暗渠の宿 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (196ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101312811

感想・レビュー・書評

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  • 表題作は野間文芸新人賞受賞作なのだが、私には併録作の「けがれなき酒のへど」のほうがはるかに面白かった。
    表題作は、主人公の男(作者の分身)が同居中の恋人をネチネチなじったり殴ったりする場面が不快。

    若さに似合わず、古風で強烈な私小説を書きつづけている人であるらしい。

    大正あたりの小説を模したような擬古文的文体なのだが、それでいて、ところどころに現代的な言葉遣いが散見される。そのちぐはぐさが、むしろ個性になっている。

    21世紀のいま、あえて私小説の孤塁を守っている作家といえば、車谷長吉がまず思い浮かぶ。車谷作品に比べて西村の小説は文章の彫琢が浅いし、中身も浅い。が、作品全体に満ちた自虐の笑い・ルサンチマンの笑いには、捨てがたい味わいがある。

    その「ルサンチマンの笑い」が効果的に炸裂しているのが、「けがれなき酒のへど」だと思う。

    もっとも、西村賢太は大正~昭和初期の私小説作家・藤澤清造(私は読んだことがない)に私淑して「没後弟子」を名乗っているので、車谷との比較は不本意だろうが……。

  • 西村賢太初読。
    高校のときに教科書で読んだ山月記、大人の中二病をめぐる永遠のテーマ、「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」を描き切った新たなる傑作。

    さて、この主人公、というより私小説である以上著者そのものなのだが、これはもう最低な男である。人間のクズと言っていい。
    一人の父親として、娘にだけは絶対に近づけたくないタイプ。

    男なら誰しも身に覚えのある異性への渇望、甘え、それらと年齢相応に折り合いをつけられないとこうなる。本来なら社会で葛藤することでそれなりに人間としてマシになっていくわけだが、、、

    が同時に、この劣等感、挫折、屈託、それでもなお肥大化するプライド、それが損なわれることへの怯え、そうした一切合切をこれほどまでにえげつなく、格調高く、面白おかしく表現できる人がクズのはずがない。

    人としては関わりたくないが、その作品にはずっと関わっていたい、そんな文学者。

    思えば、私はこの主人公とは違う、と信じているが、間を隔てているものはおそらく、ほんのちょっとした境遇の違いなど言わば一枚の薄皮のようなものなのだ。
    その証拠に、読んでいる間、自分の心の内奥を盗み見るようにこいつのクズっぷりから目が離せないでいる。
    いや、こいつよりマシ、などという心の持ち方が既に立派に「お前もな」なんだろう。

    だからきっと私はまた次の作品を読む。
    お前もな、に向き合うために、、、

    • getdowntoさん
      人としては関わりたくないが、その作品にはずっと関わっていたい、そんな文学者。
      のコメントは正に言い得て妙ですね。同じ感想です。だから今後も応...
      人としては関わりたくないが、その作品にはずっと関わっていたい、そんな文学者。
      のコメントは正に言い得て妙ですね。同じ感想です。だから今後も応援したい作家さん。そして、私も娘がいますが、娘には絶対に近づけたくありません(笑)。
      2022/01/22
    • naosunayaさん
      getdowntoさん、コメントありがとうございます。
      西村賢太の愛読者なんですね。私はまだこれから少しずつ読み進める感じですが、なんかク...
      getdowntoさん、コメントありがとうございます。
      西村賢太の愛読者なんですね。私はまだこれから少しずつ読み進める感じですが、なんかクセになる文体だなと私も思います。結構評価が分かれる作家のようなので今後も同好の士としてよろしくお願いします!
      2022/01/22
  • 私のブログ
    http://blog.livedoor.jp/funky_intelligence/archives/1993665.html
    から転載しています。

    西村賢太作品の時系列はこちらをご覧ください。
    http://blog.livedoor.jp/funky_intelligence/archives/1998219.html

