男どき女どき (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
3.68
  • (66)
  • (109)
  • (161)
  • (6)
  • (1)
本棚登録 : 953
レビュー : 95
  • Amazon.co.jp ・本 (197ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101294049

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 高校生のとき、初めて向田邦子作品を読んだ。起承転結のしっかりした無駄のない構成で描かれる昭和の男女の喜怒哀楽に、子供ながら心を掴まれた。もっと色々彼女の作品に触れたいと思いながら…三十年が経ってしまった。
    短編小説にエッセイを加えた本書は、久々に読む向田作品として丁度良いかなと思い手に取ったのだが、自分自身が登場人物にほぼ近い世代になってから読むと、描かれる男女の心模様の生臭さにギョッとする。それでも決して不快ではなく、心がザワザワしながらも、もっと読みたいと思わせる展開の巧さ。ユーモアもペーソスもちょうどいい塩梅で、今更ながら向田作品のすごさに痺れるのであった。
    エッセイも切れ味鋭く、時にほのぼのするものもあり、昭和という時代が懐かしいなと思う一方で、人間の本質なんてそう変わらないのかなと感じさせるところもあり。薄くて一気に読める分量ではあったけど、その薄さに反し内容は濃くてバラエティに富んでいる一冊だなと実感した。これを機に向田作品を少しずつ読んでいきたいと思っている。

  • 晩年の小説とエッセイを収録した短編集。上品でしなやかな向田邦子の世界を堪能できる。「黄色い服」というエッセイでは、著者が幼き時を受けた厳しき父からの思い出である。洋服ひとつを選ぶのも「選択」なのだと。「選んだ以上、どんなことがあっても、取りかえを許さない。泣きごとも聞かない」「この頃になって、これは、洋服のことだけではないと気がついた」
    人生は選択の連続。泣きごとは許されないのだ。

  • 昭和50年代からの短編とエッセイ集。年月が経っていても不変な題材を扱っているからだろうか、読み易いし感情移入もしやすい。なにより言葉が簡潔で綺麗だから、無音状態で物語の世界に入れる。
    しょっぱなの「鮒」のラストで震撼させられ、「嘘つき卵」の女主人公の1人称語りで進む話の中、急に数字で夫婦の関係を示す一文があるのにゾっとした。女性が語りだと感情的な流れになるのにその中で急に数字、というのは冷静な狂気の片鱗といいましょうか、すごいな向田邦子氏は!と感心しきり。(わたし何様)
    エッセイは、凛とした佇まいの女性を想像させる小品ばかりで、こういうふうに年を取れたらと、なんだか安心しながら読んだ。
    1人の、ちゃんとした女性がかつていて、悩んで考えながらも書く仕事で身を立てて生きていた、ということが嬉しい。
    「日本の女」のこの感覚、あの時代にそんな矜持を持っていたことに尊敬です。「無口な手紙」「アンデルセン」も好きです。

  • ひとりの時間を背中を丸めてペタンと座ったり、だらしない恰好で町を
    歩いたりは、絶対にしないで生きているのだろう。
    彼女たちはどんなにくたびれても決してシルバーシートに腰をおろさないでしょう。
    ゆれる電車でつり革にもつかまらず、体のバランスをとる訓練をしながら、
    乗り合わせた人の表情や窓の外の景色を、ドン欲な目で観察しているでしょう。
    5年先、10年先もきっと同じでしょう。決して老いにつけ込まれず、老いに
    席をゆずろうとしないのです。悲観論者ではないということ。
    先のくとをくよくよしたところで、なるようにしかならないのです。
    飢え死にした死骸はころがっていないのですから、みんな何とか生きてゆけるのです。
    あの人みたいになりたい・ああなりたくはないという人を見つけておけと
    昔からいうじゃありませんか。


    独りを慎しむ
    ひとりでアパート住まいをはじめたら急激にお行儀が悪くなっているのです。
    煮物を鍋のまま食卓に出して箸をつけていました。
    転がる石はどこまでもということわざがあるそうです。
    お行儀だけのことではない精神の問題。
    誰が見ていなくても、独りでいても、慎むべきものは慎まなくてはいけないのです。
    闇の中でひとり顔をあからめる気持ちを亡くしたら、どんなにいいドレスを着て
    教養があっても人間としては失格でしょう。

  • 高校生の時に向田邦子をたくさん読んだ

    今読み返してもまったく古さを感じない。
    人間描写、心理描写が深い。鱒と嘘つき卵に男女関係の奥深さを感じる
    今では使わなくなってしまった日本語も美しい
    どの短編もすみずみまで丁寧に生活の中の
    すれ違いや出会い、人が描かれている



