真夜中の五分前―five minutes to tomorrow〈side‐B〉 (新潮文庫)

著者 : 本多孝好
  • 新潮社 (2007年6月28日発売)
3.32
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  • レビュー :191
  • Amazon.co.jp ・本 (189ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101322520

作品紹介・あらすじ

かすみとの偶然の出会いは、過去の恋に縛られていた僕の人生を大きく動かした。あれから二年、転職した僕の前にひとりの男が訪ねてきた。そして、かすみとその妹ゆかりを思い出させずにはおかぬこの男が、信じられない話を切り出した。物語は、驚愕のエンディングが待つside‐Bへ。今日と明日をつなぐ五分間の隙間を破り、魂震わす極限の愛が生まれる。

真夜中の五分前―five minutes to tomorrow〈side‐B〉 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 尾崎氏への想いを断ちきったかすみに5分間の狂気から救い出された僕はある日唐突に彼女を喪う。姉妹水入らずで出かけたスペインで事故に遭い、助かったのはゆかりのみ。それ以来尾崎氏ともゆかりとも交流を絶った彼は、久しぶりに尾崎氏から呼び出されるのだが・・・

    共に暮らす妻が本当に自分が選んで結婚したゆかりなのか、分からなくなり、憔悴した尾崎氏は残酷な願いを口にする。「ゆかりに会って欲しい」と。

    同じ見た目、同じ遺伝子、性格も共有する記憶までもほぼ同じ一卵性双生児・・・知り合いに一卵性双生児の姉妹がいるが、どちらがどちらなのかほとんど実際見分けがつかない。髪型や話す内容で見分けるだけだ。

    尾崎氏の妻として生き残ったのは本当にゆかりだったのだろうか。
    主人公である僕にも感情移入しにくかったし、なんだかすっきりしない。

    最後に、本多氏はこの作品についてこう語っている。
    『これは恋愛関係でなく恋愛感情を書いたエンターテインメント小説です。いわゆる「純愛もの」を期待されると、少し違った印象を受ける小説だと思います。それを期待されている方には「こういう恋愛小説はどうでしょう?」と挑むつもりで書きました。逆に「純愛って、いや、ちょっと」という方には、「わかる。僕もそうだから。じゃ、これならどう?」と、そう言いたい小説です。

    きっちりと構成を組んでから書き始めたわけではありません。これを書いている間、「これは本当にエンターテイメント小説として成立するのだろうか」という迷いを常に抱えていました。原稿用紙にして四百枚を越えても物語の終わり方が見えず、「これが小説として成立しなかったら、次に本を出せるのはいったい何年後だろう」と暗澹とすることもしばしばでした。その原稿を自分としては納得のいく物語に仕上げることができて、今はただただほっとしています。今度は、この物語を読んでくれた方々がその中に何を描き上げてくれるのか、著者としてとても楽しみにしています。』

  • ほっとするようなSide-Aのラストから一転、Side-Bの冒頭は、後ろから頭をガツンと殴られたような大きな衝撃から始まります。

    恋人を失うということと、「自分は誰なのか」という答えのない問いと少しずつ向き合っていく主人公は、乾いたアスファルトに雨がしみ込んでいくように、じわじわと少しずつ熱量を取り戻していきます。
    そしてずっと守っていた堤防が決壊するシーンでは、読んでいる私まで堤防決壊!笑

    「なあ、今の君に今の僕はどんな風に見える?」
    結局は、それが唯一の答えで、一番大切な守るべきことのような気がします。

    真夜中の五分前―以前なら「昨日」に取り残されてるような主人公だったけれど、今は"five minites to tomorrow"―明日に続く5分間が、過去と向き合い、明るい明日に向かうための大切な五分間に変わったような印象を受けるラストでした。
    今日の最後の五分間、私は何を想おうか。

