雪の練習生 (新潮文庫)

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  • 新潮社
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レビュー : 50
  • Amazon.co.jp ・本 (328ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101255811

作品紹介・あらすじ

腰を痛め、サーカスの花形から事務職に転身し、やがて自伝を書き始めた「わたし」。どうしても誰かに見せたくなり、文芸誌編集長のオットセイに読ませるが……。サーカスで女曲芸師ウルズラと伝説の芸を成し遂げた娘の「トスカ」、その息子で動物園の人気者となった「クヌート」へと受け継がれる、生の哀しみときらめき。ホッキョクグマ三代の物語をユーモラスに描く、野間文芸賞受賞作。

感想・レビュー・書評

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  • 多和田さん流のウイットに富んだ文章に夢中になった。
    ソ連、西ドイツ、カナダ、東ドイツ、統一後のドイツを転々とする3世代のホッキョクグマの物語。
    ホッキョクグマ目線による、人間の言動や社会に対する皮肉が面白い。
    人間に対する批判めいた文章もニヤリとするだけで、ちっとも嫌味がなくさらっと読めるのがまた多和田さんらしい。
    同じ種族(ホモサピエンス)同士で権力を争ったり、国と国の間にあった頑丈な壁が壊されたり、一つの国が解体されたり、と目まぐるしく変動する人間達の世界。
    ホッキョクグマからすると変な奴ら、と滑稽に思えたに違いない。
    そしてそんな人間達がもたらした地球温暖化により、北極は存亡の機に立たされる。
    これは笑い事では済まされない。
    人間達の勝手な振る舞いに翻弄されるホッキョクグマ達のその先を思うと切ない。

    この作品を読んでいる途中で入ったニュース。
    アメリカで最も権威のある文学賞「全米図書賞」の翻訳文学部門に、多和田さんの『献灯使』が選ばれたことを知り鳥肌が立った。
    ほんと喜ばしい!おめでとうございます!

  • 自伝を書く祖母、サーカスで活躍する母、動物園の人気者となる息子、ソ連やドイツを舞台に描いたホッキョクグマの三代にわたる物語。

    さまざまな動物が人間に混じって生活する世界で、語り手はクマという設定ではあるけれど、お手軽なファンタジーではない。
    クマの視点だからこそ見えてくる本質、たとえば政治や社会に対する批判やホモサピエンスとしての人間の愚かさなどが、素朴でユーモラスな口調で語られる。それらは哲学的で深みのあるまっすぐな言葉で、ときには愉快にときには哀しく響いてくる。
    『献灯使』で知った作者の魅力をもっと知りたくて手に取ったのだが、ドイツ在住ということもあるのか独特の感性がおもしろく、さらにほかの作品も読んでみたくなった。

  • 難しい小説だなあ大丈夫かなあと自分の理解力にひやひやしながらも読み終わる頃には、お見事だ……の一言に尽きた。
    言語と思考が血に溶け込んで身体中に広がっていく過程、他者とわたし、世界とわたし、小さな文庫本が裏返しになりわたしが飲み込まれてしまったような気がした。

    ものを書くこと、浮遊感、次元の飛び越え、言語が指先まで染み渡っていく過程、すべてが鮮やかな描写によって目の前に迫ってきた。
    クヌートのその後、死ぬまでは幸せであれと願う。

  • 「わたし」を介して混じり合う、遠い過去と現在、動物と人間、北極と現在地。
    書くことは不気味なこと。自分の居場所を失わせ、彷徨わせる。

  • ホッキョクグマの三代記。
    社会で働き、ヒトと触れ合い擦れ合い、戸惑い思考し愛着するクマたちの姿はユーモラスだけど無垢な情趣に満ちていて、こちらの心を無防備にさせた。
    彼らの存在の寄る辺なさは、亡命疲れをおこすほどの祖母の越境劇に始まり、動物園の檻の中から出られぬ孫クヌートの北極への思慕に収束していく。この対比。
    祖母の叙述は機知に富み逐一笑いをさそったのに、クヌートの最後の一文に至る頃には目頭が熱くなっている。この対比。
    理知的なばかりでなく温みをも感じさせる筆致。なんと鮮やか。
    時間、空間、事実と幻想、主体と客体の展開も自由自在。すべてが鮮やか。良い読後となった。

  • 大変おもしろかった。サーカスの花形で自伝を書いた祖母。その娘のトスカ。動物園の人気者の孫のクヌート。これら主人公は人間ではなくホッキョクグマ。シロクマ三代記を旧ソ連から東ドイツ・ヨーロッパの現代史を背景にマジックリアリズムの手法で描いた内容。

    全篇が移民文学だなあ、とか、社会主義とサーカス、動物愛護や環境保護をめぐる問題や幼児が言語を獲得していく過程など、小説細部に踏み込むほど様々なテーマが重層的になっている。
    そのなかでも興味をもった点が3つ。

    1)歴史
    2)マジックリアリズム
    3)言語

    1)祖母は自伝を書いたせいでソ連を追われて西ドイツに亡命する。(その後もカナダ→東ドイツへと亡命)娘のトスカは東ドイツのサーカス団員でペレストロイカや東西ドイツ統一と関わる。現代世代である孫のクヌートは動物園の人気者で地球温暖化防止のシンボルにされ、環境問題と関わる。
    白熊三代クロニクルを通して浮び上がるのはシロクマでさえ歴史や政治の外では生きられないということ。(いわんや人間も)シロクマを書くことが歴史を書くことにつながっている。これが物語の背骨になっていて読ませます。


