旅は自由席 (新潮文庫 み 10-11)

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  • Amazon.co.jp ・本 (283ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101268118

感想・レビュー・書評

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  • 氏の人生後半での著作であるが小気味よいテンポ、執筆で素晴らしい。
    特に車窓の四季は氏の今までの旅のエッセンスが凝縮されている。
    一部を記す。

    春:日本の各地を旅行してみてつくづく感じるのは 日本は広いということでありその広さが多彩な変化を伴っていることである。だから、さして国内日本国内を旅したことのない人が軽々しく海外旅行に出かけるのを見ると首をかしげたくなる。どこへ行こうとその人の自由であるけれど日本は狭いなどと簡単に思われると腹立ちを覚える。せめて冬の北海道の流氷ぐらいは知ってから海外へ行ってほしいと思う。流氷が北海道のオホーツク沿岸に押し寄せるのは1月20日ごろである。氷塊群が視野の限りを埋め尽くす様は美しさを通り越して残酷でさえある。港は氷に閉ざされ漁船は陸に引き上げられるがその陸上もね凍てついて白一色、氷海との境は定かでない。
    菜の花に早春の息吹を感じる人には内房線の和田浦から江見間がよいだろう。線名は内房だが北に山を負った外房州の温暖な海岸で12月下旬に咲き始める。 梅ならば伊東線でこれも年内に蕾がほころび東京から意外に近いところなので驚かされる。

    夏:私は梅雨時の旅が好きである。つむじ曲がりのように聞こえるかもしれないが、そうではない。誰しも異存のない条件をまず記すと日が長い、乗り物や宿があいているこれらは旅行者にとって好都合だ。あやめ、ショウブ、水芭蕉、紫陽、花蓮などこの季節ならではの湿潤で鮮やかな花が咲くのも嬉しい。苔が美しくなるのも梅雨のところである。鉄道旅行にとって梅雨は障害にならない。障害は台風、豪雨、雪であり人間の洪水も梅雨時には起こらない。にもかかわらず梅雨の季節が旅行に不向きとされるのは雨が降れば濡れる道がぬかるという近代以前の草鞋履き時代の観念が残っているからではないかとも思う。こうした従来の観念にとらわれず嫌われる季節の梅雨時を選んで汽車に乗ってみよう。
    どの線でもよいがやはり山間を走る路線がよいだろう。例えば名古屋から中央本線に乗って名古屋から中津川までの特急しなのを利用する。80キロを55分で走ってしまうからずいぶん早い。しかしそこから先は特急では早すぎるので鈍行列車に乗り替える。中津川発車するとまもなく左窓に木曽川が現れる。すでに中流で谷は深い。これから旧中山道の 宿場を辿りながら木曽川の源流近くまで遡ることになる。木曽谷の主役はまわりの山々だ。言うまでもなくスギやヒノキの美林におおわれ、それが重畳とつづいている。かように木曽谷をいく中央本線は彫りの深い車窓風景を展開してくれる。川面から靄が湧きあがり、スギ、ヒノキの山肌は霧にけぶる。色彩は消えて濃淡だけの水墨画そのままの景観になる。快晴で雲ひとつない木曽谷とは比較にならない。陰鬱に富んだ日本的風景美なのだ。

    汽車旅で出会った肴
    昔は昼間は汽車にゆられながら移りゆ窓の景色を眺め、夜は地元の珍味を愛で地酒での一献が楽しみだった。けれども最近は交通、冷凍技術の発達によりいろんなものが都心でも入手出来るようになった。
    旅行しながらその土地のその季節のものを賞味したい、という立場からすると、まことにぐあいの悪い時代になった。。。。。ごもっともである。

    自作再見「時刻表昭和史」
    時刻表昭和史に対して特別な想いがあり、一生懸命に書いたが意外にも売れなかったそうだ。私はこの本は金字塔、白眉だと思っている。自分の人生で一番良かった本を選べと言われたら間違いなく時刻表昭和史を選ぶだろう。高校生の時に初めて読んだ時はよく分からず印象も薄かった。しかし、歳を重ねるにつれ、この本の偉大さが分かるようになった。著者と同様、もっと若い人に読んで欲しい本である。特にあとがきがの数行がすばらしい。

    モーツアルトの活力
    深夜、ひとり寂しく仕事や勉強をそていると、つらくて、何かの助けを借りたくなる。
    そんな私の執筆活動の孤独と苦しみを支えてくれる人がいる。モーツアルトである。彼の音楽の持つ活力が、私を励まし、元気づけてくれるのだ。昔のレコードは高価だったようだ。シンフォニー40番、1か月分のアルバイトの半分をはたいて、78回転盤3枚1組を購入。トスカニーニの指揮。音色は現代と比較にならないが一生懸命聴いた。神も仏も信じない人間であるが、モーツアルトを聴いていると、彼は神と人類との通路であったかと思う事がある。小澤征爾も同じ事を言っていた。

  • 主に80年代後半に書かれた記事や随想をまとめた1冊。一貫したテーマがある訳ではないので(と書くと氏に怒られそうですが)散漫な印象はどうしても否めませんが、その分気楽に読むことは出来ます。

    話題は実に多岐に亘っています。「うらめしや新幹線」のようにある種文明批判的で、でもクスリと笑えてしまう逸品も。が、最大の読み所はやはりご家族の話でしょうね。淡々とした筆致の中に無念と諦観が滲み出ている「オヤジ」は必読。数年前にお墓参りをした時には、「感度の話」をありありと思い出しました。

