タダイマトビラ (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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レビュー : 37
  • Amazon.co.jp ・本 (229ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101257129

作品紹介・あらすじ

母性に倦んだ母親のもとで育った少女・恵奈は、「カゾクヨナニー」という密やかな行為で、抑えきれない「家族欲」を解消していた。高校に入り、家を逃れて恋人と同棲を始めたが、お互いを家族欲の対象に貶め合う生活は恵奈にはおぞましい。人が帰る所は本当に家族なのだろうか? 「おかえり」の懐かしい声のするドアを求め、人間の想像力の向こう側まで疾走する自分探しの物語。

感想・レビュー・書評

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  • 「コンビニ人間」がとても好きだったので読んだ1冊。
    メモをとり、付箋を貼りながら丁寧に読んだ。一つ一つの言葉選びや主人公の思考はどれも印象深かった。
    生命感のある物質の描写、経血や涎などの体液の描写が頻出するので、淡々とした語り口ながらもどこか生々しく不気味。

    浩平が激しくカゾクヨナニーをしてからの急展開に強く引き込まれると同時に、主人公の思想についていけなくなってくる。が、主人公が最後に見出した「本当の家族」の形や、そこへ着地していく様が不気味ながらも面白かった。
    「私たちは取り替えられていく。今まで消えてきた沢山のアリスと沢山の私が溶けた大気の中で、私は呼吸している。」

    123頁 母がインナーチャイルド療法に失敗して2人で爆笑するシーン
    主人公が爆笑したときの感情が難解で何度も読んでしまう。
    「母は私たちを虐待するのを我慢しているのかもしれない。そう思うと顔の筋肉がますます持ち上がり、笑い声は止まらなかった。」
    「人のいい母の辛抱強い努力によるものなのだろう。」
    「この家で朽ちていく失敗者の母を思うと、笑いがこみあげてしょうがなかった。」

    180頁
    「この人、私でカゾクヨナニーしてる!」で思わず笑ってしまった。カゾクヨナニー、キラーワード過ぎるな。
    恵奈、人におかずにされることがそんなに嫌か?
    ただ、確かにこのシーンの浩平のセリフは気色悪い。

    主人公の語り口による洗脳か、カゾクヨナニーする人間達の生々しい描写が原因か、
    カゾクヨナニーする浩平や伯父や家族達等、世間的にみれば「普通」なものが異質に感じてくる。
    家族だから、血が繋がっているから愛情を持たなくてはないけないのか?という疑問は共感できたし、ただ母親としての任務を果たそうとする母親も主人公の「家族」への不信感もなにもおかしなことではないと私は思う。

    「粘ついた糸」「水色」「真っ黒な穴」「ドア」
    上記の言葉が頻出だったのが印象的で、一つ一つの言葉の使われ方を確認していきたい

  • 才能がありすぎというか、やっぱり村田さんの書くお話は良い意味で本当に怖いよな……ぶっ飛んだ設定でも、自分とは違う価値観でも、描写が落ち着いていてお上手だから「あれ?怖い気がするけど、おかしいのはこれを怖いと思うわたしなのかな?」って思っちゃうんだよな………読んでいて心地良い作品ではないけど、どんどん引き込まれてしまう。解説の文章にあった、「異物」を「異物」のまま受け入れられるだろうか、という表現がとてもしっくりきた。村田さんの本は、甘い砂糖でコーティングなんかせず、ぼやかしたりせず、確かに異物なんだけど、決して違う世界だとは思えないんだよなあ。そこがまた怖い。
    わたしにとっては読みたくなるときと読めないときの差が激しい作家さんです。わたしの脳が異物を求めてるときは読みたくなる。本当に本当にすごい人だと思う。いろんなお話を書いていただきたいです。

  • オナニーとは欲望の自己処理と知って、機能不全な家族に代わってカーテンにくるまってhshsすることをカゾクヨナニーと呼ぶことにした、とか、
    水色のカーテンをニナオと名付けた、とか、
    とにかくネーミングの面白さが抜群。
    このカゾクヨナニーという概念とネーミングを思いついた時点で、作者としては勝ったも同然だ。
    語り手の名前恵奈が胞衣(胎児を包んでいる膜および胎盤・臍帯)と同じ発音なのも明らかにダブルミーニングだろう。
    ちなみにカゾクヨナニーが、インターミッションのごとく頻繁に行われるのも、実際のオナニーみたいで興味深い。

    ところで初潮への嫌悪感は、「ギンイロノウタ」とは真逆。
    なのにむしろセックスという行為自体にはすんなりと飛び込む。
    そして閉じ籠る「ギンイロノウタ」に対し本作では「外に出る」(いろいろな意味で)。これも真逆だ。

