丕緒の鳥 (ひしょのとり) 十二国記 5 (新潮文庫)

著者 :
制作 : 山田 章博 
  • 新潮社
4.05
  • (696)
  • (789)
  • (451)
  • (57)
  • (8)
本棚登録 : 5829
レビュー : 730
  • Amazon.co.jp ・本 (358ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101240589

感想・レビュー・書評

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  • 十二年ぶりの十二国記シリーズ『丕緒の鳥』。
    十二になぞらえずにもっと早く刊行してほしかったな〜w

    十二年も経っているのに、待つことを諦めていなかった。
    それほどまでに十二国記シリーズは私に強い影響を残していた。

    会社に入って(なんで俺だけこんなに忙しいんだ...もっと働くべき人が働いていないのに...)とはグジグジしていた時に「十二国記シリーズ」を読んだ。
    景王陽子が王たることを悩み立っていく姿を通し自分の働き方の哲学を見つけた。
    それほどまでの影響を残したシリーズ。

    十二年ぶりの『丕緒の鳥』はまさに十二国記だった。
    無慈悲な現実を突きつける。
    立場の違いによる考えを突きつける。
    苦悩し、苦悩し続けた先に自分の解を見つける。
    それが正しいのかわからない。
    しかし歩んでいく。

    4編、すべてに残るものがある。
    その中でも特に、『丕緒の鳥』、『落照の獄』が私に響いた。

    『丕緒の鳥』
    なぜ本作をタイトルにしたのか。
    丕緒が王に伝えたかったこと、丕緒が気づいたことを刻む本編は、小野不由美さんが読者に伝えたいこと、気づいてほしいことと重なっているのではないかという気がした。
    大いになる「希望」とともに。

    『落照の獄』
    「父さまは人殺しになるの?」で始まる。
    死刑制度とは何かと本当に考えさせてくれた。
    「けだもの」を単純に切り捨てることは簡単である。
    国の視点、民の視点で苦悩する様はズキズキとする。


    「十二国記シリーズ」は異世界ファンタジーである。
    異世界という姿を通し、現実にある正解のない世界で生きていく民の物語。
    最後まで読みきりたい。
    最後にすべてを読み返したい物語。

  • シリーズのファンなので。面白かった。

    「青条の蘭」が一番好きかな。黄朱(国に属さない山人)の技術と気概が好き。青条の蘭がついに王に届く所を書いて欲しかったけど、陽子が出過ぎてしまうか。「丕緒の鳥」は式典の設定がとても美しい。民の苦しみを伝えたくて、式典を華美にしたくない。でも陰惨にしても伝わらない。最後、たどり着いた表現のモチーフが、素晴らしい。

    「落照の獄」は死刑制度を巡る是非について会社の仲間と話して盛り上がった。読み終わるまで自分の中でも答えは出ていなかった。刑法の目的を十二国記の中でどう設定しているかによって答えが異なると思う。教育を目的とするなら死刑は行えないし、報復を目的とするなら、死刑を是とするだろう。終盤になってきちんと法の役割がどう設定されているかに触れてきて、素晴らしいと思った。

    曰く―殺人罪には死刑、が理屈でなく反射なのと同様殺人としての死刑に怯むのも理屈ではない反射である。この根源的な反射は互いに表裏を成しており、これこそが法の根幹にある。殺してはならぬ、民を虐げてはならぬと天綱において定められている一方で、刑法に死刑が存在するのは、多分それだからなのだろう。刑法はもとより揺れるものだ。天の布いた摂理そのものがそのようにできている。両者の間で揺れながら、個々の訴えにおいて適正な場所を探るしかないように。

    さて会社で死刑制度反対は私一人で、他(5名くらいかな?)は死刑容認であった。うちの奥さんも。どこで一線を引くかは異なるけれど、どこかで一線を越えれば殺すしかないだろう、との意見。税金で終身刑囚を世話すべきなのか。

