- 新潮社 (2015年6月26日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (368ページ) / ISBN・EAN: 9784101267715
作品紹介・あらすじ
女子高生が自宅の庭で倒れているのが発見された。母親は言葉を詰まらせる。「愛能う限り、大切に育ててきた娘がこんなことになるなんて」。世間は騒ぐ。これは事故か、自殺か。……遡ること十一年前の台風の日、彼女たちを包んだ幸福は、突如奪い去られていた。母の手記と娘の回想が入り混じり、浮かび上がる真相。これは事故か、それとも――。圧倒的に新しい、「母と娘」を巡る物語。
AIがまとめたこの本の要点
この本を表す言葉
みんなの感想まとめ
母と娘の深い絆と、その愛情の裏に潜む複雑な感情を描いた物語は、読者に強い印象を残します。特に、母性というテーマが中心に据えられ、愛情を求める娘の心情が丁寧に描写されています。物語を通じて、娘が何度も「...
感想・レビュー・書評
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私は愛能う限り、娘を大切に育ててきました。
なぜ、褒めてくれるの?
なぜ、花をくれるの?
なぜ、私が死んだら悲しいの?
わからないから訊いているのではない、
答えを知っていてなお、
相手の口から直接聞き、
確認したいために、
わざと訊いているのです。
あなたが、がんばったからよ。
あなたが、好きだからよ。
あなたを、愛しているからよ。
耳に心地よい、心の中の温かいもので満たしてくれる
言葉を聞きたくて、幼い頃から私は母に何度も
「 なぜ 」 を繰り返ししてきました。
母の愛情を、私がこの世の誰よりも
愛されていることを、確認するように、
母の答えはいつも、私が予測していたものか、
それ以上のもので、決して私を裏切ることは
ありませんでした。 決してーーーー。
私は女性ではないので、母性 というこの物語を
どう感じる事ができるのだろうか?
少し不安な気持ちで本を開きました。
愛能う限り・・・・
この言葉 この一文だけで何処か違う場所に
落ちてしまったように深く
物語の世界観に入りました。
物語の中で
私の想いの告白の色彩・・・・・
わたしの想いの色彩の回想・・・・
言葉の一つ一つを大切に感じなから読み進めると
私の中の胸の奥深くに閉じ込めていた想いを
溶かしながらの時間でした。
愛して愛されて
愛に満たされる証の一つ一つを感じて。
時は流れる。
流れるからこそ、母への思いも変化する。
それでも愛を求めようとするのが娘であり、
自分を求めたものを我が子に
捧げたいと思う気持ちが
母性なのではないだろうか。
湊かなえさんの物語は何時も
読んでいなかったらあまり
表面には出さないはずの気持ちを
強い力で引き出すような、穏やかな文章の中だから
こその、激しい色彩の世界観を感じます。
私は 母にも 娘にも なれませんが
大切なものはあります。
私なりに 母性 を感じながら
この物語を読むことができた事に
出会いに感謝します。
-
湊かなえさんの作品。以前読んだ「告白」「カケラ」と同様母親がテーマの作品。
この作品は内容やテーマがどうのというよりも、ミスリードが多く構成にトリックが仕掛けられたミステリーだと強く感じた。
終章を入れて全7章からなる構成。
1章~6章までは「母性について」「母の手記」「娘の回想」の順で構成されており終章のみ「娘の回想」だけで締め括られる。
読んでいる最中に疑問が沸き起こる。
「母性について」の語り手は女性だと途中で気付く。何故だか男性だとミスリードさせられている。
飛び降り自殺した娘が終盤に向け首吊り自殺になっている。
飛び降り自殺した娘とは別のストーリーを読んでいるのではないか?これは「母性について」の語り手が清佳で、清佳のストーリーだと気付く。何故か飛び降り自殺した高校生の親子の話を読んでいるものだとミスリードさせられている。
完全に作者にやられていて終盤軽いパニックになる。読者が完全にトリックにはまる作品。
なんなら「母性」という作品名からも読者をはめようとしているのではないか?とすら思える。
そういう意味では恐ろしい作品だと感じた。
