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Amazon.co.jp ・本 (352ページ) / ISBN・EAN: 9784101311814
感想・レビュー・書評
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なんたる胸糞・・・!最凶にして最狂な事件のルポルタージュ。これこそ実話版『俺ではない炎上』。。、
今年の6月に映画公開予定。
平成15年(2003)、福岡の小学校教師の身に降りかかった、地獄のような冤罪事件の顛末。
実際の事件であり、人生をめちゃくちゃにされた当人とご家族のことを考えると星評価などつけられない。
しかし、胸糞度は星100だった・・・。このヤバさはもはやホラー・・・。
映画のCMを目にして、原作である本書に興味を持ち読んでみた。綾野剛好きなんですよね。
教師の川上(46歳・仮名)はクラスの生徒(裕二・小4)に対して体罰を通り越した暴虐を行なっており、裕二は自殺未遂をし、PTSDから精神病院に入院。両親は訴えを起こした。
というのが、話の流れ。
なのだが・・・そう単純な話ではない。問題は、この児童の両親。(映画キャストは柴咲コウと迫田孝也)。
彼らはモンペを軽く飛び越えたイカレサイコ。その飛びっぷりは是非読んでいただきたい。
人は理解不能なものに恐怖を覚えるってのは本当ですね。ヤバすぎです。
そして、冤罪事件のやるせなさ。
終章『偽善者たちの群れ』で、フリー記者である著者の静かな、けれど強い憤りを感じた。
ファクトチェックをしない(できない)、学校、教育委員会、記者マスコミ、弁護士、医者。
ウソが真実として形成され、拡散されていくその無責任なさま。
やるだけやっといて、自らの説明責任は果たさずドロン。「あとのことなんて知りません」で終わらせる。改めて〇〇〇〇は〇〇だって思ってしまった。
それにしても、最後の最後までこの児童の両親がコワかった。こんなひとたちとエンカウントしないことを祈るばかりだ・・・ -
綾野剛さんの最新映画情報を見て、めちゃくちゃ面白そう!と思い、張り切って購入した原作。
まさかの実話だった。
川上先生、面白そうだなんて思ってごめんなさい。
こんなことが本当にあったなんて。
その名の通り「でっちあげ」
浅川夫妻のことをもっとよく知りたかった。どうしてそこまで?目をつけられたら終わりなのか。
巻末の解説の中に「書きっぱなし、放映しっぱなし。のちに検証が行われることはほとんどない。これが現実なのだ。」とある。
一度でも疑いをかけられ、あたかも犯罪者のような報道をされてしまうと、それが間違いであったとしても世間の印象は簡単には覆らない。それが今の世の中だ。
この本と映画がたくさんの人の元に届いて、川上先生の無念が晴れるといいな。-
こんにちは。
この本、私も読みました。
マスコミこえーって思っちゃいました。
よく取材されていて、引き込まれるように読んでしまいました!こんにちは。
この本、私も読みました。
マスコミこえーって思っちゃいました。
よく取材されていて、引き込まれるように読んでしまいました!2025/05/19 -
hibuさん、コメントありがとうございます。
ほんと、私もマスコミ怖いなと思いました。
テレビや新聞の報道、普通に全部信じちゃってます。
こ...hibuさん、コメントありがとうございます。
ほんと、私もマスコミ怖いなと思いました。
テレビや新聞の報道、普通に全部信じちゃってます。
こんなことがあるなんて、もう何が正しいのかわからなくなりますね。2025/05/29
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おお〜良いですね♪楽しんできてください!
私は来月推しの出演する映画や、お笑いライブで予定がたくさんなので行けそうにもない(-。-;
行った...おお〜良いですね♪楽しんできてください!