    完全にハマりまくっている西村賢太ワールド。本作もいくつかの短編で構成されている。

    「けがれなき酒のへど」
    風俗嬢に100万騙し取られた話が一人称で描かれる。普通の恋をしたいと願うも叶わず、誰でも見抜ける詐欺に引っかかってしまう。嗚呼哀しい。著者の場合、せっかく素人女性と出会っても、病的とも言える短気により関係をぶち壊してしまうもんな。これについて著者は一応反省はしている。
    「私なら人前で、いや人前でなくともそんな下らぬことできつく面責なぞされたら間違いなく張り倒す。しかしそれだから駄目なのだろう。それだからこそ、私が普通に恋人。獲得し、共に普通に牛丼を食べたりするなぞとうてい見果てぬ夢物語、はなその資格免許からして取得できないのであろう。」
    分かってるなら改めればいいのになと思うが。

    「暗渠の宿」
    女と同居先を探して落ち着くも、喧嘩が絶えない話。
    まあ口の悪いこと悪いこと。よくぞこんなに口汚く罵れるものだ。
    「よくもこんな生ゴミをぼくの夕食に出しやがったな!黙って見てりゃもたもた手間取りやがってよ、こんなのは馬鹿みたいに説明書き通り作る必要なんかないんだよ。融通の利かない奴め。大学出てたって何の役にも立ちやしねぇ。ここまでぬるけりゃ、猫だって気持ち良さげに舌を洗い出すぜ。」「お前もとうどう、薄暗いお里を明かし始めてきたな。そりゃお前も根は水呑みの類であることは薄々勘付いてはいたけどよ、少なくともこのぼくと一緒にいようっていう女ならばよ、もちとエチケットというものをわきまえて、本来どこまでも味方であるべきぼくを捕まえて、借りてきた猫呼ばわりするなぞいう育ちの悪い真似は、しない方がいいんじゃないのか」

    二度目の感想
    http://blog.livedoor.jp/funky_intelligence/archives/1993665.html
    ひたすらゲスな心情や言動が描写されるが、男なら一度は読むべき作品だと思う。貫多の言動ひとつひとつに、それに至るための心情の移り変わりが丁寧に織り込んである。
    ひとつだけメモ。
    西村賢太作品には頻出する表現2つ。
    「黄白を一切介さない」
    お金のかからないということ。
    「ロハで」
    タダで。只をばらしたものらしい。

    三度目の感想
    http://blog.livedoor.jp/funky_intelligence/archives/2007157.html
    「けがれなき酒のへど」と「暗渠の宿」の2作品が収録されているが、どちらも「私」目線の一人称。
    まぁとにかくダメ人間全開な西村賢太、いや北町寛多。いや一人称だから北町寛多という名前は出てこないか。
    この作品のそこはかとない魅力はなんだろう…。
    思えばこの「暗渠の宿」で2007年に野間文芸新人賞を受賞して、2011年の芥川賞受賞の「苦役列車」へ繋がったんだなぁ…。
    そしてもう一つの作品「けがれなき酒のへど」はデビュー作という。
    言わば本書は西村賢太の私小説の原点とも言える。
    こんな作品を私も書きたいな…。自らの恥部を晒さねばならないが。

  • 貧困に喘ぎ、暴言をまき散らし、女性のぬくもりを求め街を彷徨えば手酷く裏切られる。そんなどうしようもない男の生き様を描いた中編小説が二編収録されております。しかし、僕はこの男のダメさ加減が愛おしい。

    本書は西村賢太作品の中でもある意味ではもっとも読みたかったものなのかもしれません。収録されているのは二編の中編小説で、『けがれなき酒のへど』と『暗渠の宿』です。その中でも『けがれなき―』は西村氏のデビュー作ということで、後の『苦役列車』による芥川賞受賞のいわば「西村ワールド」というものがすでに形成されていて、『処女作には作家のすべてがある』という格言はやはり本当だなと思ってしまいました。

    『けがれなき酒のへど』はどうしたって、何したって『彼女がほしい』とあえぎ続ける男が「プロ」の女性に岡惚れした挙句、なんと『思い』を遂げたあとに彼女の言う借金を肩代わりした(これも真実かどうかはわからない)90万円もの現金。それも、自身が長年悲願であった作家の全集を出版するためにプールしたいわば『虎の子』であるので、その顛末のおかしさや、ソープランドに勤めているその女性との出会いに始まり、『私』がその女性につんのめっていき、女の要求するままに自身が長年かけて蒐集した希少な近代文学の中古本を売り払ってはブランド物のバッグに変えて彼女に貢いでいく…。この落差がなんともいえないのですが、自身にもすねに傷を持つ話題を事欠かないので、読みながら身につまされてしまいました。

