- 新潮社 (2009年7月28日発売)
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感想 : 23件
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Amazon.co.jp ・本 (368ページ) / ISBN・EAN: 9784101290393
感想・レビュー・書評
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短編集だが、色々な手法を凝らしている。
これまでに味わったことのない短編集。
「鏡」「女の部屋」「母と子」は特に驚いた。
文学には程遠い自分が一番気に入ったのが「フェカンにて」
この短編の主役は、平野啓一郎先生ごい本人にとても近い。
私はご本人であろうと思い込んで読んでいた。
先生の作品である「葬送」にも触れられ、
私が先日読んで、どう読むべきか酷く迷っていたドフトエフスキーの
罪と罰にも触れていた。とても興味深い。
当たり前だが、私の軟弱な「あぁ面白かった。」という感想とは
かけ離れている。
読み方のレベルが違いすぎて溜息しか出てこない・・・。
この本を読んで、何故かもう一度平野啓一郎先生の「決壊」を読まなくては!と思った。そろそろ再読してもいい頃なのかもしれない。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
「やがて光源のない澄んだ乱反射の表で……/『TUNAMI』」
また厄介な短編集である。下にある2、3行の横書きは何なのか。津波か。縦書きの文章とどう関連するのか。砂はどこかから飛んできたものではなくて、自身の身体から吹き出てきたものなのか。和服姿の祖母が襟から出す懐紙が印象的である。
「鏡」
1行だけ。誰もいない家の中で鏡は何を映しているのだろう。洗面台で、風呂場で、クローゼットの前で、玄関で、和室で、、、
「『フェカンにて』」
『フェカンにて』という小説を書くための取材に来ている。大野という名の作家。「葬儀」を書いた北九州出身の作家。ドラクロワとショパンの取材のために前にも訪れている土地。電車で乗り合わせたお婆さんとの会話がなかなかいい。会いに行くことになっている女性は日本人なのか。フランス人と思っていたけれど、電話では日本語で話している。声しか登場しない女性。大野に好意を抱いているが、大野は面倒に思っているのか。ならばなぜ会いに行くことにしたのか。その女性が言っている。(女性に言わせている。)また、難しいこと書いてるんでしょう、と。確かに難しい話が続く。まだ漢字も多い。二十歳代で書かれた作品である。
「女の部屋」
意味がわからない。次第に見えてくるようで見えない。改めて一から読み直そうとも思えない。右下の数字は何だ。残された文字の割合だろうか。うーん、わからん。
「一枚上手」
どう一枚上手なのだろう。それ、我が家でもやってみたいが恐ろしい。
「クロニクル」
同じ2005年の8月。どうして父と子なのか。2つの話はつながっているのか。ミュージシャンとキックボクサー、セックスが好きなことだけは共通している。
「義足」
「かたちだけの愛」の義足となんという違いか。素人の作った義足、さぞ使いづらかったことだろう。ところで鉈で手足を切り落として、出血多量では死なないのだろうか。不思議だ。
「母と子」
また編集者泣かせなことを。どういう順に読んでいけばよいかはほどなく判明したが、0を先に読んだほうがよかったのか、それとも最後に読むと何らかのオチがあるのか、などと思ったが、そういうことでもなさそうだった。離婚して、別の男のところに子どもを連れて行くのだろうかと想像したが、3だったかでおもむろに包丁が出たところで、死ぬのかと思えた。しかし、そういうわけでもなさそうだった。単に、ディテールを変えていろいろな描き方ができるということを示しているだけなのだろうか。(実際には図書館で借りた単行本で読んだのだけれど、文庫だとどういう割り振りになっているのだろう。文庫で2段組とか見たことないけど。)
「異邦人#7−9」
仕方ないよなあ。手がなくなってしまったのだもの。できることをするしかない。しかし、パリはそういうところなのだろうか。一目で外国人だと分かるのだし、もたもたしていても仕方ないと思うのだが。誰か教えてくれる人はいないものか。
「モノクロウムの街と四人の女」
女たちはサイボーグなのだろうか。色彩のないと言えば多崎つくるだが、この四人は色を取り戻すのだろうか。
「慈善」
偽善と慈善か。僕もたぶん、この夫と同じようなことを言うかもしれない。賭け事がとにかく嫌いだ。損をするに決まっている。リスクは背負いたくない。NISAとかも同じこと。そういう点で妻と言い合いになることもある。この夫妻と同じだ。僕は募金はしない。募金活動する時間があったら、働いて自分のもうけた金で寄付をしろと思ってしまう。家電はほとんど欲しいと思わない。壊れない限り新しいものは買わない。まあ、だいたいは面白みのない人間なのだ。
