丕緒の鳥 (ひしょのとり) 十二国記 5 (新潮文庫)

著者 :
制作 : 山田 章博 
  • 新潮社
4.05
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本棚登録 : 5824
レビュー : 730
  • Amazon.co.jp ・本 (358ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101240589

感想・レビュー・書評

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  • まずは既刊読了。とうとう手を出してしまった十二国記も8冊目か。

    今回は、国王や麒麟の出番なし。十二国に住む民のお話。こういう話が紡がれる世界観がすごいなーと感心するのです。王がいるから国になるのではなく、民がいるから国があるのだと感じられるお話達。カッコよく言えば自分の人生の主人公は自分だという当たり前のお話。そして、ただ生きるのではなく、社会の一員として仕事を全うすることの大事さというか当り前さというか、そのための苦悩が描かれています。どちらかというとオッサン向けの内容ですね。

    丕緒の鳥,落照の獄,青条の蘭,風信の4編。
    落照の獄は救いがなかった感じでしたね。死刑制度への投げかけ。沢村凛さんの「リフレイン」を思い出します。絶対的な答えがない中、答えを出すことの苦悩が読んでいて辛いところ。日本もなんだかよくわからない理不尽な事件が多くなった感じがする。傾きかけた国なのか・・・そして、日本の中でも誰かがこのような苦悩をしているのかも。
    他3編は、重苦しい展開なのですが、最後には救いが描かれる。特に風信の最後、「燕が教えてくれているんですよ。じきに辛い時代が終わります、って」と支僑が話し、蓮花が「やっと声を上げて泣いた。」にもう涙が止まらなくて。
    戦に対してあまりにも無力。できることを精いっぱいやること。ただそれだけが世の中で役に立つ手段なのだから。

    青条の蘭は、最後のリレーがちょっと・・・だったかなあ。こんなに辛い世の中で、急に良い人たちが立て続けに表れ、蘭を王宮まで届けるリレーを買って出てくれるか??それでも、最後、野木に実がなるシーンには、間に合ってよかったな、と感動。標仲の喜ぶ顔が見たかったなんて思って。
    標仲の一役人としても力のなさを悩む独白がグサグサと刺さる。絶大な力を有する国王や麒麟との対比。ヒエラルキーの低いところではどうしようもない壁がある中で、できる限りを尽くす。真摯たれというところ。

    丕緒の鳥も、最後の陽子の言葉「胸が痛むほど美しかった」と、そこから丕緒が思い描く「夜の射儀」が美しく心に響く。直接ではなく、自らの仕事を通して人と分かり合えるというのは最高の喜びだろうなあ。作者もこの十二国記をして、読み手に訴えているのか。

    十二国の世界観を通して、今の日本を風刺するような、だけど最後に救いがあると信じているような。パンドラの箱を開けて覗いて、最後の光がチラリ、みたいな印象でしょうか。

  •  『平成二十五年 七月 一日 発行』版、読了。おそらく初版。


     現時点での新潮文庫版「十二国記」シリーズの最新刊にして、短編集。

     全部で四編収録されており、うち最初の二編は、以前に雑誌で掲載済み。残り二編は描きおろし。


     いずれの短編にも、これまでに登場してきた人物が一切登場することはなく…ある地域で起こった出来事に関して、泥臭く活路を見出すべく、ふんばる(各短編における)主人公たちを描いた内容でした。


     そして久々に十二国記シリーズを読んだせいか、その専門用語の多さにちょっと疲労困憊(;´Д`)

     それを通り越して、ようやく最初の短編「丕緒の鳥」を読了してからは、すんなりと読み通すことができました☆


     以下、各短編の感想です☆


    ・「丕緒の鳥」

     「陶鵲」という祭祀に関してのお話でしたが、自身の仕事に対する情熱について無気力気味だった丕緒がいかに、また取り組み、そしてその役目を全うしていくかは、「仕事のモチベーション」について考えさせられる話でもありました。…とはいえ、冒頭の専門用語の羅列には難儀しました(;´Д`)


