裏庭 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
3.61
  • (669)
  • (819)
  • (1460)
  • (143)
  • (50)
本棚登録 : 6689
レビュー : 756
  • Amazon.co.jp ・本 (412ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101253312

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 読み始めて5ページで「この話好きかも!」と思った
    。一人の女の子が古鏡から裏庭に迷い混むお話。『鏡の国のアリス』のような『オズの魔法使い』のようなファンタジー。梨木さんの世界観は好きだ。
    人は心の中に裏庭を持っている。裏庭を育てるにはエネルギーが必要で、時には傷付く事もあるけれど、それを恐れてはいけない。支配されてはいけない。大事に育んでいく。裏庭って結局、自分自身(人生)なのかなと思った。

  • 私にとって世界観に違和がない作品。のみならず変化や導きを感じる作品。誘導される際の抵抗感は全然ない。きれいな丸みを帯びた、すべすべした鉱物を一個ずつ世界に配置したら、こんな物語になる気がする。それを一個ずつ指先で押さえるような嬉しさ。ときに拾い上げて掌に収めるときの安堵感。いつの間にか、私にとっての地図を広げている。

    石の持つ、硬さ。清潔さ。冷ややかさ。沈黙。

    それなのに、描写は木々や花々を追う。土くれ。そして風の感触。水辺も。ときに火が上がる。

    そのときに、その炎がどれほどのものか、水の決壊がどれほどのものかと、なぜかその感情が真に伝わってくるようだ。

    石、という自分の本質を横に一度置いてでも、この世界の鮮やかさを語りたいと願うその切実さに息を飲む。それほどの献身に胸が震える。母だ。物語を産む母なのだと思う。この子のためなら、と宝を差し出す母。

    母は何を差し出すか。梨木香歩が、母が、母を語る。祖母から母へ。その母から娘へ。贈り物の内容を語る。

    贈り物は「私は誰?」という問への「教えよう、君に」という応答だった。物語のはそもそもの始まりは、主人公である孫娘に祖母が授けた名前。照美。「Tell me」なのだ。

    祖母が最後に渡そうとする物は、磨き上げられた鉱物。たくさんの研磨を、傷を受け入れて輝く魂。「こんなにきれいに仕上げてくれた」と祖母が主人公に労いのことばをかける。
    美しい抽象化を書き綴る、その淡々とした調子に不思議なほど冷静な私がいた。でも、やっぱり「これはママへ」は衝撃だった。がつんと後頭部を殴られたような驚きだった。梨木香歩はすごい。絶対ニヒリズムに屈しない。素朴な感情の愛しさをこんな風に書いてしまうのか。すべてを兼ね備えた直球。ここでも鮮やかなコントラストが際立っている。

    確かに、戦争を始めようと決めた人間は、宣戦布告の当事者は、民間人にはいないだろう。でも、名指しはされないはずなのに、当事者だって「自分じゃない」と言いかねないというのに、戦争は私たちの中でこそ起きた。起きている。戦争で犠牲になった祖母とレベッカの女性性は浄化の道を歩み始めた。両国の女性性が共に、その道を。

    舞台となる町を覆い尽くした大空襲の炎の因縁さえ、レベッカの裏庭で、クオーツアスの炎が制していく。

    子孫は、生命の更新として、生まれたとき何もない地平に立たされるようだけれど、やっぱり幽霊たちは期待している。願いを込めている。そしてそのために生まれたいと思う子供たちもいる。照美は裏庭から帰ってから悟る。誰の役に立たなくても、もういいんだ、と。だけど、それは照美が課題をこなしたからだ。

    誰かを助けるために得た、銀色の両腕。彼女は裏庭でそれを見た。

    その課題は、誰の役にも、の誰、が誰なのか。他人と自分の境界線を見極める力を得ること。そのあるようで、ないような境目、を知ること。

  • もう随分昔に読んだ本で、細かいことは忘れているのだけれど(汗)
    英国ファンタジーにハマっていた頃に「日本にこんなファンタジーが書ける人がいるなんて!」と驚いた記憶だけがやたらと残っている。
    もうそれだけでワタシ的には☆5つ。

