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Amazon.co.jp ・本 (400ページ) / ISBN・EAN: 9784101250144
感想・レビュー・書評
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「植物男子ベランダー」見てた時から原作が気になってました。
ドラマだと、ベランダで植物を育てつつ周囲の人達とのほっこりエピソード的なのがあり。いいところで大橋トリオが歌い出すもんで、なんか謎のエモさが漂ってた記憶。
原作はもうガッツリ植物(メダカとトンボとみうらじゅんも少々)
どんどん鉢を増やし
新芽や開花、枯れや虫に一喜一憂し
水をやり花ガラを摘み肥料を撒き
ついには捨てられたラン(の鉢)をゴミ捨て場から救出し…
コレよー!こっちこっち。ただひたすら植物を増やし世話をし、時に放置し。
春を感じて動き出す植物達は、確かにちょっとエモいかも。
「自己流園芸ベランダ派」と併せて時々読み返す一冊です。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
しをんさんのエッセイに出てきたし、植物好きだし読んでみた(°▽°)
もう少し放置しても植物は育つと思うけど、もうダメだと思っていたものから芽が出たり、うんともすんとも言わないと思ってたら、何年か後になんか少し大きくなっていて、植物の生のサイクルに驚かされたり
そういう驚きと植物の強さに魅了されている感じはすごくよく分かる。
文体が自分には入り込みにくかったのか、後半飛ばし飛ばし読んでしまったけどm(_ _)m
後半は植物よりメダカの水槽のことが気になってしまってw
ヤゴが孵ったけど飛べないトンボだったことがわたしにはこの本の1番の驚きだった(植物じゃないw) -
NHKのBSでやっていた『植物男子 ベランダー』が好きだった。本書がドラマ化された物だが、原作は読んでいなかった。
いい年した大人が植物に真面目に向き合い振り回される様は、同志ベランダーは勿論、植物を枯らすのが得意な人でも楽しめるだろう。 -
鉄っちゃんでもフライフィッシングでもAKBでもなんでもそうだけど、趣味の世界は興味ない人はぜんぜん興味ない。「何が楽しいか」を説明するのは至難の業で、しかもそういう話を面白がって聞いてくれる暇人はめったにいない。誰かをつかまえて無理やり延々と講釈をたれたら大変迷惑だ。
その点、どこかに書けば、読みたい人だけ読むので誰も困らない。同好の士なら読むのは楽しい(あーやるやる)。しかも書くのも楽しい。これぞwin-winの関係だ。
...という本。
前から思っていたのだけど、「○○が好きな人(ただしプロではない)」に適当な呼び名があればいいのに。〇〇マニア、○○ファンというのも当人からするとちょっと違う。
その点、鉄道が好きな人の「鉄ちゃん」ってのは、語感はともかく呼び名がある、という点ではちょっとうらやましい。あとは熱帯魚を飼っているアクアリスト、くらいしか思い浮かばない。植物を育てるのが好きな人はなんと呼べばいいのだろう? 園芸ファン、植物マニアってなんか違う。ガーデナー=庭師も違うし。
いとうせいこうは自分のことを「ベランダー」と呼んでいるが、温室に住んでいる状態のぼくはどう名乗れば? -
続編『自己流園芸ベランダ派』があまりにも面白かったから、この本も読みたくなって。
期待通りの面白さ&「その気持ち分かるー!」の連続だった。
植物の行動にいちいちを見てぴょんぴょん飛び上がるとか、太陽の位置を見て場所替えを行い続けるとか、必死に盆栽に手を出さないようにしてるとか、たった一輪の花に「かなわない」と思うこととか…全部私のことかと思ったわ笑
あー面白かった! -
植物熱が数年ぶりに高まっているこの頃。たまたまいとうせいこうさんのこのタイトルが目に止まって購入。
ベランダーで植物を育てる一喜一憂に、言葉のリズムに、オチに、人生の比喩に、読んでいる方も笑ったりしみじみしたり。エッセイとはかくあるべし、という一冊。
兎に角、いとうさんの文才といい、言葉セレクトといい素晴らしいので、植物に興味がない方でも楽しめる本だと思う。
ヤゴロク……。 -
元々、依頼もなくただただ植物のことを書きたくてネットに書き始めたという今作、面白くないわけがない。
