ぐるりのこと (新潮文庫)

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  • 新潮社
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レビュー : 155
  • Amazon.co.jp ・本 (223ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101253381

感想・レビュー・書評

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  • 私達をぐるりと取り囲む異世界。
    ぐるりの内側へ籠りがちな私に、もっとぐるりの外側へ開いていけよ、と梨木さんから温かくも厳しい言葉をもらった。

    ぐるりの内側と外側は言語や風習、文化等といった差異があり、その違いに混乱し時に大小様々な争いも否めない。
    ぐるりの内側に籠り隠れることはとても楽ちん。
    けれどそこに安住していてはいけない。
    一歩一歩確実に自分の足で歩いていく。
    「自らの内側にしっかりと根を張ること。中心から境界へ。境界から中心へ。ぐるりから汲み上げた世界の分子を、中心でゆっくりと滋養に加工してゆく」

    梨木さんの常に五感を研ぎ澄ませじっくり丁寧に物事を見極める姿勢は相変わらず。
    以前読んだエッセイで紹介された、ウェスト夫人の言葉「理解はできないが受け容れる」にも通じることだと改めて思う。
    今回のエッセイを読んで、私にとって梨木さんは人生の道標的存在である、と改めて思い知る、とても大切な一冊となった。

  • 思慮深い、日々を大事に大事に、一歩ずつ踏みしめるような筆者の人柄がうかがえる。一見、枝分かれして浮遊する「考え事」に振り回されるような話題の飛躍が多いけれど、通読すればちゃんと、ひとつの根っこに集約してくる。
    人間や自然の、根本的な本能とか原理とか、、、普遍的な真理みたいなものを探し、受け入れようとするかのようなの彼女の視点は本当に鋭くて、斬新。
    最終値としての答えはどこにもないような命題ではあるけれど、考えさせられることが多く、とても刺激的だった。

    さまざまなテーマが登場する中に、マニュアルやハウツーについて言及した箇所があった。決してそれらを否定するのではないけれど、「立ち止まって深く長く考え続ける思考の習慣が、身に付きにくくなる」という記述があって首肯した。
    どんなマニュアルも、自分で咀嚼して消化することを怠れば、いくら実践してもただの機械と同じである。ディズニーランドのキャストたちが的確な行動を選べるのは、マニュアルの一歩先にある精神を、きちんと各々が理解しているからこそだろう。

    とかく、「考えること」を省かせるようなマニュアル化や信仰のようなもの(宗教に限らず)のあふれる現代で、筆者のように、「生きている途中で感じる小さな違和感」をひとつひとつ、こうしてじっくり考える、という姿勢は、何より、凄い。

  • いままでとは違った視点、物事の考え方を教えてもらった。
    これぞ読書の醍醐味。
    私も誰かやマスコミなんかに惑わされず、自分自身でぐるりのことを丁寧に深くじっくり考えていきたい。

    「もっと深く、ひたひたと考えたい。生きていて出会う、様々なことを、一つ一つ丁寧に味わいたい。味わいながら、考えの蔓を伸ばしてゆきたい。」

  • 梨木さん、どれだけ深く、広く、物事をとらえながら生きているんだろう。
    いつもぐるりのことにアンテナをはっており、疲れないのだろうか。
    そんなところの気のゆるめかたもうまいんだろうな。

  • 日々の生、社会の生、時代の生を丁寧に深く生き抜くことを綴る随筆集。
    あらゆる物事と、その背景にある人間の心の動きを明らかにする、その為に選ぶ言葉の的確さに、何度もはっとさせられました。
    自分という個と、世界との境界を自由に行き来する梨木さんの柔軟な思考が、数々の著作の根底にあったのだと実感すると共に、その真の思慮深さに憧れてやみません。

  • その事をやらずには生きられない、
    そういった事をやっているヒトを感じるのが、自分は好きで。
    ニセモノとホンモノがあるのなら、このヒトはホンモノだと思う。

  • てっきり映画の原作だと思っていたら全く関係ないエッセイ集でした。

    目的を設定し、最小の労力でそれに辿り着く最短距離を考えるー(中略)何かをしたい、という情熱が育まれる以前に、「何かをするためのマニュアル」が与えられてしまう。

    ↑ここが一番ぐっときた。日本の教育について考察する場面なのだが、私は正にこの通りに育っていると思う。
    著者はこういった教育を批判し切り捨てるのではなく、一定の理解を示しつつもっとなんとかならないものかと憂いている。
    しかし、この短絡性を援助交際や恐喝などの犯罪に結びつけてしまったのは私には残念だった。
    もっと「情熱を育む」という部分に焦点を当てて欲しかった。

