号泣する準備はできていた (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
3.09
  • (200)
  • (502)
  • (1787)
  • (417)
  • (109)
本棚登録 : 8931
レビュー : 680
  • Amazon.co.jp ・本 (233ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101339221

作品紹介・あらすじ

私はたぶん泣きだすべきだったのだ。身も心もみちたりていた恋が終わり、淋しさのあまりねじ切れてしまいそうだったのだから-。濃密な恋がそこなわれていく悲しみを描く表題作のほか、17歳のほろ苦い初デートの思い出を綴った「じゃこじゃこのビスケット」など全12篇。号泣するほどの悲しみが不意におとずれても、きっと大丈夫、切り抜けられる…。そう囁いてくれる直木賞受賞短篇集。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 数年前の入院中、いちばんつらい時に読んだ初、江國本。
    入院前になんとなく中古本100円で購入した。

    最初は淡々としていてなんだコレ?って思ったけどあとからじわじわと効いてきて、それ以来時々読み返したくなるから不思議だ…。

    内容はちょっとしか覚えてないけど、落ち込んでいた時期に読んだので、自分の人生の節目と重なり…泣きはしなかったけど凹んだ。
    でもその反面互いに共鳴しているような気もした。自分で直感で買った意味はあるなと思った本でした。昔ハマッた森瑤子っぽい作風だな…と感じた。

  • 中学生で読んだ江國香織は意味が分からなかった。
    大学生になって読んだ江國香織は私の頭の中そのものだった。

    上手く言語化できない、わやわやしてもやもやしてぐんにゃりした不安感か高揚感のようなものが、日常には詰まっている。そんな日常的な頭の中の物語を文章にしたのがこの人のこの短編だとおもう。少なくとも私にとってはそういう小説である。

    いちばん好きなのは熱帯夜。ゆらゆらしてはいても幸せの話であることと、ビアンの話であることが理由。ああ、こういう幸福感に苛まれていたい。

  • 見慣れた日常の中で、当たり前にそばにあるものが静かに崩壊していく様を切り取った12編。

    あるとき突然に訪れる悲しみ。しかしその予兆はきっとどこかにあるはず。それを感じ取り、いつか悲しみがぶつかってくる用意を心のどこかで行っているのだと思う。
    この短編集を読んでそう思ったとき、著者の他の作品で出てきた「物事には準備する時間は与えられていない」という言葉が思い浮かんだ。全く対称的だが、どちらの言葉も正しいと思う。予期していながらも回避する事が出来ず、じわじわと悲しみが増していくのをただ眺めることしかできないのは、それはそれで辛い。せめてそれが少しでも早く癒えてくれるのを願うだけである。

  • 気づかないうちに読んでいたみたい。3、4ヶ月前とか

    題名の作品とか、手とか、どこでもない場所とかがすきだったかな、その時に感想を書きたかった!

  • 難しい……! ちゃんと江國さんが書きたかったことが読み取れたか、甚だ不安。

    「前進、もしくは前身のように思われるもの」
    夫と、昔のホームステイ先の娘さんと、主人公・長坂弥生の話。
    主人公の夫は、「名誉」のために妻の知人を家に泊めることを嫌がるが、主人公は娘さんアマンダを、当時のホームステイ先の奥さんのように受け入れることにする。
    アマンダを空港に迎えに行くリムジンバスの中で、夫とのやりとりなんかを思い出すが、結局アマンダはボーイフレンドと一緒に現れ、「宿は別にとってありますから」。なんだか笑いだしそうになってしまう主人公であった。
    当時の弥生と今の弥生は、ともに19歳だという。今や36歳の弥生は、「マスカラと口紅をくっきりつけた顔で」アマンダと対面する。昔は夫といれば何も怖くなかったのに、夫の「昔の女」から電話がかかってきたり、夫が、預かっていた夫の母の猫を捨ててしまったり……。弥生は言う、「あなたのことがわからないわ」。前進、もしくは前進と思われるものをしながら、そういうことを乗り越えてきた。そして最後に「すがすがしい、と思えるような心持ちで、弥生は空港をあとにする」。期待はずれなことをされつつも、なぜだかそう感じてしまう、人間心理があらわされている。

