- Amazon.co.jp ・本 (492ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101273716
作品紹介・あらすじ
両親を亡くし、筑前黒田藩で権勢を振るう立花重根に引き取られた卯乃は、父の自害に重根が関与したと聞かされ、懊悩のあまり失明してしまう。前藩主が没し、粛清が始まった。減封、閉門、配流。立花一族は従容と苦境を受け入れるが、追及は苛烈を極め、重根と弟・峯均の身に隻腕の剣士・津田天馬の凶刃が迫る。己の信ずる道を貫く男、そして一途に生きる女。清新清冽な本格時代小説。
感想・レビュー・書評
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現代にも通じる権力者交代に伴う粛清の嵐。藩のために憎まれ役であっても献身した結果が、あまりに酷い。
父が自害した後、藩の重役である立花重根に引き取られた卯乃は、重根に慈しみながら育てらる一方で、藩主家の騒動と藩政の変換に巻き込まれていく。立花一族に襲いかかる数々の苦難。卯乃は周りの人々に助けられながら立ち向かっていく。
重根の生き様は武士としてかくあるべきなのだろうが、やけに切ない。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
著者の小説は、漢詩や和歌を巧みに取り混ぜ、清冽な作品をより格調高く仕上げている。
この小説も和歌を随所に用い、香道が加わることによって、さらに香(かぐわ)しい読み応えのある作品になっている。
そして登場人物に
「あなたは光を失いましたが、人の心の香りを聞くことはできるはずです。いずれ、あなたにとって大切な香りを聞くこともあるでしょう」と、語らせる。
「仏様の教えに耳を傾けるのと同様に、香りを法の声として聴くのが香なのです」とも。
香を人生における何者かに据えるような記述が続く。
当該の文献を参考にしているとはいえ、著者の博識には敬意を表する。
和歌や香道を織り交ぜながら、誇りを失わずに生き抜く男と、どのような逆境にあろうとも精いっぱい懸命に生きる女性たちを描いているこの小説。
著者は、人生において何が大切かを、読者に問うているのだろう。 -
弟子に「強い」とはどういう事かと尋ねらた峯均(みねひら)は
それは負けぬという事だと答える。
「負けぬということはおのれを見失わぬこと。
勝ってもおのれを見失えば、それはおのれの心に負けたことになる」
弟子と師匠の話として聞けば深い、と思う。
ちょっと違うかもしれないけれど
負けた試合こそ自分が伸びる要素を含んでいる、と誰かが言っていたけれどまさにそうかもしれない。
葉室作品には和歌をそこここに散りばめた作品が多いけれど、本作では和歌よりも香の道に光を当てている。
私には身近ではない香の話だけれど何故か香の道は禅(これも身近ではないけれど)に通じ、それゆえに武士道の心にも通じているような気がした。 -
両親を亡くしたのち、筑前黒田藩の立花重根のもとに引き取られた卯乃、しかし重根が父の自害に関与したと聞き卯乃は懊悩のため失明してしまう。さらに立花一族に対し藩からの圧力が強まり…
小説を読んでいて、登場人物の生き方に対し心の底からカッコいい、と思ったりすることってなかなかないと思うのですが、
この小説に登場する人物たちは老若男女問わず、どの人たちもカッコよく、彼らの生き方を漢字で表すとしたら”清”という字や
どんな苦境の中にあっても強く自分を持ち続ける姿から”凛”という字が思い浮かびます。
お家騒動や恋愛事情、複雑な家族の来歴、刺客の存在と死、そんな様々なドロドロとしたものが描かれながらもこの作品を読んでいるとそうしたドロドロさは感じられません。それもひとえに登場人物たちの清らかさと凛とした強さのおかげだと思います。
チャンバラシーンの読みごたえも十分で、時代小説の醍醐味を存分に味わうことのできる小説だったと思います。 -
日本史に疎いため、どこまでが史実で実在の人物なのか、どこからがノンフィクションなのか分からないが、その分素直に楽しめた。
多彩な人物を配し、江戸の爛熟期、もはや”武”ではなく”政治”の時代に、己の保身をかけるもの、忠義に生きるもの、それぞれの運命が錯綜する。
特に女性の姿が、昔の時代作家と違って生き生きとしているところが魅力的。
様々な物語が並行して描かれているが、凛とした生き様には胸を打たれるし、茶道や香道の描きこみが彩を添えて魅力的な作品になっている。 -
巌流島の戦いを彷彿させる戦いと二人の武士と卯乃の恋愛を静かに綺麗に描いた作品
泰雲も重根も真っ直ぐな生き方にこの時代の武士の矜持を感じた。「ここは紛れもなくわしが生きてたどり着いたところなのだ逃れては、道を見失うことになる」葉室麟の真骨頂のような小説だった。でも最後の方が少し物足りなさを感じた。
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面白かった
筑前黒田藩での物語
これも、実際の黒田家のお家騒動を下敷きとした物語。
両親を亡くした卯乃は黒田藩の藩士・立花重根に引き取られます。しかし、父の自害に重根が関与していたことを聞き、失明してしまいます。
失明した卯乃は重根の弟・峯均のもとで母親のりくと暮らすことに。
ここで「香道」を学び、さまざまな香を聞くことで、心が静まっていきます
しかし卯乃の周りにさまざまな出来事が..
卯乃の出生の秘密も明らかになり、お家騒動に巻き込まれていきます。
そして、前藩主が亡くなると、粛清が始まります。
立花一族は、減封、閉門、配流されていきます。
そんな中、苦境を受け入れて暮らす立花一族。
重根、峯均を討とうと津田天馬の狂刃が..
ラスト、峯均と天馬の決闘シーンは息をのみます。
さらに卯乃やりくの強い心。
一途な卯乃の想い。
重根、峯均兄弟の生き様。
これまた熱い物が込み上げてくる物語です。
お勧め。 -
重根、峯均、卯乃各々の胸に秘めた思いと情が政局の流れに翻弄されながらも強くひたむきで、切なくも心温まる作品。願わくば、峯均の流刑が解かれたあとの描写がもっとほしかった。峯均の覚悟と強い信念に男らしさが満載で、蜩ノ記よりよかったな。
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「第二黒田騒動」とも呼ばれる筑前福岡藩の実際のお家騒動に絡めた物語。
まず思ったことは、この方の描く話の登場人物はみな「覚悟」を知っているな、ということです。
「腹を括る」ではなくて「覚悟」。
貫く為に、例え理不尽に謗られ妬まれ疎まれようとも、動じない静寂の力強さ。それは己が定め決めた事の顛末に対して不服を持たない力強さでもある。
主人公の卯乃が失明したときに預けられた家の姑りくは、香を聞くことを教えて、「ひとは匂いです」という。この表現には、権利主義や唯物主義になりがちな世に対して、表層のその奥に大事なものがある、と言われているようで、ぐぐっときました。
あと毎度ですが、美術工芸品の描写がさりげなく詳しい(笑)
香道具の意匠や茶席での茶碗の種類をそっと書いててでもうんちくくさくなくて、その彩りも、わたしがこの方の作品が好きなもう一つの訳。 -
相変わらず格調高く凛として生きる人々を描く。だけど他の作に比して平板というか奥行きに乏しいような。いろいろ読み過ぎたのかもしれない。「蜩の記」のようなぎりぎりの切なさがない。普通に読めば十分水準作なんだけど、この著者ならばとつい思ってしまう。主人公の卯乃は魅力的ではあるけれど、その心根の揺れ動きもなんだか中途半端で一途さが感じられないのも減点要因か。