでも告知されていた通り、この短編集は「苦難の時代を生きる民の物語」なので、王や麒麟を中心として描いていた他のシリーズに比べると地味な印象は仕方ないと思います。が、表題作の「丕緒の鳥」をのぞいて他の作品をそれぞれ読んでみると、「十二国記」といわれなかったらまったく別の単独の物語と言われても気づかないかもしれないなあと。

    例えば、同じ短編で「華胥の幽夢」では、「責難は成事に非ず」という名言で、現実世界の政治をちくりと批判していますが、台輔の失道や周囲の官吏たちの苦悩を見事に描いていて、きちんと物語になっていました。

    翻って「落照の獄」は官職名こそ十二国記の(というよりも古代中国の)ものになっていますが、事件そのものや、その役職に現代のそれを当ててしまえばそのまま物語として成立する気がします。落ちも救いのないものだし…。

    「青条の蘭」も、その災厄が「これは王が玉座にいないために起こった災厄ではない」と、それまでの十二国記の物語をきっぱり否定しています。黄朱や猟木師という登場人物がでてくるので、かろうじて十二国記の世界を維持しているように見えますが、単独での物語が進んで行きました。

    なんとなく、それこそ柳の王ではないけれど、作者は「十二国記」という物語を書くことに倦んでしまっているような印象を受けました。なので、前作でも敢えて「天の摂理が完璧でない」というように世界そのものを否定をしてしまったようにも。

    まあファンの勝手な希望ではあるのですが、次回作は長編が予定されているそうなので、次作は苦難が続きながらも最後は希望に満ちた、このシリーズらしい作品となることを期待しています。

  • やっとでた続編…じゃなくてサイドストーリーだ。

    私は『十二国記』の世界観は安心できる。ものすごいリアルな感じがあるのだけれど、どこかで「これは作られた世界」という安心感がある。私が臆病なのかなんなのか、ノンフィクションとか現代小説だと、生々しく感じてちょっと食傷気味になることがあるのだけれど、この「これは作られた世界」という前提があることにより、なぜかもっと客観的に、素直にのめりこんで読める。

    『十二国記』って終わりがない物語だと思う。それは作者が考えるストーリーと終わりってあると思うが、これだけ精緻な世界観があれば、そこに生きる人々のストーリーは無限だよね。まあ、今この瞬間の私たちだってそうなわけだけど。

    自分が今生きている「ここ」の世界観がよくわからないから現代小説が上手く読めないのかもと思った。みんなの前提と私の前提が一緒なのか。と横道にそれたことを考える。

    『無能な上司と仕事にうんざり!中間管理職』、『死刑問題どうよ!?』、『世界を救いたい、平サラリーマンの熱い想いよ社長に届け!』、『営業だけが花じゃない。スタッフだって頑張ってる!』…の4本でお送りします。という感じかしら。

    長編を待つ。

  • 十二国記シリーズの最新作。今回は王やその周りの人々でなく市井の民が主役の短編集。
    圧政や王の不在による荒廃に苦しみながらもなんとか希望を見出そうと足掻く主人公たちの姿に胸を打たれました。
    相変わらず世界の作り込みが尋常でなく、羅氏や保章氏と言った聞きなれない役職や仕事もきちんと世界の一部として辻褄が合っていて違和感を感じさせない。
    死刑制度など、現代社会でも課題になっている部分に切り込んだりと意欲的な作品に感じた。表題作の最後でちょっと陽子が出てくるのが嬉しい。

  • 地に足がついたファンタジー。派手さは無いですが、じっくり読ませてもらいました。

  • この人の本は、本当に大好き!
    厚みのある世界観も大好きだけれど、何が好きって、
    視点が常に「その他大勢」に寄り添っていることだろうか。

    「魔性の子」を初めて読んだときには、
    それまでのヒーローにばかりフォーカスされたファンタジーに感じていた
    一抹の寂しさを、小説にしてくれる人がいたんだ!と
    結構興奮した。

    頑張っても誰もが王様になれるわけじゃないし、
    すごい才能を持っていて一目おかれるようなサブキャラになるのだって、
    ほんの一握りの人でしかない。

    ファンタジーを読み終わって現実に戻ってくると、
    ヒーローと一緒に活躍した夢の余韻を楽しみつつ、
    「ま、そうはいっても現実の私がこの中にいたらきっと、
    魔物の強さを表現するシーンでなすすべもなく逃げ惑った挙句、
    さっくり踏みつぶされちゃうような役どころなんだろうな^^;」
    とちょっと苦く思ったりもする。(はい、ちょっとこじらせてますw)

    でも、十二国記の世界には、
    ヒーローじゃない人々にも居場所があって、
    殺されるためだけじゃない人生をしっかり生きている。
    妖魔に襲われたり、官吏に搾取されたり、ちょっとやりきれない現実そのものだけど、
    少なくともそういった市井の人々を守るために
    この世界のルールは作られていて、
    作者は(そして天帝は)彼らのことを決して忘れていない。

    その視点のぬくもりが、私は好きだ。

  • 今までの十二国記は支配層側から見たあちらの世界に対し、4編いずれも市井の側視点なので、より一層世界観に奥行き深みが感じられるようになりました。どの話も現代の事情とあまり変らない。人は間違っては正す事の繰り返しなのかな。「丕緒の鳥」「落照の獄」はヨムヨムで既読。「青条の蘭 」:どこの国の、いつ頃の話なのか不明だったのが、最後クライマックスに来て『そうか!』となるのが、明るい確かな未来を約束されたような興奮となって訪れました。「風信」:熊蜂が薔薇の花から蜜を集めるのを蓮花が見るシーンが好きです。

