若き数学者のアメリカ (新潮文庫 ふ-12-1 新潮文庫)

Kindle版

β運用中です。
もし違うアイテムのリンクの場合はヘルプセンターへお問い合わせください

  • 新潮社 (1981年6月29日発売)
3.83
  • (162)
  • (193)
  • (217)
  • (17)
  • (4)
本棚登録 : 1929
感想 : 192
サイトに貼り付ける

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

Amazon.co.jp ・本 (352ページ) / ISBN・EAN: 9784101248011

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 藤原さんの感受性の豊かさと、感じたこと、考えたことの言語化力に感動した。
    同じ体験をしても、ここまで深く考えて、感じて、言葉に表すことができる人はなかなかいないと思う。

    セリーナとの会話がとても印象的だった。
    他の作品も読んでみたい。

  •  この頃の藤原さんは楽しかった。そういう時代だったのだろう、アメリカ体験がみんなの興味を引いたこともあるが、はじけ方がよかった。
     

  •  最近メディアに登場することも多い数学者の藤原正彦。三年前「国家の品格」が売れに売れたのは記憶に新しい。彼がいまの私ぐらいの年齢のとき,アメリカに招かれて研究,教育に取り組んだ体験を綴ったのがこの作品。古い本だが,父の蔵書を借りてあったのを,ふと開いてみたらなかなか面白い。巻末に父の筆で読了日が書いてある。私が四歳,弟は二歳のときだ。いま同様に幼い娘をもつ身にはなにかしんみりする。
     渡米に際してまずハワイに寄る。急に思い立ち真珠湾ツアーに行ってみたら,彼が参加者中で唯一の東洋人であった。アナウンスが日本軍襲撃の模様を説明するのに初めは縮こまっていた彼の心に,なにくそという反撥心が芽生える。その様子がおもしろおかしく活き活きと描かれる。他にも随所に読ませる文章がちりばめられている。彼の読書量がしのばれる。
     数学を志したとはいえ,作家の両親をもつだけあって,読書の習慣が身に付いていたのだろう。彼の父新田次郎の「八甲田山死の彷徨」を昔読んだが,とてもよかった。日露戦争前夜,北の大地での闘いを想定して,青森の聯隊に所属する一個大隊二百十人が八甲田山で冬の行軍訓練をおこなう。土地のひとの忠告も聞かず,十分な準備もなく強行された訓練。悪天候で道を失った結果,ほぼ二百の将兵が凍死体となった史実に沿った作品だ。両親の書斎にある厖大な数の書籍,少年正彦はむさぼるように読んだのだろう。
     彼の保守的・愛国的な考え方は三十を前にしてすでに固まっていたようだ。この本でも,アメリカを歴史のない国,人種も価値観も多様でまとまりに欠ける国というように観察し,なんでこんな国に戦争で負けたんだ?と自問する。日本の文化を誇りに思い,日本人であることを自分のアイデンティティの根本に位置づける。異国の地で異人とわたりあってやっていくのには,このような考え方は実際に有用なのだろう。日本にいるとあまり意識しないが,何となく分かる気がする。今は海外でも多くの日本人が活躍しており,日本の認知度も高くなっているだろうが,当時がはるかに厳しい状況だったことは想像に難くない。
     この本には研究内容のことはほとんど出てこない(一般向けなのであたりまえだが)のだが,同僚の人物像,数学者の生態などについては結構書いてあっておもしろい。論文製作競争の弊害についても大きくふれていた。特にアメリカでは研究者間の競争が激しく,限られたポストを巡って,推薦を得るために論文を生産し続けなければならない。論文を評価するのに質で十分な評価ができればよいが,事実上それは困難で,どうしても論文本数による評価に傾いてしまう。結果,意義の少ない論文が濫発され,大量の情報が玉石混淆のまま蓄積され,研究の進歩が阻まれる。どこかで聞いたような話だ。
     古い本を読むと時代を感じる。十章からなるこの本には「太陽のない季節」と題された章がある。彼が最初に在籍したミシガン大学の冬,北部の日の短さ,憂鬱な天候と,ホームシックにかかってふさぎこむ彼の気持ちが描かれている。この章の題はもちろん,現都知事による小説「太陽の季節」のパロディなのだが,私にわかったのはそれだけ。住む時代も異なり,石原の小説を読んだこともない私には,文章表現や内容にそれ以上の含蓄があったとしても知ることはできない。三十年前に読んだ人には伝わったが,今となっては読み取れない何かがきっとあるだろう。テクスト(書かれたもの)の意味は決して固定しているのではなく,時代や環境,読む人のそれまでの経験や思考様式によって様々に変わりうる。よく言われることだが,その一端を感じた。
     藤原にしろ養老にしろ,理系の学者が社会・人生など専門外のテーマで一般向けにものを書くことがしばしばある。内容には些細なところで疑問なこともあるが,専門一辺倒でなく,確乎とした視点をもっていろいろとものを考えているのはさすがだとおもう。彼ら世代が学生だった頃は,大学で何を専門にするかにかかわらず一般的な教養を身につけていることは当然だったというが,わが身を振り返るとはなはだ心もとない。もうすこし教養をしっかりやっとくんだった。それで今さらながら啓蒙書の類を濫読している。