    ・「落照の獄」

     凶悪犯罪者に対する判決の是非を殺刑にするか否かで問う内容。いわゆる死刑制度について、ひたすら現場の人たちが、どう判断するか懊悩するお話。オチを言ってしまうと、読む気が完全に失せてしまうので、ここでは敢えてカキコしませんが…個人的には、モヤッとする終わり方でした。


    ・「青条の蘭」

     植物の山毛欅に急速に広がっていく大病が見つかり、その治療のために、何が効果があるのか、そしてそれをいかに迅速に処置していく方法があるのか…という、一見「山毛欅があろうがなかろうがどうってことないんじゃないの?」という状況を、納得のいく経緯を設定した作者には脱帽しました。

     そして後半からは「走れメロス」をなんとなく思い出しました。読んでいけばわかるかと。


    ・「風信」

     短編の中では、一番読みやすかった内容でした。先の三編を読了していたことで世界観に慣れたせいもあるかもしれませんが。

     暦に関して夢中に作り上げる人たちを、孤児となった連花を通して描いた話。「丕緒の鳥」といろんな意味で「対」をなしている気持ちになったのは、設定的に同じ時期に起こった出来事っぽいせいかもしれません。

     あと、仕事に対して情熱のカタマリになっている人たちが描きまくられていたせいかも。

     とはいえ、家族を失った連花が、また同じ目にあって、悔しさなどが強く感じられた複雑な思いを味わいながらも、新たに訪れるであろう新時代の予感に向かって締めくくられる内容は、まだ救いがあるように感じました。


     …とまあ、今回も民衆路線で描かれていて、テッペンの王様と愉快な麒麟たちが登場することはありませんでした。

     しかしながら、十二国記のシリーズらしい、人の生き様が描かれていた内容だったと思います。


     巻末の解説は作家の辻 真先さんでした。この解説を読んで、グッとこの本の内容がひきしまった感がありましたが、準新作的な内容だっただけに、できれば作者のあとがきが欲しかったなあ…なんて、思いました。

  • 新作、12年ぶりですか! すっかり地名を忘れていて、特に「青条の蘭」はどの国の話かわからなくて困りました。

    王と麒麟の物語ではない。彼らの国で生きている庶民の物語。賛否あるかと思いますが、私はとても興味深く読みました。

    「丕緒の鳥」 
    ラストシーンの、丕緒が思い描く夜の廷の情景が鮮やか。ラスト2ページのための物語だと思う。結びの一文も素晴らしい。

    「落照の獄」
    現代の私たちの住む世界にも通じる、罪と罰の物語。死刑の是非もそうだが、柳国が傾く様がずしりと重い。王の関心が薄れたのか、能力が減退するのか、そんな国の終わり方もあるのか、と。

    「青条の蘭」
    希望の物語。標仲らの努力(と簡単に言えるものではないが)を、市井の人々が次々につないで、国を救う。胸が痛くなるような焦燥。中身がよくわからないままリレーされていく希望は美しいけれど、それまでの絶望的な状況からするとあまりにも簡単すぎるようにも。

    「風信」
    これまでの3篇もそうだが、「王」は庶民にとっては「王」でしかない。読者は、陽子とか尚隆とか、個人である王の物語を求めるけれど、その世界で暮らす者にとっては、王個人はおろか、偽王かどうかすら問題ではなく、ただ「あるべき王が立つことにより社会が安定する」かどうかだけが重要である。

    これまでも十二国記の物語を読んできて、麒麟というのは難儀だなぁと思ってきた。麒麟は本能的に王を選ぶけれど、それが民にとって「良い王」であるとは限らない。王の治世が経年により劣化するならまだしも、短期間で滅ぶ王朝もあるのだから、必ずしも麒麟による王の選定は民の幸いとは結びつかないのだろう。おまけに、王候補が現れるのを何年も待つ麒麟もいれば、異世界まで迎えに行ってしまう麒麟もいるのだから、王よりも、自国がどんな麒麟に恵まれるかの方が、民にとっては重要なのかもしれない。

