ケナリも花、サクラも花 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
3.50
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本棚登録 : 217
レビュー : 26
  • Amazon.co.jp ・本 (184ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101325132

感想・レビュー・書評

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  • 2/4 再読。自分の論理というか哲学のようなものをこういう形で一冊にできることがすごいと思う。なにかをふりしぼるような。でも亡くなった人の本を読むのってせつない。がんばりすぎなくていいよ、と言いたくなるよ。

  • 20歳をすぎてはじめてみずからのうちに在日コリアンの血が流れていることを知った著者が、一年間にわたってソウルに留学したときの思い出を振り返り、日本と韓国について感じたことを率直に語っている本です。

    著者ならではの行動力で、日韓のあいだの壁にぶつかり、傷つきながら前に進んでいく姿勢は心を打ちます。ただ、韓国という国に対して「なんかやばそうな感じ」をいだいてしまう日本人に容赦がない点には、すこしだけ引っかかりをおぼえてしまいます。というのは、このような感じをいだいているひとの多くは、そのことにみずからもある種のうしろめたさを感じており、もうすこし複雑な問題をはらんでいるように思うからです。著者のいうことは正論にちがいないと思いつつも、そうしたごく普通の日本人が、事なかれ主義的に韓国人に迎合しながらそんな自分自身にどこか居心地の悪さを感じていることを、著者はあまりにも簡単に切り捨ててしまっているようにも感じます。

    もちろん、このようなぐるぐる回りつづける思いは、著者が「僑胞か」「僑胞じゃないのか」という問いに直面して考えをめぐらせていることとパラレルであり、そうした終わりのない思考の内に読者をさそい込む触媒としての役割を果たしているのは、本書のもつ魅力の一つにかぞえられるべきでしょう。

  • 今年は鷺沢萠さん生誕50年であります。35歳で自ら命を絶つた時はまことに驚いたものです。未だに「本当に自殺だつたのか」といふ声がきかれますが、わたくしにとつて、それは最早どうでもいい問題であります。いづれにしても、もう彼女はゐない訳ですから。
    正直のところ、彼女の小説はわたくし好みのものと、さうではないものと明確に別れます。で、書棚を見て何を選ばうかと思つてゐたら、この『ケナリも花、サクラも花』が目に入つたので、これに決定。

    本書は小説ではなく、彼女の韓国留学記であります。周知の如く、鷺沢さんは日本人と韓国人のクォーター(父親が日韓ハアフ)。しかしその事実を彼女が知つたのは成人後で、母親も夫がハアフだつた事を知らなかつたさうです。
    で、何故韓国語を学ぶために留学したのでせうか。しかも自身は既に作家として名を成してゐるのに。
    解説の柳美里さんによると、「韓国の血が入った家族の中で誰ひとり韓国語を読めも話せもしないというのはやはり寂しいことのような気がするので」と答へたといふ。

    柳美里さんは、自分探しには興味が無いと言ひます。どちらかといふと、わたくしは柳美里さんの意見に同意するものであります。今まで公にしなかつたけれど、何しろわたくし自身日韓ハアフであり、中学生になつた時点で父親が告げました。父はわたくしの反応を気にしてゐましたが、自身は「ふうん、さうなんだ」程度の感想でした。

    しかし人は様様。鷺沢萠さんは四分の一自分に流れてゐる韓国の血を無視できなかつたやうです。
    気分が悪くなつたり、泣きさうになつたり、心の中で毒づいたり、繊細な鷺沢さんにはショックだつたことも多かつたと存じます。麻雀の本で見る鷺沢さんとはまるで違ふ印象ですが、こちらが本性なのでせう。
    かなり重い内容も含まれてゐますが、若手作家による韓国訪問紀としても傑作ですね。返す返すも、その夭折が悔やまれるのであります。

    デハデハ、今夜はご無礼します。

    http://genjigawa.blog.fc2.com/blog-entry-767.html

  • 日本と韓国の間に存在する、過去の歴史、負の遺産について互いにどのような行動に繋がっているのかが語学学習の日常から伝わってくる。このエッセイは当然事実であろうとは思うものの、あまりに影の部分に焦点が当たり過ぎではないか。終始熟考を促す内容で最後までは読めなかった。今を生きるって難しい。

