暗渠の宿 (新潮文庫)

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  • 新潮社
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レビュー : 125
  • Amazon.co.jp ・本 (196ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101312811

感想・レビュー・書評

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  • 貧困に喘ぎ、暴言をまき散らし、女性のぬくもりを求め街を彷徨えば手酷く裏切られる。そんなどうしようもない男の生き様を描いた中編小説が二編収録されております。しかし、僕はこの男のダメさ加減が愛おしい。

    本書は西村賢太作品の中でもある意味ではもっとも読みたかったものなのかもしれません。収録されているのは二編の中編小説で、『けがれなき酒のへど』と『暗渠の宿』です。その中でも『けがれなき―』は西村氏のデビュー作ということで、後の『苦役列車』による芥川賞受賞のいわば「西村ワールド」というものがすでに形成されていて、『処女作には作家のすべてがある』という格言はやはり本当だなと思ってしまいました。

    『けがれなき酒のへど』はどうしたって、何したって『彼女がほしい』とあえぎ続ける男が「プロ」の女性に岡惚れした挙句、なんと『思い』を遂げたあとに彼女の言う借金を肩代わりした(これも真実かどうかはわからない)90万円もの現金。それも、自身が長年悲願であった作家の全集を出版するためにプールしたいわば『虎の子』であるので、その顛末のおかしさや、ソープランドに勤めているその女性との出会いに始まり、『私』がその女性につんのめっていき、女の要求するままに自身が長年かけて蒐集した希少な近代文学の中古本を売り払ってはブランド物のバッグに変えて彼女に貢いでいく…。この落差がなんともいえないのですが、自身にもすねに傷を持つ話題を事欠かないので、読みながら身につまされてしまいました。

    最後のほうに、師として崇める藤澤清造を偲ぶために能登七尾に行き、そこで住職たちから振舞われた酒や肴を『けがれなき酒のへど』として豪快にぶちまけるところが、この作品のカタルシスといったところでしょうか?それだけの目にあっても『女』を求める『業』の深さを感じさせるラストが秀逸でした。

    『暗渠の宿』ではそんな『私』が長年の悲願である彼女をものにし、その新居を探すところから物語は始まります。しかし、行く先々の不動産屋で、審査に落ち、実家との断絶など、言いたくもないことを口にしなければならないことに「私」は苛立ちを隠せなくなります。しかし、ようやく見つけた部屋での二人での新生活で、彼女の持つ過去の男関係に嫉妬した「私」は徐々に鬱屈した感情を溜め込んでいきます。それがことあるごとに爆発するのを見るのが西村作品のある種の『カタルシス』ではありますが、これがまぁなんとも理不尽極まりないもので、ラーメンの湯で加減に始まり、古書店のいさかいを蒸し返したり、果ては間違ってトイレに入っている最中に彼女が入ってきたときには烈火のごとく怒り、すさまじい言葉で痛罵したあとに、打擲する。

    ダメ男の典型のような彼の姿に僕は大笑いしつつも、そういう厄介なものをもしかすると自分の『裡』にも飼っているのではなかろうかと、背筋からいやな汗が流れるのでありました。

  • 先日、新宿ゴールデン街付近でくだをまき大声で女に絡んでいる西村賢太風の男を見かけた。それから数日たって本書を買った。さらに数日たってから読んでみた。やっぱりあの巨漢は西村賢太だったと思う。

  • 例によって藤澤清造全集出版を目指す‘ぼく(貫太というらしい)’の短篇(私小説以外のものは無いのかな?)。さすがに安定した面白さ。
    「けがれなき酒のへど」 デビュー作。既に作者のスタイルが完成している。次のタイトル作もそうだが、藤澤清造に対するシンパシーのあり様がなかなか興味深い。
    「暗渠の宿」 月並みな感想になってしまうが、平成の時代に古典日本文学的な世界が広がるところになんとも不思議な魅力がある。舞台となっている上野駅前の古書店は行ったことがあるので分かる。たしかに藤澤清造のようなマイナー作家の掘り出し物がありそうな雰囲気があったな。

  • 一編目の『けがれなき酒のへど』が最高。

    ★★★★★でもいいんです。
    西村賢太、ずっと読んでいたいなぁ。でも全部★★★★★つけそうだから様子見で。

    この人の作品に関しては、あれこれ書くのが野暮な気がしてきました。
    やっぱり女子にはお勧めできないなぁ。

  • 「根がスタイリストにできている僕」という表現だけでファンになってしまいました。

  • 『苦役列車』より面白い。天然の人かと思っていたが、かなり狙って書いてる。特にカタカナ語の使い方が絶妙にいい。「ニューアカデミズム」とか「エレメント」とか、あと「僕はスタイリストなので・・・」っていうのが繰り返し出てきて笑っちゃう。

  • 結局一作目の「けがれなきさけのへど」しか読まなかった。人間の下品な部分ばかりが描かれて過ぎている気がして好きにはなれなかった。作者が女性を何だかんだで性の対象としか見ていない気がしてならず、二作目を読む気にはどうしてもなれなかった。

