華胥の幽夢 十二国記 (新潮文庫)

著者 :
制作 : 山田 章博 
  • 新潮社
4.35
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本棚登録 : 1742
レビュー : 128
  • Amazon.co.jp ・本 (351ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101240602

作品紹介・あらすじ

王は夢を叶えてくれると信じた。だが。 才国(さいこく)の宝重である華胥華朶(かしょかだ)を枕辺に眠れば、理想の国を夢に見せてくれるという。しかし、采麟(さいりん)が病に伏すいま、麒麟が斃(たお)れることは国の終焉を意味する国の命運は──「華胥」。雪深い戴国(たいこく)の王が、麒麟の泰麒(たいき)を旅立たせ、見せた世界は──「冬栄」。そして、景王(けいおう)陽子(ようこ)が親友楽俊(らくしゅん)への手紙に認(したた)めた希(ねが)いとは──「書簡」。王たちの理想と葛藤を描く全5編。

感想・レビュー・書評

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  • 「責難は成事にあらず」

    ホワイトハート版しか出ていなかった頃、
    短篇集の中で慶が関わってこない「華胥」が好きではなかったけれど、
    この言葉の意味を本当に理解してから、
    ずっと忘れることなく記憶に残している言葉です。

    誰かを、何かを避難することは容易い。
    でも、私は、何かを成し遂げることはできていない。

    一人驕り高ぶっていた頃に、頬を張られるような衝撃を受けて
    情けなくてわんわん泣いたことを思い出します。

    これだけ、仕事観や死生観、学ぶことや、人との関わり方を
    ファンタジーという世界のなかで説いている小説が
    そもそも、ティーンズ向けに書かれているという事実に
    毎度のことながらびっくりしてしまいます。

    逆に言えば、10代の中頃から十二国記に親しめたことが
    何より幸せなことだなと思っています。

  •  完全版十二国記7作目となる短編集。

     『冬栄』『書簡』は陽子や楽俊、泰麒が再登場し、彼らが厳しい十二国記内で自らの役割を見つけようとし、懸命に行動している様子が描かれます。過去作品を読んでいる身にとっては、彼らのその後が分かり、大満足であるとともに、彼らの頑張りや苦悩を見るにつれ自分もがんばらないといけないなあ、と思いました。特に『書簡』は陽子と楽俊の手紙のやり取りの話なのですが、二人のやり取りが読んでいる自分自身にも向けられているようで、なおさら頑張らないと、と思った作品です。

     過去キャラの登場で和んだ面もあるのですが、十二国の厳しさを描き切った短編もさすがの読み応え……。

     『乗月』は『風の万里  黎明の空』以降の芳国が舞台。
     十二国の設定ではたとえ暴君でも王がいないと天候不順が続いたり、国に妖魔が現れたりと国が傾く、ということは規定事項になっています。そんな中で行き過ぎた刑罰を作った王を倒した月淫の苦悩を描いた短編。

     月淫の苦悩と反逆という決断の重さがとてつもなく濃密に描かれています。そしてこれだけ自分の罪のことを考えられる彼が上に立っても、これから国は傾いていくのか、と思うとやり切れなくもあります。彼の覚悟と決断が少しでも早く天命に届いてほしい、と思わずにはいられませんでした。

    『華胥』は麒麟が倒れた才の国が舞台。麒麟が倒れたということはその国がまもなく倒れてしまうことを意味します。
     十二国記の厳しさがこれ以上ないくらい表現された話だったと思います。理想だけではどうにもならない現実、自責の念、後悔、国を背負うという責任の重さ、そういったものをこれまでのシリーズ作品以上に強く思わされました。だれも悪いとは言い切れない、ただ少しずつの間違いや思い込みが積み重なった結果、ということが余計に辛いですね……。そういう甘さを許さないのが十二国記らしいのかもしれませんが。

    『帰山』では『図南の翼』の利広が登場。このシリーズの深さを改めて伝えるだけでなく、伏線を張ったような作品で今後のシリーズがますます楽しみになりました。

     硬軟織り交ぜられた短編集で長編作品に引けを取らない作品だったと思います。ますます十二国記の世界観を広げてくれた作品でした!