    いや、分かるんですけど、そもそも法律は何をすべきか、社会生活で他に危害を与えることを禁止するものであろうと思うのです。
    その敵対が大規模で、国家間の戦争となったり、終身刑囚があまりに多くて養えなければ、殺しても仕方ないと思います。きっと周囲の人を守りたいと思うでしょう。
    でもとりあえず、社会における法律は他に危害を与えることを禁じ、守れないものは他に危害を与えられないようにするまでにとどめるべきだと思います。さもないと、どこに線を引くかによるかは異なりますが、道徳上のある一線を越えれば死刑を執行しても良いという選択を行うことになります。
    その一線は今は「複数人を悪意をもって殺害し、更生の余地が無い」という所に引かれていますが、お国を守るために勇敢に戦わないとか、キリストを排斥したユダヤ人である、とかにいくらでも引き直せるのではないでしょうか。だから、刑法は道徳上の価値判断をすべきではないと思います。

    村上春樹訳の「心臓を貫かれて」で、ゲイリー・ギルモアが自己のパーソナリティを作ったものは何だと思うか、と訊かれた時義父からの虐待でも家庭環境でもなく、”小さい時に学校帰りに遠回りをして山側の道から帰ろうとした。そこで籔にはまってしまい、一晩近く抜け出せなかった。その時に、ああ、世界に自分は一人ぼっちなんだ、と思った。それが自分を形作っている”と語った。
    (森晶麿に勧められて読んだ。この衝撃は自分のパラダイムを変えた。)

    ジョーゼフ・キャンベルの好きな言葉に「そして、孤独だと思いこんでいたのに、実は全世界がともにあると、知るだろう。」というものがある。この認識とゲイリー・ギルモアの認識と。果たしてその結果を死刑という形で当人に問えるものなのだろうか。

    話しが、逸れましたね。思索が発展するのは良い小説です。

  • 読む前からこんなにも楽しみで、夢中になれて、余韻が残る。
    そんな作品はそうそう多くないからこそ、本当に、出版されて嬉しかったです。
    12年ぶりの12国記シリーズ。4つの短編集です。
    世界観が細部にまで精密に作られているから、安心してその世界に入り込めます。入り浸れます。

    「不緒の鳥」
    あまりにも幻想的で、美しい。
    舞台は懐かしの慶国。久々の陽子登場に、胸がきゅっとしました。
    知ってはいたけれど、そういえば陽子は無能な女王が3代続いた後の女王なんですよね。失望する人たちを魅了する程の魅力に、私たちも取り付かれているんでしょうね。
    今回は陽子の物語ではないけれど、再び彼女の物語を読み返したくなりました。

    「落照の獄」
    ここまで現実離れしている異世界ファンタジーなのに、私たちを真剣に考えさせる。このメッセージ性があるからこそ、ファンタジー小説としての魅力だけに留まらず惹かれてしまう。
    裁判員制度もはじまった今、重く重要なテーマですね。心にずしんと重い。

    「青条の欄」
    自然の尊さと大きさ、人の想いのリレーが素晴らしい。
    天の采配、は私たちの世界にもあるような気が実はしています。
    傲慢にならずに謙虚にひたむきに、人間として生きたいものですね。

    「風信」
    戦うだけが道ではなく、日々自分にできることをしっかりやる。
    そんな生き方を私もしたいと常々思っています。
    命の暦をつくる仕事、地味ながらとても大切な仕事ですね。

  • 国か傾くと、一番苦しむのは国民だから、国民の目線で、国民の立場で、国民を守りたいと思う者だけが政治家にならなければいけない
    今の時代に違和感なく当てはまる気がする
    これを読んで、十二国記の世界にまた入り込んでしまった
    どうか、続きを書いてください
    よろしくお願いします

  • いやー、待ちましたねえ!なんと、12年ぶりですよ。十二国記 最期に読んだときまだ未成年でしたよ私。月日がたつのは早い・・・てか小野先生仕事しろ!激おこぷんぷんまるである。 しかもこれ短編集なんだな、長編が良かったよ、どうせ待たされるなら長編がよかったよ…

