渡りの足跡 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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本棚登録 : 448
レビュー : 40
  • Amazon.co.jp ・本 (253ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101253404

作品紹介・あらすじ

この鳥たちが話してくれたら、それはきっと人間に負けないくらいの冒険譚になるに違いない-。一万キロを無着陸で飛び続けることもある、壮大なスケールの「渡り」。案内人に導かれ、命がけで旅立つ鳥たちの足跡を訪ねて、知床、諏訪湖、カムチャッカへ。ひとつの生命体の、その意志の向こうにあるものとは何か。創作の根源にあるテーマを浮き彫りにする、奇跡を見つめた旅の記録。

感想・レビュー・書評

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  • 知床から北へと旅立つ渡り鳥に会うため、梨木さんが北海道の地に下り立つところから本書は始まります。
    しかし、この本は渡り鳥の足跡を追いかける旅の記録に止まらず、「越境するもの」たちに関する考察、さらには自然とは、人間とは何かを読んだ者に問いかけてくるのです。

    デルスー・ウザラーという案内人についてもっと知りたいと思いました。
    本書の中で取り上げられている本を読んでみよっと。

    私生活がばたばたしている時期に読み始めてしまったのが悔やまれます。
    まとまった時間がとれず、切れ切れの読書になってしまいました・・・
    いつか必ずや再読したい本です。
    そのときには、じっくりと感覚を研ぎ澄ませて、時間をかけて向かい合いたいと強く思うのです。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「じっくりと感覚を研ぎ澄ませて」
      梨木香歩は、とってもコダワリがある方なのでしょう、えっ!と思うコトがあって、つい遡って読み返す。。。でも...
      「じっくりと感覚を研ぎ澄ませて」
      梨木香歩は、とってもコダワリがある方なのでしょう、えっ!と思うコトがあって、つい遡って読み返す。。。でも結局判らない。
      静かに読み解きたい書き手です。
      2014/03/14
    • すずめさん
      nyancomaruさん、こんにちは!
      梨木さん作品は小説でもエッセイでも、「つい遡って読み返す。。。でも結局判らない。」んですよね。
      ...
      nyancomaruさん、こんにちは!
      梨木さん作品は小説でもエッセイでも、「つい遡って読み返す。。。でも結局判らない。」んですよね。
      でも、日常生活の中でふと頭に浮かび、「これはどの本で読んだのだったか…」と自宅の本棚を眺めてみると、梨木さんの本だったということが時々あります。
      じっくりじわじわ、後から効いてくるなぁ…と思いました。
      2014/03/15
  • マイ癒しその③、と、軽率に書くことを少々躊躇う。
    梨木さんのエッセイは、私にとって大きな安心である。乱雑にくくればやはり「癒し」が該当するのだが、よく一般に言われるような手軽なそれでは決してない。
    機械や文明に頼りきりの人間たちによる想像などより、はるかに過酷な生きかたをしているいきものたち(そのことを、かれら自身は過酷とは思っていないだろうが)を思うと、背筋がいつしか、すっと伸びていることに気付く。また、自然の持つ要素から、ありがちな、安心やセラピー的なものだけではなく、険しさ厳しさも拾い出してくれていて、さらには人間(同じ人間に対してさえ、どこまでも非道になれるもの!)が環境を変異させていることをも語ってくれている。自然動物と絡められながらなされる表現に、過剰な擬人化は、私の見た限りでは感じられない。
    それにしても、変異、つまり一部の人間の勝手を、自然(地球)は受容していくのだろうか。声の小さなものは、いつだって、耐えるか、抑圧されて消えるかしかできないのだろうか。暗澹たるというか、むしろ夜の砂漠に吹く風みたいなさみしい気持ちになってしまう。
    さらにいうのであれば、気のせいだろうか。自然に密着しない、土と水から離れたものほど残酷になれるように思える。あたたかさのなかに厳しさを含む自然こそが、わたしたちの生かされている場所であるのに。
    梨木さんのエッセイで息を吐くことができるのは、たぶん、かのじょが、きちんと自然の空気を吸ったうえで文章を綴っているからだろう。私はかのじょの文章に接したひとが、日々の生活にかき消されがちな小さな声を聞いてくれることを望み、また、声や警告を発することなど思い及びもせずほろびていく(私たちも含めて!)ことに注意を払ってくれはしないか、と願ってしまう。

