- Amazon.co.jp ・本 (323ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101290522
作品紹介・あらすじ
「知り合いから妙なケモノをもらってね」篭の中で何かが身じろぎする気配がした。古道具店の主から風呂敷包みを託された青年が訪れた、奇妙な屋敷。彼はそこで魔に魅入られたのか(表題作)。通夜の後、男たちの酒宴が始まった。やがて先代より預かったという"家宝"を持った女が現われて(「水神」)。闇に蟠るもの、おまえの名は?底知れぬ謎を秘めた古都を舞台に描く、漆黒の作品集。
感想・レビュー・書評
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読み終えた後、少し頭を傾げたくなるような、そしてちょっとゾクっとする短編が4つ。独立しているようで、水、ケモノ、芳蓮堂などのキーワードでゆるやかに繋がっている。
短編ということもあり、ずいぶん前に読んだ「宵山万華鏡」を思い出した。
やはり森見登美彦さんは、京都という街を素晴らしい舞台に仕立て上げるなぁ、と思った。この不気味さも「京都」だからこそなんだろうと思う。観光客であふれかえる華やかな表通りから一本入ると何かが起こりそうな、趣があるけれどどこか閉塞感が漂う古い裏路地・・・。京都はもうしばらく訪れていないのに、そんな想像がはっきりとできてしまう。あぁ、京都にまた行きたくなってきた。
この4つの奇譚について、何がどうでどこがどうつながって、時系列は・・・などと考えるといけない。はっきりしない。ジメッとして、ヌメッっとして、ゾクッとして、モヤモヤ。そういう作品なのだ。それでいいのだ、きっと。
好き嫌いが分かれる作品かもしれない。私としては好きではないけれど、読んで良かったと思う作品だった。おもしろかった。
森見さん、黒髪の美女を追いかける阿呆な大学生や、天狗と争う賢い狸だけではなく、こんな物語も書けるんですね。やはり素晴らしい作家さんです。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
「得体の知れないもの」の恐ろしさよ。
子どもの頃、通学路の脇に竹薮があった。それがとんでもなく怖かった。学校へ向かうときは、集団登校だから平気だったけれど、ひとりになる帰り道が嫌で嫌でたまらなかった。毎日(何故か)息をとめて竹薮の傍を駆け抜けた。何だかじっと竹薮の中から見られているようで、いつも心臓がどきどきした。
けれど、それは低学年までのことで、高学年になる頃には、なんでこんな竹薮が怖かったんだろうと平気になっていた。あの頃は、竹薮の中はじっとりとした重く暗い空間だったし、変に何かと目をあわせちゃいけないなんて思ってたのに、気づいた時には、竹薮の中はうっすらと日が射していて、どちらかといえば穏やかな静寂に包まれた場所になっていた。
幼い頃に感じたあの「目をあわせちゃいけない」感じが、きっと「得体の知れないもの」だったんだろう。
誰にだって、忘れている(無理に忘れようとした)思い出の中に「得体の知れないもの」は隠れているのじゃないだろうか。
この物語を読むと、胸がざわついて心許なくなってしまう。
やっぱり。この感じ、わたし知ってる。 -
年度がわりで忙しく、なかなか本を読む機会がなかった。3月4月の歓送迎会、5月のゴールデンウィーク、そして6月の運動会。6月半ばを過ぎてようやく、落ちついて小説に手を出せるようになった。さて何を読もうかと、ひさびさに本棚の「積読本」を漁ってみた。
梅雨のため曇天がつづき、低気圧の影響か頭が重く、心もどんよりしがちな時期だ。しぜん、選ぶ本もロー・テンションで湿気の高いものになる。結局えらんだのは森見登美彦『きつねのはなし』だ。4つの短編からなる怪奇小説集である。
一、骨董屋の女主人と、狐の面に執着する男の話(きつねのはなし)。
二、物語を語ることに長けた、ある青年の話(果実の中の龍)。
三、ケモノに魅入られた少女と、幼なじみの少年の話(魔)。
四、ある老人の死と、残された「宝」をめぐる話(水神)。
それぞれ独立した話だが、互いの話が微妙に交錯して、おぼろげな一枚の絵を織りなしている。そんな印象の作品集である。ただしどれほど熟読しても、何が描かれているのかは判然としない。あとに残るのは「狐面」「ケモノ」などいくつかの断片的なイメージと、取り残されたような読後感、そして「水」の気配だけである。
4つの作品の中で、『果実の中の龍』だけがやや異色かもしれない。この作品だけは超自然的な怪異ではなく、人間の狂気を描いているからだ。京大生とおぼしき青年が、自分のプロフィールがすべて嘘であることを告白する場面があるのだが、そこで作者は青年にこんな科白を言わせている。
「でもねえ、今でも思うんだけど、嘘だからなんだというんだろうな。僕はつまらない、空っぽの男だ。語られた話以外、いったい、僕そのものに何の価値があるんだろう」
虚構を極めようとする者には常に、「自分が作りあげた虚構に自分が溺れてゆく」というリスクがつきまとうのかもしれない。誰よりもそのリスクを承知しているのは作家自身だろう。そのためか、自身の分身のようなこの青年に対し、作者はささやかな救いも与えている。青年の後輩である語り手の〈私〉は、青年について最後にこう評するのだ。
「先輩は自分が空っぽのつまらない人間だと語った。しかし先輩が姿を消してこの方、私は彼ほど語るにあたいする人間に一人も出会わない」
この短編集のなかでは若干浮いた感じのするこの作品が、私は一番好きだ。私自身もまた「手の込んだ虚構を愛する者」だから。虚構の作り手にはなれないけれども…
…読み終えたら、いつの間にか雨がやんでいた。5日ぶりの青空だ。不安定な天気はまだ続きそうだけれど、少しずつ晴れ間が長くなってきているような気がする。もうすぐ夏がくる。 -
京都と森見ワールドが溶けて一緒になっているみたいで、リアルじゃないのは分かってても妙にリアルに感じた。
最初の2つが特に、面白かった -
いつもの森見登美彦節は少し鳴りを潜めるがクセはある。怪談も書けるんですね、読者に委ねる部分というか、考えて繋げる部分がある。面白かった。再読するときっと再発見があると思う。二度読み確定。
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うわ〜!めっちゃ怪しい〜!