  • 人間をかたち作っているものや
    恋愛とは何かなどに果敢に挑んでると思います。

    ただ、個人の存在の問題に双子を使うんだったら、
    更に踏み込んだアプローチの仕方がほしかった。

    本作者は、色々な難しい問題に取り組んでくれてるため、
    これからも読んでいきたいです。

  •  真夜中の五分前

    本多孝好さんらしいスラスラと読める文章でした。
    性格やしぐさも似ている一卵性の双子に
    恋をするという設定で、どうして「片方」の子じゃないと
    だめなんだろう、と考えさせられました。
    孝好さんの答えは「その人と過ごした時間、思い出」かな?
    人を好きになるのに定義なんていらないと思うけれど、
    私も孝好さんに同意でした。

    特にラストのシーンが大好きで、
    そのシーンを何度も読み直しました。
    感動するというより、酔うというような感覚でした。
    暗闇に溶けながら、時計の秒針の音を聞く。
    そんな情景が思い浮かびます。
    「好きだった人のことを忘れてしまうのはどうして?
    ほんとうに大好きだったのに。」
    新しい恋をしたときにふと疑問に思うときがあります。
    今この瞬間も過去としてなくなってしまうんじゃないかと
    怖くなります。
    でもラストシーンを見てモヤモヤが晴れました。
    切ないようで、あったかい。

    長くなりました。

  • 彼女が本当に愛したのは誰なのか。僕が愛したのは誰だったのか。
    信じられないのは、その感情なのか、君をか、それとも、自分自身か。
    過ぎた時間。かつての君と、君と共に過ごした僕を思う時。
    今はもう君がいない、それだけが無性に悲しかった。

    五分遅れながらも、確かに歳月は流れ、そして、彼等は、彼女たちは、僕の傍らを通り過ぎ、去って行ったのだ──。

    世界から取り残された五分間。それは、失ったものへ、流れた時間へ、過去の自分へ、今の自分へ、そして、愛した人へ、愛する人のために使おう。

    優しい静けさに満ちた幕切れが訪れる、シリーズ後編。

  • かすみとの偶然の出会いは、過去の恋に縛られていた僕の人生を大きく動かした。
    あれから二年、転職した僕の前にひとりの男が訪ねてきた。
    そして、かすみとその妹ゆかりを思い出さずにはおかぬこの男が、信じられない話を切り出した。
    物語は、驚愕のエンディングが待つside-Bへ。
    今日と明日をつなぐ五分間の隙間を破り、魂震わす極限の愛が生まれる。
    (必ずside-Aから読んでください)

    読み始めからマジかよって驚いた。
    野毛さんとの関係がなんとなく良い。
    近すぎず遠すぎず。嫌気がさしてる世の中だけど、そんな世の中でしか生きられない野毛さんが結構いい味出してると思う。

    sideAから2年後のお話。
    その2年の間に大きく変化を遂げている。
    小金井さんは会社を辞めてしまうし、
    主人公も会社を辞め、
    ゆかりとかすみはスペインの列車事故に遭う。
    かすみが死んでしまって、ゆかりは生き残る。

    一卵性双生児だからこそ描ける作品。
    本当はどちらが生き残ったのだろうか。

    途中に出てくるロザリオの話。
    漫画家志望の占い師の話。

    そういう事を加味すると、きっとかすみが生き残ったのだと思う。
    熱を出したあの夜の夢で未来を知っていたのではないかな。とか想像してしまう。

    そこまでも2人の記憶をそこまで共有できたのは、
    きっとどちらも愛したかすみしか出来ないと思う。

    でもかすみが死んでしまった事で、主人公は長年のけじめをようやくつける事が出来た。
    本当に人生とはただそうあるだけだけど、
    ただある中にも救いはある。

    世界から取り残された5分間。
    そういう過去と未来の区切りの付け方も悪くないと思う。

  • side-Aにつづきside-B。
    冒頭を読んだときは、side-Bいらないんじゃないか...と思ったが、読み進めていくとやはり、二つで一つの物語なのだ、読んでよかったと思える。
    本当に読んでよかった。

