きらきらひかる (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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レビュー : 2187
  • Amazon.co.jp ・本 (213ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101339115

感想・レビュー・書評

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  • 美しい小説だった。
    笑子が「ずっとこのままがいい」と願ったように、わたしもずっとこの物語を読んでいたかった。二人の生活をずっと覗いていたかった。

    笑子はとても純粋で、可愛くて。笑子がとってしまう行動は自分と重なるところもあって、やけに納得してしまった。そして、笑子を宥めるときの睦月は、恋人に似ている。

    笑子と睦月の性格が本当にすきで、この二人の名前が性格のイメージにあまりにもぴったりで感動してしまったほど。
    紺もよかった。すごく。

    何度も読み返したいとおもう。

    • 319mgさん
      >笑子と睦月の性格が〜
      という感想がどんぴしゃりで、感動してしまいました。
      笑子と睦月って本当イメージ通りの名前ですよね。

      睦月のような...
      >笑子と睦月の性格が〜
      という感想がどんぴしゃりで、感動してしまいました。
      笑子と睦月って本当イメージ通りの名前ですよね。

      睦月のような宥め方をしてくれる相方さんということで非常に羨ましいです(笑)

      読んでいる作品も似ているのでついコメントをしてしまいました。是非またレビューお願いします(^^)
      2012/05/17
  • すばらしいと思う!すげー!本質的で優れた恋愛小説だとおもう!マジで!

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    アル中の女、「笑子」とゲイの男、「睦月」の結婚生活。
    (ついでに笑子はやや躁鬱気味、睦月は潔癖)

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    睦月は不誠実で汚い男。典型的な「男」だと思う。

    なんとなく自分は睦月の気持ちが分かる気がする。

    作中で睦月は清潔で善良で誠実な男として認識されいるけれど(だから内科医なのはかなりしっくりくる)、そして認識させられそうになるけれど、実は睦月はそうではないと思う。とんでもなく汚くて邪悪で不誠実で、そしてそれはもちろん俺と一緒な普通の男だと思う。

    確かに作中で睦月は清潔で善良で誠実な振る舞いを数多く行っているけれど、例えばこれ。

    「睦月。あなた自分が一時間半も拭掃除してるってことに気がついているの」
    「指紋やよだれはどこにでも(中略)」
    笑子は不思議そうな顔で僕をみる。
    「でも、さっきからずっとよ。尋常じゃないわ」
     でも、さっきからずっとよ。尋常じゃないわ――。僕は胸の中で復唱する。
    「僕と笑子は似たもの夫婦だね」

    客観的に見て睦月普通に酷すぎだろ。

    ”自分は精神病だけど、尋常じゃないわけじゃない”と思っている自分の妻に対して”尋常じゃないのはあんただよ”と内心思っているってことなんだから。

    睦月は自分が汚くて邪悪で不誠実な人間だということを自覚している。だから人前ではその裏返しなのだ。裏返していることを自覚しているかどうかは微妙なところだけれど、少なくとも完全な自覚はしていない。だから上記のような酷いことを理性で考えられる。そゆー現象はかなり心当たりがあって非常にリアル。

    睦月は本当のこと、正しいことばかり主張しているけれども、彼は本当のことや正しいことのもつ殺傷力を知らない。っていうか知っているんだけど知らない振りをしている。そうすれば自分は傷つかないで済むから。自分は危険地帯に踏み込んだように見せかけて安全なところにいられるから。

    睦月は自分が汚くて邪悪で不誠実な人間だということを自覚している。だからこそ、その罪悪感の裏返しで、笑子の前で、というか人前では清潔で善良で誠実な人間であろうと涙ぐましい努力をしているんだと思う。

    そういう意味で睦月は、男性が本質的に汚くて邪悪で不誠実な人間だと暴かれる被告人であると同時に、それをなんとかして克服しようとする希望の光でもあるかもしれない。

    そうだとしたら誰の希望なんだろう。男性の希望であり、女性の希望でもある気がする。両方がそれぞれ希望している。

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    そして笑子もまた典型的。ゆえに本質をついている。

    多角的で躁鬱で頑固で脈絡なしで非論理的で…まさに女性性そのものじゃないかと思う。
    (って書いたら女の人に怒られそう。でも別に悪口で書いているわけじゃない)
    (さらに言えば、紺の木への飲料投与が彼女の性欲発散に思えなくもないんだけど、そうだとしたらその性欲発散方法もまた女性的な気が…しないでもない)

