太陽の塔 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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レビュー : 1819
  • Amazon.co.jp ・本 (237ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101290515

作品紹介・あらすじ

私の大学生活には華がない。特に女性とは絶望的に縁がない。三回生の時、水尾さんという恋人ができた。毎日が愉快だった。しかし水尾さんはあろうことか、この私を振ったのであった!クリスマスの嵐が吹き荒れる京の都、巨大な妄想力の他に何も持たぬ男が無闇に疾走する。失恋を経験したすべての男たちとこれから失恋する予定の人に捧ぐ、日本ファンタジーノベル大賞受賞作。

感想・レビュー・書評

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  • 女性に縁なく生きてきた私に、2年前初めてできた彼女、水尾さん。
    毎日愉快で楽しかった。
    でもあろうことか水尾さんに袖にされ、納得のいかぬ私は、日夜「水尾さん研究」にふけるようになる。
    時はクリスマスファシズムの嵐が吹き荒れる12月。

    “敢えてこの手記を読む人は、貴重な経験をすることになるだろう。もちろん愉快な経験とは言えまい。良薬とはつねに苦いものである。
     ただし、苦いからと言って良薬であるという保証はどこにもない。
     毒薬もまた苦いのだ。”

    今まで読んだどの作品よりも煩悩全開、プロローグからもりみー節全開♪
    まだ読んでいなかったこの処女作。
    もりみーは、最初からもりみーだった。原点を感じた。

    もりみーといえば、堕落した大学生。ノスタルジーあふれる京都の町。そして現実と非現実の交錯。
    でも何より、若者の煩悩を高尚に書かせて、もりみーの右に出る者はいないと思う(←ほめてる!)。

    “世界平和のためには我々一人一人が責任を持って荒ぶる魂を鎮めねばならぬ、社会に生きる者の義務とは言えつらいことだと嘆きながら、禍々しい生殖本能の矛先をそらすために培われてきた膨大な作品群を前にして私は右往左往し、各コーナーに高らかに響き渡るY染色体の哄笑を聞き、そして割合まめに新作をチェックする。”

    すいません、ここで引用するような箇所じゃないけど、何度読んでも笑える(笑)
    「そして割合まめに新作をチェックする」って、なぜか最後だけそのまんまなおとぼけっぷりがいい。
    (あ、これはビデオショップの一角ピンクコーナーの描写であります。注釈はいらんか。)

    構成はあっちへいったりこっちへいったりするけど、これは読者のいる壮大な失恋日記なんだと納得する。
    日本ファンタジーノベル大賞というより、ノンフィクション部門な気もする(どこまで経験に基づくんでしょう?)。
    彼氏のいない女子大生にとっても、クリスマスは憂鬱な季節だったけど、ここまでクリスマスファシズムに抗うことはできなかったなぁ(笑)
    むしろ清々しい。ええじゃないか、ええじゃないか。
    色々もう楽しすぎて「やっぱり面白い!新作が読みたい!」と思って読了。

    個人的に、久しぶりのもりみーで爆笑だったのと、京都の土地勘があって情景が想像がしやすいのとで、星はちょっと甘めにつけちゃいました。

  • モテないことに胡座をかいた京大生森川の日課は自分を袖にした元彼女の水尾さんをさりげなく観察・研究すること。

    しかもこの研究活動は水尾さんの新恋人と思われる遠藤氏にバレており、再三警告される始末。これも己のジョニーに振り回されている所以か。

    この時点でかなりしょっぱい感じがするのだが、彼の友人もまたかなりしょっぱい猛者揃い。
    森川、飾磨、井戸、高藪ら、モテない四天王はうだうだ青春する。鴨川等間隔カップルを呪い、クリスマスを呪い、大文字山で酒をあおりながら安い肉を焼き…。
    そして憎むべきクリスマスに備え、飾磨が発案した「ええじゃないか」大作戦。