  • 優れた洞察力と筆力をもつ愉快な数学者のアメリカ滞在記。

    あっという間に読んでしまった〜。面白かった!!


    アメリカ人やカナダ人と話すときにいつも不快に感じていた、彼らの主張的&攻撃的な態度の理由がわかった気がした。

  • すごく面白かった!に尽きます。
    数学者にしてこの文才。当時のアメリカの様子や社会的問題、著者の心の移り変わり、アメリカ人に対する見方の変化などが各章ごとにまとまっていてとてもよくわかります。頭脳明晰としか言いようがありませんが、それだけではない著者の人柄が滲み出ており、最終的には『愛なしでは人間は人間であり得ない』と言うところに行き着いているところにも表れていると思います。
    また、ユーモアもあって色々な場面で何度も笑ってしまいます。アメリカに対し、初めは対抗心を持っていた著者が、一時は疎外感からノイローゼに陥り、フロリダで心が解放されアメリカを好きになる事で克服してからの、その後のアメリカに対する理解が深まる様子はすごい。
    アメリカ人の国民性についてのお考えは、ある一つの見方と言えるのかも知れませんが、アメリカと言う国を理解する上で十分納得性があり、その国民性や多様性の問題などについては、現在もなお当てはまるものであると思います。
    日本人としての自覚も改めて高まりました。

  • p120
    1860年にあの威臨丸も、勝麟太郎や福沢諭吉、通訳のジョン万次郎などを乗せて、私の目の前の海面を通ったのだ。
    p163
    アメリカ人にとって、大自然は征服すべき存在だった。自分たちの進出を阻む障碍という意識しかなかったようだ。荒野が広がっていれば鉄道を通し、道路を作って、人が快適な生活が出来るように水道や電気までつけようとする。
    p218
    周辺で暮らしている現地の子供たちには、楽しみがまったくない。そこで子供たちは、たまに走ってくる自動車の寸前を横切るという競争をするというのだ。もっともスレスレに横断した子供が、その勇気を認められてヒーローとなる。しかしこれではロシアンルーレットのようなもので、いつかは誰かがはねられるだろう。そういう子供たちをかついで、親がこの診療所へやってくる。
    「入院させなければ死んでしまうよ」
    と医者がいうと、親の返事はこうなのだ。
    「入院費なんてとても払えないけれど、子供はまた精を出せばまた作れるからな」

  • 1970年代アメリカのリアルが、知識レベルの高い筆者の目・感情を通して冷静に綴られ、プチ留学気分になれた。日常の諸々を、これほどわかりやすく且つおもしろく言語化できる筆者に敬意(^^)ゞ

  • 「数学者」という肩書から、自分には到底理解できないような難解な数式のオンパレードかと思ったら、彼の地で筆者が遭遇した出来事について綴っている『自伝エッセイ』でございました。当時の『空気』がわかります。

    本書はエッセイストであり、著名な数学者でもある作者が アメリカへ留学した際の出来事を綴った自伝エッセイとも 呼べる本でございました。ここには1970年代のアメリカが 筆者の目で活写されて、当時の『時代』を知るという意味でも、面白いエッセイであると思います。

    若き日の筆者が日米の習慣的、文化的な摩擦を乗り越えて、大学で数学を教え、研究者たちと切磋琢磨をしていく姿は、本当に面白かったです。たった一人で異郷にいる孤独感を紛らわせるために、片っ端から女性に声をかけては玉砕したり、それとは一転、フロリダでは一転してバフィーという女性との交流があったり、はたまた、ミシガンからコロラドに移った際に住んでいたアパートメントでは、子供たちの子供たちの人気者になったというエピソードは、なんともほほえましいものでございました。

