- Amazon.co.jp ・本 (651ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101343150
感想・レビュー・書評
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第14回日本冒険小説協会大賞(国内部門)
著者:船戸与一(1944-2015、下関市、小説家)詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
凛とした緊張感の中、一筋の光を感じる上巻とは様相を呈する重苦しさ。
なれど、これが実態なのだ。
読了し、そんな読後感を持ちました。
寂寞を感じる風音が胸を突き抜ける様な作。 -
随分昔にハードカバーで読んだ本ですが、オールタイムベストの一冊なので、登録しておきます。
船戸与一は大好きな作家の一人です。
タイトルどおり、蝦夷地におけるアイヌ民族の蜂起を、世界史的なグローバルな視点から描いた歴史小説であり、尚且つ、ハードボイルドの傑作であるという、贅沢な作品。
しかも小説世界に完全に浸りきって、なお何日もその大海に深く深く沈んでいけるくらい、長大です(^_^;) -
渾身の2,800枚。長すぎ。
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壮大な歴史物語は下巻にて完結。大国ロシアからポーランド国を救おうと画策する貴族は、アイヌの長人との約束を果すことはできない。彼は苦難の末に択捉までたどり着き長人に謝罪をするシーンが感動的である。結局、ポーランド人もアイヌ人も、大国には逆らえず飲み込まれてしまう運命なのである。小国が小部族の行く末を犠牲に自国の独立を勝ち得ようとしたところに、この物語の悲しさがある。最後の復讐劇については、賛否があるかもしれない。わたしは不要なきがする。
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2012/11/25完讀
戰線並未擴大,主事的蝦夷人反而慘遭殺害。ツキノエ背負著污名繼續帶領蝦夷人,但蝦夷地已完全處於被和化的狀態,漸漸失去了傳統。另一方面ハルナフリ搖身變為復仇者,案中殺害當時許多的關係者…
作者在【国家と犯罪】裡提到,民族這個概念是法國大革命的產物,但並沒有真正被認真去探討過,在王權被打破之前,所謂的民族是什麼。因此,近代史的順序是被理解為「民族→民族意識→民族主義」,並且伴隨著相應的階級鬥爭論,直接轉化成政治的slogan。但他認為這必須要重新審視,民族是先驗的存在嗎?以舊蘇聯崩壞之後的情況來看,是否這個認識法毋寧是相反的?「民族主義→民族意識→民族」也就是民族主義這個slogan自己任意地去規定了民族是什麼。因此,解說者提到,藉由把國後目梨的這場起義當作「幕末統一國家日本誕生的先聲」,回答民族是否是先驗的存在這個問題。
我相當同意他說的,民族主義這個slogan自己任意地去規定了民族是什麼。民族在某種層面來說,是被「製造」出來的。
民族與民族主義現在仍然是一個嚴重且糾結不清的大哉問,如果是以前對的我,或許放下這本書,會有很多針對這個主題的想法在心頭。但現在對我來說,老人ツキノエ無盡的孤寂與悲傷,這道哀婉的旋律,遠超越所有這本書裡所有的內容的份量。 -
江戸時代の北海道をめぐる話。
基本的には下巻を読ませるための上中巻。にしては前段が長すぎる。
最終的にも誰も幸せにならないのがとても悲しく、そんなことのうえに今日の北海道があることを考えるとやるせない。 -
国内では田沼意次時代から松平定信時代へと代わり、外交面ではロシア、アメリカ、フランス、イギリスが度々通商を強要してきていた難しい局面でアイヌは松前藩の下で動いていた飛騨屋に徹底して搾取されていた。それに耐え切れず若手を中心に暴発する。しかしアイヌも一枚岩になりきれずに松前藩に屈服せざるを得ない。先導者37名が惨殺される。その場で見ていた脇大人の孫(ハルナフリ)が3年後復讐の鬼になって殺めていく。定信は急激な変化、原理主義故、辞職せざるを得なくなる。
時代は司馬遼太郎の[菜の花の沖]と同時代。
時代小説の久々の大作と思う。 -
複雑な利害関係がからむモザイク地としての蝦夷の舞台設定が素晴らしい(ロシアを絡めたのはちょっと無理があったかも)。とにかくスケールの大きさとその悲劇性は圧倒的だった。