私は来月推しの出演する映画や、お笑いライブで予定がたくさんなので行けそうにもない(-。-;
行ったらこっそり感想教えて下さいね☆
2025/06/10 -
2025/06/17
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2025/06/17
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映画化されると知り、読んでみました。映画の予告を見ているだけでも鳥肌が立ちます。
あらすじからラストがどうなるのか予測はできたので、モンスターペアレンツ(浅川夫妻)の嘘をどう暴いていくのかに注目して読み進めました。
生きていると、確率の問題でヤバイ奴(この本で言うと浅川夫妻)に遭遇することはあります。逃げられるのであれば、ヤバイ奴とわかった時点で逃げるのが鉄則ですが、逃げられない時もありますよね。この本に登場する川上(教師)の場合は、まさに後者にあたります。
冒頭の家庭訪問の日程の行き違いから、すでにヤバイ雰囲気は漂っていました。さらに、川上が訪問した後、待ち受けていたのは和子(浅川母)の延々と続くおしゃべり。1時間以上も拘束するのは、普通ではないと思います。この時点で和子は要注意人物と見なしても良さそうです。
事の顛末については、「でっちあげ 福岡『殺人教師』事件の真相」を読むことをお勧めします。
それにしても、やってもいない事が裁判沙汰になるほどの重大事件に発展してしまったきっかけは何だったのか。それは、”教師”と”生徒の親”という立場の違いから生まれたのだと思いました。
数十年前、どこの保護者も先生を尊敬し、「先生が言うことは絶対!」という感じでした(教師>親)。でも今は、その逆なんじゃないでしょうか(教師<親)。我が子に何かあればすぐ教師にクレームが入る時代のように感じます。親が子どもの訴えを鵜呑みにして、事実関係を確かめずに教師を責め立てる。そんな保護者が多いのかもしれません。
文中の川上の会話に、こんなフレーズがあります。
”保護者と教師は同等じゃないですよ。教師の方がなにごとも一歩下がって対処しないとうまくいかないんですよ。”
そんな時代だからこそ、保護者は言ったもん勝ちのようなところがありますよね。感情的になっている保護者に対して、教師が感情をぶつけたら、決裂するだけです。教師側としては、早く謝って丸く収めようとするのは、普通のことかもしれません。しかし、今回の保護者はモンスターペアレンツだった…。
事を早く収めたいがあまり、やってもいないことで謝罪してしまったのが、川上の運の尽きだったのかもしれません。その後、川上が何を言っても裏目に出てしまうことを考えると、初期対応を間違えたことが全ての間違いだったように感じます(裁判でこの部分が何かと裏目に出てしまう)。
私はこの事件を詳しくは知りませんが、もし週刊文春を読んで、TVで毎日のように報道されていたら、それが事実だと信じていたと思います。「今どきの教師にはこんなに酷いのがいるのか。学校は信用できない場所だな」と。
この本は、マスコミの報道が落ち着いた後のことまで描かれていて、最終的にどんな結末になったのかを知ることができます。
私も保護者の立場にいるので、子どもからの訴えを鵜呑みにするのではなく、まずは先生に相談することから対処していこうと思います。幸いにも、何度か担任に相談したことがありますが、今のところ無下に扱われたことはありません。 -
助けてくれる人がいました。モンスター相手に、マスコミや上司にも、これはきつい。
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何故こんなに執拗に追い詰めたのか?気に触る事があったのか、最終的に賠償金を求め裁判、教師と生徒と親という立場。読み始め母親の話で、なんて酷い教師だ!と、怒りながら読み進め、ん?なんか誤解?騙されてる?マスコミで取り上げられた情報を信じ鵜呑みにするのも考えものだ。
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こうした出来事は本当に氷山の一角にすぎない。報道は大きく取り上げるのに、いざ裁判の内容が当初の報道と異なっても、その後の訂正や謝罪はほとんどなされない。そんな姿勢に、果たして報道する資格があるのか疑問を感じる。もし間違えたのなら、謝罪まで含めて責任を果たすべきであり、そこに覚悟や信念が見えなければ仕事として成立していないと思う。