    恵奈がトビラやドアに固執するのは、母の子宮に帰りたいからだ。
    なのに当の母は「インナーチャイルドを、撫でようと思ってもどうしてか血だらけになるまで殴っちゃうんだよね、ははははははははは」と言うほどの変わった人なのだ。
    そして作者はよくある虐待ものとして描かない。
    母親は決して悪意の塊ではない、自分自身も母親的になりかねない、なる可能性はある、誰もがああなり得るということを、割と突き放している。
    「家族というシステムは、実はカゾクヨナニーシステムで、その中で皆、ヒトをバイブにして自慰を繰り返しているに過ぎないのだ」という達観を得てしまっては、もう誤魔化しの家族には戻れないだろう。
    作者もあっちに行っちゃっており、読者をもあっちに連れて行っちゃう、極めて劇薬的に作用する小説なのだ。

    ラストはビジュアル的には「グロテスクE.T.」だが、SFと解釈してしまっては野暮だろう。
    内面の変容=進化=退化、によって世界がこんなふうに見えた、ということで、もうあっち側の視点なのだ。

    アリス。アセクシャル。など少女的な趣味が盛り込まれているのも、あー今まで自分が着目していたものは間違いじゃなかったんだ、とも感じた。

  • フィクションを書くというときに、現実に何かを足したり現実の何かを入れ替えたりするのではなく、現実そのものが持っているフィクション性を引き算することでその外に出るというような。もちろん、この作品において引き算されるフィクションとは、家族である。
    家族の愛に飢えていてそれを自分で工夫してなんとかする主人公は、普通なら異常なものとされ、成長の過程で現実の家族と和解するとか、それができなくても新しい家族を見つけて満たされるとかが成功とされる。あるいは、ついに家族愛にめぐりあえなかった不幸ということになる。だが、この話では、家族という欲望自体が「人類」と一緒にフィクションとされて、生命体へと退化することが、最も合理的であるかのような気にさせられてくる。
    あと面白いのは、周りの恋愛が幼く見えるところだろう。彼女の家族欲が真剣すぎるだけに、家族欲にたどりつかず恋に燃える男とか、家族欲なのだろうが熱狂的で地に足がついていない男は、ぴんとこない。彼女の欲望は真剣だから、家族はオナニーのしあいであってはいけないし、持続的なものでなくちゃいけない。この欲求不満に耐えてそれ以外のものを受け容れるためには、彼女は他の人間全てを生命体に還元する必要があった。
    設定こそ突飛で独創的であっても、物語の運びにはやり過ぎ感とか余計な飛躍とかが感じられず、それでもぐいぐい盛り上がって引き込まれる、みたいなところがある。読者を置いていかないようにかなり気が配られているのだろうな。

  • 再読。カゾクオナニーという発想がとてもすき。

  • ネグレクト寸前の母親に育てられ、父親は愛人宅に入りびたりの家庭で、食欲でも性欲でもなく「家族欲」に飢えている主人公の恵奈は「カゾクヨナニー」という独自の精神的自慰方法を編み出す。家族の愛情いっぱい育てられたかのように「脳を騙す」だけでいいのだという彼女の理論は非常に合理的だし、たとえば普通の子供にとってもライナスの毛布的なアイテムはあるし、疑似家族の役割分担をして遊ぶ「おままごと」も、一種のカゾクヨナニーなのかもしれないし、実は無意識に誰しもおこなっていることなのかもと思わされる。だから彼女のしていることはそれほど変だと思わないし、彼女が特別異常だとも思わないし、むしろそれを自覚しているだけ頭の良い子だなと感心してしまった。

    自分はたまたま母親の足の間にある扉からこの世に生まれ出てきてしまっただけ、だから母親に自分を愛することを強要しない、欲しいものは手に入れるのではなく自分で作り出せばいいと割り切る恵奈はとても逞しい。同じ家庭に育っても誰かが愛情を与えてくれるのを待つだけの受け身な弟に私もイライラしてしまった。恵奈の家族ほど荒んではいないし、渚さんほど徹底してはいないけれど、私もとにかく早く家を出たいと思い、二十歳でそれを実行した程度には家族というシステムに希望を見出していなかったから、途中まではとても共感して読んだ。

    終盤、大学生の彼氏が突然気持ち悪くなり(こういうタイプ、ストーカー化しそうで苦手だなあ)、カゾクヨナニーしない家族などないと気づいてしまった恵奈が壊れてからは、正直ちょっと急展開すぎてついていけなかった。なぜか三島の「美しい星」を思い出した。

  • 今年は村田沙耶香の一年だなー。
    脳が痺れるわー。

    何からレビューしたら良いのやら、と思うのだけど、私はいわゆる家族ごっこに冷笑的な、どちらかというと渚さん側、恵奈未満な人間である。
    母親が母親らしく、父親が父親らしく、何かの役割を演じさせられているようなのは、見ていて可哀想に思う方だ。
    かといって、システム自身に愛着がないわけではなく、そこに甘えていることを分かってもいる。

    100年くらい前の日本の小説は、きれいに整えられた家族の中で、ひたすら人と人の関係の中でもがき続けていたわけだけど、この小説は整えられた関係に疲れた家族の一人が、システムの外へ、いやむしろ人間以前に還っていく「工夫」を見つける。