    「じゃこじゃこのビスケット」
    17歳の夏、初めて男の子とデートした主人公の話。「じゃこじゃこのビスケット」とは、主人公の母が考えた言葉で、家族があまり好きではないタイプのビスケットのこと。詰め合わせなんかに入っていると、最後まで残ってしまうような。
    「問題児だった兄や優等生だった姉と違って、私は退屈な娘だった」。そんな主人公は、生肉屋の息子・河村寛人(と飼っている老犬のシナ)とドライブデートをする。若く、周囲の人間からの好意に敏感な主人公は、自称「じゃこじゃこのビスケット」。そんな彼女は、寛人とバテたシナとともに海にたどりつき、楽しくもない散歩に興じる。しかし、大人になった主人公がふと思い出すのは。そんな「何ひとつ、ちっとも愉快ではなかった」思い出――「やけに天気がよかったことと、自分が不機嫌な娘だったこと。精肉屋で働いていた河村寛人。紫の口紅。でたらめばかり信じる十七歳だったこと」なのだった。

    「熱帯夜」
    主人公千花と、その恋人秋美の、レズビアンのカップルの話。
    千花曰く「私たち行き止まりにいる」のだが、秋美に言わせれば、そんなことを言う「千花ちゃんはばかね」。昔を振り返り千花が機嫌を直すと、2人は酔ったまま熱帯夜の街に繰り出し、2人で住むマンションへ。「マンションへ帰ったら、私たちはくっついて眠るだろう。たぶん今夜は性交はしない。ただぴったりくっついて眠るだろう。男も女も、犬も子供もいる世の中の片隅で」。
    ひたすら2人が愛を語り合っている話だった印象で、嫌いではないが書いた目的がいまいちわからなかった。ただ最終段落の「世の中の片隅で」というのが、2人でいることはまたとないほどに幸せで、「フンダンに愛し」合っているにもかかわらず、世間には受け入れられにくい、という2人の関係性を象徴しているようで、切ないが美しい、と思った。

    ――

    細かく書きすぎて夜も更けてしまったので、内容忘れたらまた読むといいと思います、題名とちょっとしたコメント(本来それを書くんだよ)だけ書いておくことにする。

    ――

    「煙草配りガール」
    これまた題名の意図が不明。頭いい人教えて。

    「溝」
    夫(主人公)の実家が無理な奥さんの話。確かに完全にソリが合わなそう。「生理的に無理」が離婚に結びついた話。

    「こまつま」
    「こまねずみのようにキビキビと働く妻」こと「こまつま」の主人公が、世間を見下しつつも、見下している世間様と同じようなこと(=店員から勧められてなんとなく気が向いて)昼から強い酒を入れてしまう話。イヤホンをしている若者はうらやんでも、くだらない話に興じるべつの主婦の組は見下している感じがクール。イキってる感は否めなかったが、それだけ誇りをもって主婦業をしている主人公だった。

    「洋一も来られればよかったのにね」
    嫁(主人公)と姑の、年に1度の恒例2人旅の話。最初は自分で「行きましょ!」と言いだしたもんだから、最近は気まずいのに断れないでいるジレンマ。夜中に1人で散歩に行くあたり限界なのだろう。「私と洋一さんが離婚したら、驚かれますか」。思わず訊いてしまうほどには、奥さんはハーフのルイくんにご執心。

    「住宅地」
    3人の視点から語られる、何かの配送拠点と中学校の近くの住宅街の日常。
    なんとなく中学生を眺めているのが好きな、配送トラックのおじさん①。
    そのおじさんを不審に思いつつも危害は加えなさそうだし大丈夫か、と静観し、しかしここがなぜ一等地と呼ばれるのか、中学生なんぞマナーがなっていないのに、と思ってうんざりしており、挙句この頃夫が浮気しているような気がするがつっこむことはあえてしない主婦。
    ①の友人で、主婦さんが犬を散歩しているところに出くわし、少し言葉をかわして「この人見た目キツいけど、意外と優しいのかも」と気づくおじさん②。
    『つめたいよるに』の「南ヶ原団地A棟」と似ていて、同じような対象を3人の視点から書いている。