日頃から片側の主張だけを鵜呑みにしないように心がけている。何も見ていないのにSNSなどで他人を攻撃するような人間にだけはなりたくない。 -
これ、ノンフィクションなのが、、、。怖ぇよ。
殺人教師、、、。怖ぇよ。
もし自分が被害者だとしたら、、。怖ぇよ。
先生が持ってるから近々かれるはず。
え、え、え、まって
私の先生も殺人教師だったらどうする、、。怖ぇよ。
ちな、年内100フォロワーいかなかったら引退します。フォローお願いしますm(_ _)m-
2025/07/28
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2025/08/17
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2025/08/17
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小学校の先生をしている知り合いに本書を読んでもらったところ、「自分も思い当たる節がありすぎて、読むのが辛かった」と漏らしていた。教師という仕事は、親に絶対逆らえず、身に覚えのないことであっても「私がやりました」と言わざるをえない。自らの言葉によって追い込まれた川上と自分の立場を重ね合わせて、「他人事ではない」と感じたとのことだった。
本書は、全国で初めて「教師による児童へのいじめ」と認定された事件の裏を辿ったノンフィクションである。
主人公は、「史上最悪の殺人教師」として全国のワイドショーに報道された川上譲(仮名)。
教え子の裕二に対し、10秒以内に帰り支度をできなければ、「ピノキオ」(鼻をつまんで血が出るほど引っ張る)」やミッキーマウス(耳を割けるほど引っ張って持ち上げる)といった「刑」を執行。また、「お前のような穢れた血の人間は生きている価値がない。早く死ね、自分で死ね」と罵倒して自殺を強要させていた。
まさに全国の親子を震撼させた事件であったが、その真実は、被害者とされた浅川裕二(仮名)の親である和子と卓二によるでっちあげであった。
読んでいてゾッとすると共に怒りが沸いた。
どうして無実の人間が、ここまでへりくだらなければならないのか。何故やったこともない体罰を認め、親の一方的な言い分に頭を下げ続けないとならないのか。
その理由は、教師と親の間には王様と農民ほどの身分の違いがあるからだ。
いまやモンスターペアレントという言葉が有名になっているが、そもそも、相手が悪質なクレーマーでなくとも、教師は親の言うことに絶対服従を強いられる。保護者トラブルは言った言わないの水かけ論が常であり、また、最低でも1年間、最長では6年間も同じ人間を相手にし続けなければならない。そのような閉鎖的な環境では、例え身に覚えが無くとも「私が悪かったです」と言うことが、トラブルを避けるためのテクニックになる。
「保護者と教師は同等じゃないんですよ。教師の方がなにごとも一歩下がって対処しないとうまくいかないんですよ」
文中で川上が語るこの言葉こそが、教師という職業の厄介さを物語っているだろう。
またそれと同時に、校長や教頭など上の立場の人間は、現場の物事を理解しようとせずに謝罪を強要するきらいがある。彼らにも「保護者は絶対だ」という意識が刷り込まれているからだ。
本書では、校長が最初から「わたしに責任は無い」と決め込んだのが混乱の発端だった。生徒と教師を統べる人間として、自らの責任も追及されることがあれば、より正確な現状把握に努めるはずである。しかし、結局のところ管理者責任を被ることなく、川上という一教師を切って騒動を鎮静化しようとした。その結果が、全国のワイドショーを賑わせ裁判にまで発展する事態となった。
教師という弱い立場の人間を、保護者という立場を利用して痛めつけ、自分が望む行動を強いる。周囲の人間も、「大人と子ども」という力関係から、教師のほうが嘘をついており、体罰はあったに違いないと決めつける。こうした虚言と思い込みが暴走する恐怖は、川上の陳述書にはっきりと記されている。
「本件に関与している専門家の集団である弁護団も、裕二君の精神科の診療に関与した医師も、マスコミも、福岡市も……、まるで、裕二君自身の問題点や、ご両親自身の問題点などについては、それがまるで聖域であるかのように、一切検証することなく動いています」