    母親が、仕事として家事をこなすこと。
    恵奈が、早く帰らないと、母親が誰もいない自由に味をしめて仕事をしなくなる危険があるから、寄り道をしたくないと考えること。
    二人の女が、家事をビジネスと捉えているのに対し、父親は別の関係へ逃げ、弟は部屋に逃げる。
    そして、母親が「変化」し、ビジネスに愛が組み込まれることを陰から求め続ける。
    二人の男は、家事の顧客でしかない。

    描き方は過激だけど、そこに秘められた言葉の闇に共感してしまう。
    だから、また手を出してしまうんだろうな。

  • 好きか嫌いかって言ったら決して好きって事は無いんだけど、なんかすげーもん読んだ感。

  • ・「私にもわかんないもん。私たちだって、たまたまお母さんから出てきただけじゃん。だからって無理にお母さんのこと好きになる必要ないでしょ。お母さんも、私たちがたまたま自分のお腹から出てきたからって、無理することないよ。そんなのって、気持ち悪いもん」

    ・この家で、私たちは無理に愛し合わなくてよかった。それが私たちを追い詰めてもいたし、同時に、どこかで救ってもいた。

    ・「ー子育ては、仕事じゃないだろ。もっと愛情を持てって言ってるんだよ」
    「あるかどうかわかんないものを、与えろって言われても無理だよ」
    「よくそんなことが言えるな。母親だろう」
    「産んだからって、どうして必ず愛さないといけないの?」

    ・自分のドアから出てきた子供を、自分はどう扱うのだろうか。想像しようとしたが、頭の中が真っ白な画用紙になったみたいに何の映像も思い浮かべることができなかった。


    終わり方が衝撃的だった。
    暫く抜けられないだろう村田沙耶香ワールド…

  • 家族について考えるきっかけになる。ラストシーンにはあんまり意味がないように感じる。家族的なものへの違和感と対比させるための真っ白な現実味のない世界観、生命体?としての人間に向かって、まっしぐらに後半は転がり落ちていく。

    対比させるものが、空虚というかフィクションすぎて、いまいち現実感がない。思想が薄い。なので現実サイドの方が印象強く、むしろ読み終わって家族のストーリーなのかな、という、現実の黒い線でしっかり書かれた部分が浮かび上がって見えた。

    人によっては白い紙の上に砂糖で描かれた、おかしな世界の方に浸る人もいるのかもしれない。私にはその世界が読み取りにくかった。

    最後の退場するところなど、随所に脚本チックなところがあり、作者の現実感のなさ、どうとでも受け取れる抽象度の高さが、作者の好みなのだろうかと思った。色彩表現が特徴的で、場面転換する前に三行ほど、いつも色彩の絡めた情景描写があり、主人公の心理展開が段階的に起こっていく。結果として、読者へのラストシーンへの心の準備になっているような気がしないでもない。

    なので、そこが理解できないとラストシーンも意味不明になる。まあ、誰が読んでも意味は不明なのだが、小説として納得できない感じになると思う。

    主人公が空色の鍵をアスファルトの床の上に落とすシーンで少し違和感があり、なんでこんな描写があるのか、と謎で思わず何度も読み返してしまった。後々そういう描写が増えたので、こういうものなのだと理解させながら読んだ。場面転換する前の描写を抜き出していくと、たぶん理論だっているのだと思う。

    抽象度の高い演劇が好き、という人や女性なら、そこそこ読めるのではないかと思う。現実主義的な人や演劇の世界観に親しみのない人はポカンとして、小説って理解できないよね、と離れていってしまうかもしれない。

    彼氏、めっちゃいい奴だったのに腹蹴られてかわいそう。なんか、女子やかつて女子だった人が意味不明な現実感のない世界に閉じこもるのはいいんだけど、現実で人を蹴飛ばした代償は受けろよという感情が芽生えてしまった部分に、自分の現実主義的な部分を感じつつ。

    母親の性格のおかしさの説明が、会話に終始しており得に最初の方はどんな人間なのか理解しにくかった。会話以外の奇行がなかったから、たんたんとこういうおかしい人なんですよ、と説明を受けているようでイメージが沸き辛かった。

    まあでもラストがあれなので、これくらい平面的な描写でちょうどいいのかなあ。彼氏との同棲だけがリアリティーを感じた。もし家族世界に再度おかえりすることがあれば、彼氏には、優しくしてあげてほしい。

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著者プロフィール

村田沙耶香(むらた さやか)
1979年、千葉県印西市生まれ。二松學舍大学附属柏高等学校、玉川大学文学部芸術学科芸術文化コース卒業。
2003年『授乳』で第46回群像新人文学賞優秀賞を受賞しデビュー作となる。2009年『ギンイロノウタ』で第22回三島由紀夫賞候補及び、第31回野間文芸新人賞受賞。2010年『星が吸う水』で第23回三島由紀夫賞候補。2012年『タダイマトビラ』で第25回三島由紀夫賞候補。2013年、しろいろの街の、その骨の体温の』で第26回三島由紀夫賞受賞。2014年『殺人出産』で第14回センス・オブ・ジェンダー賞少子化対策特別賞受賞。2016年『コンビニ人間』で第155回芥川龍之介賞受賞。
2018年8月末、『地球星人』を刊行。

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