ヒトラーの防具(上) (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (551ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101288093

感想・レビュー・書評

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  • 作品中にも出る「正義は弱者にある」そういう視点から書かれた小説です。
    相変わらず帚木さんらしい抑えたれた丁寧な文体で、ナチスによる迫害や戦争の悲惨さが次々と冷静に語られていきます。声高でも押し付けでもないヒューマニズムです。
    近年発見された日記という形式で語られるのも、リアリティを生み出すのに成功しています。そして、終わり方も上手く余韻を残しています。
    やや冗長な感もありますが、「三度の海峡」と並ぶ作品だと思います。

  • 文庫本サイズで上下巻計1000頁以上の久々の大作だった。

    巻末の謝辞から、日本からヒトラーに贈られた剣道の防具があったというのは事実のようだ。なんともワクワクさせられる出だしではないか。そこから着想し、主人公の日独混血の青年将校を生み出し、彼の目を通して見た第二次世界大戦中のドイツと日本の様子を描き出す。タイトル『ヒトラーの防具』(『総統の防具』から改題)に含ませた意味が本書の大いなる伏線であり、見事な点。

     著者の作品は初めて。医者である自分の立場から出てくるのであろう弱者への思いが繰り返される。強者の論理に振り回される弱者の立場を執拗に描くことで、「真理は弱者の側に宿る」(東郷大使、のち外相の言葉)ことを表現するのが本書の主題の一つであろう。あるいは著者の全作品を通じての主張なのでは?と思わされるほど愚直なまでに弱者の立場を描いている。主人公の兄、医者である雅彦が著者の思いを常に代弁していると感じた。

    また、病気になぞらえた表現は的を射ていて面白かった。

    「戦争を起こす前から、人々は狂気に染まってしまう。知らず知らずに、狂気という病原菌に感染させられ、周囲の誰もがその病に侵されているので、病識はなかなか生じにくい。」

    「精神病患者の一日の食い扶持が4マルク、一般人のも4マルク、あるいは2マルク、というのはおそらく正しい。精神病院が600万マルク、普通の住宅が1万5千マルクというのもたぶん間違いなかろう。しかし、それらは互いに入れ換えができないものなんだ。心臓も肝臓も同じ内臓で、重さは比べることができるが、取り換えはきかない。心臓をなくして肝臓を二つにしてはその身体はもうおしまいなんだ」(中略)
    「この類のまやかしは、世の中に多いものだ。効率にまどわされてはいかん。殊に、そこに人間の生命がかかわってきたときはなおさらだ。」

     在ベルリンの日本大使館勤めの武官としての主人公が第2次世界大戦へと雪崩を打って突入していくドイツの様子を、剣道の防具を介して知遇を得たヒトラーに近い立場で見聞きしていく。剣の達人で性格も温厚、日独混血という設定も良く、史実を踏まえて展開していく物語にリアリティを持たせながら周知の結末に向かって破たんなく進んでいく。剣士としての主人公とヒトラーとの会話も奥深い(著者も剣道経験者である)。

    「日本刀で人を斬るとき、身体のどこの部分が一番大切だろうか」
    「未熟な者は腕で斬り、少し上達すると背筋を使って斬ります。しかし達人は、足の力で斬ります」
    「ほう」
     総統は香田の返答に満足したように、改めて微笑みを浮かべ、椅子から腰を上げた。
    「戦争も、コウダ大尉の言う日本刀の使い方と同じだ。戦いは前線にあるのではない。ドイツの奥深いベルリン、さらにはわれわれひとりひとりの胸の中にある」

     大戦中のベルリン市内の描写も近年観た「サラの鍵」「誓いの休暇」「黄金のアデーレ」と言った第二次世界大戦もの、ナチス絡みの映画のシーンと重なる点も多く楽しめた。また昨今の第三次世界大戦に向かっていってしまうのではないかとう世相の中で読む、先の大戦前夜の人間の愚行を再認識するにはうってつけの作品だった。

     と、内容的になんの不満もないのだが、もう少し作者に文章力と、構成力、あるいはトリッキーな仕込みを思いつくだけの発想があれば、もっと面白い作品になったのになと、せっかくの題材と、人物造形力がもったいない気がした。
     おそらく取材もたくさんしたことだろう。ナチスに関して多くの資料もありストーリーの参考になったのだろう。そうした事実を詰め込みたいがためか、時折挟まれる兄からの書簡、拘留されたユダヤ人からの手紙、そして本人による手記で触れられる内容が、あまりに説明的すぎて興ざめる。戦況の悪化と共に次第に追い詰められていく主人公は「もうこの手記は誰にも見せられない」と記しつつも、万が一みつかることをまるで考慮していないかのように、あらゆることを書き尽くす。人と人との会話もそのまま再現する饒舌な筆致は「お前は小説家か!」と要らぬツッコミを入れたくもなる。
     章ごとに語り手が変われば見方も変わり時代が立体的に浮き彫りになり客観性が増す効果はある。ただし、それはその表現が適切であればだ。強制収容所送りになるユダヤ人が監視の目を盗んで娘に送る走り書きが数ページ渡り微に入り細に入りナチスの所業を書き連ねるなど凡そ現実離れしている。そんな書面を託される者、渡った相手のことを考えれば自分の無事を伝えるだけで精一杯なのではなかろうか。
     表現に幅とアクセントを持たせようとしているのだろうけど手法が巧くない。