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著者、湊かなえさん(1973~)の作品、ブクログ登録は10冊目になります。
で、本作の内容は、BOOKデータベースによると、次のとおり。
---引用開始
女子高生が自宅の中庭で倒れているのが発見された。母親は言葉を詰まらせる。「愛能う限り、大切に育ててきた娘がこんなことになるなんて」。世間は騒ぐ。これは事故か、自殺か。…遡ること十一年前の台風の日、彼女たちを包んだ幸福は、突如奪い去られていた。母の手記と娘の回想が交錯し、浮かび上がる真相。これは事故か、それともー。圧倒的に新しい、「母と娘」を巡る物語。
---引用終了 -
『子どもを産んだ女性が全員、母親になれるわけではありません。』、こう書かれてもそれが一体どういうことなのか全く理解できませんでした。
この作品で取り上げられているのは『母性』、作品中、それは『女性が、自分の産んだ子を守り育てようとする、母親としての本能的性質』という言葉で説明がなされています。でも普段の日常でこの言葉に接するのは『母性本能をくすぐる』という言い方で、男性との関係性において使われることが多いように思います。そんな『母性』というものの本来的な意味合いを真正面から取り上げたこの作品。その描かれていく世界はかなり衝撃的でした。
作品は、母、娘、そして第三者的に描かれる女性教師の三人の視点が順番に切り替わって展開していきます。仲の良い母と娘、結婚さえも自身の意思というよりは母親の考えを聞かないと決められない娘の結婚。結婚して新しい家庭ができても母親との関係の方をより重視し続ける娘。そんな娘の元に生まれた娘。幸せな生活が描かれていきます。でも幸せとは長く続かないもの。『一人しか助けられない状況で、自分を産んでくれた者を助けるのか、自分が産んだ者を助けるのか。この決断を下すのに、私がどんなに身を引き裂かれる思いをしたかなど、誰にも想像できるはずがありません』悲しい瞬間が、運命の瞬間が訪れます。そして、母親と娘の関係が描かれていく中で、『母性』とは何かが問われていきます。
『私には母親がいないのに、この子にはいる。どうしてこの子は母を亡くした私の気持ちなどおかまいなしに、当たり前のような顔をして、甘えてくるのだろう』というこのショッキングな考え方。一体どういうことなのか。『母性』とは母親であれば誰にでも等しく備わっているもの、そういう前提でいる限りは理解できない世界がそこにある。本を読むのを一旦中断してネットで少し調べてみましたが、思った以上に『母性が欠落している』『母性が弱い』、そしてそれを受ける子供の側には『愛情遮断症候群』などといった病気まで存在することを知り驚きました。全く知らなかった事実、この無知が生むことになる悪気のない偏見はこうやって存在するのだと気づきました。
この作品を読むまでは、『母性』、この言葉さえあまり意識することもなく、世の母親には誰にも等しく備わっているものだと思っていました。でも例え『母性』が備わっていたとしてもその強弱というのは存在していることをこの作品の内外含め知りました。でもこの作品を知るまでの私自身含め、世の多くの人の中には『母性は全ての母親に等しく備わっている』、この考え方が一般的なのではないかと思います。そして、この思い込みが無意識のうちに世の母親と子どもの両方を苦しめているという事実。『母性』がない、もしくは『母性』が弱い母親に育てられた子どもは、『母に嫌われる自分が嫌いだった。母に愛されたい。何を考えていても、辿り着く先はいつも同じだった。』というように『子どもを愛さない親なんていない』、もしくは『親に愛されない子どもなんていない』という一般論で語られる偏見によって、世の中の人の無意識によって人知れず苦しめられていく、こういう現状が、現実があるのかもしれないと思いました。
インパクトの大きい『母性』という作品名、その作品名の元、深く掘り下げられる内容に強い衝撃を受けた作品でした。人間も一つの生物、動物にすぎない。それが故に『本能』という生まれ持った性質には逆らえないのだとは思います。でも人間だから、そのこと自体を考え、思い巡らせることにもなります。これが他の生物、動物との違い。人間ってなんと辛い生き物なのだろうと思うと共にそれでも人間だから、人間ならではの見方、考え方ができるはず。色々なことに思いを巡らされた作品でした。 -
