戦後史の空間 (新潮文庫 い 55-1)

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  • Amazon.co.jp ・本 (366ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101332314

感想・レビュー・書評

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  • 戦後文学のなかに投影された「戦後」のイメージを、さまざまな観点からえがいている評論集です。

    本書は、「無条件降伏」をめぐる江藤淳と本多秋五の論争から説き起こし、さらに「家」「性」「留学」といった近代以降の日本文学でさまざまに語られてきたテーマが、千五の文学のなかでどのように変容していったのかということを明らかにしていきます。

    江藤は、ポツダム宣言の検討をおこなうことで、そこで述べられているのが「日本軍の無条件降伏」であることから、「有条件降伏」論を主張しました。著者は、こうした江藤の議論の法解釈上の正しさを追認しながらも、国民心理への影響という観点から本多の議論にも一定の妥当性があることを認め、さらにそうした心理が文学のうちにどのようなしかたで映し出されているのかを検討しています。

    著者の議論はクリアなものであり、また個々の文学作品の解釈においても鋭い視点が随所に示されています。ただ、戦後文学における「アメリカの影」というテーマは、江藤淳から加藤典洋へと引き継がれて、いわば二周目に入った現在から振り返ってみると、江藤と本多の両者の議論がつくり出すループ構造そのものが、「戦後」についての言説をかたちづくってきたのではないかという思いにさそわれます。著者は、どちらかといえば江藤に近い立場から、「戦後」を解明しその呪縛を断ち切ろうとしているように思えますが、そもそもそうした試みが真摯な取り組みでありうるのかどうかという点に疑問をいだいてしまいます。

  • 今の党派のカラーからは全く想像できない主張をしていたんだなぁ、たった半世紀前なのにまるで分からなくなるんだときづかされる。どう考えたらいいのか迷った時に、考えが気になる方でした。

  • 磯田光一氏が世を去つたのが1987(昭和62)年、もう三十年にもなるのでした。まだ56歳の若さだつたのです。
    歴史に残る事件や出来事がこれから続発するといふ時期に亡くなつたといふことになります。磯田氏がベルリンの壁崩壊やソ連の消滅を目の当たりにしてゐたら、如何なる視点から読み解くのか、まことに興味深いものがありますが、まあそれも詮無いこと。

    新潮文庫の説明文によると、『戦後史の空間』は『鹿鳴館の系譜』『左翼がサヨクになるとき』と併せて三部作を為してゐるさうです。まあそれはいい。とにかく敗戦後の日本を、文学作品を通じて論じます。
    敗戦における「無条件降伏」の意味とは何か。ポツダム宣言の条件による降伏とは、本来「有条件降伏」となるべきであると。ポツダム宣言を「無条件に」受け入れる事が、即ち「無条件降伏」ではないのだと指摘します。

    また「占領の二重構造」では、戦後のGHQによる占領のみならず、戦前戦中の陸海軍による「軍事占領」に注目します。軍部の圧迫から逃れられた解放感と同時に、新たに米軍による日本の支配の不安。つい先日まで「鬼畜米英」などと喧伝してゐた相手に、媚びへつらふ風潮を苦々しく感じてゐた人も多かつたと言はれてゐます。太宰治もさういふ、偉い人たちが戦後に豹変してしまつたことに失望を隠しませんでした。

    さらに戦後を示す数々のキーワード(「新憲法制定」「安保改定」「洋行」「転向」「高度成長」......)を、磯田流に読み解きます。戦後日本は世界にも例のない高度成長で右肩上がりの発展を続けてきたと言はれますが、その変容の仕方や、失つたものなどを情け容赦なく眼前に提示するのでした。

    そして最終章の「もうひとつの“日本”」。人々は「戦後」といふ時代を前提にして語り過ぎると指摘。それを崩す作業仮説として、三つの想定を試みますが......中中衝撃的な内容ですな。米国ではなくソ連に占領されてゐたら......日本が米国の51番目の州に編入されれてゐたら......「戦後」そのものの枠組を破砕したら......
    荒唐無稽な空想としてではなく、どうやら米国に依存し保護されながら同時に反発を繰り返してきた「戦後」の本質を炙り出す作業だつたやうです。

    なほ、引用された数々の文学作品ですが、わたくしは結構読んでゐたつもりなのに、そんな小難しい事は考へにも至らなかつたのであります。情けない喃。

    http://genjigawa.blog.fc2.com/blog-entry-705.html

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