この事件は、「自分に都合のいいように物事を進める」人間たちが生んだ惨劇である。
親である和子や卓二の虚言はもちろん、センセーショナルな記事を書いて国民の関心を焚きつける一方で、間違った報道に対しては反省もしないメディア。また、自己保身に走るあまり、教師を切って事を収めようとする校長と市教委。全ての人間が川上を「殺人教師」と決めつけ、事実とウソの境界が曖昧になっていく。もはや引くに引けなくなった結果、「茶番」としか言えない民事裁判が行われてしまった。
現職・前職が教師の方はぜひ読んでみて欲しい。気分が悪くなるかもしれないが、それほどこの事件は骨身に染みる。そう思える本だった。
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余談だが、この事件、「どうしてそうなるんだ」とツッコみたくなることがいっぱいある。
例えば和子が証言するミッキーマウスやピノキオ。「体が宙に浮くほど強く耳を引っ張って持ち上げる」だとか、「鼻をつまんで鼻血が出るほど強く振り回す」だとか、聞いただけで「そんな無茶苦茶なことしてればバレるわ」と言いたくなる。また、小学校に近づくだけでPTSDが発症する子が、友達と校庭で元気よくサッカーしていたり、川上が撮る写真に笑顔で映っていたりだとか、「少し考えればおかしいと分かるだろう」と言いたくなるほど嘘が粗い。550人の弁護団は途中で不審に思わなかったのか謎である。
極めつけは和子と卓二。嘘を嘘で塗り固めていた彼らだったが、相手に謝罪させるだけでは納得せず、裁判を起こすなど正気の沙汰ではない。裁判で真偽が問われれば、見せかけの嘘など平気で暴かれる。バレたらまずい、などとは考えていないのだろうか。
しかも、この嘘をさらに厚塗りするために、裕二に転校を強いて、インターナショナルスクールにまで通わせているのだ。どういう思考回路なのだろうか。
読んでいて、本当に恐怖を感じた。
1人の教師がいじめによって追い詰められていく様と、関係者たちが嘘によって狂気的な行動に駆られていく様の、2つの理由で。
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【まとめ】
●浅川裕二:他の子どもに暴力をふるい、問題行動を起こす問題児。
●浅川和子と卓二:「川上先生は裕二に体罰をふるっている」とでっち上げ、民事裁判まで起こした筋金入りのモンスタークレーマー。
「血」の問題で生じた裕二への漠とした負い目と、他人に異を唱えられない生来の気の弱さ。そこへ執拗に、「体罰をやっただろう」「子供が見とった」と追及され、川上は困り果ててしまった。さらに、自分のことで校長や教頭に面倒をかけたという気兼ねもあいまって、彼らの望む方向へ迎合する心理が働いた。
そして、「自分が謝れば丸く収まるから」という理由で、消極的ながらも体罰の事実を認めてしまったのだ。
川上の謝罪を見た和子と卓二は、「体罰があった」という情報をマスコミにリーク。A小学校には全国からマスコミが押し寄せるようになった。
A小学校の校長は、このマスコミ対応で最悪の行動を取る。川上を軟禁状態にし、マスコミとの窓口を自身に一本化した校長は、川上に不利な証言をし、トカゲのしっぽ切りを図ったのだ。校長と市教育委員会のコメントを得たことで、ほとんどの記者たちは、体罰は事実なのだとほぼ断定してしまった。
川上は、全く身に覚えのない言いがかりをつけられ、何が何やらわけがわからないままにあれよあれよと大騒ぎになり、マスコミにまで叩かれた揚句、とうとうA小学校を放逐されてしまったのだ。
その後の市教委での事情聴取は、一転して「自分はやっていない」との立場に回るも、下された処分は「6か月の停職」。相当な重さであった。
朝日新聞、西日本新聞、週刊文春などが川上を「殺人教師」と報道し、全国に「福岡殺人教師」事件が知れ渡ることになった。
そして、浅川裕二とその両親は、裕二のPTSDを理由に、川上と福岡市を相手取って約1300万円の損害賠償を求める民事訴訟を福岡地裁に起こした。
驚くべきはこの偽の証言に加担した人間の数。校長、教頭、市教委、主治医、550名の原告人弁護団(福岡県弁護士会のほぼ1/3)、週刊誌、新聞記者、ワイドショーのコメンテーターなど、ありとあらゆる人間が川上を「殺人教師」と見なし、嘘の報告・報道を行っていたのである。
こうして口頭弁論が始まったが、和子の証言に疑わしい部分が見つかっていく。結局、いじめの原因とされていた「裕二にはアメリカ人の祖父がいる」は真っ赤な嘘であった。