    後半部のアメリカの学生に対する授業風景では、日本とアメリカ人の学生の『気質』の違いや、『大学に入ってから彼らは勉強する』という今でも変わらない風習がある中で、彼らの選んだ人生の多様性にも、読みながらこれまた驚くべきものが多かったような気がいたしました。

    あらすじで『自分のすべてをアメリカにぶつけた青年数学者の躍動する体験記』と結びの言葉でかかれてりましたが、まさにそのとおりであると思います。

  • 著者のアメリカ留学の際のエッセイ。
    ところどころに出てくる日本人としての誇りは素晴らしくもあり、また滑稽にも描写されている。

    分量としては適度なものだが、実際に読んでみるとあっという間に感じてしまう著者独特の軽妙な語り口が素晴らしいエッセイでした。

    最終章のアメリカから去る際の部分は特に綺麗で、心に残る文章でした。

  • 100円でたまたま買えたので読んだ本。昔、同じ著者の国家の品格を読んだことがあったけど、その時は記憶に残らなかったが、この本はかなり面白かった。

    著者がアメリカの博士課程やポスドクで留学していた時の話で、自分の感情を包み隠さず書いていて、入ってきやすい文章だった。本当に、今の時代なら公に出来なさそうな、個人的な日記というか。
    例えば、友達と過ごしたらマリファナをいつのまに吸っていたとか、大学の後は地域の子供と遊んでいたとか、ラスベガスで留学費用全部ギャンブルですったとかね。なかなか恥ずかしくて書けないような事も正直に書いてて良かった。わくわくしながら読めた。いい本。

  • 書名のとおり、数学の研究者がアメリカに留学したときの留学記。著者は太平洋戦争中の生まれでアメリカの大学に行ったのは1970年代。昔の留学記は今のものとはまたちょっと違っていておもしろい。著者はわりと破天荒なので、渡っている最中にいきなりカジノでするなど、わりと冒険記的な要素もあってその意味でもかなりおもしろく読めた。若手でギラギラした研究者が、大きな壁に挑んでいく、そのストーリーを楽しむことができる。僕はギラギラしていないので、共感はしなかったけど、ああいいな、と思いながら読んだ。研究者を知ることができる一冊。

    ——以下(Twitter、公開は2025/08/09)

    読了本。藤原正彦「若き数学者のアメリカ (新潮文庫)」 https://amzn.asia/d/axeFq2O 若き数学者が1970年代、アメリカの大学に渡って研究したときの研究記。ギラギラやる気満々の若手が不安と期待の中研究に向かう姿を読むことができる。行く途中でカジノでするなど、破天荒なのもよい #hrp #book #2025b