    以下感想

    『丕緒の鳥』
    相変わらず 世界観についての設定が細かい。そして描写が美しい。透明感あふれる情景。陶器の鳥が砕けて散る瞬間の、はかない音響が伝わってくる。
    無抵抗な人民が不当に虐げられるという哀しい時代。にも拘わらず職人の意地とプライドをかけて仕事に情熱をかたむける、そのひたむきな姿勢に心を打たれた。

    『落照の獄』
    まさに現代日本のようですね。法治国家の抱える倫理的な問題をテーマに…てかこれは、小野先生の思想を反映しているんでしょうね なんかこの短編だけ妙にファンタジーぽくなかったですよね。
    情状酌量の余地のない残忍きわまる殺人者は、法の力で、死刑にしてもよいのか。
    倫理、人道、世論、後世へ与える影響力… すべてを鑑みて判断しなければならない。
    人の生き死にを決定するとはどういうことなのか、考えさせられた。もちろん、これは現代日本の死刑制度についてもあてはまることである。

    『青条の蘭』
    今度は生態系と環境問題について・・小野先生本当に勉強家だな。
    多くの人々の、手から手へと託されていく笈箱の中の植物の話。
    内容はなんか走れメロスぽいなと思いました。そして、ああ、こういうヒューマニズムが十二国記の魅力なんだな~と思った。十二の国々に住む、大勢の民。それぞれに貴い思想と信念と思いやりがある。
    ほのぼのさせる物語だった。
    あとこの国、どこの国の話だろと思ってたら最期に“玄英宮”という言葉がでてきたので、延だったのか…と諒解した。

    『風信』
    国家の内乱で家族と住処を失った少女・蓮花。難民となり流浪していたとき拾われた家で逞しく生きていく物語。蓮花がメンタル強いのか、語り口が淡々としてるのか、悲壮感はあまり感じなかった。
    むしろ蓮花の周囲の人たちがとても良い人で・・・ほっこりしました。単純に面白かったです。

  • 購入してだいぶ時間が経ちますが、ようやく読み終わりました。
    結果的にはとても良かったです。

    十二国記、十数年ぶりの新刊ということで期待してました。一方で長編ではなかったこと、またyomyomの短編はすでに読んでいたため、 果たして満足できるのかという不安もありました。

    しかしながら小野さんもその辺りは配慮されたのでしょうか。既刊の背景がうまく活かされた内容であったため、飽きることなく読み進めることができました。中でも『青条の蘭』は終盤まで背景が明かされず、その焦らし方は流石だなと思いました。

    新装版を読み進めてる方なら楽しめるはずです。
    ただ新作が二篇というのはちょっと物足りないかなと。ファンとしてはそれでも嬉しいのですが。とりあえず次の長編新作、楽しみです。

  • 短編ですが読み応えはありました。

    どのお話しも号泣!まではしなくても
    切なかったり悲しかったり悔しかったり
    ホロリと泣ける要素満載でした。

    救われたり救われなかったりするけど
    その中でも強く生きようとする人々の姿が
    印象的な作品です。

    やっぱりこのシリーズは大好きや!!

  • 新作、12年ぶりですか! すっかり地名を忘れていて、特に「青条の蘭」はどの国の話かわからなくて困りました。

    王と麒麟の物語ではない。彼らの国で生きている庶民の物語。賛否あるかと思いますが、私はとても興味深く読みました。

    「丕緒の鳥」 
    ラストシーンの、丕緒が思い描く夜の廷の情景が鮮やか。ラスト2ページのための物語だと思う。結びの一文も素晴らしい。

    「落照の獄」
    現代の私たちの住む世界にも通じる、罪と罰の物語。死刑の是非もそうだが、柳国が傾く様がずしりと重い。王の関心が薄れたのか、能力が減退するのか、そんな国の終わり方もあるのか、と。