    「どこでもない場所」
    バーで知り合った3人とバーの店長4人が、昔の恋人の話をしていたら意気投合してしまい、牛丼屋に行く話。
    主人公とその女友だちが話していると、「あなたたちこっちにきなさい」とオネエの男性に声をかけられる。顔見知りだが、主人公は彼の名前が思い出せない――彼の猫の名前は思い出せたが。そんな不思議な関係であっても、仲良くなれる人はいる。
    ひとりだけ昔の恋人の話をしなかったオネエは、3人が昔の恋人と出会った場所にグラスを捧げるのを見、「じゃああたしは、どこでもない場所に」。けれど、イイ人に出会うのに、場所なんて関係ないのかもしれない。

    「手」
    男がいない主人公。妹に焚きつけられて、何度か身体の関係はもったがただの友だちである男が家に召喚される。若干デリカシーがない(ように私には見えたが表現がふさわしくないような気もする)男は、彼女の家で勝手におでんを作り始める。主人公は当初うんざりしていたものの、おでんは美味しかったよう。最近、皮膚の脂が抜けて以前より薄く小さくなり、指輪がゆるくなった「乾いた葉っぱみたい」な手を気にしていた主人公。おでんを食べて男にその手を見せると、つやつやしていたので慌ててひっこめることになった。一瞬そういう雰囲気になるが、あっさりと別れる2人。主人公は、妹に抗議の電話をするのであった。「『予期せぬことにわずらわされちゃったわよ』妹は笑っていた。肌寒い、春の、日曜日のことだ」。主人公には「予期せぬこと」が必要で、うんざりしながらもそれに満たされてしまう姉の姿が、妹にはお見通しだったのだろう。

    「号泣する準備はできていた」
    表題の作品。好きな男から「木のないクリスマスツリーの夢を見た」と電話がある。その男には別に好きな女で身体の関係があるのがいて、フラれているようなものだが、主人公は幸せになってしまう。好きな男の身勝手さに翻弄されているように見えるが、彼女は「強い」ので、彼の前では寂しい顔はしない。フラれたときも、彼女は「たぶん泣きだすべきだったのだ。身も心もみちたりていた恋が終わり、淋しさのあまりねじ切れてしまいそうだったのだから」。しかし、そうはしなかった。できなかった。きっと「号泣する準備はできていた」のに。準備はできていたのにしなかったのは、彼女が「自分は強くあるべき」と、半ば強迫観念に囚われているからなのだろうか。
    主人公は姪と仲良しで、その日も、彼女のバイオリンのレッスンの送迎をしていた。姪は言う、「文乃ちゃん(主人公)は強いからねえ」。姪もいずれ恋をしなくてはならない。そのとき、自分のような目――自分をフッた男から意味ありげな電話がかかてくる――に遭っても、「ちゃんと正気を保っていられるように」と願う主人公。

    「そこなう」
    妻帯者と恋愛関係にあった主人公。彼が離婚したので晴れてりっぱな恋人になれたはずなのだが、「歯止めがなくなってしまった」からか、彼女は彼との関係が持続しないような感覚に囚われる。不安を口にする彼女は、ふと自分に好意を寄せている男の存在を漏らす。彼女もそのことに関してまんざらでもなさげ。すると、彼は「不安定な状態で付き合っていたのだから仕方ない」「おれにもそういう人はいた」。つまり、妻と主人公以外にも女がいた。彼女は言いようのない感情に苛まれるが、自分が蒔いた種、覆水盆に返らず。もう以前の2人の関係性がそこなわれてしまったことを感じながら、2人でいることを選ぶ。
    主人公がある種安定していた関係をそこなってしまった。そういう話。

  • 「かつてあった物たちと、そのあともあり続けなければならない物たちの、短篇集になっているといいです。」とあとがきにあった。
    なっていたと思う。
    何故かとても落ち込んでしまった。