また、裕二のPTSDは、和子の話の中でのみ存在している疑いが次第に強まっていった。
裁判の判決は、「福岡市は、原告裕二に対し、220万円を支払う。原告裕二と卓二と和子の請求は棄却」だった。川上がしたとされる行為は、「原告らの主張するいじめ行為に比べて相当軽微なものであり」、PTSDを引き起こすほどのものではなかったと判断されるも、体罰やいじめの一部が認定される結果となった。
どうしてこれほどの大騒ぎになったのか。マスコミは、校長が認めた、市教委が認めた、精神科医がPTSDだと診断したからだと言うが、真相を探る方法は他にもあった。にもかかわらず、誰もが思い込みと憶測で話をし、裏を取らなかった。バイアスのかかった一方的な情報が人々を思考停止に陥らせ、集団ヒステリーを煽った揚句、無辜の人間を血祭りに上げたのだ。
教師という弱い立場の人間を、保護者という立場を利用して痛めつけ、自分が望む行動を強いる。周囲の人間も、「大人と子ども」という力関係から、教師のほうが嘘をついており、体罰はあったに違いないと決めつける。こうした虚言と思い込みが暴走する恐怖は、川上の陳述書にはっきりと記されている。
「本件に関与している専門家の集団である弁護団も、裕二君の精神科の診療に関与した医師も、マスコミも、福岡市も……、まるで、裕二君自身の問題点や、ご両親自身の問題点などについては、それがまるで聖域であるかのように、一切検証することなく動いています」 -
漫画になっていたので途中までは読んでいたことはあったものの、なんか絵柄が受け付けなくて読むのをやめてしまってました。
今回、文庫本を発見したので、再挑戦。
私はどちらかというと、文字の方が読みやすかったです。
被害者だという家族の心理というものが、全く理解できない。
最後まで、嘘に嘘を重ね、支離滅裂な言いがかりをつけて、何がしたかったのだろう。
福岡市からお金をとれたから良いのだろうか。
いいわけがない!
当時の男児は今、どう思っているのだろうか…。
嘘に振り回されてしまった教師が本当に気の毒。
子どものことを思った発言が裏目に出てしまって、なんとも苦しい事件でした。
周りの子どもや親も何も言えない状態を作り出してしまったのは、被害者面した浅川夫婦のモンスターペアレント気質が起こしたものなのだろう。
この悲しい現実を知って、とても苦しくなり、教師の気持ちを考えると余計に辛くなりました。
教師は、よく立ち上がって真実を明らかにしてくれたなと思います。
そして、この事件の真相を取り上げてくれた作者にも拍手を送りたいです。
マスコミの威力というのは恐ろしいものだと実感した作品。
報道というものを鵜呑みにしてはならない。
映画がやるということで、再度取り上げられることも多くなるのかな。
映画はどんなものになるのか観てみたいです。 -
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虚言癖が服を着て歩いているようなモンスターペアレンツによる、本当にあった小学校教師に対するいじめ冤罪事件のノンフィクション。この両親から繰り出される、でっちあげの妄言に苛まれる教師の身に起こった出来事は、もはや不条理ホラーの領域で、どうしてこんなことがまかり通ってしまうのか、現実の話であることを疑いたくなる。まず一番の原因はもちろんこの両親にある。発達障害の傾向のある我が子の躾に手を焼いていた母親が、その責任の矛先を担任教師の指導に転嫁しようという思い付きが芽生えたことから、あとはその自説を強化することにのみ夫婦完全タッグを組んで全力邁進するのだが、まったくの出鱈目なのに自分がアメリカ人の混血であり、アメリカの小学校に通っていたなどと言ったり(教師の人種差別が争点でもあるのでこれを裁判所にも証拠として提出している)する妻と一枚岩の夫は、よっぽど妻を信頼しているのか夫も同じ類の人物なのか、自分たちの発言の真偽は本当は己が一番わかっているはずなのに、多額の費用と時間を費やして民事裁判を起こして、しかも勝訴を疑わないでいるところを考えても、己の妄想と現実の区別がつかない頭のおかしい人物たちのようにしか思えない。しかし本書が暴くのはその両親の人格ではなく、それを発展拡大していた社会の在り様のほうだ(←ここが大事なのである)。