  • 数学者であり、随筆家でもあり、また国語教育や社会問題に関して優れた見識をもつ藤原正彦氏の名随筆。彼が70年代前半にアメリカのミシガンそしてコロラドに留学した際の体験が主に語られる紀行エッセイ。
    個人的に特に印象的だったのは、次の4つ。①アメリカ本土に上陸する前に立ち寄ったハワイで、唯一の日本人として白人観光客群の中に交じって、真珠湾を訪れるエピソード②日本とアメリカの大学生の違いに関して(アメリカの学生は、分数すら怪しい者がいるが、勤勉なことに毎講義で必ず宿題を要求する)③北部ミシガンでの寒い学究生活の中で行き詰まった末、同僚からのススメで、気分転換に南部フロリダへ海水浴に行く話④自分の下宿先の近くにあるマンション群で知り合った外国人家族の話
    ②に関しては、様々な本や周りの人達から聞き知ってはいたが、何度聞いても、このアメリカという国の不思議かつ驚異的な底力を思い知らされる。アメリカのエリート学生の大半は、入学時には、理数系の知識が他国の優秀な学生の足元にも及ばないのだが、それが大学卒業時や大学院修了時になると、超一流の数学者や科学者に変身しているのだから、すごく不思議というか奇異に感じられる。しかし、よくよく考えてみれば、そのカラクリは簡単で、藤原氏が指摘しているように、彼らは大学の講義に対して、非常に熱心かつ真面目であり――というより、彼らにしてみれば、大学の授業はサービスであり、「自分たちは、そのサービスを最大限の効果でもって享受する権利があり、また実際、そうしなければならないのだ」という意識が強い――この勤勉な学習姿勢と、またそれに応えんとする学校側の超一流の施設・サービスが、一介の大学生を世界レベルのエリート学生へと変貌させ、ひいては、この超大国を支える大黒柱へと成長させているのだ(勿論、移民国家ゆえに、外国の並外れた才能が自発的に結集しやすいという事情もあるだろうが)。
    ③の挿話に関しては、フロリダ・マイアミの白浜で、ほんの短い間だが筆者と地元の白人少女が心通わせるシーン(風景描写)がすごく心に残ると同時に、同じ時季にも関わらず、一つの国の北部(ミシガン)と南部(フロリダ)で、こんなにも気候や風土が異なるのかと心底驚いた。やはり我が国とは、国土からして規模が全然違うなぁと思ってみたり。
    藤原氏は、政治評論や社会批評なども精力的に書かれているが、個人的には、本書のような紀行エッセイのほうが好き(本書のイギリス編とも言える『遥かなるケンブリッジ』も素晴らしい)。彼の随筆の醍醐味は、「自虐的なユーモア」と「わざとらしい自慢話」と「感動を帯びるペーソス」の三者が絶妙に相混じる文体にこそある。前者の評論・批評には、時に3つ目の「感動味のあるペーソス」が欠けていることがあるので、やはり自分は紀行エッセイのほうが好きである(つまりは、本書もやはり星5つの高評価)。

  • めっちゃおもしろかった!ホームシックや体調不良についても赤裸々に書かれていて、みんななるよなーと気持ちが楽になる。

  • #5奈良県立図書情報館ビブリオバトル「パッション/情熱」で紹介された本です。
    2011.8.13
    http://eventinformation.blog116.fc2.com/blog-entry-650.html?sp

  • 高嶋ちさ子さんがインスタで紹介していて興味があって読んだ。著者がアメリカで生活していく中での心情の変化やそこで出会ったアメリカの人たちを通じての著者のアメリカに対する、アメリカ人に対する分析が興味深かった。

  • 最後らへん、「私のアメリカ」にまつわる文章が良かった。
    見知らぬ地で気を張ったり、疲れたり、でもそこで頑張って認められた時の全能感、それをビシって書き表していたところで「この本は面白い!」となった。
    アメリカにいても日本での自分らしくいればそれの異質さがアメリカらしさになるって言葉、励まされる。

  • ヴァイオリニスト、高嶋ちさ子さんがおすすめされていて知った。

    面白かった。最後の章の前までは、内容はもちろん文章が面白い!
    最後の章、藤原さんが描かれている当時(1970年代)のアメリカと現代の日本が似ているような気がした。だから、言葉が刺さった。
    アメリカは、強く、積極的なイメージだったが、そのイメージ、現実の意味を知って、大変腑に落ちた。アメリカへのイメージが変わった。

  • 「国家の品格」でも有名な筆者の初エッセイ(多分)。
    アメリカが題材ということで読み始め。私はアメリカだろうが日本だろうが、「〇〇の国最高!」とかいう感覚はあまりもってないし、もちたくないから、この本の随所にチラチラ出てくる「アメリカじゃなくて日本が良い!」の感覚がちょっとダメで読み終えるのが遅くなった。でも最後に出てくる「アメリカ人という国民性がないのがアメリカ人の国民性」「アメリカに真の意味で溶け込むには日本人らしく振る舞うこと」などというところは面白く読んだ。

  • 数学者のアメリカ滞在記。

    滞在中のさまざまなことについて、深くこの方の視点、考えに触れられる。
    いいことばかりでなく、アメリカに対する対抗心、モチベーションが上がらず体調が悪い冬の期間の話も。外国で教授もするくらい賢いのでお堅い方かと思いきや、人間味あふれ、人への興味、愛のある方なんだなぁと思った。

    大学の研究vs教育の話、大学を辞めさせられた教授の話は、自分のいるコミュニティの洞察力の参考になりそう。

全171件中 1 - 20件を表示

著者プロフィール

お茶の水女子大学名誉教授

「2020年 『本屋を守れ 読書とは国力』 で使われていた紹介文から引用しています。」

藤原正彦の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×