    エッセイは襟を正される。

    一人を慎む。黄色い服。ゆでたまごがいい
    含羞というものがある。凛としている。

    無口な手紙は胸をつかれる思いがする。


    誰が見ていなくても、独りでいても慎むべきものは慎まないといけないもです。
    誰も見ていなかった、誰も気が付きはしなかったけれど、なんと
    恥ずかしい事をしたのか。闇の中でひとり顔をあからめる気持ちをなくしたら、どんなにいいドレスを着て教養があっても、
    人間としては失格でしょう。
    自分にむかって意見している。

  • 最近読書記録をつけていなかったのでボチボチと。この本は大学時代に一度読んだ。その時は全くわからなかった夫婦というものが、今でも全くわかってはいないけれど、この本に出てくるのは、比較的多くの人が共感できる形なのであろう。

  • 市井の男女の感情の機微が鮮やかに描かれていて引き込まれる。特にら鮒は圧巻。

  • 向田邦子 著「男どき女どき」、1985.5発行(文庫)。小説4編とエッセイ21篇、向田さんの最後のメッセージともいえる作品ではないでしょうか! 小説では「鮒」と「ビリケン」、エッセイでは「若々しい女(ひと)について」「独りを慎む」「ゆでたまご」「反芻旅行」「壊れたと壊したは違う」、特に秀逸と感じました。

  • 初めて向田邦子の作品に触れたのは、確か中学の国語の授業。「字のない葉書」というエッセイだった。
    それ以来向田エッセイのファンになり、短大の卒業研究のテーマにも選んだほどだ。

    向田氏の書く話題の内容は大きく分けると3つ。
    「猫」
    「食べ物」そして
    「家族」

    今も若いが(え?)もっと若かったころは向田邦子の書く父親像と自分の父親を重ね合わせ、ジーンとしたものだ。
    父と長女の親子関係についても同じ匂いを感じた。

    だけど、だいぶ大人になってから読み返してみると、食べ物をいつくしみ丁寧に料理するところ(たとえば、タケノコ一本を一人暮らしにも関わらずあらゆる料理に変貌させ食べきる)や、賑やかな食卓・どこにでもあるような昭和の家族の姿に懐かしいようなあったかいような気持ちになる一方、その陰で男女の艶めかしい息遣いが見え隠れするところにドキッとさせられる。

    向田氏自身は、四角四面の父親に育てられ真面目な優等生で通ってきた。
    弟妹たちの面倒見のいい姉で、キリッと風をきるようなキャリアウーマンだ。
    でも、のちに出てきた恋文の数々から秘密の恋愛をしていたことがわかったらしい。

    そういえば、猫について書かれたエッセイにこんな感じの記述がある。

    「どうして猫を飼うのですか?は どうして結婚しないのですか? という質問と同じように答えに困る。 
     それでも答えようとするならば、猫には縁があったが男性には縁がなかったということだろう」

    月給袋をそのまま女房にわたし、休日には子どものイベントに汗を流す男性を犬に例えるなら自由奔放で愛情の帳尻すらあわせてくれない男性を猫にたとえ
    「女は安定を求めて犬タイプの男性と一緒になり、猫タイプの魅力的な男性をないものねだりの熱い視線で見つめるのだ」とか
    「猫は犬とちがって首輪をつけていない」と書いている。

    向田邦子にとって猫=交際していた妻子ある男性(のちに自死で失っている)の代わりだったのかもしれない、とは言い過ぎだろうか。

    脱線したがこの本のタイトル「男どき女どき(おどきめどき)」の意味は何事も成功するときを男どき、めぐりあわせの悪い時を女どきという、らしい。

    久しぶりに向田作品に触れてみて、、昭和の美しい日本語と艶っぽい「男女のタイミング」に、夢中になって一気に読んでしまった。

  • 記憶には甘い辛いという味覚が舌ではなく心の内に誘ってくれる。辛い記憶は時を経て美味しく頂けるし、昔の甘い記憶に蓋をしてしまうこともあるある。人の心は摩訶不思議、この書籍の読後感。

全95件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1929年東京生まれ。放送作家としてラジオ・テレビで活躍。「だいこんの花」「寺内貫太郎一家」等。1980年に短篇小説「思い出トランプ」で直木賞受賞したが、81年8月飛行機事故で急逝。『父の詫び状』等。

「2019年 『向田邦子の本棚』 で使われていた紹介文から引用しています。」

向田邦子の作品

男どき女どき (新潮文庫)を本棚に登録しているひと

ツイートする