- Amazon.co.jp ・本 (633ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101318158
感想・レビュー・書評
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始まりはガルシアマシアスの族長の秋の世界観を連想させたのだが、族長の秋の大統領とは違い、本作の主人公であるマシアス・ギリ大統領は優れた政治家でありながら、多くの人が感情移入できるであろう普通の人だった。
政治、経済、国際問題、戦争、民族、歴史、霊的な力など
の多くの要素をぎゅうぎゅうに詰め込んであり、舞台は小さな島国でありながら大きな世界の広がりを作品の中に感じることができる。
タイトルの通り失脚の話であるが、訓話的なところはなく、あくまでただの物語。人間と、人間よりももっと大きな計り知れない存在、世界、あるいは宇宙の意志のようなものが介在する物語になっている。この作品がどんな話かということはとても一言ではまとめきれず、まるで現実のようにどこまでも広がっているような読後感がある。
バス失踪の不思議なエピソードはガルシアマルケス的、どこか陰謀的な大きな力の存在はピンチョン的、最後の物語のくだりはフォークナーのアブサロム、アブサロム!を連想させた。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
ぐいぐい引き込まれました。主人公が資本主義経済の流れにのみこまれる過程がリアル。切ない終わりだけど冷たくはない。主人公は自分にとって大切なものに気づき、温かい気持ちになれたように思う。
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初夏の爽やかな暑さに身を委ねる季節、真夏の照り返す日差しに汗ばむ季節。そんな時にゆったりとじっくりと、ずっと読んでいたい物語。
人は生まれる前は鳥で、死んだ後も鳥だった。そんな文化が残る架空の南島ナビダード。大統領マシアス•ギリがどのようにその地位まで登り詰めたか、そして転がり落ちるのか。島民の噂話や寓話を散りばめながら描かれる彼の生涯は、雄大で、野心的で、美しく、儚い。
この物語が私に与えてくれた感傷と教訓は、亡霊のように、永遠に失われないだろう。 -
谷崎潤一郎賞受賞のごちゃ混ぜ闇鍋長編小説。
現実主義にスピリチュアルや形而上学を組み合わせながら、作品は綺麗に纏まり読みやすい。途中に何度か挟まるバスの話など、構成もユーモラスで飽きない。
500〜600pが一瞬で過ぎ去る、個人的作者の作品群ではナンバーワン。 -
池澤小説三作目。現在と過去、政治と宗教、男と女、硬派と軟派、現実とファンタジー。南の島が舞台の、充分にリアリティーを持たせた設定の中にこれだけの要素を盛り込み、かつ素晴らしい日本語。これぞプロの作品。
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現実とはかくも幻想的である。
登場する主要な登場人物一人一人に「血肉」が通っていて、まるでノンフィクションの物語を読んでいるようなリアリティーを感じる一面で、バスが消えたり、死者と話したりと幻想的な一面も見せる。
一見相反する出来事がごっちゃになっているようで、そのイベント一つ一つが混然一体となってこの小説の「世界観」を互いに支えあっている。
この小説は一つの世界を構築している。それは手に取ることのできない空想の世界ではあるが、この小説を読まれた方ならその「空気」を感じることができるはず。
優れた真の小説家は世界を創り出す。池澤夏樹氏もそのうちの一人だ。 -
どう捉えたら良いか、難しかった。
荒唐無稽なところが多々出てくるけれど、笑って良いのか、真正面から受け止めたほうが良いのか。かと思えば、濃密な文化論的な部分も出てくる。ある種のファンタジー(バスと慰問団が失踪する)でもある。明瞭な風景が思い浮かぶような描写力は、さすが。
でも、主人公のマシアス・ギリ大統領は、本当は何を目指していたんだろう。失脚することは物語の最初から決まっていたが、目指すところには、結局、たどり着けなかったというか。まだ頭が整理できていない。 -
タイトルから予告された「失脚」に向かっていく様が逆に新鮮だった
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大江健三郎風に言えば実に「たくらみ」「楽しみ」に満ちた大人のエンターテイメント小説だと思った。いや、スリルやサスペンスでこの作品に比肩するものを探すのはそう難しくないだろう。けれど架空の国と大統領に託して語られるのは政治が孕むきな臭さと老いの哀しみ(別の言い方をすれば「死すべき定め」にある人間存在の哀しみ)、そしてユーモアの三位一体だと思われる。登場人物たちが実に愛らしい。彼らは歴史の中のコマに過ぎない。誰一人永遠に名を残さない。それは私たちも同じだが、ならば彼らに倣ってままならない生を楽しもうではないか