    太陽の塔はともかく、この無茶苦茶な感じ、好きです。人生のうち一度くらいはこの手の阿呆と恋愛してみるも楽し。ソーラー電池で動く招き猫はノーサンキューですが。

    記念すべき2013年最初に読了した一冊。
    Gキューブが恐ろしすぎる・・・伊坂氏流にせせらぎキューブと言い換えますか。。

  •  なるほど原点。腐れ大学生っぷりが見事。
     水尾さんの魅惑さはどこか某乙女風でもあり。それに惹かれて研究しているのだ。
     決して未練だの煮え切らないだので付け回しているストーカーなどという者ではない!
     なんやかんや言いながら自らの正当性を必死に主張していて言外に間違いを認めてる感(笑) カップルなんて!クリスマスなんて!リア充爆発しろ!といいながら羨望が滲み出ている感(笑)
     もうなんもかんも間違ってるけど叩く気になれん愛らしさがそこにある!
     処女作へ遡るとどこか初々しさやたどたどしさがあるものだけど、森見氏は変わらない。進歩や成長が無いと言う意味ではなく、デビューから完成度が高かったという意味。
     Gキューブはダメ!あかん!読んでてゾワゾワした 癶(癶;゚ё゚;)癶 カサカサ

  • ―何かしらの点で、彼らは根本的に間違っている。
    ―なぜなら、私が間違っているはずがないからだ。

    法界悋気…聞き慣れない言葉である。というかまず読めないだろう。作中で連発されるこの単語は作品を如実に表している。
    場面が目まぐるしく入れ替わり、止まることはない。一体どこまでが回想でどこからが今なのかわからなくなる。こういう場合自分は叙述トリックを警戒してしまうがそれは杞憂に終わったw

    全体的に伏線未回収の嫌いがある(夢玉の真の持ち主、邪眼、海老塚との悶着、三田村さんやら湯島やら枚挙にいとまがない)がそもそも回収する気がないようで、完結してないという意味では文学的レベルはあまり高くないように思う。しかしそこは院生時代に書いたデビュー作ということで目を瞑ることやぶさかでない。

    基本的にはモテない男たちの自虐的な笑いの物語。
    でもグッとくるのはやっぱりラスト6ページ
    突如として溢れだす強がる男の本音。たまには弱音を吐いてもええじゃないか。時には自分に酔ってもええじゃないか。思い出に浸ってもええじゃないか。

    ―何かしらの点で、彼らは根本的に間違っている。
    ―そして、まあ、おそらく私も間違っている。

  • まるでジェットコースターのような勢いで進む妄想の世界に引き込まれ、怖いもの見たさに、ページをめくる手が止まりませんでした。
    登場する男たちの行動は、突飛で、なかなかお茶目で、ちょっとせつなくて、最後の最後まで、圧倒され続けでした。

  • 作者のデビュー作である。京都の大学生たちの歯牙ない失恋状態を延々と描写している。或る種の者たちにすれば、聖書のように箴言に満ちた文章であっただろう。

    わたしは、この書を紐解きながら或る先輩の事をずっと思い出していた。彼は「世のフラレタリアートよ、決起せよ」と叫んだ。職場の寮で賄いの叔母さんが作ってくれているカレーとご飯を、常にモリモリと盛り、そのことによって世の中の搾取を挽回する計画を立てた。タヌキのような大きな腹を見せながら、顔を突き合わせる度にわたしに党に入れと誘った。わたしは客観的にもその資格があることは認めながらも、その度に断った。党に入ると碌なことはない。岡山市表町商店街で月一回の支部会と称して穴蔵でロックを飲み干す企ての共謀正犯になるどころか、独りその前に女性グループに声をかけなければならないという新入党員鉄の掟なるものを強制させられる。という噂を聞いた。バレンタイン革命なるものを目指しているという噂も聞いた。幾歳月が過ぎ、先輩はとおに職場を辞し、人には言えぬあれもこれもした後に、2年前のバレンタイン・イブの日の凍れる道端で行き倒れになった。危なかったところを生還して、なんと未だにわたしに毎日の如くフラレタリアートの党に加入せよと電話してきている。もちろん、わたしは断っている。

    よって、この作品の登場人物たちがクリスマスファシズムに抗して「ええじゃないか騒動」を共謀する、その未来も充分に予想出来たのである。

    「幸福が有限の資源だとすれば、君の不幸は余剰を一つ産みだした」

  •  森見登美彦のデビュー作品である『太陽の塔』

     デビュー作から「森見節」は健在で、読みやすく作品の内容とマッチしてテンポよく進んでいく。

     作品としては、解説の本上まなみさんの文章を引用すると「ふられた男子の真冬のさえない独白小説」ということになるだろう。
     言ってしまえばそれだけのことなのだが、それが非常に豊かな物語として読めるがまさに森見節なのである。

