愛という病 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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レビュー : 26
  • Amazon.co.jp ・本 (291ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101341743

作品紹介・あらすじ

なぜ恋をするとバカになるのか、男を殺す女の言葉とは、エロいとは一体何なのか-幸福になるためには、自分を知ることのほか道はない。欲望と自意識をライフワークにしてきた著者が、自らの生き苦しさの正体を徹底的に解体していく痛快エッセイ。

感想・レビュー・書評

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  •  『新潮45』の連載をまとめたエッセイ集で、文庫オリジナル。シリアスな内容を予想させる書名だが、実際にはまことに痛快で、笑いにも満ちた一冊だ。

     中村うさぎについて、呉智英は「この人は頭がいい。マスコミがもてはやす女性大学教授連中など較べものにならないほどの優秀な頭脳を持っている」と評したが、本書は彼女の頭のよさが全開になっている印象。

     エッセイ集ではあるが、かなり批評性が強い。連載中に起きた事件(性がらみの出来事がメイン)を取り上げた「時評」としての側面もあるし、女性のセクシュアリティそれ自体に中村ならではの角度で斬り込んだ女性論・性愛論集でもある。
     さらに、中村自身の心に分け入った自己分析としての側面もあり、その種のエッセイでは、自分を突き放して客観的に分析する手際が鮮やかだ。なにしろ、自身の閉経後の心理変化などまで赤裸々に明かしたうえでの捨て身の自己批評なのだから……。
     そして、全編にわたって、「なるほど!」と膝を打つ見事な分析や、世の男ども(私も含む)の身勝手な女性観を突き崩す鋭い批評がちりばめられている。

     たとえば、渋谷区の歯科医一家で浪人中の兄が妹を殺したあの事件を取り上げて、中村は次のように記す。

    《自分の価値観を持たず他人の価値観に過剰反応してしまう人々こそが「現代の病」の中核を成している、と私などは思うのである。妹の兄に対する「人マネ」発言(「お兄ちゃんが歯科医になろうとしてるのは、人のマネだ」というもの/引用者注)は、まさに、その核心を突いたものだったのだ。だからこそ、痛いところを突かれた兄は、殺意を抱くほど激怒したのであろう。でも私が兄だったら、「そういうおまえこそ、グラビアアイドルなんか目指してる時点で、他者の評価に自分の存在価値を委ねてるんじゃないか。おまえは自分で思ってるほど自由じゃねーよ」と反論してたね。このふたりは両極端の生き方を志向しているように見えながら、所詮は「同じ穴のムジナ」だったのだ。両者の間の激しい確執と愛憎は、じつに「双方が互いの歪んだ鏡像」であったからに他ならない、という気がする。》

     このような、マスコミでしたり顔のコメントを述べる心理学者よりよほど鋭い分析が随所にある。

     さらに、本書には優れたメディア論としての側面すらある。とくに、オヤジ系週刊誌などが女性を揶揄するステレオタイプの記事に対しての反論は、胸のすくような痛快さだ。
     たとえば、山本モナと二岡智浩の不倫(当時、モナは独身)に際しての週刊誌報道を、中村は次のように斬って捨てる。

    《今回の「不倫」だって、モナの立場は「飲んでることを知ってて運転させた助手席の友人」であって、「飲酒運転」そのものをやったのは二岡のほうだよ、明らかに。なのにモナばかりバッシングする『週刊現代』の意図は?
    (中略)
     何故、モナを「病的尻軽女」と呼んでおいて、二岡を「病的ヤリチン」とは呼ばないのか?
    (中略)
     ねぇ、モナが尻軽だからって、あんたに迷惑かけた? つーか、もしモナがリアルに隣に座ってて誘ってきたら、あんたは腹を立てるどころか大喜びでラブホに付いてくクチなんじゃない?
     そこなのである。正義を振りかざしてモナに天誅を加えるようなポーズを取りつつ、その下半身は「尻軽モナ」に半勃起……そんな姿が透けて見えるからこそ滑稽なのだよ、この記事は。つまり、この「過剰反応」としか言いようのない怒りのポーズは、欲情の隠蔽にしか見えないのだ。》