うーん、
私にはちとしんどかったかも。
親から受けた愛を、
自分の子供にも同じ様に与えるから、
同じ様に育つだろう。
そんなことは無いよね。
子供も1人の人間だからね。
尊重しなきゃね。 -
「母性」
私(父)が自分の娘に抱く気持ちとかけはなれ過ぎて理解するのが難しかった。
抱きしめるために手を伸ばしたはずの手が
首をしめられそうになった手になる。
与える側と受け取る側の感覚の違いは
父と子の間でも
男女間の間でもありうるけれど
歪みが大きすぎる。
正直、陰鬱な気持ちになってしまった。 -
「母」に依存し娘で居続けたい母親と、そんな母親に愛されたい娘の独白物語。
母親とは子を産むことで母性が備わる。
そんな主観を私は性懲りも無く持っていたのかもしれない。これは父性もまた然り。
愛。芽生え備わることが必然なのではない。
愛。能う限り培われてゆくもの。
この作品のメッセージを私はそのように受け取った。 -
湊かなえさんの作品ではよく視点が変わるのですがこの本もそうでした。母性とはなんなのか愛とはなんなのかと考えさせられる話でした。
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う~ん…
個人的に 好きじゃなかったですね…
一言で言うなら
「田所さん…家燃えて…最低限収入あるならアパート借りれば?…」と思ってしまい…
ただソレするとこの本の出来事は全て無くなってしまう…
話を展開させる為に無理に誘導してる感じがしたかなぁ…て思いました -
娘を愛す母親と母親に愛されたい娘。
母にだって母がいる。誰かの娘なのだ。
出産を経て母となれば、母性が勝手に芽生えるとは限らない。
娘として愛されていたい。母親となり自分の娘を愛す理由は、母親に愛される為の娘としての行動なのだろうか。母性 とはなるほど、秀逸なタイトルだ。 -
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愛の表現は様々で、受け取り方も様々だが、これほど相手に思うように伝わらないものなのかともどかしかった。
女には2種類あって「母と娘」と言う表現がなるほどと納得でした。また、信用できない語り手たちという表現が解説にあり、それも腑に落ちました。母性について考えさせられる小説でした。
でも、母と娘どちらかしか助けられない場面なんて考えただけで辛すぎる。
告白の映画化は大成功しているし、母性の映画化もおもしろそう。 -
母に愛されたい必要とされたいと願う母子のお話。
嫁いだ先が毒家族。駒のように使われる日々がしんどいなぁ、、、我慢、我慢、我慢の日を、亡くなった母ならこう言ってくれるだろう、褒めてくれるだろう、助けてくれるだろうと、無い先に期待して何を求めて、何を許して生活していたのか?
重っ!つらっ!しんどっ!これが、かなえ先生!
ただ、なかなか舌噛んで自殺はできないよ…
時代劇の小娘でもあるまいし(笑)
そこが気になったね -
おばけとか幽霊より怖い本
母と娘 おばあちゃんと娘だった母との関係
同じ出来事が、母娘でも違って見える、感じる
愛されたいだけなのに
ハンドクリームを塗ってもらえるだけで嬉しかったり
頭を撫でて褒めてもらったり
無償の愛を考える作品
作品に出てくる男たちの存在感のなさ、放任が本当にイラッとしました -
母性。。自分に母性があるのかは微妙だが、この主人公の母みたいに自分の理想を子供に押し付けるのは可哀想だなと思った。というか子育てしてて思うけど、うちの子は何一つ自分の思い通りにはならなかった。子育てに自分ならこーするのになんて理想が。。エゴが通るわけがない。それでも、自分の子供はやはり可愛い。。これは母性と思っていいのか?悩む。
火事で母と娘が箪笥の下敷きになっている時に、子供なんてまた産めばいいって言った言葉が衝撃すぎて震えた。。そんなこと言う人いるだろうか。。怖すぎる(゚´Д`゚)゚。 -
女はつらいよ。
『母』に愛されたい『娘』のゾッとする話。
映画化されるとのことで、面白そうだな。
と同時に、娘を持つ身として話題に興味もあって手に取りました。
各章が『母の手記』『娘の回想』『母性について』の3部構成になっている。
女子高生がアパートから転落したニュースをきっかけに、過去を振り返りながら現在に繋げて話は進む。
