神器〈下〉―軍艦「橿原」殺人事件 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (530ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101284231

作品紹介・あらすじ

真偽不明の指令乱発で指揮系統を見失った兵士たちに、「橿原」の真の目的地が明かされる。一方、船底の大戦争を生き延びた人の魂を宿す鼠の群れは、長い対話のなかに自らの行く末を探る。果たして「神器」とは何か、そして乗組員の使命とは?異界を抱える謎の軍艦に時空を越えた無数の声を響かせ、壮大なスケールで神国ニッポンの核心を衝く、驚愕の"戦争"小説。野間文芸賞受賞。

感想・レビュー・書評

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  • 奥泉さんはきっと太平洋戦争や近現代史を題材にすることで、日本を浮き彫りにしたいという欲望を持っている。いわば大きな物語を見たい、と。
    その点においては、三島、大江、中上、春樹といった系列に連なる。視野や構成が広い。
    が、奥泉さん独特の迂遠さ……ミステリ傾倒、衒学趣味やオカルト趣味、漱石の猫式の饒舌さ……で、欲望を誤魔化したり攪乱したりバラバラに散らかしたりしている。
    この迂遠さが魅力であるが反面、迂遠さに共感できない人にとっては、かったるい、間延びしている、といった感想になるのだろう。
    かつての大きな物語の影響を感じざるを得ない……しかしポストモダンの視点からは、おじさんらのしかめっ面を茶化し脱構築しなければ、再解釈する余地がない……という、端境期なのだ。
    こういう人が太平洋戦争を書けば、こうなる。
    「グランド・ミステリー」「浪漫的な行軍の記録」よりも、全体を把握しづらく、低調で、陰鬱。「東京自叙伝」のプレ的作品ともいえる。

    ポ・モ世代の作家は準拠作品を設定しなければ書くことすら儘ならない(オリジナルはあり得ないから)ものだが、本作ではハーマン・メルヴィル「白鯨」らしい。石目=イシュメイル。未読だが衒学的小説とは聞いている。それにしてもアメリカの古典を下敷きにして太平洋戦争日本を書こうとする、その心意気よ。(三島「英霊の聲」は間違いなかろう)

    ところで、比較的早いうち(27章)から、冒頭で登場の「俺」の視点を離れて、いく。
    視点人物を設定するならば「俺」のほかに、俺、福金、大黒尻、宇津木、永澤、鳴島ら。各章ごとにカメラがぐーっと寄っていき、各々の苦悩や興奮や逡巡が描かれていく。
    かたや、「俺」視点を少し離れて、「俺」をも含む一般だが下っ端だかによる、ふわっとした無人称、も重要。それこそ大江だか中上だかの文脈からして。
    また、視点は変われど時系列はかなりきちっとしているのが、実は本作のリーダビリティに関わっている。
    読みやすく共感しやすいからこそ、戦争が人をいかに悪しき方向へコントロールするか、人がいかに戦争状態に自ら進んで身を置くか、という現代的なテーマにも通じる。
    おそらく21世紀を生きる、チンピラだか半グレだかマイルドヤンキーだかが、いわばタイムスリップし毛抜け鼠として活躍するが、きっと太平洋戦争時≒現代、という作者の把握があるのだろう。
    毛抜け鼠がいてくれたおかげで、ポ・モの私にも読めたのだ。
    確か根木が毛抜け鼠に言う「君は君の戦場を彷徨っているらしい」という台詞は、覚えておきたい。

    またさらに引用するならば、
    「この戦争は負けです。問題は負け方ですよ。次につながる、日本人の精神、魂が保持できる負け方が必要になる」
    「天皇陛下と神器がいま「橿原」にある以上、「橿原」こそが日本である、という想念。逆に言えば国体の中枢を失った日本はもはやただの島だ。腐臭の幻覚」
    「オレたちは、エーちゃんの書いた小説のなかにいるんじゃないか」
    「天岩戸の神話の再現」
    「爆発する性のエネルギーで推進する軍艦」
    「負けた日本なんでものはまがいものだ」福金「それでも……あれは私らの未来なんだと思います
    堪え難きを堪え」の真似をする。死者たちの慟哭。毛抜け鼠「なんか、族の解散式みてえじゃね
    別に贋物でいいじゃん、この際。とにかく贋でもなんでもいいから、生きねえ? 生きてみねえ? オレ、生きて、そんでもって、誰かに会いてえ感じがする。キクタとかケムロンとかセミオでもいいしチョー話がしえみてえ! オレ、ボーダの涙ってやつ? でもボーダって、マジどういう意味?
    などなど。
    それぞれの台詞で、価値観が幾度も顛倒されていく。そうそう、小説ってのはドスト以来、こういう議論や自己改訂を繰り返したきたのだ……と、考えたりもする。

    ちなみに脳内再生……橋川は水木しげる「総員玉砕せよ!」の田所。
    門馬は「魔法陣グルグル」の「爺ファンタジー」。

  • ああ・・・やっぱりか。いや、期待するほうが的外れな読みかただから、ダメなんだろうとは思うのですが。

    もやもやっと面白かったです。琴線に触れるアイテムがたくさん出てきて、読んでる最中は本当にドキドキしました。
    そしていろいろと考えさせられましたが、読み終わった途端、捕まえきれずに消えちゃった感じがします。

    もう一回このボリュームを読み直すのは大変ですが、そのうちには再読してちょっとでも捕まえたいと思います。

  • 第二次世界大戦末期、軍艦「橿原」を舞台とした小説。
    奥泉光の小説はジャンル分けが難しい。ミステリー的であり、SF的であり、純文学的でもあり、時にコミカルでもある。この小説もそうした要素が散りばめられた奥泉光らしい展開となっている。

    上下巻で1000ページを超える分量ながら、一気に読ませる筆力はさすが。

  • 太平洋戦争末期の軍艦内を舞台にしたSFミステリー(?)。

    上巻の軽妙でコミカルな描写等が影をひそめる一方、語り手がどんどんと拡散していく下巻は読みづらく、また「真相」となるSF的な設定も、あまりに陳腐で拍子抜けしたが、頭でっかちで難解な「解説」で読み解かれている通り、この小説の真価は、おそらくそのようなところにはないのでしょう。

    ただ、同じく太平洋戦争を舞台にしたSFミステリーとしては、「グランドミステリー」の方が個人的には好み。

  • 人の狂気は周りはおろか己自身が気づかぬうちに、静かに、しかし確実に蝕むものなのだなと、背筋寒くなりました
    上巻面白かったんですけど…下巻きつかったです
    尊い犠牲という美しい言葉で、彼らを忘れてはいけないのに、結局私は何もできていない
    狂気に蝕まれた世界に喉の奥に不快感を感じたのは、指摘されたくないことをまざまざと見せつけられたせいかもしれません

  • 2011/7/31 Amazonより届く。
    2018/4/10〜4/16

    いやあ、辛かった。上巻の最後の方は少し好転したが、下巻になっても相変わらず。この世界は私には合わなかった。

  • 奥泉光の作品には興味がある。面白いし、純文學をはみ出した趣も感じてしまう。芥川賞受賞作品である「石の来歴」こそ読んでいないが、多くの作品に触れた。桑幸シリーズも、ミステリーを髣髴とさせる「吾輩は猫である殺人事件」や「グランドミステリー」等々…。
    この作品も飽きさせることは無いと確信している。

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著者プロフィール

作家、近畿大学教授

「2011年 『私と世界、世界の私』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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