     またヒトラーの防具が見つかった現在から過去を探っていく構成を採るが、プロローグとエピローグに”現在”が出てくるだけで、その間は主人公の手記が元になっているというだけの構成。もうひとヒネリ、なんとかならなかったかなぁ。もったいない。
     張られた伏線らしき伏線もなく、登場人物も、全員が見たまんまの人だったのも物語を平坦にしている気がしてならない。

     面白い取っ掛かりと、ナチス、ヒトラーという料理のし甲斐のある題材を活かしきれてない点が、最後まで残念でならなかった。

  • 居合いの剣でヒトラーを魅了し、護衛に選ばれた日独混血の駐在武官補佐官。だが、祖国・日本は、そしてもう一つの祖国・ドイツは彼の思いとは別の道を歩んでいた。第二次大戦下のドイツを舞台に描く、ヒューマン・サスペンス。

  • 「強い者はひとりでも生きていける。弱い者には手を差し伸べなければいけない。とくにこんな時代にはね」

    2019/11/4読了
    作品の舞台ナチスドイツが跋扈した1930-40年代。ただ、「こんな時代」は、そっくりそのまま現代にも当て嵌まると思って引用した。

  • 東西の壁が崩壊したベルリンで、日本の剣道の防具が発見された。「贈ヒトラー閣下」と日本語で書かれ、日本からナチスドイツに贈られたものだという。この意外な贈り物は、国家と戦争に翻弄されたひとりの男の数奇な人生を物語っていた―。1938年、ベルリン駐在武官補佐官となった日独混血の青年、香田光彦がドイツで見たものとは、いったい何だったのか。

  • 私の、初めての、帚木蓬生。
    二次大戦中のドイツが舞台。
    帚木蓬生の、歴史小説のなかでは、私的1番かも。

  • 理性の眠りが怪物を育てる、第二次世界大戦のドイツを舞台に期待を裏切らない一冊。歴史と事実は違うからこそ、魅せられる。

  • 2000.01.01

  • ドイツ物だからなぁ・・・私の採点は甘い!だなんて思わないでくださいまし~。
    本当に感動しました! 上・下巻に分かれているものの、あっという間に読むことができますよん。
    戦争中のドイツの残虐な行為についても書かれていますし、それに対抗しようとしていたアンダーグラウンド組織のこともでてきます。もう涙・涙ですよん。
    戦争の悲劇は人間を狂わせてしまうところですよね。
    日本国家を背負って駐在している主人公のヒューマニズムはだまってはいませんでした。
    しつこいですけど、満点をうなずいていただける作品だと思います。
    著者である帚木(ははきぎ)氏は元精神科のお医者様。
    初期の作品はお仕事柄か、精神医学ミステリが多かったのですが、作家を本業になさってからは広範囲のミステリやボーダー小説を書いています。
    一貫してヒューマニズムや正義感をテーマに書かれ、悲しいかな、そんな人いるの?ってこともありますが、そういう人たちが現実にいて欲しいという望みが生まれ、読んでいてスッキリするところが大好きなんです。
    今のところ、新作がでると必ず読む作家さんのひとりとなっています。
    それにしてもこの剣道の防具、実存しているんですよ~。
    いろいろな人の手に渡り、フランスにあったらしいのですが、今は日本剣道協会が保管しているそうです。見てみたいものです。

  • 日本はナチスにあこがれていた時代があったよね。歴史の反省が好きならそこんとこももらさないで欲しい。帚木蓬生さんの著書だからさすが内容。でも大事な人がバンバン死ぬ話なので、精神的体力があるときに読んだ方がいいです。

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著者プロフィール

1947年、福岡県小郡市生まれ。東京大学文学部仏文科卒業後、TBSに勤務。退職後、九州大学医学部に学び、精神科医に。’93年に『三たびの海峡』(新潮社)で第14回吉川英治文学新人賞、’95年『閉鎖病棟』(新潮社)で第8回山本周五郎賞、’97年『逃亡』(新潮社)で第10回柴田錬三郎賞、’10年『水神』(新潮社)で第29回新田次郎文学賞、’11年『ソルハ』(あかね書房)で第60回小学館児童出版文化賞、12年『蠅の帝国』『蛍の航跡』(ともに新潮社)で第1回日本医療小説大賞、13年『日御子』(講談社)で第2回歴史時代作家クラブ賞作品賞、2018年『守教』(新潮社)で第52回吉川英治文学賞および第24回中山義秀文学賞を受賞。近著に『天に星 地に花』(集英社)、『悲素』(新潮社)、『受難』(KADOKAWA)など。

「2020年 『襲来 下』 で使われていた紹介文から引用しています。」

帚木蓬生の作品

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