  • 「戴」「芳」「慶」「才」「柳」五つの国に纏わる短編五作が収められた短編集。
    以前刊行された短編集『丕緒の鳥』は十二国で暮らす市井の人々を描いたものでしたが、今作は他のシリーズ作品と同じく王や麒麟やそれに与する人々を描いたものです。
    『丕緒の鳥』のレビューで、市井のイチ個人達の抱える苦悩についての物語なので現実的にあり得そうな話ばかり、というようなことを書きました。
    今作『華胥の幽夢』は王や麒麟や王朝関係者の抱える苦悩について描かれているのですが、彼らの抱える問題も、紐解いていくとやはり現実的にあり得そうな話で、普段の自分の生活においても為になったり身に染みるようなことばかりです。
    ただし、王や麒麟と市井の人々とで決定的に違うのは、その苦悩や過ちが国情に直結してしまうか否か。
    王や麒麟は重大な責任を背負っているんだなぁと改めて思いました。
    大人になってから改めて読むと、学生時代に読んだ頃とはまた違う箇所が心に響いたり、新たな発見と感動を味わえました。
    今作には心に留めておきたい名言がたくさんあります。
    やはり十二国記は私にとってのバイブルです。

    『冬栄』
    泰王・驍宗が登極して間もない頃のこと、泰麒が使節として漣を訪ねるお話。
    蓬莱からやって来て、十二国の決まり事がよく分からず、王を選ぶという役目も果たして他にどうすれば良いのか途方に暮れてしまって、自分の存在意義を見出だせない。
    大きくなること、ただ見守ることだけでは何もしていないような気がしてしまう。
    国の為に自分に出来る事がない、と悩む小さな泰麒が健気で切ないです。
    とはいえ、身の回りで波乱の多い泰麒の穏やかな日常が描かれているので、比較的和やかな気持ちで楽しめるお話。
    しかし戴のこの後の混乱を知っていると、読んでいて切なくもなります。
    WH版では戴のその後の話である『黄昏の岸 暁の天』がこの短編集より先に刊行されているのですが、今回は刊行順が逆になっているので、新装版から読み始めた方は『黄昏の岸 暁の天』が刊行されたらまたこの短編を読み返すことをお勧めします。
    戴の混乱に関わる重要な人物が今作にさりげなく登場していたりするので。
    小野主上は本当にえげつない(褒めてます)。
    泰麒は本当に優しくて良い子なので、幸せになって欲しいと切実に思います。

    『乗月』
    峯王・仲韃が倒れた後の芳が舞台で、峯王を弑した月渓のその後を描いた物語。
    学生時代に読んだ時には「月渓がぐたぐた悩んで玉座になかなか就かない話」という印象でしたが。
    改めて読んで、当時の自分を叱責したい気持ちでいっぱいです。
    道を失っていてもなお、峯王に期待してしまう。
    期待に背くようなことをして欲しくないのに、それを止められなかったという後悔。
    そんな自分が仮とはいえ玉座に就くことは、峯王を弑したうえに位を盗むことになる。
    大人になった今なら、月渓のこの気持ちが分かる気がします。
    人を諫めることは難しい、けれどそれでも諫言するのは、相手に対する期待と情愛があるから。
    本当にその通りだと思います。
    言ったことを聞いて貰えない、それで相手に嫌われたり、自分が嫌な思いをしたりするのは、誰しも避けたいことです。
    それでもそれを承知で、厳しいことを言うのは、やはり相手に対して期待していたり尊敬する気持ちがあるから、なんですよね。
    相手を期待することとそれを裏切られたときの気持ち、そして罪の重さを分かったうえで敢えてそこに踏み込むことの意味を、きちんと理解している月渓なら、芳の「月陰の朝」を支えられる。
    どうやら芳は次の王が起つまでにひと波乱ありそうな感じですが、次王が登極するまできっと持ち堪えると信じています。
    次の王様は月渓なのでは、という気もしますが…芳のその後の話もあるなら、いつか読んでみたいものです。
    それから今作には話題だけですが供王様が登場します。
    相変わらず物言いが素敵で、何度読んでも思わず笑ってしまいます。

    『書簡』
    景王・陽子と雁の大学に学ぶ楽俊が、互いの近況を伝え合う。
    『風の万里 黎明の空』の少し前のお話です。
    多少の悩みや問題はあるものの、お互い「とりあえず上手くやっている」と報告しあう二人。
    敢えて本音を曝け出さず、見栄を張ることによって自分を鼓舞する。
    弱いところを見せて慰め合うだけが友情ではないんだ、ということに気付かされる。
    仲の良い友人同士は、何でも弱みを見せられる間柄だと考えがちですが。
    友達も頑張っているんだから自分も頑張る、というこの二人の関係も、とても素敵で羨ましいなと思うのです。
    強がりだろうと背伸びだろうと大丈夫だと言って、元気を出す。
    『風の万里 黎明の空』で采王が鈴に言った「人が幸せであるのは、その人が恵まれているからではなく、ただその人の心のありようが幸せだからなのです」という言葉に通じるものがあるような気がしました。
    楽俊は大学を卒業したらどうするんでしょうね。
    何となく、巧に戻るのかなという気がするのですが。
    そういえば半獣は王様になれるんだろうか。
    少なくとも巧の次の王様に楽俊が選ばれることはないみたいですが、ちょっと気になります。