    次作は、王と麒麟の物語になるのだろうか。戴国の行く末が気になる方は、さぞかしじりじりされていることでしょう。私は・・・泰麒も泰王もあまり好きになれないので・・・他の国の物語が読みたいです。

  • 十二国記の短編四編が収められた、短編集。
    最初の二編は『yom yom』という雑誌に掲載されたもの、残りの二編は書き下ろしです。
    十二国記の新作刊行は十二年ぶりということで…本当に待ち遠しかったです。

    十二国記といえば各国の王様や麒麟が繰り広げる壮大なお話という印象ですが、今回の短編集は今までと趣向が異なり、市井の人々にスポットが当てられています。
    お馴染みの王様達も、出て来るには出て来ますが、あくまでも主役は一般市民の、いつもであれば所謂「脇役」な人々。

    この短編集の最初の一編『丕緒の鳥』を初めて『yom yom』で読んだ時、WH版『風の万里 黎明の空』下巻の、小野主上のあとがきを思い出しました。


    今回、たくさんの人が死にました。「死んだ」と明記していない名もない人々も、行の隙間でばたばたと死んでます。あえて多くは書き込みませんでしたが、それはこれ以上登場人物が増えたり、エピソードが増えると、本の横幅より厚い本になりかねなかったからです。
    本人達には人生の終焉という、一大事です。でも、主要登場人物じゃないから、死んだと明記さえされない。なんて、理不尽なんでしょうね。理不尽を分かっていながら物語の都合上、切り捨てないといけない。辛いところです。
    ですからそこは読者の想像力におすがりしたい。すべての人間にとって、本人こそが主人公なのだということを、ゆめゆめお忘れなく。本を閉じたあとにでも、ふっと思い出していただけると幸いです。
    (ホワイトハート版『風の万里 黎明の空』下巻 あとがき 369-370頁)


    このあとがきを読んだ当時、そんなところまで想定して書かれているなんて凄いなぁと思った記憶があります。
    そしていつかそういうお話も読んでみたいなと思いました。
    今回の短編集はまさしく、名もなきキャラクターたちが国の流れに翻弄されたり抗ったりしながら懸命に生きている様子が描かれています。
    王様や麒麟が主人公な本編は、胸のすくような展開が多く、ドラマチックです。
    今回は、大きな流れに立ち向かうイチ個人、なので一国の歴史の中では、記録もされないようなほんの些細なことなのかもしれません。
    けれど、そういう人々や物事に焦点が当たることで物語全体に血が通っているように感じました。
    何というか「現実的にあり得そう」な話だよなと思ってしまいます。
    それは描写だけでなく、扱っている題材のせいもあるのでしょうが。
    特に二作目の『落照の獄』は死刑制度の是非という、現代のこの日本においても決して他人事ではない重いテーマを扱っていますし。
    ファンタジーを銘打ったシリーズではありますが、そういうところに、リアリティとシンパシーを感じてしまう。

    書き下ろしである『青条の蘭』と『風信』は、どこの国の話なのか、具体的な国名は記されていません。
    ですが読み進めて行くと、馴染みのある地名や、国の情勢が朧気ながら分かって来て、いつの時代でどこの国の話なのかが分かります。
    こういう書き方が嬉しいと感じてしまうのは自分だけでしょうか。
    一つ前に出た『風の万里 黎明の空』にあった「王が新しい作物を里木に願う」という話が、『青条の蘭』で詳しく描かれているんですよね。
    本当に細かいところまできっちり設定が作られているんだなぁ…とひたすらに感心するばかりです。
    主上凄いです。