    「青条の蘭」
    希望の物語。標仲らの努力(と簡単に言えるものではないが)を、市井の人々が次々につないで、国を救う。胸が痛くなるような焦燥。中身がよくわからないままリレーされていく希望は美しいけれど、それまでの絶望的な状況からするとあまりにも簡単すぎるようにも。

    「風信」
    これまでの3篇もそうだが、「王」は庶民にとっては「王」でしかない。読者は、陽子とか尚隆とか、個人である王の物語を求めるけれど、その世界で暮らす者にとっては、王個人はおろか、偽王かどうかすら問題ではなく、ただ「あるべき王が立つことにより社会が安定する」かどうかだけが重要である。

    これまでも十二国記の物語を読んできて、麒麟というのは難儀だなぁと思ってきた。麒麟は本能的に王を選ぶけれど、それが民にとって「良い王」であるとは限らない。王の治世が経年により劣化するならまだしも、短期間で滅ぶ王朝もあるのだから、必ずしも麒麟による王の選定は民の幸いとは結びつかないのだろう。おまけに、王候補が現れるのを何年も待つ麒麟もいれば、異世界まで迎えに行ってしまう麒麟もいるのだから、王よりも、自国がどんな麒麟に恵まれるかの方が、民にとっては重要なのかもしれない。

    次作は、王と麒麟の物語になるのだろうか。戴国の行く末が気になる方は、さぞかしじりじりされていることでしょう。私は・・・泰麒も泰王もあまり好きになれないので・・・他の国の物語が読みたいです。

  • 十二国記の短編四編が収められた、短編集。
    最初の二編は『yom yom』という雑誌に掲載されたもの、残りの二編は書き下ろしです。
    十二国記の新作刊行は十二年ぶりということで…本当に待ち遠しかったです。

    十二国記といえば各国の王様や麒麟が繰り広げる壮大なお話という印象ですが、今回の短編集は今までと趣向が異なり、市井の人々にスポットが当てられています。
    お馴染みの王様達も、出て来るには出て来ますが、あくまでも主役は一般市民の、いつもであれば所謂「脇役」な人々。

    この短編集の最初の一編『丕緒の鳥』を初めて『yom yom』で読んだ時、WH版『風の万里 黎明の空』下巻の、小野主上のあとがきを思い出しました。


    今回、たくさんの人が死にました。「死んだ」と明記していない名もない人々も、行の隙間でばたばたと死んでます。あえて多くは書き込みませんでしたが、それはこれ以上登場人物が増えたり、エピソードが増えると、本の横幅より厚い本になりかねなかったからです。
    本人達には人生の終焉という、一大事です。でも、主要登場人物じゃないから、死んだと明記さえされない。なんて、理不尽なんでしょうね。理不尽を分かっていながら物語の都合上、切り捨てないといけない。辛いところです。
    ですからそこは読者の想像力におすがりしたい。すべての人間にとって、本人こそが主人公なのだということを、ゆめゆめお忘れなく。本を閉じたあとにでも、ふっと思い出していただけると幸いです。
    (ホワイトハート版『風の万里 黎明の空』下巻 あとがき 369-370頁)


    このあとがきを読んだ当時、そんなところまで想定して書かれているなんて凄いなぁと思った記憶があります。
    そしていつかそういうお話も読んでみたいなと思いました。
    今回の短編集はまさしく、名もなきキャラクターたちが国の流れに翻弄されたり抗ったりしながら懸命に生きている様子が描かれています。
    王様や麒麟が主人公な本編は、胸のすくような展開が多く、ドラマチックです。
    今回は、大きな流れに立ち向かうイチ個人、なので一国の歴史の中では、記録もされないようなほんの些細なことなのかもしれません。
    けれど、そういう人々や物事に焦点が当たることで物語全体に血が通っているように感じました。
    何というか「現実的にあり得そう」な話だよなと思ってしまいます。
    それは描写だけでなく、扱っている題材のせいもあるのでしょうが。
    特に二作目の『落照の獄』は死刑制度の是非という、現代のこの日本においても決して他人事ではない重いテーマを扱っていますし。
    ファンタジーを銘打ったシリーズではありますが、そういうところに、リアリティとシンパシーを感じてしまう。