    『華胥』
    沈みつつある才の王朝を描いた物語。
    表題作であり、重いテーマを扱ったお話です。
    専横せず真面目に政務に取り組んでも、国が傾く…理由が分からずに苦悩する才の王や官吏の心情は、読んでいると苦しくなる。
    けれど王は国を治める者として、理由が分からない、という言い訳は決して許されない。
    小野主上の描く世界観は相変わらず、甘くないなと思います。
    理想を掲げたり、他人を非難することは、誰にでも出来る。
    問題は、実際に理想を実現出来るのか、実現出来る範囲で何をするべきか、ということ。
    国の運営とはすぐに実現出来ることばかりではない、だからこそこの世界の王や官吏は寿命が長い…そういえば延王もそんなことを言っていましたね。
    潔癖な官吏や民ばかりではない、そういう人々のことも織り込んで、多少の失敗は覚悟の上で、すぐに結果が出なくても気長に構える。
    そういう、多少の余裕を持っていないと、国は治まらないのかもしれないですね。
    潔癖な人には難しいことなのかもしれません。
    「瓢風の王は、傑物かそうでないかのどちらか」とはシリーズの至るところで見掛けた一文ですが、その理由の一端が見えたような気がします。
    理想を高く掲げ過ぎていたり、性急に結果を出そうとしたり…そういうところで却って蹉いてしまうのかな、と。
    砥尚もそうだし、同じく瓢風の王と呼ばれる泰王・驍宗も似たようなところがある気がしてしまう。
    峯王・仲韃は潔癖過ぎるが故に自分の過ちを認められなかったし、かつて雁で謀反を起こした斡由も、もし玉座を勝ち取っていたら同じような過ちに踏み込んでいたような気がします。
    潔癖過ぎる人、真面目過ぎる人は、実はあんまり王様に向いていないのかもしれないなぁ、なんて思ってしまったり。
    尚隆くらい適当な方が、向いているのかも。
    この話に出て来る「責難は成事にあらず」という言葉は本当に、いつも念頭に置いておきたい身に染みる言葉です。
    この言葉に纏わるエピソードで、才の前の王を非難する青喜に、養母である慎思が「では、もしも主上と台輔が身罷られたら、青喜は昇山するのですね?」と言った場面がとても印象に残りました。
    そして、国情を嘆きながらも昇山しない周りの大人に憤慨して家を飛び出し蓬山に向かった『図南の翼』の珠晶を思い出しました。
    言わんとすることはどちらも同じですよね。
    この短編『華胥』は、『風の万里 黎明の空』を読んでいると、終盤のとある一文に驚かされると同時にこれがいつの時代の事なのかが分かるという、シリーズを通しての読者にとっては嬉しい仕様です。

    『帰山』
    沈みゆく柳で偶然出会った、雁の風漢と奏の利広のお話。
    この二人、面識があったのか…と驚きつつ、諸国を放浪するのが好きで気になることには首を突っ込む性分は似ているもんなぁと、何だか納得してしまいました。
    会って当然の場所で対面したことがない、というのが何やら暗示的で気になりますが。
    二人が、柳の国情や互いの国の沈み方を予想しつつ軽口を叩き合う場面は、やり取りが面白いのだけれど、二人共たくさんの王朝が沈むところを見てきたのかと思うと切なさも感じてしまいます。
    「滅多に会わない人間に百度会ったら」というのは、利広と風漢のことなんですかね、やはり。
    あとは上にも書きましたが「会って当然の場所で対面したら」ということも、延王なら賭けていそうで怖いです。
    珍しく碁で勝った時の碁石集めを、阿呆らしくなって辞めたという事だから、もう同じような事はしないかもしれないですが。
    そして利広が奏に帰ってからの家族とのやり取り、『帰山』というタイトルの表す通り、このお話のメインはここなんだろうなと思います。
    (余談ですがこの『帰山』が初めて発表された同人誌では、風漢と柳で出会う場面はなく、利広が奏に帰ってくるところから始まります。)
    利広にとって、自国が沈むということは、家族団欒を失うことなんですよね。
    だからこそ奏の終焉を想像出来ない。
    けれどずっと王宮にいたら安寧に飽いてしまうから、他国を放浪して王朝の脆さに心を痛め、自国は大丈夫だと確認する為に帰って来る。
    その心理は何だか分かるような気がします。
    利広は繊細で危ういキャラクターだなと思います。
    そういうところが堪らなく好きなんですが。
    永く生きた王朝が倒れる時は悲惨、という話がありましたが、もし小野主上がそういう話を書くつもりなんだとしたら、奏なんじゃないかなという気がします。
    利広が何かをしでかすのではないかと思う。
    奏ではないにしても、シリーズの最後にどこかの王朝が沈む、という展開はあり得そう。
    そんな展開は悲しいと思いつつ、読んでみたいような気もしてしまいます。