    『落照の獄』を除いては、希望が見えるような終わり方です。
    他の国は新王が立ったけれど、『落照の獄』の舞台である柳は今まさに沈みゆく国だから行く末が不透明な終わり方なのかな…そう思うと切ないです。

  •  読了。出版社を講談社から新潮社に変えての、12年ぶりの十二国記シリーズ新刊。短編が4つでどれもが国に生きる民の話であり、主上と麒麟による活劇やサスペンス等ではなく、十二国の世界を掘り下げるような話が続いていた。相変わらず描写が圧巻。
     麒麟も王もほとんど出てこない為、十二国記にファンタジーのような幻想さを求めるか、異世界に思索を巡らす楽しさを求めるかでかなり評価が分かれる気がする。自分は後者だったので大満足。特に3話目の「青条の蘭」は民が国を想う生き様が描かれていて、思わず視界がぼやけた(´;ω;`)
     個人的に十二国の世界は、ものすごく生きることに容赦なく皆がシビアな人生観を持ち殺伐としているイメージだったので、こういう王と麒麟以外の部分でも国の為に奮闘する人が報われるような話が読めてすごくホッとした。表題作の「丕緒の鳥」も素晴らしい。陽子の存在感が際立つ。
     12年待ったあげく世界観を深彫するだけかよと言ってしまえばそれだけだけど、それでも高1からこの世界に迷い込んだ住人の一人としては、世相はどうあれ十二国が今も尚進んでおり、更に慶国の王と民両方に希望が芽生えつつあることが、とても嬉しい。願わくは、次は長編が読めますように。
     ちなみに一番好きな話というかシーンは、「帰山」の終盤、奏国の王族家族で食事しながら話し合う描写。家族全員が王であり、それぞれが国を想い報告と相談(命令ではなくあくまで互いの相談)を繰り返し、600年という治世を築き上げてきた執務のワンシーンが、今もなんとなく自分の理想と被る。
     本当はあの宗王一族のように、全員が等しく家を想い国を想い動いていければいいと心から思うけど、リアルだと老いと身分の変化がそれを妨げるのはまぁ、已む無し。その中やりくりするしかないけれど、やっぱりああいう経営者会議は羨ましいなぁ・・・もっと真面目に、というか真摯に生きたい。

  • 12年ぶりの十二国記新刊!!
    とはいえ本編の続きではないので、
    嬉しいながらももどかしい、でも胸が高鳴る。そんな複雑な心境(笑)

    「丕緒の鳥」「落照の獄」「青条の蘭」「風信」の4つの短編を収録。
    どれも決して幸せな物語ではなく、
    理不尽な世界で必死に生きていく人間達の姿を描いています。
    戦争、貧困、疫病…傾きかけた国で、どうやって命を繋いでいくのか?

    yomyomで読んだので表題作「丕緒の鳥」は再読だったけれど、
    やはり十二国記の世界観は素晴らしいと、改めて実感しました。
    そして文章自体がとても美しいのですよね、、、

    泰麒のその後が刊行される前に(いつになるだろう…?汗)
    新潮の完全版で既刊本を再読しておこうと思います!

  • にわか十二国記ファンでございます。
    読み始めたのは今年に入ってからでございますが!
    今、新潮社で刊行している作品は何度も読み返しております。

    そんな愛しき十二国記の新刊。。。
    味わって読ませていただきました。

    民たちの信念を持った行動。
    見習いたい。

  • ついについについにー!
    新作が出ましたよー!!

    yomyomはスルーしておりましたので、ようやく読めて嬉しいです。
    この短編二作があったからこそ、いつか新刊出るはず!という希望を持てていたのです。
    それにしてもン年ぶりの新作だというのに面白さが一つも薄れていないのはさすがとしか言い様がありません。