  • 普通の女性との交際を切望する様にはひどく共感する。
    が、つまらぬ事や、弱い者に対して暴力的で粗野な振る舞いには嫌悪感を覚える。
    分かりやすいヒーロー然とした正義漢が好きな訳でもない。
    ただ小説で描かれているような男が現実に数多存在して、その実際的な姿を想像するに難くないだけに鬱陶しく感じてしまう。
    自分自身、手を上げるような事はまずあり得ないが、こんな小男である、なり得ると思えてしまうからこそ受け入れたくないのかもしれない。


    もてない男という点でウンウンと頷けた一文。

    『何も私は特別な女を得たいわけではない。一般的な美人や、愛くるしい顔立ちを求めているものでもない。ただ普通の女と、普通に仲良くなりたいだけなのだ』

  • この本は、1人の男(=作者自身)の私生活を描いたものであり、何の変哲もない物語・・・と言えなくもない。ハリウッド映画や最近の探偵小説などに毒されたわたしは「何か大きな展開がこの後に待っているのか!?」「どういったオチが待っているのだろう」などとついつい期待しながら読んだものだが、その期待はいい意味で裏切られた。いい意味で・・・というのは、最後まで本が惹きつける力を失わなかったという点につきる。

    うまく表現できないのだが、この小説にはネットリとした・・・なんていうか蛇にからみつかれたかのような拘束力がある。1つには私小説ということもあり、内容が非常に身近に感じられる人間くささのある話だからだろう。そしてもう1つには、(平凡な言葉しか思い浮かばず恐縮だが)描写が非常に上手だからだと思う。なんというか・・・ふと気がつくと、小説の中で描かれるシーン1つ1つが、自分の頭の中に克明に浮かんでいるのだ。表現力が素晴らしい。「小説家であれば表現力があるのは当然」とご指摘を受けるだろうが、何というか、この著者の文章には昔の人(三島由紀夫や太宰治など)といった人達と同じにおいを感じるのだ。

    文章に重みがある。一見、何の変哲もない”とある男”の私生活の話でありながら、その男の底なし沼のような心理の深淵を覗くような感覚が・・・リアルに伝わってくる。

    (詳細は、こちら↓)
    http://ryosuke-katsumata.blogspot.com/2011/05/blog-post_23.html

  • ソープ嬢に入れあげ店に通いつめたあげく、まんまと、というか案の定、有り金ぜんぶを巻き上げられて逃げられる。そんなみっともなくなさけなく、でもありふれた喪失。なんとか店外デートにこぎつけようと、ありあまる性欲は抑えてサービスを受けずにただ女の子と時間を共有する「わたし」だが、下心ゆえのやせ我慢が裏目に出て彼女はどんどん図々しくなり接客もおざなりになる。それでもその女を得たい「わたし」は、請われるまま菓子や弁当を貢ぎ続け、人畜無害なお人好しを装う。そしてそろそろくるかというところでやはり繰り出されるソープ嬢のベタな借金話し。こんな風俗あるあるみたいな、どうでもいいどうしようもないくだらないけちくさいエピソードが、これほどおもしろおかしなエンターテインメントになるなんて、この本に収録された著者のデビュー作「けがれなき酒のへど」を読むまで夢にも思わなかった。表題作「暗渠の宿」も、一言でいえば「DV男の逆ギレ」であり、デビュー作同様、卑屈で小心者で学も金もなく、当然モテるわけもない、しかし、その実ド厚かましい醜男が主人公の、ひじょうにばかばかしく卑小で滑稽な物語だけれど、これがやたらと痛快で、するりと引き込まれてつるりと読めてしまう。また、恋人に対する非道な振る舞いや口さがない罵倒、彼女の容姿についての身も蓋もない形容など、あまりにひどいのだけれど、ひどすぎて思わずわらってしまう。著者の分身である主人公は、どちらの短編でもセクハラ&モラハラ三昧のとんでもないミソジニスト。なのに、それらの描写がなんら不快感をもたらさず、それどころかかえって爆笑をうむ不思議。果てはこのろくでなしに愛おしさまで感じてしまうのだから、うれしいようなそうでもないような。

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プロフィール

1967年7月、東京都江戸川区生まれ。中卒。
2007年『暗渠の宿』で野間文芸新人賞を、2011年「苦役列車」で芥川賞受賞。刊行準備中の『藤澤清造全集』を個人編輯。文庫版『根津権現裏』『藤澤清造短篇集』を監修。
著書に『どうで死ぬ身の一踊り』『二度はゆけぬ町の地図』『小銭をかぞえる』『廃疾かかえて』『随筆集 一私小説書きの弁』『人もいない春』『寒灯・腐泥の果実』『西村賢太対話集』『小説にすがりつきたい夜もある』『一私小説書きの日乗』『東京者がたり』『棺に跨がる』『無銭横町』『形影相弔・歪んだ忌日』『蠕動で渉れ、汚泥の川を』『芝公園六角堂跡』などがる。

「2018年 『夢魔去りぬ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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