    書き下ろしである『青条の蘭』と『風信』は、どこの国の話なのか、具体的な国名は記されていません。
    ですが読み進めて行くと、馴染みのある地名や、国の情勢が朧気ながら分かって来て、いつの時代でどこの国の話なのかが分かります。
    こういう書き方が嬉しいと感じてしまうのは自分だけでしょうか。
    一つ前に出た『風の万里 黎明の空』にあった「王が新しい作物を里木に願う」という話が、『青条の蘭』で詳しく描かれているんですよね。
    本当に細かいところまできっちり設定が作られているんだなぁ…とひたすらに感心するばかりです。
    主上凄いです。

    『落照の獄』を除いては、希望が見えるような終わり方です。
    他の国は新王が立ったけれど、『落照の獄』の舞台である柳は今まさに沈みゆく国だから行く末が不透明な終わり方なのかな…そう思うと切ないです。

  • ついについについにー!
    新作が出ましたよー!!

    yomyomはスルーしておりましたので、ようやく読めて嬉しいです。
    この短編二作があったからこそ、いつか新刊出るはず!という希望を持てていたのです。
    それにしてもン年ぶりの新作だというのに面白さが一つも薄れていないのはさすがとしか言い様がありません。

    以下はネタバレしまくりのレビュー&感想になるので未読の人はお気をつけて。

    ■丕緒の鳥
    これぞ十二国記という感じのお話を最初に持ってきたなあと感じました。射儀の設定などには惚れ惚れしてしまいました。いやあ、まさに目に浮かぶような華やかな儀式なのだなと。しかし主人公丕緒はその儀式で用いられる陶鵲と民を重ね、それが射貫かれて散る様を見て喜ぶことは間違っていると人々に、王に、訴えようとします。まあ国が国ですからね……この物語の舞台は慶。ともなると、丕緒のように感じることも無理ないかなという感じです。
    そしてこの物語の時代は、ちょうど陽子が王に即位した頃。ということで私たち読者は丕緒と違い、ある程度安心感を持ってこの物語を読んでいるのですよね。
    なんというか、「多分今度の王はそんなに悲観せずともいい王だから、とりあえず見せてみてごらんよ」という気持ちで本を読んでいる。
    そして最後にやはり陽子が出てくる。
    「忘れ難いものを見せてもらった。……礼を言う」
    この台詞を読んだ時、なんて模範解答だと思ってしまいました。笑
    「陶鵲と民を重ねてるんだな」と即座に理解してしまうのは、また違うのですよね。陽子はまだまだこちらの世界のことを理解していないわけで、そうなれば丕緒の思いを全部汲み取るなんてまだ不可能なわけです。
    となるとあの時点での丕緒への感想としては、(陽子は意図したわけではないのに)ベストな答えになっているんですよね。彼女は感覚的な部分できちんと何かを感じ取った。その感じ取った部分がどういう部分なのかは、読み手側の想像の域になるわけですけれど、私はすごく清々しい気持ちになりました。
    うん、本当に慶は良い王を持ったよ。