    『華胥の幽夢』は、シリーズ作品との繋がりが強い短編集なんだなぁと改めて思いました。
    単純に、他シリーズに出て来るキャラクターが登場するということもありますが。
    シリーズ作品で描かれる、こうあるべきだという「考え方」とか「心の在り方」という精神的な部分が集約されているように思います。
    自分の至らないところを指摘されているようで、読んでいて辛い部分もあるのですが、それ以上に心に響くたくさんの言葉に出会えるから、読まずにはいられない。
    短編集ですが、長編に負けず劣らずの読み応えな一冊だと思います。

  • 十二国記シリーズ短編集。長編の隙間を埋めるような話が多く、シリーズの魅力が抽出したようなものになっています。また為政者を取り上げているため、政治の難しさも示しています。理想を追うだけではだめだし、前王朝の批判するだけでもだめ。志を同じくしていた人を否定しなければならぬ苦しみ。共に進む友の有り難さ。これらは読み手ひとりひとりの心に引き寄せて考えることのできるものとして示されているので、雲上の話にも共感を覚えながら読むことができるのが面白いです。
    最後に配された「帰山」では十二国の現状が示され、これからの展開を期待させられます。

  • 相変わらずこの人の本は本当に色々と考えさせられる。
    国のあり方、人の在り方・・・・
    きっと普段なら考えることすら面倒くさいと思ってよけてしまうこともしっかりと書き込んでいるので一緒になって考えさせられる。

  •  既に講談社のXハート文庫、講談社文庫で出版されているものの新装版です。

     これは各国の王と麒麟にかかわる物語。

     美麗な表紙が『華胥』の悲劇を一層彩っているように私には見えました。

     解説はアニメの脚色を担当された會川昇氏。なかなかに興味深いお話を書かれています。(私、個人が彼のファンなので特にそう思うのでしょうが)

     来年の三月には『黄昏の岸 暁の天』が発行。そして次は書きおろし長編が待っています。楽しみですね。

  • どれも面白かったけども、やはり「責難は成事にあらず」がとても心に残るし、忘れないようにしたい。

    シリーズを重ねていくうちに、人生の教訓を学ばされるようになり、面白いだけでなく、自身を省みることができて良い。

  • 王の理想と苦悩を描く短編集。シリーズを通して読んでいる人は思わず「うおぉぉぉ!」と言いたくなる人が続々出てきます。勿論そんなファンサービスだけでなく、読んでいて身が引き締まる物語も健在で、どんどん磨かれています。特に表題でもある「華胥の幽夢」は、良い国を作りたいという強い思いとは裏腹に崩壊していく国家が生生しく描かれています。

    自分は「できる」と思い込んだ時が、その人の限界。それが王ならば、その国の限界、終焉になる。自分を卑下することの多い尚隆だが、そういう姿勢だからこそ500年という長い治世を続けていられるのだろう。しかし、「できる」と自信を持たなければ、事にあたること自体が困難になる。そこのバランスは、本当に難しい。自信を持ちつつ謙虚に努めようとしても、気付くと慢心しているなんて事がざらにある。作中で「未熟なのは仕方がない、それを自覚できていれば良い。」という言葉がとても印象的。未熟なことを、忘れずに生きたい。

  • 人を責めることは簡単だが、それをできるのは正しい道を示せる人だけだ。

    今日の自分の言動を振り返って反省。
    このシリーズの最大の魅力は、
    ファンタジーでありながら現実に深く根ざしているところだ。

    『書簡』の中で、
    相手が大変なのは分かっているが、
    それをおくびにも出さずに頑張っている相手を知ると
    自分も頑張れるという下りがある。
    私もその気持ちで新年度を迎えたい。

  • 後書きにもあるが、乗月を読んで涙がこぼれるほどの熱いものが湧き上がると評されているが、この章は嗚咽しながら読んだ。
    主上を止められない自分、諫言するだけ事態が悪くなる現状、尊敬する人が愚行を繰り返すのを見ていられず、幕を引いた事。それが謀反じゃないと主上にもうし開きしたい自分。
    タイムリーでした。

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著者プロフィール

小野 不由美(おの ふゆみ)
1960年生まれ、大分県中津市出身の小説家。大谷大学在学中に京都大学推理小説研究会に所属。夫は推理作家の綾辻行人。
1988年、『バースデイ・イブは眠れない』でデビュー。2013年5月、『残穢』で第26回山本周五郎賞を受賞。代表作にテレビアニメ化された『悪霊シリーズ』、『十二国記シリーズ』、『屍鬼』など。

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