すみれの花の砂糖づけ (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
3.53
  • (270)
  • (273)
  • (764)
  • (60)
  • (9)
本棚登録 : 3517
レビュー : 270
  • Amazon.co.jp ・本 (177ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101339207

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数

  • そこにいなさい
    飼い慣らされた男なんてきらい
    門限のある男なんて大きらい
    あたしは一人で旅にでるよ
    どこまでもいくよ
    山も海も砂漠もこえて
    子どものころみたいに決然と
    だれ一人信じるものか、と、思いながら
    どこまでもいくよ
    おいかけてもむだだよ
    あなたのあのうつくしいかたちのいい腕は
    ぜんぜん届かない
    そんな場所からじゃね
    あなたのあの力強く澄んだ目も
    ぜんぜん役に立たない
    そんな場所にいちゃあね
    飼い慣らされた男なんてきらい
    門限のある男なんて大きらい
    あなたがそんな場所にいるあいだに
    あたしは地球を4周もしちゃったよ








    父に
    病院という
    白い四角いとうふみたいな場所め
    あなたの命がすこしづつ削られていくあいだ
    私はおとこの腕の中にいました

    たとえばあなたの湯呑みはここにあるのに
    あなたはどこにもいないのですね

    むかし
    母がうっかり茶碗を割ると
    あなたはきびしい顔で私に
    かなしんではいけない
    と 言いましたね
    かたちのあるものはいつか壊れるのだからと
    かなしめば ママを責めることになるからと
    あなたの唐突な
    ーそして永遠のー
    不在を
    かなしめば それはあなたを責めることになるのでしょうか

    あの日
    病院のベッドで
    もう疲れたよ
    と言ったあなたに
    ほんとうは
    じゃあもう死んでもいいよ

    言ってあげたかった
    言えなかったけど。
    そのすこしまえ
    煙草をすいたいと言ったあなたにも
    ほんとうは
    じゃあもうすっちゃいないよ

    言ってあげたかった
    もうじき死んじゃうんだから
    と。
    言えなかったけど。

    ごめんね。

    さよなら、
    私も じきにいきます。
    いまじゃないけど。








    キス
    夜明けの路地でキスをしたね
    シーツのあいだでキスをしたね
    国境の橋の上でキスをしたね
    空港でキスをしたね
    バスタブでキスをしたね
    歩きながらキスをしたね
    笑いながらキスをしたね
    酔っ払ってキスをしたね
    ねぼけまなこでキスをしたね
    砂浜でキスをしたね
    サックスをききながらキスをしたね
    バスを待ちながらキスをしたね
    日ざしのなかでキスをしたね
    美術館でキスをしたね
    テントの中でキスをしたね
    遊園地でキスをしたね
    カニを食べながらキスをしたね
    船の上でキスをしたね
    グランドのわきでキスをしたね
    交番の前でキスをしたね
    階段の途中でキスをしたね
    夕暮れにキスをしたね







    私をあなたの人生の一角に
    私をあなたの人生の一角に
    ぐあいよく収めるのはやめて
    私はそこに
    収まらない
    私たちは放浪者だったでしょう?
    収拾のつかない家出娘と
    手におえない家出息子だったでしょう?
    葉のそよぎだったでしょう?
    水の音だったでしょう?
    熟れた一つのキウイだったでしょう?
    月の凍る冬の空だったでしょう?
    ハミングだったでしょう?
    風のうなりだったでしょう?
    砂浜の砂つぶだったでしょう?
    バターのしみた 一きれのトーストだったでしょう?
    私をあなたの人生の一角に
    すっぽり収めるのはやめて
    私はそこに
    収まらない








    こんなに晴れた真昼ですから
    こんなに晴れた真昼ですから
    洗濯物を干しながら
    空にあなたの横顔をかいてみましょう
    かつて私が恋した
    あの男の横顔です

    洗濯物はとてもいい匂いがしますから
    いくつかの 小さな
    棘みたいな出来事は忘れましょう
    かつて私に恋をした
    かつて私を欲しいと言った
    あの男がまだどこかにいるなら

    それにしても随分青い空です
    ほら 私はちゃんと
    空にあなたの横顔がかけます
    いまごろ会社という場所にいる
    私のことなど考えてもいないにちがいない
    あの男の横顔です





    あたし コウモリになって
    あたし
    コウモリになって夜の森に住みたい
    コウモリって愛敬のある顔をしてるの、知ってた?
    あたし
    コウモリになったらブドウだけを食べて暮らすわ
    みどりのじゃなく 深いむらさきいろのブドウ
    ほそっこい脚で
    木の枝にさかさまにぶらさがり
    その格好で思索に耽る
    恋なんか絶対にしない
    闇夜にはひょいととびまわり
    月夜には安心して眠る
    あたし
    コウモリになって夜の森に住みたい
    コウモリって賢いの、知ってた?