  • 『終着駅は始発駅』『汽車との散歩』に続く、三冊目のエセー集といふことです。
    ここで人は突つ込むかも知れません。「エセー集」とは何だ? ちやんと「エッセイ集」と表記しなさいと。
    実は、かつて山口瞳氏の作品案内で「エセー集」と言ふ表記を発見したので、いつか真似をしてみたいと勘考してゐたのです。ただそれだけのことなんですがね。

    青函連絡船が廃止された時の文章があります。宮脇俊三氏は青函航路に思ひ入れがあり、北海道へ行くなら飛行機で一気に目的地へ到達するのではなく、時間をかけて鉄道と連絡船で行くべしと主張してきました。物書きとして同じ話を繰り返し書くのはよろしくないと自覚しながら、この件については「譲れない」とばかりに、各所で述べてゐます。

    遠い所へ行くには、それ相応の時間と手間をかけて行くべきだといふ意見は、もう支持されないのかも知れません。実際、わたくしも会社員になつて以降は、北海道への往路は鉄道利用しますが、復路は時間的制限により航空機を駆使します。ただ、せめてもの抵抗として、千歳からではなく函館空港から乗りますが。あまり抵抗とは申せませんかな。

    青函連絡船が廃止された理由はもちろん、青函トンネルが開通し本州と北海道が鉄道で直に結ばれることになつたからであります。鉄道好きとしてはこの上なく慶賀すべきことの筈なのに、この寂寞とした心理状態はどうしたことでありませうか。
    連絡船時代は、青森(または函館)に到着すれば、まだ眠つてゐたいのに嫌でも列車から降りざるを得ず、連絡船の一般船室に入り、「今日の津軽海峡は穏やかです」などといふ抒情的なアナウンスを聞きながら『飢餓海峡』に想ひを馳せ、四時間ほどで到着すればまた駅のホームまで我先に走り座席を確保するといつた、どう考へても面倒な行程を経てゐたものです。
    現在はうとうと眠つてゐても自動的に津軽海峡を潜つてしまふ。飛躍的に便利になつたといふのに、この喪失感は何なのだらうと不審がるわたくしに、宮脇氏は答へてくれるのです。

    函館の名物乞食・万平さんの事を知つたのも本書であります。石川啄木にも詠まれ、地元の人々に愛された矢野万平。万平さんを偲ぶ旅は、歴史に造詣の深い著者ならではのものがあります。何しろ今で言ふ「路上生活者」なので、その生涯については不明の事が多いのが残念ですな。
    凡百の鉄道本では、沿線の乞食まで紹介してくれる書物は少なからうと存じます。まつたく、『旅は自由席』ですなあ。

    本書で困るのは、読後に旅に出たくなつて禁断症状を発症する事であります。金と暇を作つて、どこかへ行きたい喃......

    http://genjigawa.blog.fc2.com/blog-entry-542.html

  • 短い話がたくさん乗ってる本。

  • 【古書】昭和末期から平成初期にかけて発表された小品を集めた、エッセイ集三部作の最後を飾る本である。と言っても、その語り口は今までと何ら変わることなく安心して読めた。前2冊は新装版で入手できたが、本書は古書の文庫版をようやく手に入れた。国鉄はJRに変わり、本書が刊行される時に廃線になった路線がカッコ書きで注釈を入れられているのが悲しい。

  • 1995年(底本1991年)刊行。鉄道紀行文作家によるエッセイ集。「登山鉄道を作ろう」がとてもいい。

  • 13/08/03、ブックオフで購入。

  • この前大量に購入した宮脇氏の著書の一つ。
    時々思い出したように少しづつ読み進めております。

    酒井氏の解説を読んで思ったのですが私は典型的な鉄道ファンのファンだなあ~と。宮脇氏の随筆を読み、ああ旅も良いなあ、行きたいなあで終わってしまう…
    いつか行きたい行きたいと思いつつもなかなか腰が上がらない。
    実際旅行するときは簡単なパック旅行にお世話になってしまったりと言うこともしばしばだし…

    でもパック旅行にはパック旅行の良さがあり、個人ではああ隈なく回れない観光スポットに連れて行ってくれるのでそれは本当に助かります。良いガイドさんに当たると色々勉強になりますし。
    まあ自分で調べていけよ…とか、女性の旅が線ではなく点と呼ばれるのも非常に納得がいきますが。

    それでも一度訪れると何となく土地勘がわかり、次回はいけなかったここに行こう!などと考えるのはそれはそれでよいと思います。そのうち奈良の中宮寺に行きたい。

    行きたいと思う心も旅ごころ、とは良い台詞だなあ~と思いました。

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著者プロフィール

宮脇俊三
一九二六年埼玉県生まれ。四五年、東京帝国大学理学部地質学科に入学。五一年、東京大学文学部西洋史学科卒業、中央公論社入社。『中央公論』『婦人公論』編集長などを歴任。七八年、中央公論社を退職、『時刻表2万キロ』で作家デビュー。八五年、『殺意の風景』で第十三回泉鏡花文学賞受賞。九九年、第四十七回菊池寛賞受賞。二〇〇三年、死去。戒名は「鉄道院周遊俊妙居士」。

「2023年 『時刻表昭和史 完全版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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