    ■落照の獄
    転じて重たい話が。いえ、1話目も苦々しい物語だったのですが、この話は色々と考えさせられる分余計に重苦しく感じるものだったと思います。
    始めに申し上げますと、私はこの物語は終始瑛庚視点で読み進めました。すなわち、途中に彼の妻の清花や狩獺に殺された子どもの遺族が出てくるわけですが、それでも瑛庚同様法は重要であるという立場で読み続けたというわけです。
    ですので、「殺刑はならぬ」となっているのなら、やはりすべきではないのではないかなという意見に傾きながらでの読み方でした。もちろん、狩獺は許すべきではないと思いましたし、殺刑になってもやむなしとも思いましたし、そうなっても文句もありませんでした。
    ただ、感情と法は決して同じところにあるものではないのでしょうね。そういう点では瑛庚同様、すごく色々と考えました。
    結局これはどこを落としどころにするつもりなのか、その一心で読み進めました。
    それにしてもこの物語の締め方は実に見事であったと思います。
    ここまでの犯罪者であれば、「殺刑やむなし」も当然でしょう。けれど、これは何かを解決することには繋がらない。文中にもあったとおり、相容れない存在を切り離し、世界を調整しただけ。世界は平穏を取り戻したように見えるけれど、実質的には狩獺の勝利であり、瑛庚たちの……ひいては他の一般の者たちの敗北である。
    この物語の舞台は柳です。『丕緒の鳥』から一転し、私たちは暗い気持ちでこの物語を読み進めています。この先、この世界がどうなるかも薄々勘づいている。狩獺を排除しても、別のケダモノが現れるのであろうことは明確です。
    皮肉なことにこの物語でそのことに気付いているのは、瑛庚たち上層の人間だけなのですよね。狩獺の殺刑を遺族や清花たちは喜ぶのでしょう。その気持ちは分かります。けれど喜ぶだけで、彼らは結局その後ろにある恐ろしい事実を理解しようとはしないのでしょう。
    そういう意味では特に清花に対しては、ひどく苛立ちを覚えました。彼女は夫の立場もあり、「感情」と「法」二つの視点を持てたはずの人間でした。けれど夫の言葉には耳を傾けず、感情だけを優先し、法の意味を考えようとしなかった。彼女はこの先の柳の国にどのような気持ちを抱くのでしょうか。
    とにもかくにもこの物語を読み、柳は本当に大した法治国家だったのだなと強く感じました。それだけにどうしてこの国が傾いていくことになったのかとても気になります。いつか、その辺りの物語も書かれるのでしょうか……

    ■青条の蘭
    一番夢中になって読んだ物語でした。
    というのもこの話、意地の悪いことにどこの国が舞台なのか読んでも読んでも全然分からないのです。
    「もーどこなのさここは!」と思いながらも、あまりの荒れ果て具合に色々な候補が頭の中に浮かんでは消え、浮かんでは消え。時代もさっぱり分からないので、最初は「芳かな?」と思っていたのですが、芳はもっと雪深いイメージあるしなとも思いーの。同様の理由で戴も違うかなどうかなと思いつつ。「じゃあ恭? でもあそこの王様的にそれはないよなあ。ひょっとして恭王が即位する前の話かな」と思ってた頃に、芳と恭が候補から外れるのです。
    「ひょっとしてまた慶?」と思って蓋を開けてみれば……
    まさかまさかの玄英宮。おいいいい何百年前の話ですか!と思いながらも、すごーくホッとしました。そこの王様なら何の心配も要らないよ、っていう安心感が。笑
    物語はブナ(漢字難しいのでカタカナですみません)が枯れたところから始まります。最初は良い木材として売れると喜ばれていたけれど、ブナが倒れ始めた頃から標仲たち役人の側はこのままではまずいと危機感を抱き問題の解決に挑みます。
    天から解決策も与えられているというのは良いなあと思いつつ、青条のあまりの扱いにくさには「もうちょっとどうにかしてあげられなかったのか」とも思ってしまう物語でした。この世界の天帝さまは本当にもう。
    雑に書きましたが、物語はもっと切迫・緊迫し一刻の猶予も無い状況で非常にハラハラします。緊張感がこちらにも伝わってくる物語でした。
    解説にもありましたが、この話はとにかく設定が凝っているなあと感じる物語でした。里木からの山野草の育ち方や王の願い方についてのこまやかな世界観。さすがです。
    私はとにかくどこの国なのかという部分に集中力がいってしまい、間違った読み方をしてしまったなと思っているのですが、終わりにかけて標仲の意志を継いだ人々が王宮まで青条を運んでいくところは、心が温まる展開だと思います。

