私という病 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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レビュー : 69
  • Amazon.co.jp ・本 (183ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101341729

作品紹介・あらすじ

「どうして私は、女であることを、おおらかに正々堂々と楽しめないのか」-男に負けないよう必死で手に入れた「勝ち組」の称号が、恋愛マーケットでは惨めな「負け組」と見なされる。愛されたい、だけど見返してやりたい…相反した女の欲情を抱いた作家が叩いた扉は、新宿歌舞伎町・熟女ヘルス。過激な"実体験主義"に潜む、普遍的な「女」の苦しみに肉体ごと挑んだ、戦いと絶望の全記録。

感想・レビュー・書評

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  • 矛盾に満ちた自己との闘いの記録、というべきか。男に主体性を奪われた自分と、それに肯定的な自分が同居している、矛盾に満ち満ちた自己の内面。普通なら自己の一貫性を保ちつつ社会に適応していくが、中村うさぎ、そして東電OLは、肥大化していく「隠蔽した自己」と意識的にせよ無意識にせよ、付き合わずにはいれなかったのだろう。
    思うに、男は自分を否定されることに女以上に怯えている。社会的地位、それに付随するプライド、権威、男としての価値…それらを失いたくないが故に「逆ギレ他罰(p116)」して自己正当化に走る(男女の世界だけではなく、会社などの組織でも起こりそうなことだ)。中村うさぎは本書を女たちに読んでほしいというが、そんな思考停止に陥った男性こそ読むべきだろう。無論、理解のキャパシティがあるかは別問題ではあるが。

  • 私は、作者と根本的に似ている精神構造だなって思った。
    城で眠る、救われたいお姫様。城を守り、男をはねつける魔女。この比喩で語られた自己矛盾に、大いに共感した。
    また、東電OL事件の被害者の心情を想像して書いた文章も、大きく心を掴んだ。
    中村うさぎのファンになった。

  • うさぎさんがデリヘル嬢になった、と聞いたときは驚いたけど、これ読んだら心理としてはすごくわかった。

    仕事で評価されて、友人に恵まれてても、愛してくれる男がいない…
    貢いだホストからの仕打ちに女としての誇りを傷つけられ、「男に欲情され対価を支払われる」デリヘル嬢になることで自己確認したかったんですね…

    絶対しないけど、しないからこそ、うさぎさんが体験して書いてくれることに感謝。

    「荊ひめ」に準えた自己分析にもすごく共感。
    男を排除した、女のための本だろうな~。

  • 冷静に筆を進める感じの人かと思っていたが、
    意外にも熱っぽく、そしてギャグっぽい筆致。
    さくっと読める。
    でも、その文字の一個一個から怨念というか、
    黒い煙がもやもやと出ているようだった。
    フェミニズムとか、そういう「主義ありき」の目線ではなく、
    あくまで自分の心と体で感じた「女である」ことを書いて
    いるから、文章に熱さがある。

  • 色もの、キワモノと侮ったら大怪我します。
    「私」という病とは、「病んでいる私」なんかじゃなくて、全ての女性存在(オカマ含む)の根源的苦悩のことを「やまい」と称しているふかい深い一冊である。

    証拠に一部引用します。
    「私は、女たちが好きだ。たったひとりで頑張って働く女も、主婦という孤独な立場で必死に踏ん張っている女も、道に迷ってへたり込み絶望している女も、泳ぎ続けてないと死んでしまう魚みたいに暴走し続ける女も、すべての女が私だから。私は、私を救いたいのよ。だから、彼女たちに向かって語り続けるのよ」

    デリヘル嬢としてほんとうに十人ばかりの男の客の相手をしてみた彼女のことを、北野武はそこまでやったら「作家のやることじゃねえ」と言ったそうだが、タケシさんともあろう人が読みもしないで批判するのは止めてもらいたいものだ。

    金めあてのホストからしか相手にしてもらえなくなった口惜しさから始まって、こちらの拒絶にもかかわらず若かった頃の自分を勝手に欲望のはけ口にしやがった、痴漢野郎やセクハラおやじへの怨念。女であることの苦悩とおんなとして認められなくなってしまったことの口惜しさ。見ず知らずの男たちの欲望に応えて金を払わせるという、傍目には暴挙に見える挑戦に走ったのは、その精神分裂的とさえいえる自己内の懊悩であっただろう。それは、一人中村うさぎの懊悩に止まらず、全ての女性存在が内包する矛盾する深層心理でもある。だからこそ、東電OL事件の被害者女性について、類例のない徹底的に透徹した、それこそ彼女以外では絶対に書き得ない一文で本書は締めくくられている。そしてまた、中村うさぎが身を挺した暴挙を通して告発した、コンプレックスと差別意識とは、女の敵であるだけではない。彼女が意図したフェミニズムの枠を超えて、男にとっても仇であるのだ。

    自らの深すぎる苦悩から始まって、全女性の深層の矛盾を突き、男女の枠さえ超えた根源的な人間の醜ささえ抉る。こういうのを「作家」の営為と言わずして、他になんと言えるだろうか。

    中村うさぎは、作家に他ならず『私という病』は名著である。声を大にして私はそういう。

  • 女性作家のデリヘル嬢体験記ということだけど、その実務的(?)な部分な部分よりも、なぜそこに至ったか、その体験を通じて分かったことなどの考察が面白い。性の部分だけでなく、社会的に人間的に、自分の存在価値を掘り下げていく作品。男ですがとても共感できます。