    俺に笑子は理解できなかったけれども共感せずにはいられなかったし、どうしても笑子を心から応援したくなる。そんな魅力が笑子にはあった。

    それは笑子が、清潔で善良で誠実だからだと思う、

    笑子は一見、清潔で善良で誠実な睦月と対比させられた、めちゃくちゃでぐちゃぐちゃでどうにも手が付けられない悪夢のようなわがまま女のように見えるけれども、そうではない。
    笑子は、自分の属している世界に関係する人物全てが幸福になるために、常に四苦八苦している愛すべき人間だと思う。だから睦月よりも遥かに清潔で善良で誠実な人間だ。

    だって彼女は作中で何度も言っている。
    ”私は睦月と二人の生活を守りたいだけなのだ。”

    (二人の生活を、と言っているのにそれ以上の守備範囲を誇っているのが素敵なところ)

    この笑子の汚さと邪悪さと不誠実さの裏に隠れた清潔さと善良さと誠実さこそが女性性の本質なのかもしれないなと気づかされた。やるじゃん女の人。

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    こんな風に睦月と笑子をよく見てみると、たしかに強烈でかなりイレギュラーな要素ばかりのシチュエーションだけれども、強烈でイレギュラーな要素によって、日常における恋愛のイレギュラーな部分をぶっ飛ばし、恋愛の本質的なところを彫りだすことができたんじゃないかと思う。純粋な男性性の睦月と純粋な女性性の笑子だからこそ。
    そして本質的な弱さを持った人物たちだから愛おしい。
    (読みが全然単純すぎる気もするけど)

    びっくりするくらいよかった。俺の中では島田雅彦の彼岸先生並み。これは読み込みたい!

  • アルコール依存症で精神不安定の笑子とホモで恋人のいる睦月は、すべてを認め合って結婚した。

    ふたりのあいだにセックスはないけど、愛がある。
    その愛は、痛いくらいムボウで純粋で、でもものすごく自然。

    傷つき、傷つけながらもお互いを見つめていくことをやめられないふたりの願いは、はかなくも、ずっとこのまま変わらないでいられますように。

    でも_


    めぐのいちばん大好きな小説です。
    めぐは笑子かもしれないと思う。
    もう、何回読んだか分からないくらい読んでます。



    愛ってなにか。

    読むたびにそれをもんもんと考えます。


    答えは、見つかっていません。



    あとなにが良いかって、あとがきがいいんです。

    すっごく気に入った文章だったから、高校生のころあとがきだけ暗記してました。

    この短いあとがきが、この本のすべてをくるんでいるような気がします。


    読めばからなず胸がくーっと痛くなって、そしてみずみずしい感性を取り戻せる気がします。


    普段からじゅうぶん気をつけてはいるのですが、それでもふいに、ひとを好きになってしまうことがあります。

    ごく基本的な恋愛小説を書こうと思いました。誰かを好きになるということ、その人を感じるということ。人はみんな天涯孤独だと、私は思っています。

    素直に言えば、恋をしたり信じあったりすることは無謀なことだと思います。どう考えたって蛮勇です。

    それでもそれをやってしまう、たくさんの向こう見ずな人々に、この本を読んでいただけたらうれしいです。

  • もう何度か読んでるから解っているけど、このお話は痛みが伴う。じゃーなんで読むのか?と問われたら、本当のとこはわからなくて、なんとなく読みたくなってしまう。そんな大好きな話。

    なんにも求めなくて、何もなくさない、何もこわくない関係が続く事を望む笑子。最初から求めないなんて、物分かりの良さを持ち合わせてしまうのは、やがて変化してしまう事があることに気づいているからなのかな。そんな笑子の強がりが可愛いくもあり、切なくて泣けてしまう。

    二人の関係が揺らぎはじめてからの、必死で大切なものを守ろうとする姿が好きだ。睦月も笑子も紺も皆んな好き。人には、自分にだけ分かるしっくりくる場所があって、いろんな形があって、それぞれがちゃんと選びとっていることに、すごく安心する。

    読み終わったら、ほわっと少し温かくなって。そこがまた、たまらなく好きだ。

  • 再読。

    設定だけ見たらなんともドロドロしてるのにそれを感じさせずむしろ透明感すら感じさせる江国香織さんの文章や言葉の選び方が素敵。
    睦月は立場的には憎まれるはずなのに人柄やどこまでも深い優しさに切なくなる。
    優しさ故の傷付きとはまさにこのこと。
    笑子も紺も皆ボロボロに傷ついて、切実にこのままでいることを願っている気持ちが凄く切ない。