  • 基本は渡り鳥たちを見に行く旅。だがその中には、生きること、還る場所のこと等と鳥を通した作者の考察が散りばめられている。自分の行き先を見失いやすい時代だからこそ、この本が渡り鳥が渡りの頼りとする星の位置のように、輝いている。

  •  鳥の渡りを追うエッセイ。この作者さんならではの濃やかな感性と観察眼がなんともいえず魅力的。わたしはエッセイに関してはあまりいい読者とは言えず、普段はもっぱら小説(それもフィクション)を主食として読んでいるのだけれど、この方に関してはむしろエッセイが小説以上に大好き(小説も好き)。
     北方に渡る旅に発つオジロワシやオオワシに会うための、知床への旅。営巣中のオオワシを探す、カムチャッカへの旅。(鳥の渡りというものをその眼で実際に見るというのは、すごい体験だよなあ、と思うのだけれど、自分で真似してみるだけのガッツと資力がない……)
     鳥たちそのものについての観察と思索はもちろんのこと、挿入される現地の人々のエピソードもまた印象深い。戦時中のアメリカの、忠誠登録とノーノーボーイの話。北海道の開拓民の話。アリューシャンを旅したときのカヤックの話が面白かった。地形のせいで次から次に押し寄せるはげしい波を乗り越えるために、昔のアリュートが作りあ上げていったカヤックには、十二個もの骨がついていて、前後の柔軟性とねじれ剛性を高めているという話。人々の暮らしと、そこに流れる時間。
     ワタリガラスの神秘性、ヒヨドリの逞しさ、渡りをやめた鳥たち、公害に伴う鳥の減少。
     本作のようにそれを主題にまとめたものでなくても、梨木さんのエッセイにはよく鳥の話が出てくる(それから植物のことも)。それを読むたびに、鳥を見ない自分を省みる。実際のところ昔より数は減っているにせよ、身近にも鳥たちがいないわけではない。耳を澄ませば声がするのに姿を見つけられず、声を聞いても名前がわからない。ああ自分は貧しい暮らしをしているのだなあ、と思う。金銭的なものではなく、心が。鳥の名前を知り、その渡りの航路を知って思いをめぐらせ、ああ今年もまた彼らがやってきたのだなと目を細めて暮らすことができたなら、どんなにか……と思う。

  • 再読。梨木さんが渡り鳥を追いかけて綴ったエッセイ。カヌーに続き、梨木さんのパワフルな行動に驚かされた。たくさんの鳥の細やかな描写もすごいが、鳥を見つめる目がそのまま自分の内面に向かっていく道筋にも引き込まれる。私のぼんやりとした感想を解説の分析が隅々まで言語化してくれているので、これ以上書くことがない。

  •  やっぱ自分、梨木香歩、すきだな。
     このキリッとした文章。すっとした佇まい。柔らかで綺麗な表現。

     そして、こういう文章を読んで、あ、おんなじだ、って呟いた。
    <blockquote>こういう事態に追いやった責任の大部分が人間にあるにしても、その人間もまた nature の一部であるのだし、ならばその欲深さや浅はかさもまたその nature なのだから、この状況こそが、この時代この場所の「生態系」に他ならない。だが、なんとか環境の人為的な破壊を食い止めたいと試行錯誤する人々がその種の中に出ることもまた、自ら回復しようとする自然の底力の一つなのだろう。</blockquote>
     こういった感覚に共感できることが、自分が梨木さんの作品を好きな理由の一端であることは間違いないのだろうな、と思う。
     もちろん、何よりも惹かれるのは、その考え抜かれた、しかしどこまでも流麗である、研ぎ澄まされて美しい文章表現であることは間違いない。