    あたしにお説教をするのはやめて
    あたしにお説教をするのはやめて
    お説教は だいきらい
    あたしはただ
    ちょうちょを真近でみたかっただけ
    あさつゆに濡れた草を
    はだしでふんでみたかっただけ
    おひさまのにおいをかぎたかっただけ
    風にさわってみたかっただけ
    おもてで
    そして じふんで
    あたしにお説教をするのはやめて
    こんなにいいお天気なのだから
    こんなにしあわせなきもちなのだから
    ほんと
    あたしのなかには
    はちきれそうに野蛮なこどもが住んでるの
    あたしにお説教をするのはやめて
    お説教はだいきらい


    6.14

  • 江國さんの小説やエッセイをいくつか読んだあとに読むと、江國作品ではよく馴染んだ感覚(と感じる)幼い頃の幸福感やぽっかりした孤独が詩で表現されていて、小説も詩も核となる部分は同じなんだなぁと感じた。レストランのバターやよそゆきの服、動物園。記憶だったり好きなものから詩が出来る。結婚にまつわる詩が多くて、たまにまざる不倫の詩にどきっとしたりするところも、とても「らしい」けれど、何と言っても「トム」が好き!短いのに、すごく心くすぐられる。一度読み始めると、この感性にずっと浸っていたくなってしまう。

  • 私をうしなえるのは
    あなただけだよ

  • 小気味良い。
    テンポ、温度、さらっとしていてするっと読める。
    オーガンジーみたいな詩集。

    タイトルもいい。
    女の子、娘、女、妻、浮気相手、いろんな女の人の顔。
    素敵だ。

  • 詩集 やわらかい日常がみえる
    やっぱり江國香織の表現がすき

    p.14
    ○だれのものでもなかったあたし
    すみれの花の砂糖づけをたべると
    私はたちまち少女にもどる
    だれのものでもなかったあたし
    p.58
    ○うしなう
    私をうしないたくない

    あなたはいうけれど
    私はうしなえるのは
    あなただけだよ
    遠くにいかないでほしい

    あなたはいうけれど
    私を遠くにやれるのは
    あなただけだよ
    びっくりしちゃうな
    もしかしてあなた
    私をうしないかけてるの?
    p.83
    ○父に
    むかし
    母がうっかり茶碗を割ると
    あなたはきびしい顔で私に
    かなしんではいけない
    と 言いましたね
    かたちあるものはいつか壊れるのだからと
    かなしめば ママを責めることになるからと
    あなたの唐突な
    そして永遠の
    不在を
    かなしめば それはあなたを責めることになるのでしょうか
    p.124
    ○ボート
    あなたはとても体温が高いね
    肩に歯をたてたら
    あなたの髪が 海原になった

  • 綺麗で透き通っているけれど、どこか闇がある。
    甘くせつない。可愛い。
    江國香織さんの世界観が大好き。
    なんども読みたくなる、そんな作品です。

  • 自由で気まぐれ。
    どこかちょっと虚ろな感じ。

  • ばらばらに散らばった言葉を綺麗に集めた小瓶を眺めているような、そんなきらめきに満ちた一冊。

  • 巻末の解説で町田多加次さんが彼女の何編かの詩を読んで「少し困った気持ちになる」と言っている。

    私は町田多加次という人を全く知らないが多分男の人だろう。

    解説で江國香織より30歳以上年上であることが分かる。

    そうだよなと彼の思いを想像する。

    30歳以上年下の20代の女性の詩がエロティックで「少し困った気持ち」になっているのだ。



    江國香織の詩は初めて読んだ。

    そして好きだと思った。

    小説は独特な設定であることが多く、特に女性主人公の気持ちが理解できない事が多い。

    理解できないというか同調できない。

    読み終わっても不思議な気持ちのままなのだ。

    それでも、読んでいるのは文体が好きなのと選ぶ言葉が好きなんだ。

    でも詩は好きだ。

    女性的でエロティックだなと思った。

    そして少し「ふけんぜん」。


    『きたえられた肉体』の最後、「けんぜんなたましいだね、はがたたないよ」とある。

    それは自分がもっていない美徳への称賛とともに、少し皮肉が込められている気がするのは気のせいだろうか。


    町田氏は『父に』が印象に残っている言っている。

    私も印象に残っている。

    死へ向かう父親に対しての思いが淡々した悲しみが切ない。



    しかし、ひらがなの効かせ方もうまいな、この人。

  • 昨日読み終わって、解説の途中だったんだけど、たまたま見たグレーテルのかまどで取り上げられたものだからもう一度最初から読んで、解説も全部読み終わった。

    江國35歳の時の作品という。
    その時読んでいたらどうだろう。まだわからないこともたくさんあったと思う。今だから読める、わかる、冷静でいられる作品もたくさん。わからないものもあるけれど。
    言葉に出来ない気がしてたけど、こんなにあっさり目の前に出されると、はい、そうなんですよ、がたくさんあった。
    大人になったわたし。

全270件中 21 - 30件を表示

著者プロフィール

江國 香織(えくに かおり)
1964年、東京生まれの小説家。1986年、児童文学雑誌『飛ぶ教室』に投稿した「桃子」が入選。2004年、『号泣する準備はできていた』 で、第130回直木賞を受賞。他、山本周五郎賞、中央公論文芸賞、川端康成文学賞、谷崎潤一郎賞など受賞歴多数。代表作として、映画化もされた『きらきらひかる』や『冷静と情熱のあいだ』など。女性のみずみずしい感覚を描く作家として、多くの読者を魅了している。また、小説から絵本から童話、エッセイまで幅広く活躍中。翻訳も手がけている。2019年5月2日、2年ぶりの長編小説『彼女たちの場合は』を刊行。

すみれの花の砂糖づけ (新潮文庫)のその他の作品

江國香織の作品

ツイートする