    読み終わった後に凄くセンチな気持ちになって色々思い耽ってしまう様な小説。
    考え込んでしまい考えさせられるとても深い小説。
    でも大好きな小説。
    また繰り返し読もう。

  • 何度も読み返すだけの魅力ある作品。
    私は正直笑子が嫌いだ。
    それは私にとても似た部分があるから。
    だから読むのは心を暴かれていくような気もちで本当に苦しい。でも読み返してしまう。

    随所随所にどきっとするような文章がひそんでいて、たまらない。
    彼女の文章は、ほかの作品でも何度も言っているけど、あまやかで、とろみがあって、透明な、ガラスのような、飴のような、水のような、独特の透明感、輝きを持っていて……非常に私は好きだ。

    腐女子的な観点でみてもおいしい作品でした。

  • 私が世界で一番好きな本。
    こんなに甘く切なく苦しい文章のかたまりって、まだ他に見たことがない。

    睦月に出会いたい、と小学生の時から思い続けている。
    あんなに大切にされることってないと思う。

    紺くんが、そんな風に相手を追いつめるんなら、睦月は笑子ちゃんと結婚なんかするべきじゃなかったんだよ、っていうところ、思い出しただけで泣いちゃう。
    ここの3人は優しすぎる。その優しさが、甘く切なく苦しい。

    余談だけれども、私はこの本が世界で一番好きなのに持っていない。
    読みたくなったら図書館で借りている。(紺くんのところがどうしても読みたいとき、私は急いで本屋に走ってそこだけ読む)
    なんだか、この小説は好きすぎて自分のものにできないでいる。

  • 何回も読んでます。

    いびつで繊細で壊れそうな透明な愛情をやさしく包んでくれるような話です。

    心地よいのに息苦しい世界。まるで水の檻。


    笑子、睦月、紺くん


    笑子の気持ちに共鳴してしまう自分が怖い。

  • 読了後に自分が誰だかわからなくなる感覚久しぶり! !
    主人公に似ている所を見つけたら、その隙間からどんどん中に滑り込んでいって、傍観者じゃなくって体感者になれる。

    ゲイの旦那・アル中の妻・飄々として若い旦那の恋人、と、突拍子もない設定の登場人物ですが、中身は愛の物語。旦那と妻の目線で交互に綴られる各章は、お互いのことを愛していて思いやっていて、でもなかなか伝わりきらなくて、すごくピュアで切ない。
    頭で理解するんではなくて、それぞれの事情を体に馴染ませて一緒に居る事。憎んで反発するのではなくて、受け入れて愛する事。すんごく大事な事。
    暖かい気持ちになれるお話です。

  • ―――まるで水の檻だ。やさしいのに動けない。どうしていつもお互いをおいつめてしまうのだろう。


    愛のかたちなんて人それぞれだってこと。人を大切に想う気持ちに常識も何も当てはまらないこと。
    忘れちゃいけないことを思い出せるから何度も読みたくなる。
    笑子も睦月も互いに想い合うその愛が綺麗で、純粋すぎるゆえに、繊細で傷つきやすい。
    相手の為の優しさが結果的に相手を追いつめてしまったり、痛々しくて胸が締め付けられる。
    でも温かい。文体も流れるような透明感。

    人物も魅力的。睦月がホンマにタイプです!(笑)大好き!
    紺君もかわいいし。
    笑子、睦月、紺君の三人の関係が大好き*

著者プロフィール

江國 香織(えくに かおり)
1964年、東京生まれの小説家。1986年、児童文学雑誌『飛ぶ教室』に投稿した「桃子」が入選。2004年、『号泣する準備はできていた』 で、第130回直木賞を受賞。他、山本周五郎賞、中央公論文芸賞、川端康成文学賞、谷崎潤一郎賞など受賞歴多数。代表作として、映画化もされた『きらきらひかる』や『冷静と情熱のあいだ』など。女性のみずみずしい感覚を描く作家として、多くの読者を魅了している。また、小説から絵本から童話、エッセイまで幅広く活躍中。翻訳も手がけている。2019年5月2日、2年ぶりの長編小説『彼女たちの場合は』を刊行。

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