こんな感じの好きや!
短編集だけど、どれもそんな雰囲気!
長い歴史のある古都 京都の闇のというか、負の部分が溢れ出てる。
地元なんで、地名などなど知ってるとこばっかりなんで、共感した所もあるにはあるが、こういう、凄い怖さではなく、ゾッとする?じわじわ怖い?感じのが良い。
確かに、京都って、人通りの少ない場所歩くと何か怖いと思う時がある。何かに見られているような…
特に夜中…どこでも普通に怖いか…^^;
PS:
ちなみに、京阪電車が出てるのも嬉しい。(関西では、阪急電車一強なんで) -
京都の町、日常に何かが潜んでいる、じりじりとした不気味さのある話。
ぞっとする怖さではなく、気がついたら日が暮れていて、1人置き去りにされたような心細い気持ちになる。
2021年9月8日 -
ファンタジー色の強い森見さんの作品に最近はまっていて手に取った一冊。
その中でもホラー寄りではあるが、怖いというよりも不思議な正体のつかめなさが強く出ていて、そこが好きなところ。
いつも通り京都を舞台にしていて、古道具を扱う芳蓮堂、胴の長い狐のような化け物、狐面の男などの複数の作品に共通する人物や小物が登場する。
しかし少しずつ描写が違ったりしていて、本当に同じものなのか実は違うのか、並行世界にあるのかなどの想像の余地のあるはっきりしない感じがいい。
「きつねのはなし」☆☆☆☆
指定されたものを差し出せば、それと引き換えに何か願いをかなえてくれる狐面の男の話。
どうやら要求されるものは段々価値が高くなっているようで、最終的に「もう君は私の欲しいものを持っていない」「可哀相に」と言われた時の絶望感たるや。
「果実の中の龍」☆☆☆☆
主人公の大学の先輩は大学を休学してシルクロードを旅したという男で、ほかにも京都市内のあちこちでバイトをしていたり変わった経歴を持っていて、とにかく経験豊富で話題の尽きない人であった。
しかし、先輩の彼女は彼について「つまらない人」だと評している。
それはどういう意味なのか。
先輩は狂気に飲まれつつも、自らそれを理解している様子だ。
でもそれなら、クリスマスの日の振る舞いは何だったのか。
自分がおかしいとわかっていながらあの振る舞いだったのか、それとも完全に狂気に飲まれてしまったのか。
「魔」☆☆
狐のような胴の長いケモノに襲われる事件が起き、町内では見回りを強化していた。
しかし、見回りを行う登場人物の誰もが怪しい挙動をしており、また互いに警戒しているようでもある。
その不穏な空気がとてもよかったのだが、最後の最後に「魔王決戦!俺たちの戦いはこれからだ!先生の次回作にご期待ください!-完-」みたいな終わりになったのが残念。
「水神」☆☆☆
主人公の祖父が亡くなり、その葬式で水にまつわる不思議な出来事が起こる。
古い家屋に歴史のある一族が出てきて、呪いに水神といかにもジャパニーズホラーっぽい作品。
結局どういう理屈の話だったのかはっきりしないが、そこがいい。 -
「そのケモノは、まだ町をうろついているんですよ」
怖けりゃ、目を伏せりゃ良い?
恐ろしけりゃ、逃げりゃ良い?
京暮らしはそう単純じゃない。
奇縁絡み、暗闇蠢き、狐憑く地。
郷に入りては、だよ。
愉しまなくちゃ…
さもなくば、水すら怖いぞ。
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森見ワールドの新たな一面を覗き見た仄昏い怪談集。この絶妙なエキゾチックさを堪能できるのは日本人の特権ですね。気品ありつつ厭な感じ。見事に薄皮一枚で繋がる短編毎の因縁。乙だわ…