    最後のほうに、師として崇める藤澤清造を偲ぶために能登七尾に行き、そこで住職たちから振舞われた酒や肴を『けがれなき酒のへど』として豪快にぶちまけるところが、この作品のカタルシスといったところでしょうか?それだけの目にあっても『女』を求める『業』の深さを感じさせるラストが秀逸でした。

    『暗渠の宿』ではそんな『私』が長年の悲願である彼女をものにし、その新居を探すところから物語は始まります。しかし、行く先々の不動産屋で、審査に落ち、実家との断絶など、言いたくもないことを口にしなければならないことに「私」は苛立ちを隠せなくなります。しかし、ようやく見つけた部屋での二人での新生活で、彼女の持つ過去の男関係に嫉妬した「私」は徐々に鬱屈した感情を溜め込んでいきます。それがことあるごとに爆発するのを見るのが西村作品のある種の『カタルシス』ではありますが、これがまぁなんとも理不尽極まりないもので、ラーメンの湯で加減に始まり、古書店のいさかいを蒸し返したり、果ては間違ってトイレに入っている最中に彼女が入ってきたときには烈火のごとく怒り、すさまじい言葉で痛罵したあとに、打擲する。

    ダメ男の典型のような彼の姿に僕は大笑いしつつも、そういう厄介なものをもしかすると自分の『裡』にも飼っているのではなかろうかと、背筋からいやな汗が流れるのでありました。

  • 先日、新宿ゴールデン街付近でくだをまき大声で女に絡んでいる西村賢太風の男を見かけた。それから数日たって本書を買った。さらに数日たってから読んでみた。やっぱりあの巨漢は西村賢太だったと思う。

  • ソープ嬢に入れあげ店に通いつめたあげく、まんまと、というか案の定、有り金ぜんぶを巻き上げられて逃げられる。そんなみっともなくなさけなく、でもありふれた喪失。なんとか店外デートにこぎつけようと、ありあまる性欲は抑えてサービスを受けずにただ女の子と時間を共有する「わたし」だが、下心ゆえのやせ我慢が裏目に出て彼女はどんどん図々しくなり接客もおざなりになる。それでもその女を得たい「わたし」は、請われるまま菓子や弁当を貢ぎ続け、人畜無害なお人好しを装う。そしてそろそろくるかというところでやはり繰り出されるソープ嬢のベタな借金話し。こんな風俗あるあるみたいな、どうでもいいどうしようもないくだらないけちくさいエピソードが、これほどおもしろおかしなエンターテインメントになるなんて、この本に収録された著者のデビュー作「けがれなき酒のへど」を読むまで夢にも思わなかった。表題作「暗渠の宿」も、一言でいえば「DV男の逆ギレ」であり、デビュー作同様、卑屈で小心者で学も金もなく、当然モテるわけもない、しかし、その実ド厚かましい醜男が主人公の、ひじょうにばかばかしく卑小で滑稽な物語だけれど、これがやたらと痛快で、するりと引き込まれてつるりと読めてしまう。また、恋人に対する非道な振る舞いや口さがない罵倒、彼女の容姿についての身も蓋もない形容など、あまりにひどいのだけれど、ひどすぎて思わずわらってしまう。著者の分身である主人公は、どちらの短編でもセクハラ&モラハラ三昧のとんでもないミソジニスト。なのに、それらの描写がなんら不快感をもたらさず、それどころかかえって爆笑をうむ不思議。果てはこのろくでなしに愛おしさまで感じてしまうのだから、うれしいようなそうでもないような。