    著者はこれほど意識的に生活していくことに、疲れないのだろうか、と読んでいて心配になった。
    自分で深く深く考えていても結局世界が変わることは(多分)ないのに。
    何か行動を起こさないことに罪悪感を覚えたりしないのだろうか。
    そう思うと同時に、著者にとっては作品を書いて世に発表するということが、行動を起こすことなのだ、と思った。

  • 梨木さんの作品は、静かな空気感のなかに、ひとつひとつに歴史を重ねてきた重みというのが感じられてとても好きなのだが、こちらのエッセー...というには深い思索に驚かされる。常日頃から、自分をとりまく事柄にこんなに思いを馳せている方だったんですね。すごく勉強になりました。

  • タイトルから女性作家の随筆、エッセイの類と思って読み始めて、驚く。むしろ評論というべきもの。
    外部と内部、その間にある周辺とか境界といわれる領域。この辺までは教科書的な理解はあった。英国の生垣は動物や昆虫たちが集まる豊潤な世界という。中心あっての周辺と思い込んでいて、そんなことは考えもしなかった。著者自身、幼い頃そこに立て籠もった。遠くからの光に誘われて出てしまったとの告白。光とは何の比喩だろうか。自己と他者を超越する理想だろうか?
    難しい。トンデモナイ疑問を最後にポンと置いたりする。意地悪じゃないけれど、読者についてこれるかと試しているかも知れない。
    境界を行き来せよという。境界を曖昧にすればいいのかと思っていると、群れに埋もれることを糾弾してくる。周囲に捲かれず、遠い外部との境界を超えろという。ベクトルの方向が判らない。日常に埋没するサラリーマンは途方に暮れる。想像力の跳躍が必要だ。
    一つの話題から急に唐突に違う舞台へピョンと飛ぶ。最後に軽々と最初の地点に舞い戻る。その跳躍力と着地の見事さ。ノルマンディーやトルコ、高千穂、近江の地の空気感が素晴らしい。
    共感ではなく、境界を越えることを考えさせられた読書だった。

  • ぐるりのこと −外の世界、境界− について書かれたエッセイです。
    そんなに易しくもなく、難しくもありません。

    ・「個人の生」と「時代の生」
    ・「個」と「群れ」
    ・生け垣と有刺鉄線

    対称的な言葉の組み合わせは色々出てきますが、
    記憶に残っているものはこの3組です。

    大台ヶ原に移住してきた春日山の鹿の話は分かりやすかったです。

    人と人とが関わり合う、文化と文化が触れ合うということを
    考えさせられる一冊。

  • まわりの世界と
    自分の境界
    そういうぐるっとしてことなど
    世界に対してどう開いていくか

  • 日々の生活の中で梨木さんの胸に去来する強い感情、そして歴史や政治、社会問題に関する深い教養に裏付けされた思索が、エッセイの形で書かれていた。受験勉強などを通じて、目的に対して最小の労力でそれに辿り着く最短距離ばかり追い求めてきた私にとって、このような、自分を芯に添えて、ぐるりのことと交流しながら深く思考するということはとても新鮮だった。受験勉強で習ったことも、ただの知識に留まらず、思索の幅を広げる道具に出来たらいいなと思った。純粋に考えることの楽しさを感じた物語だった。


    『共感する、というのは、大事なことだ。が、それはあくまで「自分」の域を出ない。自分の側に相手の体験を受け止められる経験の蓄積があり、なおかつそれが揺り動かされるだけの強い情動が生じなければ働かないのだ』

    『個人や集団の中で混沌としていたものを、クリアな対立関係に二分しようという性急さ。さあ、おまえはどっちなのだと日本は迫られ、個人も迫られ、その度に重ねていく選択が、知らず知らず世の中の加速度を増してしまう。クリアな境界に、ミソサザイの隠れる場所はないと言うのに。(有刺鉄線と生垣)』