その上、私もまさに「ベランダー」。
わかるわかるの連続で、あちこち思い切り吹き出しながら読んだのだけど、時折涙も出そうになった。
『きっと太古の昔、花こそが神を要請したのだと俺はベランダの前にへたり込みながら思いついたのだった。』
『花こそが先にあり、その奇跡を余すところなく受け取ってくれる存在が後から必要になったのである。』
そうだ、種から芽が出たり、葉が大きくなったり、蕾がついたり、花が咲いたり、その一つ一つに揺さぶられる時、私は間違いなく植物を畏怖し、畏敬の念を抱いているのだ、とハッとした。
書かれたのが少し前であり、露悪的な書き方をしていることもあって、気になるところもある。
が、植物に対する心情の描き方は本当に見事。
私はきっと再読する。
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カレル・チャペックの『園芸家12カ月』を読んだ時と同じ気持ちで、大きく何度も頷いたり、あるあるに声を出して笑ったりしながら読みました。
ただの「あるある」だけではなくて、そのキレのよい文章と、的確でいて他の人は思いつかないような比喩が本当に面白い。
土が肥えるかもと思いながら、でも一方では土を買うのが面倒で、枯らした植物たちが植っていた土を大鉢に貯めて「死者の土」と呼ぶ。
アパートのゴミ捨て場で見つけたオンシジウムを、容れ物の鉢欲しさに拾ってきて「捨て子」と呼び、でも結局育てて数年後、世話を疎かにしていたにもかかわらず咲いたその「捨て子」の花を更に蝶に喩えて、「蝶の恩返し」として語る。
かと思えば、メダカのために買ってきた水草にくっついていたと思われるヤゴを「ヤゴロク」と名付けて育て、羽化した弱々しいヤゴロクが飛ぶことなく死んでしまった話では、
「飛んでいるトンボを見ながら、飛ぶことのなかったトンボを思うこと。それはしっかりした観察さえあれば、それこそ“自然”に導き得る感覚なのだった。ヤゴロクの美しい死骸は俺にそのことを教えてくれたのである」-382ページ
と、こちらがハッとするような洞察を語る。その振れ幅もいいのです。
草花を育てる人は間違いなく面白く読めるでしょう。そうでない人にも、このテンポのいい文章は楽しいと思います。 -
一人暮らしの中年男性(著者)が、マンションのベランダで様々な植物を育てるエッセイ。たまたまもらった鉢植えがきっかけとなり、あらゆる種類の植物を買ってきては丁寧に世話をし、花が咲くのを心待ちにしながら観察をし、時には枯らしてしまって落ち込み、という日々を描いたもの。著者の植物に対する愛情が心を打つ。
マンションはもともと世田谷にあったが、途中で浅草に引っ越すことになる。新しい住居はもちろん植物の都合優先で決まった。何より季節ごとの風向きやら水やりやら肥料やら、日当たりを最大限利用できるよう狭いスペースに鉢を配置し、日々変化を観察するのだ。その様子で一喜一憂する様子はほほえましい。後半はもらって飼育を始めたメダカのことも書かれている。植物の世話によって、自然の営みを理解し、哲学的な思考まで浮かんでくるようだ。
この本を読んだら、アマリリスの球根を買いたくなった。が、調べたら思いのほか高かった。私も家にある鉢植え(今のところ代わり映えないが)を大切にして、様子を観察してみようと思う。とてもいい本だった。 -
引用
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鉢植えが好きだとか、ベランダで水をまくとか言うと、どうも過度に優しい上品な人間だと思われやすいのである。よく凶悪犯罪のあとの聞き込みで「普段はいい人でした」とか言ってるが、ああいうのも実際は「普段はよくタチアオイに水をやってました」という意味だったりするのではなかろうか。植物を愛することがいい人の象徴なのである。だが、どんなに冷たい人間も凶暴な輩も等しく植物を育てる。
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ただ、家で植物を育てていることを書いた日記なのに、こんなに面白く表現できることがすごいと思った。植物が好きな方はなおさら面白く読めるのではないだろうか。
(33歳ベンチャー勤務時に当時付き合ってた人に薦められて読了) -