    以下はネタバレしまくりのレビュー&感想になるので未読の人はお気をつけて。

    ■丕緒の鳥
    これぞ十二国記という感じのお話を最初に持ってきたなあと感じました。射儀の設定などには惚れ惚れしてしまいました。いやあ、まさに目に浮かぶような華やかな儀式なのだなと。しかし主人公丕緒はその儀式で用いられる陶鵲と民を重ね、それが射貫かれて散る様を見て喜ぶことは間違っていると人々に、王に、訴えようとします。まあ国が国ですからね……この物語の舞台は慶。ともなると、丕緒のように感じることも無理ないかなという感じです。
    そしてこの物語の時代は、ちょうど陽子が王に即位した頃。ということで私たち読者は丕緒と違い、ある程度安心感を持ってこの物語を読んでいるのですよね。
    なんというか、「多分今度の王はそんなに悲観せずともいい王だから、とりあえず見せてみてごらんよ」という気持ちで本を読んでいる。
    そして最後にやはり陽子が出てくる。
    「忘れ難いものを見せてもらった。……礼を言う」
    この台詞を読んだ時、なんて模範解答だと思ってしまいました。笑
    「陶鵲と民を重ねてるんだな」と即座に理解してしまうのは、また違うのですよね。陽子はまだまだこちらの世界のことを理解していないわけで、そうなれば丕緒の思いを全部汲み取るなんてまだ不可能なわけです。
    となるとあの時点での丕緒への感想としては、(陽子は意図したわけではないのに)ベストな答えになっているんですよね。彼女は感覚的な部分できちんと何かを感じ取った。その感じ取った部分がどういう部分なのかは、読み手側の想像の域になるわけですけれど、私はすごく清々しい気持ちになりました。
    うん、本当に慶は良い王を持ったよ。

    ■落照の獄
    転じて重たい話が。いえ、1話目も苦々しい物語だったのですが、この話は色々と考えさせられる分余計に重苦しく感じるものだったと思います。
    始めに申し上げますと、私はこの物語は終始瑛庚視点で読み進めました。すなわち、途中に彼の妻の清花や狩獺に殺された子どもの遺族が出てくるわけですが、それでも瑛庚同様法は重要であるという立場で読み続けたというわけです。
    ですので、「殺刑はならぬ」となっているのなら、やはりすべきではないのではないかなという意見に傾きながらでの読み方でした。もちろん、狩獺は許すべきではないと思いましたし、殺刑になってもやむなしとも思いましたし、そうなっても文句もありませんでした。
    ただ、感情と法は決して同じところにあるものではないのでしょうね。そういう点では瑛庚同様、すごく色々と考えました。
    結局これはどこを落としどころにするつもりなのか、その一心で読み進めました。
    それにしてもこの物語の締め方は実に見事であったと思います。
    ここまでの犯罪者であれば、「殺刑やむなし」も当然でしょう。けれど、これは何かを解決することには繋がらない。文中にもあったとおり、相容れない存在を切り離し、世界を調整しただけ。世界は平穏を取り戻したように見えるけれど、実質的には狩獺の勝利であり、瑛庚たちの……ひいては他の一般の者たちの敗北である。
    この物語の舞台は柳です。『丕緒の鳥』から一転し、私たちは暗い気持ちでこの物語を読み進めています。この先、この世界がどうなるかも薄々勘づいている。狩獺を排除しても、別のケダモノが現れるのであろうことは明確です。
    皮肉なことにこの物語でそのことに気付いているのは、瑛庚たち上層の人間だけなのですよね。狩獺の殺刑を遺族や清花たちは喜ぶのでしょう。その気持ちは分かります。けれど喜ぶだけで、彼らは結局その後ろにある恐ろしい事実を理解しようとはしないのでしょう。
    そういう意味では特に清花に対しては、ひどく苛立ちを覚えました。彼女は夫の立場もあり、「感情」と「法」二つの視点を持てたはずの人間でした。けれど夫の言葉には耳を傾けず、感情だけを優先し、法の意味を考えようとしなかった。彼女はこの先の柳の国にどのような気持ちを抱くのでしょうか。
    とにもかくにもこの物語を読み、柳は本当に大した法治国家だったのだなと強く感じました。それだけにどうしてこの国が傾いていくことになったのかとても気になります。いつか、その辺りの物語も書かれるのでしょうか……