     本書で私がいちばん目からウロコが落ちる思いを味わったのは、「ダメ男はなぜモテるか」という一編。これはいわゆる「だめんず・うぉ~か~」となる女性の心理を、「ナウシカ・ファンタジー」なる概念を用いて見事に分析した内容だ。そこには、次のような一節がある。

    《私の女友達が、このたび、またもダメ男に引っ掛かった。他人から見ると軽薄で頭の悪いヤリチン男に過ぎないのだが、彼女は「私が彼の最後の女」と言い放ち、周囲がどんなに忠告しても「彼を信じる」の一点張りだ。彼女は「彼」を信じているのではない。自分のファンタジーを信じているのだ。人間ってのは、他者への信頼なんて簡単に放棄できるが、自分のファンタジーにだけは強固に執着する。詐欺師に騙された人間がなかなか気づけないのは、他人を信じるお人よしだからではなく、詐欺師によって与えられたファンタジーを崩せないからだ。
     今にして思えば、ホストにハマった時の私も「ナウシカ」だったのかもしれない。女を利用する事しか知らないホストが自分にだけは本物の愛を捧げてくれる、というベタベタな夢を見たかったのだ。もっとまともな男に惚れなよ、と、何人もの友人たちから言われた。でも、相手がホストじゃないと私の夢は成就しないし、恋愛の手柄感も得られなかったのである。》

     ところで、ここに出てくる「またもダメ男に引っ掛かった」「私の女友達」って、きっとくらたまのことですね(笑)。

  • 「女とは?」というこの究極の問いに、中村うさぎが様々な視点から答え"ようとする"一冊。その効能(?)は解説の指摘が的確。p285「性役割に馴染めなかったオトコオンナたちに、うさぎさんは何と闘えと言っているのか。それは、本文中にもたびたび登場する「オヤジ」というやつだろう。〜略〜闘う相手はもっと観念的なもの、社会にはびこる「オヤジの常識」だ。」p288「Cancam女にも、エリートパパにもなれなかった外れオトコオンナ達は、舗装されていないけもの道を歩き続けるしかないのだ。〜略〜そんな人々に、一緒に強く生きようぜとハスキーボイスでエールを送り続けているのが、うさぎさんの本なのだと思う。」要は旧来の凝り固まった「女」像からの解放を目指しているんだと思う。
    中村うさぎ、そして彼女を支持する読者を苦しめるのは、この観念的な「オヤジ的なるもの」だ。「自分棚上げ精神」を持ち、「こうあるべきだ」を振りかざす「オヤジたち」。そのオヤジたちが唱える「女のあるべき姿」に順応できる素地のない人は、社会が求める自分と現実の自分にもがき続けることになる。「男」や「女」といった枠組みに拘るのは往々にして「オヤジ」たちであり、そのくせこの「オヤジ」たちは自分を傍観者に位置付けるのだ。
    男の論理は基本的に自分が中心であるため極めて単純明快。一方の女は「女」であるが故に求められる役割やらそれに反する自意識やら、不一致要素がたくさん。これが女を苦しめる要因の一つであるような気がする。

  • 女性の心理、「女性は三度生まれ変わる」というのは案外 当たっているかも。

  • 中村うさぎはオカマ、というのにうなずいたり。
    閉経というのは、頭がハゲてしまった坊主、というのに爆笑したり。
    エロを感じたのがAV女優のたたずまいだというエピソードに切なさを感じたり。
    このエッセイのテーマをあえていうなら、「敵はオヤジ」ってところかな。「オヤジのはしゃぎっぷり」とか、耳が痛い。私自身がまわりに感化されてオヤジ目線になっているところがあるので。そのほうが楽なんだよ。内心は違うと思っているんだけどね。
    ブルボンヌさんの解説もよいです。あたりまえとされるものをあたりまえと受け取れないのはつらいんだ。でもがんばるぞと思ったり。

    中村うさぎの本のことは、ほかの人とは話せない。「ブランド品を買いあさって整形している人でしょ」「ホストクラブをネタにしてエッセイ書いている人でしょ」で終わってしまうから。なんだか踏み絵のような気がしますよ。

