どこから行っても遠い町 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (362ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101292410

感想・レビュー・書評

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  • これはタイトルが猛烈に好きで中身も知らずに買った本。東京のどこかの町の、商店街を中心とした11の連作短編集だった。読む前から絶対に好きだと分かっていたけれど、最後まで読んでみてやはり大好きだった。
    ただ続いていく日常と積み重なっていく過去。この町で働く人、買い物に訪れる人、住居としている人。主人公が代わっていっても一様に温度の低さが心地よく、誰も無理をしていないように見える。
    この町の人々は、自分の心と孤独に向き合い、隣人に心をさらけ出したり隠してみたり、付かず離れず生きている。どこにでもいそうだけれどここにしかない、はかない繋がりがあって、それがどうしようもなく心を惹きつける。
    特に忘れられないのは「長い夜の紅茶」。姑の弥生さんの一言一言にドキッとさせられる。男にも家にも、どこにも縛られていない彼女の自由な瞳を見てみたい。どんな眼をしているんだろうとふと思うのだ。きっと眼がすべてを語っているんじゃないだろうか。
    女の友情を超えた関係性が生まれる「貝殻のある飾り窓」も切なくて好きだった。
    共感できることはほとんど無いのに、この本に出てくる人たちのことを、誰一人嫌いになれない。どれもこれも、分かりそうで分からない。人間の魅力ってそこにあるのかもしれないと思えてくる。

  • 近所ですれ違う、名前も話したこともない人たちの人生や考え方の想像が膨らむ。「あけみ」に最も感情移入した。

  • エピソードをつなぐ、このスタイルの小説が好きだ。

  • 川上弘美って、
    どうしてこうも怖いのだろう。

    以前からそうなのだが、
    年々その怖さが増していき、
    先に読んでいた『森へ行きましょう』に真骨頂を見ていたが、
    この作品で既にその片鱗が明確に現れていたか。

    ふわっと夢のようでありながら、
    生々しさと毒があって、
    そのくせ冷たいくらいに俯瞰している視線がある。
    それはグロテスクではない静かなものだからこそ、
    とても怖く感じる。

    確かにどこにでもありそうな町の人間模様に、
    少しでも足を踏み入れれば、
    そこにはひとりひとりの人生があり、
    それは何にも変えられない超個人的なものだ。
    その人生達が触れ合って、絡み合い、
    通り過ぎて、離れていって、
    そうしてまたひとつずつの物語が広がっていく。

    始まりからゆっくりと積み重ねられた終わりの展開に、
    背筋が凍る。

    どうしてこんなに怖いのかと考えてみると、
    きっとすべてが平等だからだ。
    生きとし生けるものも、
    意識も無意識も、
    生と死も、
    ひとつづきであるという真実を、
    川上弘美は言葉にして、物語にしてしまえるから、
    とても怖いのだ。

  • 遠い記憶の中で商店街を歩いている感じ。

  • 連作短編集とのことで一つの街を舞台に別の視点から語られる11の物語。とても良かった、なんだろうこの哀愁とも似る様で似つかない感覚は。5年前に読んでも響かなかっただろうなあ

  • 平穏な日々にあるあやうさと幸福。ほっこりしながら読み進めていました。
    最後から数頁前の一行から、わたしは背筋が伸び、また川上さんの世界に引き込まれるのでした。川上さんのお話は、なんでこうも人生の無常さを表されるのでしょう。
    読んだ後は、しばらく切なさマックスだったが、後に希望が見えてくる。青い空の向こうから、真紀さんが微笑んでこちらを見てるような絵が浮かんだ。
    生きてることは素晴らしいと訴えてくる。またわたしは心で泣けました。

  • いつだったか、他の本にかまけて読みきれずに図書館に返してしまった本。
    川上弘美の本からは、いつからか死のにおいがする。いや、本当はずっと、そうなのかもしれない。

  •  とりたてて物凄いことは起こらない。
    「平凡」よりは少し色々な物が加わった人生を歩んでいる人々。
     あるいは「歩んできた」人のお話。
    「物語」ということでいえば、きっとつまらないのだと思う。
     間違いなく「つまらない本だ」と思う人が多くいるだろう。
     だって大したことが何も起こらないし、淡々と語られているし。
     読んですぐに記憶から消えていってしまうような内容。
     なのに、なんで読んでいてこんな気持ちになってしまうのだろう。
     なんで、こんなにも心を捉えられてしまうのだろう。
     全部で11編の連作短編集。
     シュールな内容や、不思議なお話は一切なし。
     最後の「ゆるく巻くかたつむりの殻」は死者が語るお話。
     それでもそれはシュールでも不思議な話でもない。
     解説に「最後まで読んだらもう一度始めから読みたくなるだろう」とある。
     その通り。
     いずれ必ず始めから読み直す。

  • 川上マジックともいうべき言葉の数々。
    やわらかくて、それでいてぞっとするほどの冷たさや恐さも同時に孕んでいる。言葉のまとう空気がすぐそばに感じられる。

    「水の中に沈んで、それでね」お母さんは静かに説明する。
    「ゆっくり水をふくんでいって。しみとおっていって、でも最後にはね」
    「最後に?」
    「ふくみすぎちゃって、かなしくなるような、そんなふうな感じ、かしら」
    ー夕つかたの水

    「あたし、ほんとに、廉ちゃんのこと、好きだったのよ」
    ー四度目の浪花節



    ー未来からやってくる「ああして、こうしないと手遅れになる、ほらほら」と尻を叩く声が、どんどん小さく静まってゆくからです。生きることとは、どんな匂いがし、どんな手ざわりで、どんな持ち重りがするものなのか。未来にそなえて「いま」をぎゅうぎゅうに絞り続けているうちに、からからに乾いて、はかないほど軽く固くなってしまった自分という名のタオルに、「いま」の水をたっぷり吸わせたらどうなるか。硬かったものがどんどん柔らかくなり、重たくなって、かたちは自由で不定形なものに、不確かな者になる。
    ー生きていくということはどうやっても、不安に充ち満ちたものなのです。だからこそ、時おり舞い降りる喜びが深くなる。
    解説 松家仁之

    カバー装画:谷内六郎
    2011年 新潮文庫

著者プロフィール

作家。
1958年東京生まれ。1994年「神様」で第1回パスカル短編文学新人賞を受賞しデビュー。この文学賞に応募したパソコン通信仲間に誘われ俳句をつくり始める。句集に『機嫌のいい犬』。小説「蛇を踏む」(芥川賞)『神様』(紫式部文学賞、Bunkamuraドゥマゴ文学賞)『溺レる』(伊藤整文学賞、女流文学賞)『センセイの鞄』(谷崎潤一郎賞)『真鶴』(芸術選奨文部科学大臣賞)『水声』(読売文学賞)『大きな鳥にさらわれないよう』(泉鏡花賞)などのほか著書多数。2019年紫綬褒章を受章。

「2020年 『わたしの好きな季語』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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