    ■青条の蘭
    一番夢中になって読んだ物語でした。
    というのもこの話、意地の悪いことにどこの国が舞台なのか読んでも読んでも全然分からないのです。
    「もーどこなのさここは!」と思いながらも、あまりの荒れ果て具合に色々な候補が頭の中に浮かんでは消え、浮かんでは消え。時代もさっぱり分からないので、最初は「芳かな?」と思っていたのですが、芳はもっと雪深いイメージあるしなとも思いーの。同様の理由で戴も違うかなどうかなと思いつつ。「じゃあ恭? でもあそこの王様的にそれはないよなあ。ひょっとして恭王が即位する前の話かな」と思ってた頃に、芳と恭が候補から外れるのです。
    「ひょっとしてまた慶?」と思って蓋を開けてみれば……
    まさかまさかの玄英宮。おいいいい何百年前の話ですか!と思いながらも、すごーくホッとしました。そこの王様なら何の心配も要らないよ、っていう安心感が。笑
    物語はブナ(漢字難しいのでカタカナですみません)が枯れたところから始まります。最初は良い木材として売れると喜ばれていたけれど、ブナが倒れ始めた頃から標仲たち役人の側はこのままではまずいと危機感を抱き問題の解決に挑みます。
    天から解決策も与えられているというのは良いなあと思いつつ、青条のあまりの扱いにくさには「もうちょっとどうにかしてあげられなかったのか」とも思ってしまう物語でした。この世界の天帝さまは本当にもう。
    雑に書きましたが、物語はもっと切迫・緊迫し一刻の猶予も無い状況で非常にハラハラします。緊張感がこちらにも伝わってくる物語でした。
    解説にもありましたが、この話はとにかく設定が凝っているなあと感じる物語でした。里木からの山野草の育ち方や王の願い方についてのこまやかな世界観。さすがです。
    私はとにかくどこの国なのかという部分に集中力がいってしまい、間違った読み方をしてしまったなと思っているのですが、終わりにかけて標仲の意志を継いだ人々が王宮まで青条を運んでいくところは、心が温まる展開だと思います。

    ■風信
    4編の中で一番短く、「あれ、ここで終わり!?」と感じたりした作品です。
    こちらも舞台は慶。時代は丁度舒覚の悪政が終わってから陽子がこちらの世界にやってきた頃までの物語。いやはや、『青条の蘭』を読み終わった後だと時代や国が分かっていることがこんなにもありがたいことだったとはと感じてしまいました。笑
    舒覚の「女性国外追放」政策により孤児になってしまった蓮花。彼女が身を寄せたのは暦を作る者たちが集まる苑囿だった。
    私自身は暦作りの仕事、とても楽しそうに感じましたがね。まあ家族が舒覚の非道とも言える政策の犠牲になってしまっているのですから、蓮花が彼らに怒る気持ちも理解出来るのですが。
    ただこちらも『丕緒の鳥』同様、読み手としては国の行く方向が分かっているからその分気持ちに乖離が生まれるのですよね。
    最後の新王の誕生を告げる燕たちには、こちらも心がほっこりするようでした。しかも王様は彼女ですから。
    それにしても、今出ている話でも慶の最新状況を見ると復興にはまだまだまだまだかかるという感じですよね。『風信』なんかを読んでいると、ここいらでもう少し環境が良くなってきている慶の国の話を読みたいなという気持ちも出てきてしまいます。

  • 12年ぶりの新作、本当にありがとうございます!
    と、東の方向に向かって土下座するくらいには感動している。
    書店に並ぶと思われる日には本屋を5件めぐっても新刊を見つけることができず田舎暮らしであることを呪ったのだが、無事ゲットした。
    相変わらず世界に埋没させてくれる筆力に加え、読みやすさと精緻さがパワーアップしている。