教師が体罰を行い生徒に大怪我をさせたという両親の報告に対し、怪我の起こった日時場所、医療機関の受診記録・診断書の有無、教室で日常的に繰り返されたという体罰現場の生徒の目撃などの確認を一切行わず、事が大きくなる前に体罰(ありもしない)を認めまずは謝罪することを教師に要求した、教師の勤務先の学校の校長・教頭の二人の人物の事なかれ主義。そしてこの校長らの、体罰はあったという認定を鵜呑みにし、教師に停職6か月の処分を言い渡す福岡市教育委員会と、正式な検査を行わずいじめられたとされる児童にPTSDの診断を下した医師の診断を、病院あげて正当化しようする久留米大学病院の二つの「権威」の認定が根拠となって、西日本新聞、文春、毎日新聞、朝日新聞の記者がこれまた正式な裏取り取材を行わず、見当違いのジャーナリズムで「殺人教師」と大いに喧伝しテレビのワイドショーもこれに便乗しまくるのだ。これらの社会的責任の重い組織がこの程度の識見なら庶民ごときは言わずもがなで、刹那の義憤にかられたり、単純な興味本位でリンチ祭を盛り上げていくのである。大衆の炎上行為はなかなか改善される様相を示さないで、手を変え品を変え国を問わずこれからもまだ行われそうであるが、発端となった校長・教頭の「学校は親に逆らってはならない」という双方のいびつな力関係の在り方については、最近カスハラなどの世間の認識により変化を感じる。カスハラも「店はお客に逆らってはならない」という不文律がこれまで絶対だったからだ(余談だが、三波春夫の「お客様は神様です」というのは、芸能というものはそもそも神様に奉納する神事でそういう心づもりで自分は向き合っているという心構えの意味であって、客が偉いという意味は1ミリもないという典型的誤用である)。また、学校の上位に位置する校長・教頭、病院の上位に位置しているだろう医師らの、一度下した決定を組織としては何が何でも正当化しなければならず、組織の下部の構成員たちが詭弁と強弁に終始するという組織内力学もおかしな力関係の一つである。本書から読者が学ぶべきは、わけのよくわからない社会の中の「おかしな構造」に気付き疑問を持つことだ。そうやってセクハラ、マタハラ、パワハラだって我々の社会はだいぶ見直してきたのである。「黙って言うことをきけ、それが社会、それが大人というものだ」という人がまわりにいたら、まずその人から疑おう。
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福岡で実際に起こった、学校での体罰をめぐる事件の話。
とにかく不快な話の展開。
主人公や家族にとって、本当に辛い闘いだったと思う。
多くの人にこの出来事を知ってほしいと感じました。取材も大変だったと思う。書籍化されたことに感謝したいです。
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読み始め、こんな先生が本当にいるなんて信じられないって思いましたが、読み進めると全く逆のことらしい。まだ、ちょっとしか読んでないのに、あまりにもラストが気になりすぎて禁断の(あくまでも私の中で)最後を先に読むをしてしまいそうになったくらいです。読み終えてスッキリするかというと、そうでもないのは、やはり現実というのは、お話のようには上手くはいかないということなのでしょうか。
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史上最悪の殺人教師と報じられた体罰事件は、後に、児童両親によるでっちあげであることが明らかに。
「早く死ね、自分で死ね。」2003年、全国で初めて「教師によるいじめ」と認定される体罰事件が福岡で起きた。地元の新聞報道をきっかけに、担当教輸は『史上最悪の殺人教師』と呼ばれ、停職処分になる。児童側はさらに民事裁判を起こし、舞台は法廷へ。正義の鉄槌が下るはずだったが、待ち受けていたのは予想だにしない展開と、驚愕の事実であった。第六回新潮ドキュメント賞受賞。 -
Kindleで読んだせいか内容のせいなのかネット記事を読んでいるかのような錯覚に陥った。
しかしひどいモンスターペアレンツだ。しかしながら無茶苦茶で杜撰なので結局自滅していく。これがもっと狡猾だったら恐ろしい。最後まで目的がなんなのかよく分からない、不気味さが残る。
「怪物」と本作は内容が似ている。前者は後発と思われるフィクションなのでなんらかの影響を受けているのだろうか? -
ひどい先生の裁判話なのかなと
思いましたが違いました
生徒の親の異常さがおそろしいです
