春になったら莓を摘みに (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
3.76
  • (331)
  • (327)
  • (518)
  • (43)
  • (7)
本棚登録 : 3018
レビュー : 323
  • Amazon.co.jp ・本 (254ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101253367

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 梨木さんの作品の根源のようなものを感じるエッセイでした。

    「理解はできないが、受け容れる」
    「私」が学生時代を過ごした英国の下宿先の女主人ウェスト夫人の生き方。
    さまざまな人種や考え方の住人たちや時代に左右されないウェスト夫人の生き方に触れ、「私」は日常を深く生き抜くということを問い続ける。

    心に響く言葉が、出来事がたくさん書かれており、よくわからないのに泣けてくるお話がたくさんあった。
    何度も読み直したいと思った。

    「できること、できないこと。
    ものすごくがんばればなんとかなるかもしれないこと。初めからやらないほうがいいかもしれないこと。やりたいことをやっているように見えて、本当にやりたいことから逃げているのかもしれないこと。―いいかげん、その見極めがついてもいい歳なのだった。
    けれど、できないとどこかでそう思っていても、諦めてはならないこともある。

    After five years have past.
    世界は、相変わらず迷走を続け、そして私もその中にいる。」(p.247)

    最後のこの言葉にはっとさせられた。

  • イギリスに留学した体験を描いた物。
    丁寧な文章で、真摯で独特な視点でとらえられた情景に、なんだか今まで動いたことのない悩の部分を刺激されます。
    ユーモラスな出来事や、人の暖かさが心地良い。

    おもに、下宿先のウェスト夫人との交流。
    素敵な人ですね。
    学校教師で児童文学作家でもあった。
    どんな人にも手をさしのべようとするホスピタリティに満ちているため、面倒な相手の世話を背負い込むことにもなるのですが。

    著者がイギリスに半年滞在していたとき、20年前の学生時代に下宿していたウェスト夫人の元を訪れる。
    そこはロンドンよりも北のエセックス州、S・ワーデンという町で、まず語学学校に通うためだった。

    「ジョーのこと」では14年前に滞在したときにウェスト夫人に紹介されて知り合ったジョーという女性の思い出。
    地元のグラマースクールで教師をしていたジョー。大家族で育ったが、ほとんどが聴覚障害者。
    ジョーは信じられないぐらいドラマティックなことが起きる身の上だとウェスト夫人が称していた。若い頃に事故で一人だけ生き残ったとか。
    ジョーは快活で有能で、著者が手こずる子供達の世話も楽々とこなした。
    著者は先生の子供達のベビーシッターを時々していて、楽しいのだが、やんちゃなので疲れ果てるのだ。
    後にジョーの元彼が舞い戻ってきて、ウェスト夫人は心配して長い手紙を寄越した。元彼のエイドリアンは知らないうちにインドで結婚もして妻子有りらしいと途中で知れたのだ。それを知った著者も具体的には触れることができずに、ただジョーを応援する手紙を書く。
    が、エイドリアンはふいに姿を消し、ウェスト夫人の小切手帳が持ち出されていた。
    ジョーも消息が知れなくなってしまう。
    「人間には、どこまでも巻き込まれていこうと意志する権利もあるのよ」と彼女なら言いそうだと思う著者。

    「王様になったアダ」はナイジェリアのファミリーに困った話。
    わがままで傲然としていて、お礼も言わない。
    身分が高く、後に一家の父親アダは本当に王様になったのだった。
    どこへ行くにもお付きがぞろぞろついてきて、まるで囚人のようだと本人はウェスト夫人に情けない顔で語ったとか。
    それまでのことも「名誉に思うべきです」という態度だったらしい。

    「ボヴァリー夫人は誰?」は近所に越してきた脚本家の女性ハイディが、うっかりした発言で反感を買う。
    反核運動が盛んな頃で、著者も近所の人と共に参加したりしていた。
    大人しそうに見える老婦人も驚くほど活発にアムネスティの活動をしたりしていて、知的で公共心の強い人が多い。
    そういう土地柄なのに、ボヴァリー夫人の現代性を語るときに、「地元の女性のほとんどが専業主婦で有り余る時間をもてあまし幼稚化している」と書いてしまったのだ。
    反論されて、その後すっかり大人しくなったハイディを気の毒に思って、ウェスト夫人はさりげなく和解の場を設ける。

    「子ども部屋」は一人で旅行中の出来事と、その時々に思い出した出会いの話。
    ウェスト夫人の元夫のナニーの話が印象深い。
    元夫はヨークシャの裕福な地主の家柄。
    ドリスという女性は子守りとして8歳から奉公に来て、家事一切をするナニーとして88歳まで独身でその家に仕えた。
    ウェスト夫人はお茶も入れられない若妻として、家事を教わったのだ。
    字も読めないが、忠義者で、家事のエキスパート。
    離婚後もウェスト夫人は老いていくドリスを訪ね続け、著者も同行して一度会う。

