歌に私は泣くだらう: 妻・河野裕子 闘病の十年 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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レビュー : 10
  • Amazon.co.jp ・本 (222ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101263816

作品紹介・あらすじ

その時、夫は妻を抱きしめるしかなかった――歌人永田和宏の妻であり、戦後を代表する女流歌人・河野裕子が、突然、乳がんの宣告を受けた。闘病生活を家族で支え合い、拐復に向いつつも、妻は過剰な服薬のため精神的にも不安定になってゆく。凄絶な日々に懊悩し葛藤する夫。そして、がんの再発……。発病から最期の日まで、限りある命と向き合いながら歌を詠み続けた夫婦の愛の物語。

感想・レビュー・書評

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  • 今思えば私は、子どもの頃から短歌には興味があったんだと思う。最初に覚えたのは、菅原道真か崇徳院のものだったか?
    (覚えたきっかけは『いちご新聞』や『はいからさんが通る』ではあったが・・。)
    短歌はふとした時、心にそっと寄り添って、自分ですら言葉にできない思いを気づかせてくれることが度々ある。

    いつからか、新聞の『折々の歌』や毎週月曜日の短歌のページには目を通すようになっていた。
    その選者である永田和宏氏(講評が特に好き!)を先に知ったのか、河野裕子氏を先に知ったのか今では思い出せないが、恐らく彼女の闘病が語られるようになってからは、双方ともに注目するようになった。
    新聞にも特集が載り、TVでも取り上げられ症状も思わしくない様子が淡々と語られていた。
    その河野氏の最期の一首。

      手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が

    永田氏の口述筆記によるものという。
    また、永田氏も彼女が亡くなる前に妻亡き後の日々を思って読んだ。

      歌は遺こり歌に私は泣くだらういつか来る日のいつかを怖る

    詳しく知らなかった私は、長く連れ添った夫婦の間に流れる2人の時間が、歌人としてお互いを尊び、穏やかに労わりあうものだと安易に考えていた。
    しかし本書を読めば、それはものを作らぬ自分の、勝手な想像でしかなかったことがわかる。名人と呼ばれる人は様々な経験を経て、無心でものに相対するような枯れた味わいを持っているのではないかと都合よく思い描くのと似ていた。

    河野氏が乳がんの診断を受け亡くなるまでの10年間の闘病生活を夫・永田氏の回想と短歌によって語られていく。
    ものを作らず、物書きでもない私には想像つかない日常。診断を受けたその日、衝撃を受け打ちのめされた自分を客観視する自分がいて、それを歌に詠む。
    先に夫がその状況を知り、本人は淡々としているつもりでも、普段との様子の違いからすべてを悟ったと詠んでいる。
    また、手術は成功を収めながらも再発の不安を抱え、家族との均衡が崩れていくことにナーバスになっていき、また、睡眠薬の副作用か、精神のバランスも破たんをきたしていく。

    それでも、読む。ときに前後不覚に見えても、どこか冴え冴えとし自分を客観視して。
    辛く哀しいきっかけさえも歌に化学変化をもたらし、歌は至高に向かって研ぎ澄まされていく。
    もちろん永田氏の歌も、妻の闘病の中で、自らの弱さをさらけ出し、変化を余儀なくされる。

    創作する人、アーティストはどれほど身を削って、傷跡から赤い血が流れ出しても止めもせずつくり続けるのか?
    誰にも止めることはできず、むしろそうすることでしか生きていかれない。
    我々から見たら、破たんとしか思えないほどだ。
    今までゴッホや太宰に対して特別だと思っていたことが、当然のことのように思われる。
    それほどに、辛く厳しい作業が何か自分を奮い立たせ、人には見えない景色を見せてくれることを彼らは知っているに違いない。

    河野氏と、やはり歌人の息子・淳さんや娘・紅さんと関係についても書かれており、この10年間の家族の記録にもなっている。

    読み始めたら、本を閉じるのが惜しくて、一気に読んだ。短歌に興味がなくても、一家で病と闘った記録として読むこともできるだろう。それでも、知ってほしい。
    歌人・河野裕子を。
    いや、読めば気にならないはずはないか・・・。

    • vilureefさん
      こんにちは。

      私は短歌にも無知でこのお二人のことも存じ上げなかったのですが、たまたま図書館で手に取った「たとへば君」を手に取りました。...
      こんにちは。

      私は短歌にも無知でこのお二人のことも存じ上げなかったのですが、たまたま図書館で手に取った「たとへば君」を手に取りました。

      おっしゃる通り普通のご夫婦とは違って、最後まで歌人であり続けた河野さんのお姿とそれを見守る永田さんの様子には非常に感銘をうけました。

      あなたらの気持ちがこんなにわかるのに言い残すことの何ぞ少なき

      この歌で思わず号泣でした。
      こちらの本も読んでみたくなりました。
      素敵なレビュー、ありがとうございます。
      2015/01/26
    • nico314さん
      vilureefさん、こんにちは!コメントをいただき、ありがとうございます!

      期待をさらに超えた内容で、とても心に残る1冊となりました...
      vilureefさん、こんにちは!コメントをいただき、ありがとうございます!