     さて、僕がこの作品をとても好きな理由は、この主人公の水尾さんに対する恋愛物語にはまさに恋愛の普遍性が描かれていると感じたからである。

     それは、この物語が失恋を通して自己愛を獲得する物語であるということと、この物語において恋愛の対象である水尾さんがほとんど出てこないということ。この2点である。

     この作品は先にも書いたように「ふられた男子の真冬のさえない独白小説」なので、物語として「恋愛の成就」というゴールもなければ、「恋愛の破綻」というゴールもない。(物語はフラれてからスタートするので)
     ではこの物語の本筋は何なのかというと、それは「自己愛の獲得」だと僕は思う。
     恋愛がうまく行かなかった=他者による自己の否定 を通して、絶対的な自己肯定=自己愛 を獲得するこのパラドックスに恋愛の本質がある。
     
     そのことは次の2カ所に集約されてる。
     まず作品冒頭少しの部分
     「恥をしのんで書けば、私はいわゆる「恋人」を作ってしまったのである。(略)それでも正直に言おう、私は嬉しかった。それでいて喜んでいる自分に対して唾を吐きかけていたのであった。「恋人」ができたくらいでそんなに嬉しいのかオマエは、と。」

     そして、物語の終わりの1ページ前
    「しかし、酔うまい。決して自分に酔うまいぞ。そう自分に言い聞かせながら、雪降る夜明けの町を歩き、しばらくうんうん頑張ってみたが、せめて今日ぐらいは自分に酔わせてくれと思って私は泣いた。」

     物語冒頭、恋人を勝ち取った「勝者」の主人公は「自分に唾を吐き」、物語最後フラれて惨めな「敗者」の主人公は「自分に酔う」のである。

     もう一つは、水尾さんをめぐる恋愛物語であるのに、水尾さん本人はほとんど出てこないということである。

     恋愛の本質は相手の不在による。
     不在の相手を思う気持ちこそが恋愛であり、その仮想性が物語になる。
     この物語に書かれている水尾さんをめぐる様々なドタバタ劇のほとんどは、水尾さんには何の関係もなく、感知もせず、影響もないことなのだろう。水尾さんの不在において勝手に繰り広げられているのである。これぞまさに恋愛なのではないだろうか。

  • 森見登美彦さんワールド全開。

    よくよく考えると、
    女に免疫のない京大生が、同様の冴えない男たちと群れて、「別に女なんて興味ないし。クリスマスとかどうでもいいし。」とか言いながら、なんだかんだで彼女がほしいんだー!
    というだけの話なのだが、それがなんとも愛らしく、面白く、描かれている。

    太陽の塔を見に行ってみたくなった。
    それから、京都旅行にも。

  • 数年ぶりの再読。
    親しい友人からストーカーと呼ばわりされることがあり、いやいやこいつ(主人公)よりもましであろうと自分を慰めるために読んだ。

    …………なんだろうこの共感は。

    クリスマス時期に読まなくてよかった。

    けれどいつも思うのは、太陽の塔グッズを買い集める水尾さんが、ソーラー招き猫をいらないというのが解せない。どっちもどっちだろう。
    むしろソーラー=太陽=岡本太郎でええじゃないかというくらいのひとであっても良い気がする。
    夢の中にもソーラー招き猫がいるし、そんなに、そんなに嫌だったなら忘れてしまえばいいし、少しでも良い意味で覚えているのなら、ゆるしてあげればいいのに。

    と、水尾さんに変な感情をぶつけながら読んでしまい、純粋に読書として楽しめはしなかったと思う。すみません。

  • 男汁がボトボト滴る、モテない男の為の物語。
    私は森見さん独特の、言葉を捏ねくり回すセンスが大好きなので
    それなりに楽しみました。
    いやはや、「可愛い」と「キモい」は紙一重ですね。

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プロフィール

森見登美彦(もりみ・とみひこ)。1979年奈良県生まれ。京都大学農学部卒、同大学院農学研究科修士課程修了。
2003年、『太陽の塔』で日本ファンタジーノベル大賞を受賞しデビュー。
2006年に『夜は短し歩けよ乙女』で本屋大賞2位、山本周五郎賞などを受賞し注目を集める。
2010年には『四畳半神話大系』がTVアニメ化された。
『きつねのはなし』『新釈 走れメロス 他四篇』など、京都を舞台にした作品が多い。

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