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再読。
ドラマ「植物男子ベランダー」の原作でもある、いとうせいこうさんの植物エッセイ。一編が短めなのでゆっくり読めて楽しい。植物と金魚やメダカ等の生き物と暮らす生活をユーモアたっぷりに記している。
自分も園芸を趣味の一部としているので植木鉢パズルや長い時間をかけて花が咲いた時の感動など共感する所もあり、酔芙蓉の蕾を龍の持つ珠に喩えるセンスに感動したり。メダカ水槽に住み着いたヤゴのヤゴロウから生物の多様性を気付かされるエピソードでは涙が出てしまった -
以前単行本で読んだことあって、その時は「すごくおもしろい!」と絶賛でしたが、今回はやや「長いな……」と思ってしまった箇所もあり。
いや、おもしろかったですけども。
知らない植物なんかは、どんななのかと画像検索したりしながら読みました。
「シクラメン」の回が好き。
あと金魚とかメダカが出てくるのも。
ドラマ化されてたなんて知らなかった。
孤独のグルメ的な感じだったのかなぁ? -
カレル・チャペックの「園芸家12カ月」の情報をAmazonサイトで見ていたら、この本も一緒に推している人が多かったので、読んでみました。
著者自身も序文で、チャペックの本に触発されて何か書きたくなったと書かれておられましたが、読んで納得。実際に「園芸家12カ月」と対になっていると言っていい本だと思います。
でも、単なる二番煎じで終わってないところが素晴らしいです。
「園芸家12カ月」のハートの部分、魂の部分をしっかり受け継いでいて、言っていることは基本的には同じことなんだけど、これはこれでしっかりオリジナル。
チャペックがもし読んでいたら、きっとすごく気に入っておもしろがったんじゃないかなぁと思う。
2つでセットにしていいんじゃないかな?
最初の方、「4月の終わりくらいから、植物どもの間になんとも形容しがたい気配が充満する」という部分を読んで、深いため息が出ました。分かる。もっと言えば、2月末くらいからなんとなく感じ始める、あの不思議な気配。
とにかく私は、この気配に、この神秘にやられちゃったんだよなぁ、と思う。
土いじりそのものが大好きなわけじゃないのよ、と言いたいんだけど、ずっとうまく説明できなかったこの気持ち。それが見事に説明されている。
言い得て妙、な箇所は数えあげればキリがありませんが、ビックリしたのが湿気を好むショウジョウバエみたいな虫についての話。妙に硬くて、手に当たると意外な痛みを感じる、いやそれほどの衝撃はないだろうから印象なんだけど・・・ってあたり。すごく分かる。あの虫の微妙に嫌な感じをなんとまあ正確に表現していることか。
この本って園芸を全然しない人もおもしろいのかな?
私にとっては、すべてのページが、笑えて、おもしろくて、ホロリときて、深く深くうなずけるという驚嘆すべき本だったけれど、なんだかもう共感の深さが半端ないところまで行き過ぎて、その自分の感覚は普通なのか、それとも園芸好きだけが理解できるものなのかがよく分からなくなっています。 -
せいこうさんの植物愛がビンビン伝わってくる。
ハードボイルドでいて繊細、豪快なようでいて純粋な自称ベランダー(ベランダで植物を育てている者)が、圧倒的に植物たちに振り回されている様が面白くてヤメラレナイ。
早くも今年のベスト3に入りそうな本。
植物が好きな人も好きでない人も楽しめます。 -
植物ってすごい。年と共にそう思う。若い頃は、緑を見ても何も感じない不感症であった。花の美しさにも、緑の初々しさにも、強さにもほとんど何も感じなかった。宿根草は春になれば芽を出す。一年草は、こぼれ種から、思わぬ所から芽を出す。なんとも神秘的である。
いとうせいこうは、ひと鉢の中にその神秘を認めたのだろう。私は、見習いガーデナーで、いとうせいこうより制約は甘いが、こういうものって、障害が大きければ大きいほど燃えるどいうこともあると思う。何より、本書を読んでいる途中で何度園芸店に走ったか、ひとの家の庭を覗きに行ったか。意味もなく、肥料をやり土を掘り起こし葉をなぜ、語りかけたか。
大いなる共感と、含み笑い。そして、植物と、生きとし生けるものに感謝。
小さな不満を言えば、題名の「ボタニカル・ライフ」。オシャレ感を出しすぎ。素直に「ベランダーの人生」とか日々とか、「俺のベランダ」とかでいいでしょう。