    ウェスト夫人は、もとはアメリカ生まれ。
    3人の子をもうけた後に、夫とは離婚。
    親がクエーカー教徒だったわけではないが、途中で共感して自らそうなった。
    ウェスト夫人の父親は、戦争で銃を持つことを最後まで拒否した人だったという。
    夫人の3人の子はインド人のグルに傾倒して、グルに付き従ってアメリカへ渡ってしまう。ある意味、親に似たのでしょうか。
    その数年後に出会った著者。
    空いていた子ども部屋には、児童文学の蔵書がみごとに揃っていた。
    他に出会った人たちも個性豊かで、いきいきしています。

    2001年末のウェスト夫人からの手紙で締めくくられています。
    春になったら苺を摘みに行きましょう、と。
    著者は1959年生まれ。
    映画化された「西の魔女が死んだ」など、作品多数。

    • 九月猫さん
      sanaさん、こんにちは。
      コメントでは「はじめまして」です。九月猫と申します。

      この本、読みかけで置いてます。
      電車でお出かけの...
      sanaさん、こんにちは。
      コメントでは「はじめまして」です。九月猫と申します。

      この本、読みかけで置いてます。
      電車でお出かけのときに車内で読んでいたのですが、40分ほど経ってから
      「あれ?ここどこだ?!」
      間違えて反対方向に乗っていた上、本に夢中になっていてそのことに40分も気付かなかったという…(本来の所要時間は1時間)
      そんな苦い経験を思い出すので、大好きな梨木作品にも関わらず読みかけのまま封印中です。
      そもそも反対方向に乗った自分が悪いのであって、本に罪はないのですけど(^_^;)

      しかーし!このsanaさんのレビューを読んで、俄然読みたい気持ちが急浮上♪
      近いうちに封印を解こうと思います。

      sanaさんのレビューには他にも好きな作家さんの未読の作品やら海外のコージーものやら参考になるレビューがたくさんありそうなので、またちょこちょこ見に来させていただきますね♪
      2013/02/08
    • sanaさん
      九月猫さん、
      初めまして~!
      コメント、ありがとうございます☆

      あ、この本、読みかけでしたか。
      ええ、40分読みふけり?それはそれは~確か...
      九月猫さん、
      初めまして~!
      コメント、ありがとうございます☆

      あ、この本、読みかけでしたか。
      ええ、40分読みふけり?それはそれは~確かに、ぐぐっと引き込まれますもんねえぇ‥

      でも、それだけ面白いんですもの♪
      レビューであらすじ的なことを詳しく書きすぎかなとも思ったんですが、エッセイとしては稀に見る濃さなので、ほんとの魅力はこんなもんじゃないですから。

      梨木さんの、たくさんお読みですよね。私がまだ読んでないのも!恩田さんのとかも‥面白そうなので~いずれ読もうと楽しみです。
      参考にさせていただきますね。
      よろしくお願いします♪
      2013/02/09
  • 【内容】
     梨木香歩さんのエッセイ.主に,筆者が英国に滞在した時にお世話になったウェスト夫人や下宿人について.

    【感想】
     梨木香歩さんのフィルターを通した,英国での生活や,様々な文化,周辺の出来事・会話は読んでいて楽しかったです.ウェスト夫人が彼女の知り合い総出で「筆者をニューヨークへ連れていきたいという」想いと筆者の「行きたくない,英国の片田舎で羊の群れの分にまみれている方がマシ」という主張の張り合いにはつい吹き出してしまいました.

     また,その折に出てくる慎ましい主張,思考にはっとさせられます.
     例えば,
     夜行列車の予約席とは全く異なる席に案内された時の,車掌の蔑視感情,誤解を解こうとすれば感情が波立つ.解決できても納得がいかない.だからといって,表面的な怒りに身を任せて訴えるのは不毛である.本当に自分が感じたのは….

     筆者は本当の感情を理解するのは難しさ,ましてや従軍慰安婦問題といった国家レベルの問題や,犯罪の被害者側の感情といった,他者の感情・尊厳を理解する難しさと必要性を訴えます.
     国家間の領土問題やいじめ問題など,今も「他者」への想像力・共感能力を努力する必要が(意識的に努力する必要が)あると思います.
     私も筆者のように,少し立ち止まって考えられたらと,自戒します.安直に想いを吐き出すのではなく.