  • 作家、中村うさぎが新宿は歌舞伎町にある熟女ヘルスにて実際にデリヘル嬢として働いた経験を通して描き出される女としての相反する欲望。読み終えたあとに深くて暗い闇のそこを除き見たような感覚が致しました。

    ずっと読もう読もうと思って、ツイッター上でも筆者本人に読むと約束して結局読むのが遅くなってしまいました。
    「どうして私は、女であることを、おおらかに正々堂々と楽しめないのか」―
    という疑問の果てに彼女がたどり着いた場所は、新宿歌舞伎町のとある熟女ヘルス。

    そこでデリヘル嬢「叶恭子」として三日間働き、ここで感じたことと、
    「自分はなぜ、女としての性を楽しむことができないのか?」
    という自らのみをえぐるような考察と、最後のほうに出てくる東電OLについての考察が記されていて、読んだあとに女性の深遠を覗き見たような気がして「なるほどなぁ」と思うのと、彼女の男に対する考察があまりにも鋭かったので、そこについてはウーンと考え込んでいる自分がいました。

    あとがきにもありますが作家の永江朗さんにインタビューを受けたときに
    「うさぎさん、この本を読んで思ったんですが、それじゃあ男はどうすればいいんですか」
    という質問を本人にしたくなりました。いや、実際にはできるのですが、彼女から返ってくる答えはおそらくこうだと思います。
    「さぁね、そんなの自分で考えたら?」
    と言う答えが確実に帰ってくるので女性というものについてじっくり考えてみることにします。

    そして、彼女が東電OLについて書いているのは彼女ならではの切り口で、彼女が派手な化粧をしていたのは「コスプレ」なんだと。別な自分になることで夜の街に街娼として立って、行きずりの男と大胆なことができたのではないかと。それについてはなるほどなぁと思いました。僕も彼女のことを大学時代に知って以来、個人的にずっと追い続けているものなので。

    男にとっては耳の痛い話がてんこ盛りですが、「女」という向こう岸の存在を少しでも理解するためには読んでいて損はない文献だと思います。

  • 「女であること」を考えるためにデリヘル嬢として働いてみた著者。

    体験よりも考察の方が肉厚。

  •  売れっ子女流作家の著者が「熟女デリヘル」で働いてみるという、前代未聞の体験取材(?)の記録であり、その体験をふまえて感じたこと・考えたことを綴ったエッセイでもある。

     元になったデリヘル体験記が『新潮45』に載ったときにはずいぶん話題になったし、本書の存在自体は知っていたが、もっとおちゃらけたお笑いエッセイだとばかり思っていた。しかし、読んでみれば意外にシリアスな内容で、想像していたよりもはるかによい本だった。

     第1章「セレブ妻・叶恭子(源氏名)のデリヘル日記」こそハイテンションで笑える内容になっているものの、残りの3章は内省的といってよいトーンで書かれている。
     そこでは、著者がデリヘル嬢をしてみる決断をするまで、そして体験後の心の軌跡が、丹念にたどられている。あたかも、自らを精神分析し、自らの「女性性」の根幹と対峙するような内容だ。多くの女性にとっては共感でき、多くの男にとっては耳の痛いものだと思う。

     若き日のOL時代に上司から受けたセクハラ、痴漢に遭った苦い体験、そして、ホストにのめりこんでいた時期に「恋人」だと思っていた美男ホストから与えられた屈辱……。著者は自らの心の傷をさらけ出し、読者の眼前でその傷に塩を塗り込んでみせる。
     ホストから与えられた屈辱をぬぐい去るためには、熟女デリヘルで働いてみるしかなかったのだと、著者の決断にある程度納得がいく。

     そして、最後の第4章は「東電OLという病」。そう、中村うさぎが「東電OL殺人事件」の被害女性と自らを重ね合わせ、彼女への共感と哀悼を真摯に綴っているのだ。
     あの被害女性については、佐野眞一をはじめとした多くの書き手がさまざまな形で論及してきたが、私はこれまで読んだそれらの文章の中で、本書がいちばんよいと思った。「ああ、そうか。そういうことだったのか」と腑に落ちたのだ。

     第4章の途中には、小説仕立てで被害女性の心に分け入ってみたくだりもある。その部分を読んで、中村うさぎに「東電OL殺人事件」を小説化してほしいと思った。すでに桐野夏生があの事件をモデルに『グロテスク』を書いているが、中村うさぎなら、桐野とはまったく違う角度から優れた小説が書けると思う。

  • 「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」といったのはボーヴォワールだが、社会的に ― つまり、今の世の中では大多数の男たちから作られる"オンナ"という性はある種の人にとっては病気のようなモノであるのではないかと男である評者は思う。


    男は社会への通過儀礼を経るときに社会化と男性化を同時にこなしてしまう部分があるので"私という病"に自覚しにくいのかもしれない。

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著者プロフィール

1958年2月27日生まれ。
エッセイスト。福岡県出身。
同志社大学 文学部英文学科卒業。
1991年ライトノベルでデビュー。
以後、エッセイストとして、買い物依存症やホストクラブ通い、美容整形、デリヘル勤務などの体験を書く。

「2017年 『エッチなお仕事なぜいけないの?』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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