  • side-Aから2年後のside-B。

    2年経って色んなことが起きていた。その説明を踏まえてside-Bは始まる。
    主人公は転職して、前の会社の直属の上司も転職している。その上司と派閥抗争をしていた上司は合併により役職にもつけず疲弊している。
    そして、恋人になった双子の姉は事故で亡くなっていた。

    前篇と同じように、ありえるのかよそんなこと!!とツッコミどころ満載だった。
    一卵性の双子の片方が死んで、入れ替わっているかもしれない?
    東野圭吾ミステリー的な展開にツッコミを入れたくなるが、やはり文体というか言葉のリズムが面白い。これが村上春樹チルドレンということなんだろうか。

    文体よりも、全編通して物悲しいところに村上春樹を感じる。
    自分が双子のどっちだかわからないなんてそんなことがあってたまるか。

    喫茶店のマスターがいいひとで素敵。

  • 【ネタバレ含】うーん…最後まで予想と全く違う方向に流れていった小説でした。
    そもそも冒頭からかすみ死んじゃってるし(笑)


    僕は20歳という若いときに恋人を失ったその感覚を消化しきれなかったんじゃないかな。
    だから、理解する前にある種の防衛本能が働いた。
    そんな風な印象かな。

    でも、これは水穂にとらわれていたというより、
    かすみ姉妹にとらわれていた話と言った方がむしろすっきりするんじゃないのかな;
    ただ、やっぱり本多さんのラストはなんだか優しい。
    あらすじであからさまに煽るほどの衝撃的なラストではないけど、
    1日の終わりに過去に置いてきた大切な人のことを振り替える、
    そういうのってなんだか素敵です。
    あたしは、あたしたちは、ひとつひとつのちっちゃな出来事が積み重なって
    形作られているんだから、ひとつとしてなかったことにはできないもんね。
    ひとつひとつ、大切にしたいね。


  • 変わってるね。

    恥じらいがないだけですよ。
    恥じらいがないから周りに合わせようとしない。
    だから変な部分が変なまま残ってこんな大人になってしまった。
    それにも恥じらいがないから、おめおめとこんな面を世間様にさらしている。

    仮に来てくれたところで、友人はすでに僕の知っている友人ではなき。

    その提案に乗りかけ、自分に対してそんなにも優しさを示す人間がこの世界にいることが不思議になった。

    私にはわかる。あなたは水穂さんを愛していたのよ。
    僕はその衝動に負けた。一度許して仕舞えば、涙は止まることなく溢れ続けた。水穂が死んでら今、僕は初めて水穂の恋人だった僕自身のために泣いていた。
    自分自身を哀れむことの愚かさを僕は初めて自分に許していた

    サイドえーでは許せなかった。許してくれたのはかすみだった。いいんだよと言ったのはかすみだった。
    その全ての水穂が、その水穂と過ごした時間が、ただ愛しかった。
    どれくらい泣いていただろう。時にただ感情に流されるまま、ときにその愚かしさを自嘲しながら、ときにそんな自分を客観的に眺めて呆れながら、それでも僕は長い間、水穂の墓の前でただ泣き続けていた。
    愛していたから泣けなかった。自嘲し、呆れ、哀れむことのの愚かさを知っていたからこそ、泣くことは、自分のために時間を使うのが憚られたんだろう。

    極限の愛とは、「誰だために それが僕のために」今は言えるそれがありのままに
    生きてくことだと それが人なんだと

    僕はそれを優しさと 呼ぶことはもうしないよ
    相手が何者かではなく何者でも自分が愛しているという確固たるもの
    愛するということ愛してたということ
    失っても、いなくなっても、愛すことは出来る
    自分がその人のために愛した時間があれば
    それは紛れもなく愛だという事
    会えなくなった悲しみを凌駕し逃げることもなくただそこに自分が愛してたという自信で5分を使う
    苦しみを凌駕し、楽しさを与えることが慈悲
    慈しむことができた僕はいつか魂だけになっても彼女達と共鳴し続けることが可能なのだろう。

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