ボタニカルはいけない笑 -
いとうせいこうさんのエッセイ集。自宅のベランダにて育てたいろんな植物の観察日記。いや、ふれあい日記? 植物と共に生きる男の手記? いとうさんは自身のことを「ベランダー」と称している。
さまざまな植物とのふれあいを、ユーモアあふれる文章で綴っている。基本笑える部分が多いけれど、どこかほろっとするようなところもある。いとうせいこうさんには『文芸漫談』という奥泉光さんと組んで作った本があるけれど、語り口というか面白さの質は、奥泉さんにやはり少し似ているかもしれない。自分にはこういう類の面白さがぴったり合うことを再認識した。
どことなく感傷的な文章もあって、中上健次にまつわる熊野での催しで毎度目にする芙蓉について書かれた文章には、いとうさんの素直さが出ていてとてもよかった。どれも面白さと同時に並々ならぬ植物愛が感じられる文章で、読んでいて非常に心地よい。カレル・チャペックの『園芸家12カ月』が念頭にある、というような記述もありそちらも気になる。
植物は自分の生活の周辺にはあまり縁がないなあと思いながら読んでいたのだけれど、「月下美人」のことについて触れている文章を読んで、実家で月下美人を買ってきて育てていたことがあったのをふっと思い出した。小学校ぐらいの時には、わが家にもベランダーがいたのだ。どうして忘れていたのだろう。夜に家族に「咲いている」と言われ、たいして興味もないのに無理やり見せられたことが思い出されてきた。買ってきたのは父親だったのだと思うが、どんな風に思って買ったのだろう? 「ゲッカビジン」という、夜にしか開花を見ることができないという不思議な扱いにくさに、どこか日常にはない気高さを感じて、平凡な生活の中に組み入れてみようとしたのだろうか。まあ、そんなたいそうなもんでもない気がするが。
何気に手にとった本だったけど、本当によかった。講談社エッセイ賞を受賞しているというのも納得! -
2024.09.28 朝活読書サロンで紹介を受ける。
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ものかきが日常を文字にするとユーモアで溢れる。
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〈再登録〉自らをガーデナーならぬ「ベランダー」(都会のベランダで植物を育てる人)と称するいとう氏。レイアウトに凝るくらいなら、そのスペースに鉢を置く。知識よりもまず植えてみる。その姿勢は男の園芸とでもいうのでしょうか。
月下美人が美人とは言いがたい姿に育ってしまったり、水草を育てていたはずがメダカや金魚の世話に追われたりと様々なエピソードが軽妙な文章で語られています。 -
こんな本があったのか‼︎僕も植物大好き‼︎
書店で見つけたとき「おお‼︎」と声に出していたかもしれない。なんなら小躍りすらしてたかも。してないけど。内心では拍手喝采を送りましたよ。あったんだなあ、こんな本が‼︎ブラーボ‼︎
知らなかったなあ、と。
本書でのカテゴリー分けでは、僕はベランダーではなくガーデナーですな。植物は自宅の庭で育てているので。水草からのキンギョ、メダカ飼育への流れには最も共感した。「…ダメじゃん‼︎」オチを読む前に大笑いしてしまった。しかもヤゴまで。イトトンボでしょう?ウチのメダカ飼育箱にも居たんですよ。イトトンボのヤゴが。僕の経験も丸被り。ウチのヤゴたちは皆、無事に羽化してどこか飛んで行ってしまった。彼らは一体いつの間に入り込んだのだろう。謎は謎のままです。
買ってきては枯らすの繰り返し、なあんだ、それでいいんだ。本書を読んで気が楽になった。ベランダでなくても庭で育てていても、枯れるものは枯れる。枯らすなんて気が滅入る原因でしかなかったと信じていた時期は苦しかった。向いてないから「もうやめよう」舌の根も乾かぬうちに植物の苗を手に入れて、ほくほくしながら帰途に就くなど、僕だって一度や二度ではありません。だって鉢が空いてるんだもん。もったいないという言葉は空っぽの鉢にこそ相応しい。ムダにはしませんよ。
共感を山ほど繰り返す読書体験。
これはいい本を手に入れたぞ。
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