    中村うさぎのいいところは、韜晦というものがないところです。たまにいいわけしてるけど、人や社会のせいにはしないで、踏みとどまってる。
    一生、老年になっても自分と女を追及してもらいたい。

  • ひりつくような感覚で読んだ。女性に比較的賛同者は多いかもしれないけれど、男性にも読んで頂きたい一冊。鋭く鮮やかな切り口が好き。

  • 中村うさぎは執筆者も取材対象も”自分”というルポライターであり、自身を実験動物とする研究者である。
    それは一日体験とか潜入取材といった生易しいものではなく、どっぷりとハマりこみながら、冷静に観察する自分も存在するという中村うさぎにしかできない荒技だ。
    彼女が体当たりで獲得した「女は愛されている自分に欲情する」「恋愛はナルシシズムのためにある」という言葉。思い当たるフシはあるが…いや、納得するしかない!

  •  中村うさぎはすごいなぁって思う。
     身を張って生きてる。いや、誰もがそうなのかもしれないけれど、自分に都合のわるいことをここまでさらして生きているひとはそうは居ない。だからこそ作家なのだろうけれど。

     エッセイをまとめたものなので、1冊を通しての強いメッセージや構成はないけれど、それでも、ひとつの彼女の思う愛という病について考えさせられる。彼女の思うことが正しいとも言い切れないが、少なくとも彼女にはこう見えているのだろう。すごい。

  • BL好きの女性(いわゆる腐女子)についての考察が的外れすぎて……。なんかガッカリ。
    私は完全にBLを楽しむときは「傍観者」の立場で、
    物陰からひっそりと覗き見しているような状況に
    萌えているわけで、その男の子たちに自己を投影して
    いるなんてことはありえません。
    そういう楽しみ方があるのはわかりますが、
    人それぞれじゃないですか?
    BL好きだからって、全ての女子の楽しみ方
    が一緒とは限らないのに、そんなことはわからないのかなあ?
    下手にBLというジャンルに首を突っ込んで失敗したとしか思えない。
    せめて、「私はこう思う」くらいに書いてくれたらまだ良かったのに、断定的な文章だったもので。

    なんだかなあ。最近うさぎさんの本読んでも、矛盾点というかツッコミどころが多すぎます。

    ホストのことも何回も書いてますけど、
    うさぎさんはご自身よりはるかに年下の
    ホストに「恋をしていた」と確実に書いてあったのに
    (さびしいまる、くるしいまる
    私という病 など)

    後の本に「恋愛関係になりたかったわけじゃないのに、勝手にホストが勘違いした。ホストは私の言葉を殺した」
    みたいに書いてあったり……。

    いや、恋してたやん!?
    迫ってましたやん!?!?

    自分の言葉は、ものすごく崇高で、神で、絶対に汚してはならないものっていう感じなのに
    相手の言葉は軽んじる傾向があるというかなんというか……。
    私もうまく言えないんですけどね。

    とにかく、なにか嫌なことがあれば
    「自分の言葉を殺された!!」
    と騒ぎ過ぎた結果?が、今の現状なのかなと思ってしまいました。

    うさぎさんのファンで、本もたくさん読んできたけれど、最近のは重くて読むのが辛いです。
    でも、こういうこと言うなら読むなって感じですよね。
    でも、うさぎさんのことは最後まで見届けたい気持ちがあります。うさぎさんは自分の人生にどう落とし前をつけるのでしょうか……。

  • うさぎさんの女分析はなるほど。毎度同じだけど納得。

  • ひとつひとつの事象をすごい考えられていて 視点も「あー、確かに」と気づかされることも多かった。すごい素直な文章でした。

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著者プロフィール

1958年2月27日生まれ。
エッセイスト。福岡県出身。
同志社大学 文学部英文学科卒業。
1991年ライトノベルでデビュー。
以後、エッセイストとして、買い物依存症やホストクラブ通い、美容整形、デリヘル勤務などの体験を書く。

「2017年 『エッチなお仕事なぜいけないの?』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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