  • シリーズのファンなので。面白かった。

    「青条の蘭」が一番好きかな。黄朱(国に属さない山人)の技術と気概が好き。青条の蘭がついに王に届く所を書いて欲しかったけど、陽子が出過ぎてしまうか。「丕緒の鳥」は式典の設定がとても美しい。民の苦しみを伝えたくて、式典を華美にしたくない。でも陰惨にしても伝わらない。最後、たどり着いた表現のモチーフが、素晴らしい。

    「落照の獄」は死刑制度を巡る是非について会社の仲間と話して盛り上がった。読み終わるまで自分の中でも答えは出ていなかった。刑法の目的を十二国記の中でどう設定しているかによって答えが異なると思う。教育を目的とするなら死刑は行えないし、報復を目的とするなら、死刑を是とするだろう。終盤になってきちんと法の役割がどう設定されているかに触れてきて、素晴らしいと思った。

    曰く―殺人罪には死刑、が理屈でなく反射なのと同様殺人としての死刑に怯むのも理屈ではない反射である。この根源的な反射は互いに表裏を成しており、これこそが法の根幹にある。殺してはならぬ、民を虐げてはならぬと天綱において定められている一方で、刑法に死刑が存在するのは、多分それだからなのだろう。刑法はもとより揺れるものだ。天の布いた摂理そのものがそのようにできている。両者の間で揺れながら、個々の訴えにおいて適正な場所を探るしかないように。

    さて会社で死刑制度反対は私一人で、他(5名くらいかな?)は死刑容認であった。うちの奥さんも。どこで一線を引くかは異なるけれど、どこかで一線を越えれば殺すしかないだろう、との意見。税金で終身刑囚を世話すべきなのか。

    いや、分かるんですけど、そもそも法律は何をすべきか、社会生活で他に危害を与えることを禁止するものであろうと思うのです。
    その敵対が大規模で、国家間の戦争となったり、終身刑囚があまりに多くて養えなければ、殺しても仕方ないと思います。きっと周囲の人を守りたいと思うでしょう。
    でもとりあえず、社会における法律は他に危害を与えることを禁じ、守れないものは他に危害を与えられないようにするまでにとどめるべきだと思います。さもないと、どこに線を引くかによるかは異なりますが、道徳上のある一線を越えれば死刑を執行しても良いという選択を行うことになります。
    その一線は今は「複数人を悪意をもって殺害し、更生の余地が無い」という所に引かれていますが、お国を守るために勇敢に戦わないとか、キリストを排斥したユダヤ人である、とかにいくらでも引き直せるのではないでしょうか。だから、刑法は道徳上の価値判断をすべきではないと思います。

    村上春樹訳の「心臓を貫かれて」で、ゲイリー・ギルモアが自己のパーソナリティを作ったものは何だと思うか、と訊かれた時義父からの虐待でも家庭環境でもなく、”小さい時に学校帰りに遠回りをして山側の道から帰ろうとした。そこで籔にはまってしまい、一晩近く抜け出せなかった。その時に、ああ、世界に自分は一人ぼっちなんだ、と思った。それが自分を形作っている”と語った。
    (森晶麿に勧められて読んだ。この衝撃は自分のパラダイムを変えた。)

    ジョーゼフ・キャンベルの好きな言葉に「そして、孤独だと思いこんでいたのに、実は全世界がともにあると、知るだろう。」というものがある。この認識とゲイリー・ギルモアの認識と。果たしてその結果を死刑という形で当人に問えるものなのだろうか。

    話しが、逸れましたね。思索が発展するのは良い小説です。

  • 待ちに待った最新刊。
    なんと、12年ぶりだそう。

    もう内容、忘れちゃったよ…。

    と思いながら、読みましたが、
    私のニワトリ並みの脳みそでも大丈夫な内容でした。

    相変わらず、十二国記の世界は秀逸。
    全くのファンタジーで、現実の世界とは程遠いのに、
    「国」について、今の日本について考えさせられる。

    今回は、短編集。
    収録されている4編ともが、これまで描かれていたような王の話ではなく、
    十二国で生きる民の話。
    本を読んでいる立場だと、視えることが多く、国のことや、その人のとるべき行動など、客観的に冷静に分析出来るけれど。
    ふと自分のことを顧みる。
    自分の立場は、この本に登場するのと変わらない、一国民であり、登場人物たちと同じように、いま自分が立っている“位置”は決して見えておらず、いつも手探りで生きている。
    自分の立場を思い知らされる。

    まったくのファンタジーでありながら、国王や英雄を描くのではなく、一国民の生活を切り取る作者の描写力と想像力には、感銘を受けずにはいられない。

    何年かかっても、結末を知りたい作品。

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プロフィール

小野 不由美(おの ふゆみ)
1960年生まれ、大分県中津市出身の小説家。大谷大学在学中に京都大学推理小説研究会に所属。夫は推理作家の綾辻行人。
1988年、『バースデイ・イブは眠れない』でデビュー。2013年5月、『残穢』で第26回山本周五郎賞を受賞。代表作にテレビアニメ化された『悪霊シリーズ』、『十二国記シリーズ』、『屍鬼』など。

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