    資本主義社会の教育に触れた一節で印象に残ったものがあった。
    『目的を設定し、その最短距離を考えるー受験対応型マニュアル教育が基本にある。何かをしたい、という情熱がはぐくまれるまえに、「何かをするためにマニュアル」が与えられてしまう。1番の弊害は、立ち止まって深く考え続ける思考の習慣が身につきにくくなることだ。資本主義的な営為のもとで、この短絡性は社会全体が切磋琢磨して育んできたものだ。』
    私が今感じている人生の虚しさ(笑)も、小さい頃から目標、最短距離、ゴールばかりを繰り返してきた結果として生まれたものなのかもしれない。
    『世界の豊かさとゆっくり歩きながら見える景色、それを味わいつつも、必要とあらば目的地までの最短距離を自分で浮かび上がらせることが出来る力が欲しいのだ。』まさにその通りである!人生を豊かなものにするために、自分で速度を調節出来る力が欲しいのだ。

    また、戦時中の日本の全体主義や国民主義などにも触れている。
    『「死をも恐れない美学」群れ全体の組織性にアイデンティティを見出しているほど、命はたやすく投げ出せる。』
    『長い長い間、東北アジアの大地に染み込んだ儒教精神で、いちばん人を安定させ得たファクターは、やはり、先祖から自分を経由して子孫にまで連綿と続いてゆく、その根っこの感覚、続いているという感覚だろう。しかし、その群れに人を健やかに安定させる力がけえ失せているとしたら、もう群れる必要はない。』
    『群れのなかにあるということは、人を優越させ、安定させ、時に麻薬のような万能感を生む。しかし、その甘やかな連帯は、快感への渇望が暴走すると、異分子を排除しようと痙攣を繰り返す異様に排他的な民族意識へと簡単に繋がる。』
    戦争を繰り返す人間の本質をよくついていると思う。私の心の奥にもまた、個人と群れが同居している。意識せぬまま自分を共同体の1部として捉えている「私」が、群れからのサインを受信したが最後、神話の時代さながらの激しさと高ぶりを持って、あっという間にひとつの生命体のような群れを、まるでありのようにひとつの目的に向かって突き進む。そんな気がしてたまらなく不気味な不安に襲われてくる。民族を生きるということは、そういう不気味さを生きるということでもあろう。気付かぬ間に、個がねじ伏せられていく。自分を保つとは、どういうことなのだろうか。個の生と時代の生を生きること。そのバランスはとても難しい。

    とにかく、色々な刺激を得た本だった。

  • エッセイ集 と言うには一遍が長い
    話題があっちこっち飛ぶけど、その遍の中では一本筋の通った関連がある

    ただ、期待していたのとはちょっと違った
    映画の「ぐるりのこと」のタイトルの由来がこれと知っていたんだけど
    それを前提に思い込みすぎてたね

  • 再読。エッセイ。タイトルの通り身の回りのことから、政治や国際情勢や世界のことまで幅広い。それも唐突な跳躍ではなく、世界は自分の延長にあり、世界の帰着に自分があるということをしっかりと考えさせてくれる。梨木さんが物語を語ることによって伝えてくれる想いをしっかりと受け止めていきたい。

  • 3度目か4度目の再読。何度読んでも、新鮮な喜びと発見がある一冊。それこそ、角度によって見え方を変える「織物」のように。

  • 梨木香歩さんの本は「雪と珊瑚」を産後に読んでものすごく影響を受けたのだけど、エッセイは初めて読んだ。
    こういう考え方をする人なのか、と新たな発見。
    この本が出たばかりの頃に、職場の同期に「合うと思う」と勧められたことを思い出した。読んで納得した。

  • 揺れ動きながら周囲と丁寧に大切に付き合っていく姿が本当に素敵。歳を重ね、実際に生身の人間として生きながら、それでいつつ、生垣から世界を覗く少女がいる。

  • 梨木さんの紡ぐ物語をリアルタイムで読むことが出来る我々は、なんて幸せなんだろう、と思った。最後の一文を読んで、その気持ちはさらに強くなった。本当に素晴らしい文章を書く人だと思う。

  • タイトル通り、色々な話がぐるぐる回っていくようなエッセイだった。
    今まで読んだ中で1番難解なエッセイだった気がする…

  • 2007-00-00

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著者プロフィール

梨木 香歩(なしき かほ)
1959年、鹿児島県生まれの小説家、児童文学作家、絵本作家。
『西の魔女が死んだ』で日本児童文学者協会新人賞を受賞。映画化もされたこの受賞作が最も著名な代表作となる。
ほかに新美南吉児童文学賞、小学館文学賞を、『裏庭』で児童文学ファンタジー大賞、『渡りの足跡』で読売文学賞随筆・紀行部門をそれぞれ受賞。
受賞作以外の代表作として、『家守綺譚』、『沼地のある森を抜けて』、『ぐるりのこと』などがある。

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