たぶん、これで平野啓一郎の全ての小説を読んだ。エッセイ類は残っているものの。となると、今度は次に出る作品が楽しみになる。そろそろ長編が出てくるだろうか。
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気を衒った短編集
人生は後ろ向きの席から車窓を眺めるようなもの。
何が訪れるのかはその瞬間まで分からず、ただ経験的に推測できるだけ。ようやく訪れた時間はその姿をただ断片的に表すにとどめて彼の視界を離れていく。 -
実験やん笑
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作者の作品を読むのは、「決壊」に続いて二作目。難しい、難解。。読みやすいのは、「義足」と「慈善」くらいか。(「義足」は、あの後藤健二さんの著作を参考にしてるそう。)
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「やがて光源のない…/TSUNAMI」
老化現象にまつわる個人的な話と大量死のスケッチが同時進行する
「鏡」
物理法則すら信用には値しないという考えへのある種の偏執
「フェカンにて」
英雄的な死に憧れをもつ小説家が思わず崖から飛び降りそうになる
「女の部屋」
同じ文章が7回、それぞれパターンの違う虫食い状態で繰り返される
「一枚上手」
貞操を証明するために携帯電話を交換して連休を過ごそうという提案
「クロニクル」
過去の男について饒舌に語る女たちだが結局は自分のことしか喋れない
「義足」
慣れた義足が泥にはまって抜けなくなり、ただのモノになってしまう
「母と子」
シチュエーションを異にして同じ行為が何度も繰り返される
「異邦人♯7ー9」
言葉もわからないまま海外出張に出向いた男の不安が見せる白昼夢
「モノクロウムの街と四人の女」
全体主義の街に現れた異物が全てを解放するどころか余計な混乱を招く
「慈善」
外貨預金で儲けた妻の賢しさが忌々しいのでヒューマニズムを持ち出し
もっともらしく批判する夫 -
書き手の透徹した視点が魅力的だった。今度はもう少し長いのを読もう
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死とはつまり。
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知らない言葉をたくさん使っているからたぶん好き。大変日本語の勉強になる。電子辞書片手に、時たまメモをとりながら、楽しい国語の時間となる。
これは短編小説集だが、その中で言葉を並べ、物語を作るという作業で大変冒険しているのがわかる。成功しているかどうかは別として、形式上でもこのくらい新しいことしてみるのは若いなぁとうれしく思う。 -
平野啓一郎の文体練習 vol.1
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解説がほしい。。
最後の短編「慈善」はさっぱりしててわかりやすかった。 -
短編が全部実験ぽくて、筆致も違ってるし、作家さんが楽しんで書いてるんだろうなという感じがします。ただし実験がすご過ぎて物理的に読めない作品?もあります
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初平野啓一郎作品ですた。現代男性作家さんの中ではかなり好き。
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初平野啓一郎作品。これを最初に読んだのは間違いだった。実験的な作品は、最初に読むものではないな。やりたいことはなんとなく分かったのだけど。
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ふと入った本屋さんで知り合いの人が働いていて、社割?みたいにしてもらったってことが印象的だった。
結構斬新な試みをしていた本で、本自体がアート作品のようだった。
けど、その表記のゆれと文字に込められた意味の間で迷子になってしまい、結局、読み切れずに手放してしまった。 -
『フェカンにて』
小説ってこういう構造にもなりうるって知らなかった。
さらっと読めるものではなかったのでやや時間かかったけど、そういう残響みたいのが、好き -
2/3
文学の限界を超える。
三重の構造になっていたり(「『フェカンにて』」)、同じ言動をする人物の背景だけ変えてみたり(「母と子」)。 -
かなり実験的な作品が並ぶ短編集
これは小説なのか?・・・・・と少し考えてしまった。
“日蝕”を読んだ時に(文章表現の難解で独特な事を除いても)
「おっ、この人やるな」と思ったが
今回もまた違う意味で同じ感想を持った
この作品は
おもしろいか、そうでないかよりも
おもしろがれるか、そうでないかなんではないだろうか
私がどっちだったかは・・・・・
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平野啓一郎の作品