    ■風信
    4編の中で一番短く、「あれ、ここで終わり!?」と感じたりした作品です。
    こちらも舞台は慶。時代は丁度舒覚の悪政が終わってから陽子がこちらの世界にやってきた頃までの物語。いやはや、『青条の蘭』を読み終わった後だと時代や国が分かっていることがこんなにもありがたいことだったとはと感じてしまいました。笑
    舒覚の「女性国外追放」政策により孤児になってしまった蓮花。彼女が身を寄せたのは暦を作る者たちが集まる苑囿だった。
    私自身は暦作りの仕事、とても楽しそうに感じましたがね。まあ家族が舒覚の非道とも言える政策の犠牲になってしまっているのですから、蓮花が彼らに怒る気持ちも理解出来るのですが。
    ただこちらも『丕緒の鳥』同様、読み手としては国の行く方向が分かっているからその分気持ちに乖離が生まれるのですよね。
    最後の新王の誕生を告げる燕たちには、こちらも心がほっこりするようでした。しかも王様は彼女ですから。
    それにしても、今出ている話でも慶の最新状況を見ると復興にはまだまだまだまだかかるという感じですよね。『風信』なんかを読んでいると、ここいらでもう少し環境が良くなってきている慶の国の話を読みたいなという気持ちも出てきてしまいます。

  • ついに、新刊。
    めちゃくちゃ楽しみにしてたからこそ、重く、1ページ1ページを噛みしめて読んだ。

    これは人間の物語なんだなあ、て。
    しみじみした。
    時に目を背けたい出来事に、死に、荒廃に、利己的な人の心ない行為に、国を支える職務のあり方に、悩みながらも。
    心ある人の支えに、命の光に、過ぎていく日々に、かすかな希望を夢見ながら。
    一歩一歩歩みを進めていく登場人物たち。

    あれが、きましたね。
    日常を作ることもまた道だ、ていう言葉。そう、何気ない日常は当たり前ではなくて。誰かによって支えられているのだということ。

    じんわりとしたほろ苦さと、
    新芽のような命のきらめき。
    うん、感じたよ。
    なんていっていいのかわからないけれど。全巻読み直したくなったよ。陽子ちゃんがすきだよ。

  • 今回は短編集。ちょっと暗い内容だったけど、その世界にすぐ入り込めた。
    どの話も、ラストの余韻がよかった。

  • 十二国記シリーズ
    スピンオフ、短編4作

    王が斃れ、あるいは道を失った国の荒廃、官民の苦悩などが描かれている。

    夜明け前がいちばん暗いよね。うん
    どの国も平穏が来るといいな

    でもね、やっぱり本編が読みたいのです
    王と麒麟の話。 早くーーー!!

  • シリーズのファンの方には物足りないだろうけれど、小説としては本編よりも素晴らしい作品だと私は思う。
    特に『青条の蘭』、人々がわけもわからず希望を繋いでいくシーンは涙なしには読めない。

  • 短編なので軽めかと思いきや、重厚感に圧倒されました。民を思い悩み苦しむ男たちのひたむきな努力が眩しい。
    「丕緒の鳥」 … 大射の儀式の色彩と音が胸一杯に広がります。陽子の言葉がむしょうに嬉しかった。
    「落照の獄」 … 瑛庚の下した決断にホッとした自分がいて、これが“理屈を超えた反射”なのだとしみじみ思いました。
    「風信」 … ちょうど燕の卵がかえる時期に読んだので、希望にあふれたラストシーンは感激もひとしおでした。

  • 十二国記シリーズ、久々の短編集。
    丕緒は祝い事や賓客があった時などの祭礼に際し、弓を射る儀式の的にする陶鵲を誂えることを職務としている。この度、慶に新しい王が立った。その式典の為の陶鵲の用意を依頼される。しかし、丕緒はどうしても、陶鵲を造ることができずにいた……。(「丕緒の鳥」)
    他、落照の獄、青条の蘭、風信の計四編。