      期待をさらに超えた内容で、とても心に残る1冊となりました。

      短歌はなんとなく感じていながら言葉にできなかったことを鮮やかに切り取ってくれ、共感する楽しみがあるように感じます。

      命の期限を告げられるとは、どのようなものなのでしょう。想像もつきませんが、だからこそ輝きが増すような、当たり前すぎて気づかなかったことを再認識できるような、辛い中でもそのような思いを永田氏は繰り返し語っているように思います。

      特に、恩師との今生の別れとなる瞬間。
      とても考えさせられました。

      お読みになられたら、是非感想をお聞かせください。私も「たとへば君」探してみます。
      2015/01/28
  • 戦後を代表する女流歌人・河野裕子氏が永眠したのは8月12日。
    乳癌だった。

    その発症から亡くなるまでの歳月を、同じ歌人であり科学者でも
    あり伴侶である永田和宏氏が赤裸々に綴ったのが本書だ。

    最愛の人が病に冒される。それも癌である。一般人でも辛いことだ。
    永田氏は科学者、しかも癌の知識のある人。河野氏が左脇の大きな
    しこりに気付いた時、既に科学者としての知識で、それが癌であろう
    ことを理解していたのだろう。

    悪いことが重なる。娘の心臓疾患の発症、息子の会社の倒産。そして、
    術後の河野氏の心のバランスの崩れ。

    体の不調を訴えているのはよくあることだと思う。だが、河野氏の
    場合は徐々にエスカレートして行く。矛先を向けられるのは当然の
    ように夫である永田氏だ。

    永遠に綴家と思われるような罵詈雑言。時には畳に包丁を突きつける。
    「ここまで書いていいのか」と思うほどの修羅場である。ただ、それ
    さえも振り返ってみれば、河野氏にとっては永田氏が最愛の人だった
    からと綴ることに、凄みと、おふたりの、家族の絆の強さを感じた。

    そうして、病さえもおふたりから歌を詠むことを奪えなかった。
    手術から8年後の再発。死期は確実に近づいている。そんな時でさえ、
    河野氏は歌を書きつけ続け、自身に書く力がなくなれば家族が口述
    筆記を行った。

    担当医から勧められた痛みを緩和する為のモルヒネの使用。永田氏は
    それを即座に断った。それもこれも、河野氏が最期の時まで歌が詠め
    るようにと…だ。

    手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が

    亡くなる前日に河野氏が詠んだ歌だ。これ程までに切なく、哀しく、
    静かな情熱がこもった歌を私は知らない。

    壮絶なれど、美しい10年を読ませて頂いた。

    尚、文庫版では「解説」があるのだが、これは私にとっては
    少々邪魔だった。

  • 歌人であり細胞生物学者である永田和弘氏が、同じく歌人であり妻である河野裕子氏の闘病と死を看取った記録である。乳がんであることが分かった後、妻が夫を責めるところは読んでいても辛くなる。恐らく、河野さんも死を受け入れることが出来なくてどうしようもなかったのだろう。しかし、再発の時には覚悟して、最後まで歌を詠み続ける態度を貫き、家族もそれを支えた。一時期の嵐がなければ、その境地には至らなかったのかもしれないと思うと、必要な試練だったのだろう。そうしたことも含めて、生きるとは、死ぬとは、家族とは、考えさせてくれる良著である。

  • 「歌は遺(のこ)り歌に私は泣くだらういつか来る日のいつかを怖る」
    泣いちゃうね。またいつか必ず開く本。いまはいっぱい。ありがとうございました。

  • 歌への情熱、家族の愛、
    涙なくして読めない。

    人を愛することの意味を問い直される。

  • 「近代秀歌」「現代秀歌」のつながりで読む.
    歌人,細胞生物学者の永田和宏さんが妻で歌人の河野裕子さんを看取った記録.
    私自身,あまり元気でないので,闘病記などはあまり読まないようにしているのだが,この本は読んでよかった.闘病中は本人はもちろん家族みんなが大変だったようだが,本の記述は理性的で節度があり,自身が尊敬する歌人へのオマージュになっている.
    いくつもの短歌が載っているが,あまり短歌の世界を知らない私でも読みやすく,そして心にしみる.
    夫婦というものを改めて考えさせる本でもあった.

  • 久しぶりに歌集を手にとった。言葉の持つ深さに驚く。わずかな言葉でも、こんなにも想いは届くもんなんですね。
    永田さん河野さん夫婦の愛情の深さに心温まりました。

    #読書 #読書倶楽部 #読書記録
    #歌に私は泣くだらう
    #永田和宏
    #歌集
    #2016年65冊目

  • 河野裕子と永田和宏。
    歌人というのはすごい。短い言葉で日々の気持ちや出来事を切り取って保存していく。
    死が近づいて来る日々を、これまでの営みを、夫婦それぞれの目線で振り返る。
    当たり前の日常がありがたく感じられ、涙ぐみながら読んだ。

  • 良書。筆者の、過去を振り返る冷静な描写と、闘病中、折々に詠まれた歌の躍動感が絶妙に織り交ぜられていて、過度に悲観的にもならず、楽天的にもならず、読みやすい。でも泣ける。歌人としても科学者としても一流の筆者ならではの一冊。

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著者プロフィール

昭和22年滋賀県生まれ。京都大学理学部物理学科卒業。京都大学教授。在学中に高安国世に出会い、「塔」入会、現在代表。若山牧水賞、読売文学賞、芸術選奨文部科学大臣賞、迢空賞などを受賞。朝日新聞歌壇選者。

「2017年 『歌集 午後の庭』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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