  • 大好きなお話。
    たぶん、ミヒャエル・エンデを意識して書いた話じゃないかな、と思います。

    テーマがあって、でもそれを言葉で伝えないで、
    読者に考えさせる物語。

    初めて読んだときと2回目読んだとき、3回目と考えが変わってきて、
    それも楽しいです。
    読んだ時の気分によっても変わってくるし。

    1回読んで満足するのにはもったいないお話です!!

    私は、人生で出会えてよかった物語を何か挙げろと言われたら、
    真っ先にこのお話を挙げると思います。

  • 主人公の少女 照美の家の側にある、バーンズ屋敷の「庭」が物語の舞台。
    現実世界の「庭」とは異なる、限られた人しか入ることの出来ない「裏庭」へ、入り込んでしまった照美の冒険ストーリーです。

    「裏庭」の世界で出会う不思議な住人たちのキャラクターや生き方が、とても潔くて、いいんです。
    彼らの言葉に励まされながら冒険を続ける照美が、どんどん成長していく姿に、なんだか勇気ももらえました。

    「裏庭」での出来事は、過去と、現在が繋がっていて
    そのつながりは、人の死や、癒しとは何かということを考えさせられます。


    内容が濃いので、時間をおいてまた読み直したい一冊です。

  • キャロルもボームも、たぶんエンデですら、ここまで現実世界とファンタジー世界を並行して見せ、なおかつ現実での死者がファンタジーでは誰、と厳密にイコール関係を結んだりはしなかった。
    そういう意味でこれは童話ではなく、童話の形式を借りながら、「喪の仕事」を全うする現代小説、にアップデートされている。
    ただし古き良き児童文学を好む人には、あまりにも図式的な寓話、言葉遊びなどの不足、いわば息苦しさが物足りないのではないかと忖度したりもした。
    個人的には童話ではなく小説としてロジカルに読んだ。

    各個人の不思議な体験が表明され、それがひとつの裏庭に端を発し、世代を経て裏庭も更新されていくという推移が描かれるが、
    通底するのは、人の死をうまく悲しめない状態だとわかってくる。すなわち傷。
    これはファンタジックな舞台を使わなければ、たぶん何年何十年かかるし、ちっとも劇的でなく、
    忘れたように受け容れているのか忘れているのか見ない振りをしているのか、極めて不分明な状態になる。
    まあ現実における喪の仕事とはそういうものだ。

    ここにおいて、大人が見て見ぬふりをした傷を、最も年若い者(照美)が自分の傷に向き合うことで「他者の傷への向き合い」を促す。
    それが創作でありファンタジーであり小説の効果だ。
    親子という負の遺産・元凶を断ち切る旅は、創作物でしか成し遂げられまい。

    個人的に最も感動したのが、失踪した照美を探してバーンズ屋敷に入った照美の母幸江が鏡を見て、鏡像に自分の母の姿と自分の娘の姿を見出す場面。

     第1世代。バーンズ夫妻。水島先生。
     第2世代。レベッカ。レイチェル。丈次。夏夜。君島妙子。マーチン。マーサ。
     第3世代。幸江。桐原徹夫。
     第4世代。照美。純。綾子。

    と整理されるが、母娘二代ではなく三代を網羅しなければ、ここまで重厚な感動は得られなかっただろう。
    双子の弟を死なせたという特殊な設定があるが、なぜ死んだのは自分ではないのか、死んだ人に対して生きている自分は何なのか、生きている自分に罪はあるのか、と読み替えていくことで特殊な経験をしていない自分に置き換えることができる。
    きっと他者の死に向き合うという生の根源的な問いがあるのだ。