    王や麒麟たちは出てこない、徹底的に民の話。丕緒の造る陶鵲の描写が美しくて、ため息。
    落照の獄は大量殺人を犯した罪人を裁くことになった司計(日本でいう最高裁の裁判官みたいな立場かな?)の話。死刑が廃止になって久しい柳の国の末期の話で、ここで死刑を復活してしまっていいのか?と思い悩む話。犯人はほんとどうしようもない。非常に重く読み応えのあるはなし。まあ読んでる最中は早く清花リリースしちゃえよ!と憤ってしまったが、それもまた要らないものを切り捨ててしまえばいいのか、と問われている気分になる。
    青条の蘭は山を犯す疫病を食い止めようと必死で薬を探し、それを王に届けようとする小役人の話。この苗がただ一つの希望、そのことを役人にも民にも理解してもらえずひたすら走る標仲。ちゃんと王に届いたのだろうか、その結末は明らかにされていないところがいい。標仲の必死さに気付いて手を差し伸べてくれる人がいたところにうるっときた。
    風信は、予王の女を排除せよというおふれのせいで家族を殺された少女が主人公。逃げに逃げて暦を作る人々のところで厄介になることになるが、そこの住人が余りにも浮世離れしていて呆れてしまうのだが……。という話。ほんとにしみじみ、予王はどうしようもない。
    どの話も、最終的にハッピーエンドかは明らかになっていない。死刑を復活させて本当によかったのか、希望の種は届き、疫病は止まったのか、新王が立ったことで、本当に何もかも良くなっていくのか。
    本編の方でも陽子は迷い悩みまくりで、陽子が全て救えるわけではない。国がどうなっていくのかはわからない。それでも陽子はこういう、王の在不在に揺れる人々の希望になる存在になっていってくれたらいいなという思いが強くなった短編集だった。読めてよかった。
    どうせこの雪なので十二国記シリーズ読み直すかのう。

  • 4つの話からなる短編集。国のため、民のために、懸命に職務を果たそうとする人々の物語。登場人物たちの必死さに心打たれる一方、「これでいいのか?」という、焦りや無力感も伝わってくる。それでも、国を動かせるかどうかはともかく、一生懸命さは、だれかに伝わるものなんだなぁと感動した。伝わるまでの道のりが、あまりに長く、遠いものではあるけれど。そして、わずかな「光」がさしたとき、さらに多くの人々の心を動かすのだろう。

  • 十二国記、久々の新作は短篇集。王や麒麟の話ではなく、役人や民が主役でした。死刑の是非とか里山の荒廃とか、現代社会にも通じるテーマを、細部まで構築された架空世界で描く手腕はさすが。
    しばらくぶりなので、独特の漢字の使い方に慣れるのに時間がかかりましたが、楽しめました。本編の続きを期待してます。

  • 王のことではなく、それを支える役人や市井の人の話。
    十二国記は中華風のファンタジーという印象ですが、今回の陶器の鳥を射る儀式など読むと、ハイファンタジーなんだなぁと感じます。
    敵を倒して平和になりました、というお話ではない十二国記の世界観を「落照の獄」はよく表していたようにも思います。妖魔は荒廃は恐ろしいけれど、もっと恐ろしいのは人の心なのかな……。いろいろ考えさせられました。

  • 荒廃した国、不安定な国で生きる人々。
    死刑について考えさせられた。裁く側の苦悩。娘の「父さまは人殺しになるの?」という言葉が重い。

    他の3つの話にも心揺さぶられる。きっとあの王がなんとかしてくれる、そう思いながら読み進めた。

著者プロフィール

小野 不由美(おの ふゆみ)
1960年生まれ、大分県中津市出身の小説家。大谷大学在学中に京都大学推理小説研究会に所属。夫は推理作家の綾辻行人。
1988年、『バースデイ・イブは眠れない』でデビュー。2013年5月、『残穢』で第26回山本周五郎賞を受賞。代表作にテレビアニメ化された『悪霊シリーズ』、『十二国記シリーズ』、『屍鬼』など。

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