    2)マジックリアリズムを一言で説明することは難しい。極論でむりくりに言うと、<ありえないことをもっともらしくみせる表現技法>と言っておきましょう。
    で、この小説の場合、サーカスの芸はもちろん熊がしゃべったり自伝を書いたりする。こうしたありえないことをもっともらしくしているのがクマを取り巻く人間との関係性や旧ソ連・ドイツの歴史や移民の話、環境保護などの現代性を語ることでシロクマ三代記物語をリアルにしている。


    3)で、これに関連してもうひとつが言語めぐる話。例えばクヌートの章。クヌートは母のトスカに育児放棄され人間に育てられた。生まれてミルクをもらう瞬間の描写からストーリーが始まる。クヌートは自分のこと「クヌート」と三人称で呼んでいたが、動物園での生活や人間と関わって成長するうちに「わたし」という一人称を獲得していく。こうした成長過程の描写が独特でおもしろい。
    クマがしゃべるとき、そこでのクマの意識はどうやって言語で表現されるのか。あるいはクマに関わる人間の意識や言葉はどう描写されるのか。ここが多和田さんのおもしろさで、言葉にこだわり巧みな比喩表現でクマの世界を記述していく。
    ユーモアもたっぷりだ。シロクマ三代記はクマの視点から世界をみているので、人間とのズレがある。このズレが可笑しみを生み、反面クマからみると人間はこんなに滑稽で愚かな生き物なのかと読んでいるこっちが悲しくなる。


    多和田さんの物語世界はホント不思議で読ませる。シロクマ語がわかるんじゃね?と思えるほど。読むうちに喋るクマが実在するんじゃないか、実際に自伝書いたら読みたいな、と思えてくる。

  • 不思議で、おもしろい話だった。

  • 表紙絵がすでにネタバレだし、帯にもしっかり「ホッキョクグマ三代の物語」って書かれちゃってるんだけど、できることならそういう予備知識なしに、読んでみたかったなあ。書き出しは妙にエロティックにも受け止められる文章で、いったいこの主人公は何者なんだろうって色んな想像をしながら正体を知っていくワクワク感、すごく味わってみたかったのだけれど。

    収録されているのは「祖母の退化論」「死の接吻」「北極を想う日」の3編。祖母、母、息子、と三代にわたるホッキョクグマの伝記なのだけれど、時代が現代になるにつれわかりやすく(というか動物が動物らしく)なってゆくので、もしかして逆から読んでいくというのも面白いかも。

    最後の「北極を想う日」の主人公クヌートは、どうも名前に聞き覚えがあると思ったらベルリン動物園に実在した白熊ちゃんで(2006-2011)、日本でも可愛いとニュースになっていた記憶が微かに。基本設定は父母の名前や母熊トスカに育児放棄されて人間に育てられたことなど実際のクヌートと同じ。動物園のアイドルとして生きたクヌート視点で書かれた文章は、まるで童話のよう。基本的には人間と会話したりはしないし、奇妙な出来事もほとんど起こらないので、これだけ独立した作品として読んだら、これが本当に多和田葉子?って思うくらい素直に可愛く一般ウケしそうな。

    しかし個人的に一番好きなのは、クヌートの祖母にあたる「わたし」が自伝を出版する「祖母の退化論」。なぜか彼女の世代では、芸のできる熊はまるでアスリートか芸能人のような扱いで、ショーを引退後は、いろんな会議(人間の)に呼ばれたり、なにがしかのキャンペーンのイメージキャラクターみたいなのをつとめたりもする。彼女は普通に人間の言葉を喋り、自伝を書いてオットセイの編集長がいる出版社に持ち込み、人気作家になったり、あげく作品のせいで亡命したりする。それを何かのアレゴリーだとか考えずに、ただただ奇妙な世界を受け入れていくのが私は面白かった。

    クヌートの母トスカが主人公の「死の接吻」は、サーカスで生きたトスカと、彼女と心を通わせた人間の女性との物語で、これもかなりヒネリが効いていて面白い。3作それぞれに違う魅力があり、わからないようでわかる、不思議な1冊でした。

  • 面白い、さすが多和田さん。でも、この作品は一筋縄ではいかない。各所に「おっ?」とか「あっ!」とか「え?!」とか、思うところがあるが、それが作品内でどのような意味を持っているのか、なかなか解釈しづらい。もう一回読まないとですね。

  • とても面白かった。
    まず、タイトルが素敵だ。そして、主人公が北極熊という視点が興味津々だ。さらに、その3世代の物語という構成が見事だ。全編を通して俗世間の物語とは違う、純粋で透明感のある思考と想いとユーモアが感じられて、とても心地好い読書体験だった。
    作家であるわたしの「祖母の進化論」、その娘トスカの「死の接吻」、さらにその子クヌートの「北極を想う日」。3章に渡って描かれる北極熊の物語は、単なる熊の擬人化ではなく、忘れてしまっていた私たちの心象風景なのかもしれない。

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著者プロフィール

多和田葉子(たわだ ようこ)
1960年、東京都生まれの小説家、詩人。早稲田大学第一文学部ロシア文学科卒業後、西ドイツ・ハンブルクの書籍取次会社に入社。ハンブルク大学大学院修士課程修了。長年ドイツに暮らし日本語・ドイツ語で執筆する。著作は各国で翻訳されており、世界的に評価が高い。
’91年「かかとを失くして」で第’34回群像新人文学賞。’93年「犬婿入り」で芥川賞受賞。’96年、ドイツ語での文学活動に対しシャミッソー文学賞を授与される。’11年、『雪の練習生』で野間文芸賞、’13年、『雲をつかむ話』で読売文学賞と、芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。
世界的な賞も数々獲得している。2016年ドイツの文学賞「クライスト賞」を日本人として初めて受賞。そして2018年『献灯使』がアメリカで最も権威のある文学賞「全米図書賞」翻訳文学部門を受賞している。

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