    それにしても「双子であることが当然の世界」という設定は、彼女の心をどんなにちくちく痛めつけたことだろうか。
    弟と一緒に私がいる、現実の状態ではなく鏡を経ることで、すでに死んだ弟としての私がいる、という状態で、冒険をしなければならない。
    こんなアクロバティックな経験をしたあとの少女が、「自分を取り返」さなくて、何が自己実現といえるのだろう。よかったね。

    父母が死児を思い涙を流すことで裏庭の世界に水が流れるという終盤は、巧み。
    というより、少女ひとりの内面が人類全体の内面と通じているというユング式の世界観は、憎い。

    少女は照美の冒険を、大人は照美の母の生活を、さらに年を重ねればすべてを包括して、読める。
    きっと毎回違った味わい方ができる、とってもおいしい小説。

  • 2年ぶりくらいで再読。
    児童文学というけれど、50代の私が読んだら、積み重ねてきた年月を思いつつ、考えさせられる事がたくさん詰まったお話だと思います。
    ファンタジーのような展開に目を奪われるけど、その一つ一つに出来事は、自分の心の奥深くを眺めていく作業のよう。
    人は誰でも自分だけの裏庭を育て続けている・・・そうだよねえ。
    今からでも、美しい裏庭を育てていきたいと思わせてくれます。

  • 清々しいと同時に苦い物語だった。

    死をめぐって話しが動く。家族どうしの困難の克服が示される。いやこれは陳腐な言い方だ。ある抽象概念を振りかざして、分かった気になってはいけないのだ。

    照美の挑戦に敬意を表したい。創作にも胆力がずいぶんと求められただろう。

    解説に心理療法家の河合隼雄さんを持ってきたのは、至極適切。物語と心理療法は深いつながりを持つことを改めて認識した。

  • ことばつかいの気持ちよさにやられます。カタカナのうまさ。
    『テルミイ』
    『スナッフ』
    『カラダ・メナーンダ』
    『ソレデ・モイーンダ』
    『ハシヒメ』
    『コロウプ』
    『テナシ』
    『タム・リン』
    『クォーツアス』
    まだまださまざま。
    読んでいるだけでふかふかした羽毛みたいな、猫が喉をくすぐられてるような、感覚。梨木さんのどれを読んでもこの感覚はこれでしか感じない。というか何を読んでもこの感覚はない。最高級の文章のご馳走。
    どこまでも少女が自己を掘り下げる作風はできればもっと若いときに読みたかった…子供としての年齢で読んでどうなのか、読み切れるのか、むずかしいですが。せめて10代のうち(できれば小学生…照美とおなじ年頃)に読みたかった本です。
    不満とか不安とか達成感とか罪悪感とか子供として親への不審不可思議、心配をかけたくない思い。それとは別に心配をして欲しい欲求。甘え。あたりまえにあるべきもの。
    『フー・アー・ユー』
    に象徴されるいりぐち。
    はいり込んだ者への厳しさとそれでもたどりついたものへの救い。
    あるべく世界はあり、だから生も死も認められるものになったのだという。永遠もあり、けれどない。それでも銀の手は居る。庭に関わったひとたちはそこに居る。
    文庫の解説が河合隼雄さんでそれがまたものすごく読み応えあります。
    いまでも梨木さんのイチオシ代表作だと思っています。

    ※サイトから移行

著者プロフィール

梨木 香歩(なしき かほ)
1959年、鹿児島県生まれの小説家、児童文学作家、絵本作家。
『西の魔女が死んだ』で日本児童文学者協会新人賞を受賞。映画化もされたこの受賞作が最も著名な代表作となる。
ほかに新美南吉児童文学賞、小学館文学賞を、『裏庭』で児童文学ファンタジー大賞、『渡りの足跡』で読売文学賞随筆・紀行部門をそれぞれ受賞。
受賞作以外の代表作として、『家守綺譚』、『沼地のある森を抜けて』、『ぐるりのこと』などがある。

裏庭 (新潮文庫)のその他の作品

梨木香歩の作品

ツイートする