  • 自分の庭に毎年来ているジョウビタキが、実はいつも同じ個体で、夏にはシベリアにいる、これを知ったときの感動、はい、わかります! 梨木香歩 著「渡りの足跡」、2013.3発行(文庫)です。「おつかれさま、よく来たね」心からそう思います(^-^)

  • 梨木さんの作品は植物の描写が素晴らしいので植物の造詣が深いのだろうなあと思ってましたが、鳥の知識もこれほどまでに豊富だとは知りませんでした。渡り鳥を見るために地方へ遠征までされていたのですね。観察者としての抑え気味の筆致の中に、時折擬人化していたりするあたりに鳥への深い愛情を感じます。私も、野山を歩くようになってもっと鳥のことを知りたいと思うようになり、動画サイトで検索してみたりもしてますが、まだまだ修行が足りないなあと実感しました。いつか、さらりと「〇〇の鳴き声だ」なんて言える人になりたいものです。

  • 私には、梨木香歩さんの文章について
    語れるほどの何も持ってはいない。

    それでもちょっぴり
    この本で分かったような気がすることを
    かいつまんで紹介してレビューとしたい。

    渡りの足跡を追う、梨木さんの立ち位置に
    背筋が伸びる思いがする。

    筆者は、種としての生きものを
    きちんと意識しつつ、しきりに「個体」と
    いう呼称を用いている。様々な鳥たちは
    彼女にとって、個々に向き合い、自分という
    人間の、生きものとしての品格を証明しようと
    試みる相手なのかもしれない。

    人もまた、渡る。
    知床開拓団の1人だったあや子さんの言葉や
    身振りを再現してみせる筆者の文章の、
    それはそれは饒舌なこと。あや子さんのことが
    好きでたまらないことが、梨木作品の愛読者には
    間違いなく伝わるだろう。

    人もまた、還る。
    そこでしか生きられないという消極的な選択
    ではなく、そこで生きるという確かで強いものを
    心に燃やして。そこがまったく見たこともない場所であっても、生きると決めた場所へ…人も鳥も
    還るのだ。

    そんなふうにして見たこともない知床で生きると
    決めた、あや子さんの言葉が大好きだ。

    …人間って、行ったとこで、
    生きていくなりのこと。

    梨木香歩さんの作品には、梨木さんと梨木さんと向き合ったたくさんの生きもの(もちろん人間も含む)の生命エネルギーがぎゅうぎゅうに詰め込まれていると思う。

    決まり切った言葉などで表現されてきた自然など
    忘れてしまえ! 誰にともなくそう叫びたい。

    季節感がどうだとか、閑静な趣きがどうだとか
    言う前に、人間の先入観や予定調和で満たされた
    心を解き放たなければ、私たちはいずれ、この
    自然の中で個体としてその命を燃やす力を
    失ってしまう。きっと。

  • 知床の開拓は失敗例だった、というイメージを行政はつくりあげ、手つかずの大自然を売りに国立公園化したが、その背景には泣く泣く畑を手放した住人がいた。

    戦時中、「ノーノーボーイ」だった日系アメリカ人。
    移住者のイメージと渡り鳥のイメージが重なる。

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著者プロフィール

梨木 香歩(なしき かほ)
1959年、鹿児島県生まれの小説家、児童文学作家、絵本作家。
『西の魔女が死んだ』で日本児童文学者協会新人賞を受賞。映画化もされたこの受賞作が最も著名な代表作となる。
ほかに新美南吉児童文学賞、小学館文学賞を、『裏庭』で児童文学ファンタジー大賞、『渡りの足跡』で読売文学賞随筆・紀行部門をそれぞれ受賞。
受賞作以外の代表作として、『家守綺譚』、『沼地のある森を抜けて』、『ぐるりのこと』などがある。

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