解説にも書かれている通り、過去を振り返る『母の手記』も『娘の回想』も信憑性が弱い。
母親に執着し過ぎて「自分は母親の分身なら、娘も自分と同じだ」と思い込む『母』と、母が好きだけど「愛情を受けた」という感覚がない『娘』。
なので同じ出来事に対して、気持ちも視点も食い違っている。
片や「抱きしめる為に手を伸ばした」(『母の手記』)、片や「首を絞められた」(『娘の回想』)。
真実は闇の中です。
どちらが真実というワケでもない。
でも、お互いに歪んでいくのが見える。
『母の手記』はゾッとする。
「自分なら母親にこういう事を言われたら返す言葉はコレ。なのに、なぜ娘は同じような反応が出来ないの?」
子供と自分の境目があやふやになる。
『娘の回想』は変に健気。
「私は母が好き!母のためなら、こう行動しよう」
我が子も似たように考える事があるのだろうか。
「愛情」は難しい。。 -
冒頭 17歳の女子高生の自殺か事故かわからない転落事件記事から始まる。
しかし本編の登場人物と直接関わりがあるわけではない。ただその母親が言った『愛能う限り』が一つのキーワードになる。
本書は各章ごとに「母性について」「母の手記」「娘の回想」 この三つで構成されている。
「母の手記」には自分の母親がどんなに素晴らしいか そして自分がどれだけ愛情をもって育てられたか そして娘が生まれてからは誰からも愛されるように 母が自分にしてくれたように能う限りの愛情を注いで育ててきたとしきりに書かれていた。
そして「娘の回想」には〝愛されるためには正しいことを、喜ばれることをしなければならない〟〝母から注がれていたのは無償の愛ではない〟〝わたしは誰からも愛されない〟〝母に嫌われる自分が嫌いだった〟〝拳を繰り返し振り下ろされる〟などという言葉が書かれていた。
各章で度々見受けられるこの双方の受け止め方の違いはいったい何なのか?
読みながら 母親になれない母親だなぁと思っていた。
娘が求めていたのは飾り立てた美しい言葉などではなくもっと簡単なものだったのだと思う。
第六章で成長した娘が職場の先輩相手に「…………女には二種類あることを伝えたい………母と娘です」
「子どもを産んだ女が全員、母親になれるわけではありません。母性なんて、女なら誰にでも備わっているものじゃないし、備わってなくても、子どもは産めるんです。……」と語っている場面がある。娘にこんなことを言わせてしまう母親は残酷だと思うがこれは真理だ。
この作品は意図的にだと思うが母と娘の名前がほとんど出てこないのが印象的だった。終盤まで読んで 思ったのは誰かに名前を呼ばれるということはその人に自分の役割でなく存在を認めてもらえたということになるのだろうか… 。ということだった。
終章はそれまでのことを思うと随分アッサリしているように感じた。個人的には本当にこれでいいの?と思わないでもなかったが母娘の関係というのはこんな感じで収まるのが理想的と言えば理想的なのかもしれない。
でも物足りないと言えば物足りない。
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ここまでの行き過ぎた愛は人を狂わせているのか。周りを見れば自分が、自分達が異質という事は分かると思うが。
自分の信念というか、プライドというか。
今まで経験してきた事の中でしか、人は考えることしかできない。
だから人とのコミュニケーションは大事だし、色々な意見を取り入れる事も大事。
狭いコミュニティの中で生きていくと考えが狭まって、余計自分で解決するしかなくなる。
著者プロフィール
湊かなえの作品

イイねやフォローありがとうございます♪
湊かなえさんの小説はこの本棚にあるものしか
読んでないんですが、読んだ...
イイねやフォローありがとうございます♪
湊かなえさんの小説はこの本棚にあるものしか
読んでないんですが、読んだ作品はどれも
凄い物語でした。
是非読んでいただきたいです!
ひーちゃんさんの本棚やレビューを読ませて
いただいています。
どうぞ宜しくお願い致します。^_^
まだまだブクログ初心者ですが、これから増やしていきたいと思っています。よろしくお願いします。
まだまだブクログ初心者ですが、これから増やしていきたいと思っています。よろしくお願いします。