    前半2作に関してはyomyomで読了していたので、久々に読めて満足。
    「丕緒の鳥」は射儀の描写が本当に美しい。儚さの中に美しさを見出した丕緒や䔥蘭の思いは、蓬莱育ち且つ死ぬほどの大変さを経験した陽子だからこそ感じとることができたのだと思う。
    「落照の獄」は国が傾く様を司法の場から明らかにしている。これまで当然だった国の道理が通らない事態に苦慮する瑛庚らの苦い決断は、日々テレビで観るニュースを思い起こさせた。
    後半の完全新作2作は、前半以上に天や国のしくみをはっきりさせ、その中であがく人たちの物語、という印象。やっぱり感動。
    「青条の蘭」は、踏んだり蹴ったりでもうあがくことすらできない状況であっても救われることがあるのだということを思い出させてくれる。プロジェクトX in 十二国を見ている気がしてきた。どの国かわかった瞬間はニヤついてしまった。某国の遂人が王を縛り付けて標仲の願いをかなえてくれたのだろう。
    「風信」は、政とは何の関わりもない一人の女の子の視点から書かれた国の荒廃と再生の兆し。自然の描写がとても多い。植物や動物の命が廻る様に、国の動きを重ね合わせたのだろうか、と勝手に深読み。

    雲海上の物語である本編と対をなす短編集だった。
    脳内に仕舞ってある国のしくみ、歴史を思い出しながら、「この時はこうなってたな」とか「ここの歴史の裏ではこんなことがあったのか」なんて、情報を補完していく作業が個人的に楽しかった。

    今度の新作長編が益々楽しみになってきた。
    完全新作まで絶対死ねません。

  • 「誰かがやらないといけない。だからそれしかできない私たちがやるんです」
    …広大な世界における、ちっぽけな「私」の無力感。それを超えてゆけるのは、己の職分を果たすことで世界を変えられるのだという小さな確信と希望があってこそなのかもしれない。

    楽しみにしていた新刊ともあって大事にゆっくりと読み進めたが、予想以上の重量感ある内容に、読んでいる最中ずっと押し潰されそうだった。

    職分を果たすというのは、ただ仕事をこなせばいいというものではない。
    その仕事の意義と責任を見つめた上で、自分にできる全てを為すことなのだと思う。

    この本に出てくる人物たちはみな、自分の無力さを痛いほど突きつけられながら、仕事を投げ出してしまうということをしない。
    十二国記の世界では、それを諦めてしまうことすなわち他の全てを投げ捨てることと等しいからだ。

    久しぶりにシリーズ復活したわけだけれど、よりその世界観の緻密さと組織描写の妙は増しているように感じられる。
    レーベルが完全に移行したせいなのか、ティーンズ向けな雰囲気は一新されて、社会派の香りさえ漂い始めた。
    現実の社会問題に寄り添った内容をファンタジーの世界に落とし込んで違和感なく表現できるというのは凄い。

    しかも、「天意」というものがあることによって、現実とは少し違うアプローチでそれは読み解かれていくのだ。
    ここら辺の味付け、この作品だからこそできうる思索というものが実に興味深いと、改めて思った。

    今後予定されている長編ではいったいどのような事件が待ち受けているのだろうか。
    楽しみでならない。

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著者プロフィール

小野 不由美(おの ふゆみ)
1960年生まれ、大分県中津市出身の小説家。大谷大学在学中に京都大学推理小説研究会に所属。夫は推理作家の綾辻行人。
1988年、『バースデイ・イブは眠れない』でデビュー。2013年5月、『残穢』で第26回山本周五郎賞を受賞。代表作にテレビアニメ化された『悪霊シリーズ』、『十二国記シリーズ』、『屍鬼』など。

小野不由美の作品

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