こんな事件があったんですね
これでなんのお咎めもないのだったらと
思うとなんという世界なのかと
そしてこの事件もマスコミのミスリードとも
いえるのではないでしょうか -
20年前の冤罪事件のノンフィクション。綾野剛が主演で映画化と聞いて読んでみた。
本を読みながら吐きそうになって、落ち込んで、当事者じゃないのにとても辛かった。嘘や思い込みで人をここまで追い詰めることができるのか。怖すぎた。モンスターペアレントの餌食になった当事者の小学校教員はどれほど辛かっただろう。
文句を言われると早くその場をおさめたくなるから、理不尽だと思っても、つい謝ったり認めてしまいがちで、昨今は何でもかんでも言ったもん勝ちになっていることが多いような気がする。
教育現場は特にそうであってはならないと思う。モンスターの言いなりになると、先生も他の生徒たちも学校全体も大きく影響されてしまうから。純粋に子どもの教育に打ち込んで、成長を支えてくれる先生は希少だ。本当に大事にしていかなくてはいけないと思う。
改めて、報道されていることを鵜呑みにしないで、ファクトチェックができるようにしないといけないと思った。 -
怖すぎる。
そりゃ教員なんか志望する人が減るに決まっている。
子供を育てる立場として、公務員として市民からの税金で飯食ってるんだからと言われて「はい、そうですよね」と首肯するには重すぎる出来事だと思う。
子供の未来は宝だ。だからこそ、高い倫理観や指導観、対応が求められる。やはり教員という仕事は聖職だ。
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福岡「殺人教師」の真相
平成15年に福岡市で起きた事件を追う記者のノンフィクションドキュメンタリー。
平成15年当時に小学4年生と言えば我が子とほぼ同じ年齢の児童を受け持つ担任の身に降りかかった事件ということになる。
「でっちあげ」だと答えを知っているにもかかわらず、冒頭の週刊文春の引用記事を読んで「とんでもない鬼畜教師だな」と思ってしまう。
私たちがいかに〝言葉〟に支配されているのかを痛感させられた。
モンスターペアレントが主要因として語られるのだが、その根底には「代理ミュンヒハウゼン症候群」に近いものがあるのではないかと感じた。(文中には出てこないが、私が受けた印象)
そうでなければ、我が子を精神病院の閉鎖病棟に入れ、安定剤を服用させることを容認する理由が分からない。むしろ親であればそれを避けようとするはずだ。
自身の発言の辻褄合わせのために「PTSD」とされた少年。嘘を正当化するために子どもを病気に仕立て上げ、誰かを悪者にして「我が子のために戦う献身的な親」でいようとする――。
これは単なるモンスターというより、一種の精神的な問題の表れに思えてならない。
結局は「声の大きな人が強い」という現実がある。日常でも納得のいかないことを穏便に済ませるために引く経験は誰にでもあるはずだ。「そんな経験はない」という人は、むしろ声の大きな側なのだろう笑
学校という閉ざされた場所ではなおさら、事を鎮めるために「とりあえず謝る」対応が少なくないだろう。教育現場にとって、保護者の声を拡散するSNSやマスコミほど怖いものはないのだと思う。
事なかれ主義が生んだ悲劇。そして一度「虐待があった」と判断した手前、後には引けなくなった裁判。
本来なら「間違いだった」と認めることもできるはずなのに、それができない裁判制度の現実が残念でならない。
偏った噂話は一般人には仕方のないことかもしれない。だからこそマスコミや取材者には、公平かつ冷静に事実を見極める姿勢を持ち続けてほしいと強く願う。
今年の12冊目
著者プロフィール
福田ますみの作品
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感想 :

先生からしたら完全に「避けられない事故」でしたよね。
こういう人種からは逃げるしかないと思います...
先生からしたら完全に「避けられない事故」でしたよね。
こういう人種からは逃げるしかないと思いますが、「公立」小学校という職場はそれが最も難しいですし。
生徒と教師、どちらの人権も守るためには完全監視社会化も避けられないのかな…と考えてしまいます。
読んでいただいてありがとうございます☺︎
来週金曜から映画が公開されるみたいです
読んでいただいてありがとうございます☺︎
来週金曜から映画が公開されるみたいです