  • 相変わらず西村賢太ばかり読んでいます。
    本作も、ご存知、北町貫多シリーズ。
    恋人欲しさにソープ嬢に入れ込む「けがれなき酒のへど」と、女と一緒に住む部屋を探す表題作「暗渠の宿」を収録しています。
    どちらも読みごたえがありました。
    特に、ソープ嬢に入れ込む「私」の何とも言えない滑稽さ、みじめさ。
    読み手は、どう考えても主人公にとって不幸な結末が待っていると分かっているから、読んでいて同情めいたものが沸きます。
    同情めいたものが沸くが、怖いもの見たさというのか、ページを繰る手が止まらなくなるのです。
    読み終えて、ほーら、言わんこっちゃない。
    しっかり大金を巻き上げられているではないか。
    所詮は「惚れたお前が悪いのさ」ということ。
    「暗渠の宿」は、これから長い年月、貫多と生活を共にする秋恵が登場。
    貫多と住まいを見つけ、一緒に住み始めることになります。
    貫多が秋恵と出会わなければ(つまり、西村賢太が秋恵のモデルとなる女と出会わなければ)、「秋恵もの」と呼ばれる、北町貫多シリーズでも中心を成す物語群は生まれませんでした。
    そう考えると、「暗渠の宿」は感慨深いものがあります。
    ええ、面白かったですとも。

  • 我儘なDV男の話なのだが読んでしまう。

    • getdowntoさん
      そうですよね、ついつい読んでしまう魅力がありますよね。
      そうですよね、ついつい読んでしまう魅力がありますよね。
      2022/01/22
  • よく同じ題材でこれだけ読ませられるなぁ。

    と感心する。

    偽らざる私小説であり、リアリティが甚だしい。
    とにかくページをくる手が止まらない。

    女性と自分の落差、セリフとそれ以外の落差。
    あれだけ語り口は硬派であり、昔遣いなのに自分のものにできているからなお、女性が「ハッピーターン」や「グッチ」やらを口にするという落差が激しい。

    女性には決してお勧め出来ないけど。
    イヤ、意外と女性も読めるんかな?

    • getdowntoさん
      好きな女性に読んでほしいです(笑) この人よりは僕はマシでしょうと。
      好きな女性に読んでほしいです(笑) この人よりは僕はマシでしょうと。
      2022/01/22
  • 西村賢太氏は苦役列車として知っていた。苦役列車は2011年に刊行されているからもう10年近くも前の作品だ。
    初めて読んだ彼の作品がこの暗渠の宿。私小説家を自認しているから、彼の身に起こったことそのままが、この作品内容なのだろう。それなら作者の駄目さ加減はどうだろう。劣等感の塊、嫉妬深く小心者で、すぐ恫喝、暴力を振るう。読み進みたくないと思わせる程の西村氏のネガティブさにほとほと参ってしまうが、最後まで読了したし何やら中毒性もある予感を感じる。私小説の生々しさとどこかふわっとしたフィクションが混在していて、そこが面白い。

    • getdowntoさん
      私小説であり、現実そのままではないと思いますが、そんなところを考えながら読むのも西村賢太作品の楽しみの一つですね。
      私小説であり、現実そのままではないと思いますが、そんなところを考えながら読むのも西村賢太作品の楽しみの一つですね。
      2022/01/22
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著者プロフィール

西村賢太(1967・7・12~2022・2・5)
小説家。東京都江戸川区生まれ。中卒。『暗渠の宿』で野間新人文芸賞、『苦役列車』で芥川賞を受賞。著書に『どうで死ぬ身の一踊り』『二度はゆけぬ町の地図』『小銭をかぞえる』『随筆集一私小説書きの弁』『人もいない春』『寒灯・腐泥の果実』『西村賢太対話集』『随筆集一私小説書きの日乗』『棺に跨がる』『形影相弔・歪んだ忌日』『けがれなき酒のへど 西村賢太自選短篇集』『薄明鬼語 西村賢太対談集』『随筆集一私小説書きの独語』『やまいだれの歌』『下手に居丈高』『無銭横町』『夢魔去りぬ』『風来鬼語 西村賢太対談集3』『蠕動で渉れ、汚泥の川を』『芝公園六角堂跡』『夜更けの川に落葉は流れて』『藤澤清造追影』『小説集 羅針盤は壊れても』など。新潮文庫版『根津権現裏』『藤澤清造短篇集』角川文庫版『田中英光傑作選 オリンポスの果実/さようなら他』を編集、校訂し解題を執筆。



「2022年 『根津権現前より 藤澤清造随筆集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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