    読んでいる間は、静かな物語の中の憂鬱にぷかぷかと漂っているような心持ちだった。
    泣き出したくても、泣く勢いはなくなってしまったような寂しさだと思った。
    『号泣する準備はできていた』というタイトルが、激しい感情を伴った言葉という印象から、号泣出来なかった女性のつぶやきのような弱い印象の言葉に変わった。
    とてもいいタイトルだなという感想は変わらないけれど。

    • takanatsuさん
      あ、いえ、あとがきを読む限り江國香織さんが言葉に込めた意味は違うと思います。
      読み終わった時に感じていたことを無理やり言葉にしたので、読み...
      あ、いえ、あとがきを読む限り江國香織さんが言葉に込めた意味は違うと思います。
      読み終わった時に感じていたことを無理やり言葉にしたので、読み流してください…。
      2012/06/22
    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「読み終わった時に感じていたことを」
      印象は読んだ時の気持ちで変るかも知れませんね。人目を憚らず号泣して仕舞える人、上手に泣けなくても気持ち...
      「読み終わった時に感じていたことを」
      印象は読んだ時の気持ちで変るかも知れませんね。人目を憚らず号泣して仕舞える人、上手に泣けなくても気持ちの整理が出来る人。どちらの人も、このタイトルから何かを感じそうですね。
      2012/06/25
    • takanatsuさん
      「どちらの人も、このタイトルから何かを感じそうですね。」
      なるほど。泣けるかどうかもその時の心の状況で違ったりしますよね。
      大したことないっ...
      「どちらの人も、このタイトルから何かを感じそうですね。」
      なるほど。泣けるかどうかもその時の心の状況で違ったりしますよね。
      大したことないって思っていても本当は苦しくて、涙が出てそれに気づいたりすることもありますし。
      2012/06/26
  • タイトルが抜群に好きで、初めての江國香織さん。
    短編ってのもあるけど、どれもスーーーーっ・・・と終わってく感じが私の好みではなかったのと、どの話に出てくる女性も私が苦手な「女性が描く女性」だったのもあってあんまりはまらなかったのかな。
    【どこでもない場所】の「ここをでれば、私たちは私たちの場所に帰るだろう。」ってのだけはすごく共感。

  • 恋愛短編集。江國香織らしい短くて胸に響く文体で、平凡な日常の他愛もない感情が、しっとりと書かれている。江國さんは、うまく言葉にできない心の声を文にする。きっと誰もが、大切な人を失ったり思い出したり、寂しさを押し殺したりして生きている。

  • 何処へでも行けるのに、何処にも行けないような、そんな短編集だった。「熱帯夜」「号泣する準備はできていた」「そこなう」が好き。

  • この本にでてくるひとはみな、ものわかりがいいみたい。
    自分の状況や、素直になれない気持ちのことをよくわかってて、冷静。
    タイトルからしてそうで、悲しいことがあって、なにが悲しいのかわかっているような人たち。
    わたしはそんなに冷静に自分のことを考えられないし、号泣するのに準備なんてしていられない。

全680件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

江國 香織(えくに かおり)
1964年、東京生まれの小説家。1986年、児童文学雑誌『飛ぶ教室』に投稿した「桃子」が入選。2004年、『号泣する準備はできていた』 で、第130回直木賞を受賞。他、山本周五郎賞、中央公論文芸賞、川端康成文学賞、谷崎潤一郎賞など受賞歴多数。代表作として、映画化もされた『きらきらひかる』や『冷静と情熱のあいだ』など。女性のみずみずしい感覚を描く作家として、多くの読者を魅了している。また、小説から絵本から童話、エッセイまで幅広く活躍中。翻訳も手がけている。2019年5月2日、2年ぶりの長編小説『彼女たちの場合は』を刊行。

号泣する準備はできていた (新潮文庫)のその他の作品

江國香織の作品

号泣する準備はできていた (新潮文庫)を本棚に登録しているひと

ツイートする