  • 世界にはいろんな国があっていろんな人がいる。
    すべての人を受け入れるウエスト夫人と彼女のそばでそれを見守るK。読者は彼女らと共にいろんな人を知り自分ならどうするか考える。みんな毒があってすごい。
    「理解はできないが、受け容れる」
    この言葉があれば世の中なんとか生きていけそうだ。

  • 最後の部分、

    You are not capable・・・・・

    "You are capable."を「あなたならやりかねない」と考えて、そのnotなので、「あなたであってもできない」という解釈をすることにしました。

    日本を訪れた友人が、「人と人が本当に相互理解して、お互いを認め合ったり助け合ったりして生きることや、違う国に住んでいて文化が違ったとしても人が分かり合うことは、頑張ったらできるんじゃないかと考えている(ように予てから見えていた)」作者に対して、「文化の違いは大きいと実感した。アフリカとかに比べれば受け入れやすいだろうと考えていた日本でもこんなに差がある。君がどんなに分かり合おうと思っても文化が違う人に相互理解を押しつけるのは無理だ。そういうのを取り除くのはできないよ。しょうがないよ」
    という半分あきらめ、半分慰めの言葉だったんだと思います。

    あくまで私の解釈です^^

  • エッセイ…それも、作家さんの書くものは極力読まないようにしている。それなりの理由はあるのだが、それは私的なこととして。

    エッセイなのに、この本には梨木香歩さんの物語が吹き渡る。

    理解はしないが受け容れる。ウェスト夫人の振る舞いを評したこの言葉、梨木氏の言葉選びの正しさに唸ってしまった。

    理解しようとしたけれど理解できない…ではないのである。妥協点を見出そうとしたのではなく、あくまでも能動的な自己主張として、理解はしない。それがウェスト夫人の態度であり、全編を吹き渡る風…梨木氏のモラルなのだ。

    異文化理解、多文化共生は流行り言葉として多くの人々が口にする。しかし、ジョンとの会話の中で、梨木氏は何気なく本質に触れている。

    「分かり合えない、っていうのは案外大事なことかもしれない」

    世界の隅々まで心地よく吹き渡る風。
    梨木香歩さんの体の中には、それがある。

  • 最近ずっと梨木果歩作品を読み直している。
    このエッセイを読んで、何故この人の書くものに惹かれるのかが少し分かった気がする。

    人のバックグラウンドに興味がある。
    だから人の基底になる、宗教や、家族や、育った環境の話を聞くことが好きだ。そういう惹かれるものの方向性が重なる部分があるのだと思う。

    ウェスト夫人の「自分の信じるものは他人にとってもそうなるはず、と独り合点するところはなく、また人の信じるところについてはそれを尊重する、という美徳」
    すべてを理解したり受け入れたりしなくても寄り添うこと、手をさしのべること。難しいけどそういう在り方に憧れる。
    2013/12/15

  • 清廉、とか、瑞々しい、とか、、、「透明感」という言葉が似合いそうな言葉が光るエッセイ。
    英国を軸に、滞在先で体験した出来事や、出会った人々について淡々と語り続ける、という内容。その中に、時折、自分の内面をさらけ出すような、あるいは逆に、内側を見つめすぎて閉じこもってしまったかのような、静かで鋭い表現が顔を出し、そのたびに胸を突かれる。
    外国で、住み続けるのではない旅人の外国人として生活する中で感じる違和感を、どんなに些細なこともひとつひとつ生真面目に足を止め、ジッと見つめる視線はとても繊細。たとえば、庭先を走るリスの色にも気づくことができるような時間の過ごし方。

    直接にはそんな内容でないにも関わらず、大人になる過程でやり過ごしてきたものたちを拾い集めるような印象を残す一冊だった。

  • 著者がイギリスで経験した多くの人との交流を,素晴らしい筆力が書き留めた楽しめる文章が満載だ.ウェスト夫人のキャラクターは凄いレベルの包容力が醸し出すものが基本になっているようだ.それにしても,多くの人との交流をうまくこなすのは,大変な苦労があったと推察するが,一人でやってのけるバイタリティーは特筆ものだ.イギリス社会の奥深さを実感する場面が多くあったが,未だに訪れたことがないので,機会を作りたいと思った.

  • 小説のようなエッセイ。
    梨木さんの作品はまだあまり読んだことが無いけれど、「西の魔女が死んだ」のまいの感受性の強さやおばあちゃんの受けとめる力、「家守綺譚」の人々の姿勢は梨木さんの考え方と経験によって出来たものなんだなあ、と思った。

    たくさんの人が出てくるので、ちょいちょい誰が誰だか分からなくなってしまって混乱。カタカナの名前はなかなかしっかりと覚えられない……。

著者プロフィール

梨木 香歩(なしき かほ)
1959年、鹿児島県生まれの小説家、児童文学作家、絵本作家。
『西の魔女が死んだ』で日本児童文学者協会新人賞を受賞。映画化もされたこの受賞作が最も著名な代表作となる。
ほかに新美南吉児童文学賞、小学館文学賞を、『裏庭』で児童文学ファンタジー大賞、『渡りの足跡』で読売文学賞随筆・紀行部門をそれぞれ受賞。
受賞作以外の代表作として、『家守綺譚』、『沼地のある森を抜けて』、『ぐるりのこと』などがある。

梨木香歩の作品

ツイートする