  • 祖母が韓国人である作家鷺沢萠さんが93年1月から6月までソウルにわたり、延世大の語学堂で韓国語を学んだ時の体験記。一般ウケを狙ったポップな体験記とはかなり違い、内省的な鷺沢さん自身の自分探し(という表現は鷺沢さん自身好きではないらしいけど)のディープな体験記でした。祖母・父・わたしの中に流れる韓国の血を実感し、長いこと理解出来なかった亡きお父さんのことをここで発見出来たことは鷺沢さんにとって大きな出来事だったのでしょう。20歳になるまで祖母が韓国人、つまり在日僑胞であることを知らなかったこともあり、ほとんど一般的な日本人として育ってきた彼女も10代後半くらいになるとなぜだか「他人とは違うんだから」という意識を持たざるを得なくなって友人が作りにくかったらしいです。でも、この語学留学で複数の在日僑胞の仲間と出会ってその「他人とは違うんだから」ということを意識しないですむほどに仲良くなれたとか。そうかといって自分も僑胞か?というと、そうは言いきれない。わからない。そんな複雑な思いでいたということです。べつに僑胞という名称に関わらなくてもいいんでしょうね。
    私自身は普通の日本人ですが、韓国人の夫と結婚し夫の両親とともに暮らしてきたので韓国人の血というものがどういうものなのか理屈抜きにわかるところがあります(たぶん)。また、私の子供たちは韓国でずっと暮らしてきたのでほとんど見た目韓国人ですが、私から見て日本人である私の血を明らかにひいているなぁ…と感じることがあります。血って、嘘つけないんですよね。どちらがいいとか悪いとかそういうことではもちろんないです。ハーフである故の悩みとか生きにくさとかあるだろうけど、世間の型にはめることなく、自由に生きてほしいと思ったりします。

    鷺沢萠さんはお亡くなりになったそうですが、今もご存命でいらしたらリアルタイムでファンになれたかもしれないのに残念です。
    過去の作品を読んでみたいです。

  • 914.6

  • 表題、鷺沢先生自身の言葉ではないのだけれど、そこ(本文で登場する時)まででつらつらと語られていた葛藤みたいなものを読んだ後に認識しただけに、「うっ、やられた」感が強かった。
    うん、そうだよね。鷺沢先生、留学を通していろんなことを考えたり悩んだりしてたけど、ケナリも花だし、サクラも花なんだよね。

    ところで、ケナリもレンギョウもいまいちピンとこなかったのだけれど、実物写真を見て気づいた。
    私この花、数年前にも検索して見たことある。
    ハングル教えてくださっていた大学の先生が、授業中におっしゃってて、気になって調べたんだ。
    でも、あの時、先生何ておっしゃってたんだっけなぁ…検索かけるくらいだから、よほど気になることをおっしゃってたはずなのに、思い出せない。
    せっかくつながったのにね。

  • なんか薄っぺらな感じ。90年代はこれで良かったのかな。

  • 1/4の血でそんなに、キョボなのか、キョボじゃないのか、って言わないで欲しいって、感じもあったけれど、読みながら、私もすでに、彼女が抱いていたような韓国への説明のできない気持ちに、多いに共感してることに気づいた。

    私は、まったくの日本人だけど、韓国人と結婚しようとしている。
    そして、韓国は、私のなかに流れていないはずの血なんだけど、彼といた数年で、輸血されちゃったかのように、自分の血みたいになってるのかも。

  • 学生の頃、よく読み返していたエッセイ。
    鷺沢さんが20代半ばで韓国へ語学留学したときのことを綴っている。

    “書くことは自らの中にある膿を絞り出すようなことだなぁ、とときどき思う。”
    と書いている通り、鷺沢さんの思っていいること感じていることが、ひしひしと伝わってくる。
    あれから随分と日本での韓国のイメージも変わり、鷺沢さんはきっと驚いているだろうな。

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著者プロフィール

鷺沢萠(1968.6.20-2004.4.11)
作家。上智大学外国語学部ロシア語科中退。1987年、「川べりの道」で文學界新人賞を当時最年少で受賞。92年「駆ける少年」で泉鏡花賞を受賞。他の著書に『少年たちの終わらない夜』『葉桜の日』『大統領のクリスマス・ツリー』『君はこの国を好きか』『過ぐる川、烟る橋』『さいはての二人』『ウェルカム・ホーム!』など。

「2018年 『帰れぬ人びと』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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