美の呪力 (新潮文庫)

  • 新潮社 (2004年2月28日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (312ページ) / ISBN・EAN: 9784101346229

みんなの感想まとめ

本作は、芸術の本質や美の力について深く掘り下げた内容で、岡本太郎の独自の視点が光ります。彼の熱い感情と鋭い論理が融合した文章は、読みやすさと独特の表現力を兼ね備え、読者を引き込む魅力があります。古代芸...

感想・レビュー・書評

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  • 新刊で買ったのに10年も積読にしていてごめんなさい!と本に謝りたい。
    とても面白かった。

    芸術新潮の連載を1970年、万博と同時期に敢えて引き受けたという。体力(知的な意味でも)ありすぎる。

    文章は読みやすいが独特の表現が目立つ。

    目的的、無目的的、一般ピープル、世界観

    1970年に。

  • 凡人の私には理解(読解?)するのが難しかった。

    民族史とか芸術とかに興味があって、いろいろ背景を知っている人にはもっと面白く感じるのかも。

  • 岡本太郎の芸術論はおもしろい!熱くほとばしる感情と冷たく鋭利な論理の融合から編み出される文章に引き込まれてどんどん読めてしまう。古代芸術や原始的な美術が持つ神秘性、力強さ、美しさをこれほど熱く語れるのは岡本太郎の他にいないんじゃないでしょうか。やっぱり私たち人間は、本能的に、プリミティブな芸術作品に惹かれてしまうのかもしれないですね。DNAに刻まれた猿の時代の遠い記憶が呼び起こされるからなのかな。

  •  人間が本来持っている生の感情を表現したものにこそ美が存在しているという。これは単純に権威に反抗しているのではない。「赤」つまり「血」、そしてそれは「生」であり「人間」であるという一貫した軸がある。だからこそ荒唐無稽なように見えて、それが何であるかを理解できる作品が生まれるのではないかと思う。

  • 「タローマン」きっかけで岡本太郎の著作を読むようになった。生きるということ、創造するということに対する真摯なまでに直向きな感情と人間が持つ呪術的な力への信奉が大変興味深い内容でした。特に仮面に対する考察は、太陽の塔や一見奇怪な岡本太郎の作品に通じるものがある気がしました。他の著書もぜひ読んでみたいと思います。

  • 有名なフレーズ「芸術は爆発だ」の意味するところが、この本を読むとわかる(ような気になれる)。
    火と水についての章が特に説得力があって興味深かった。気になる画家の火の描写に注意して絵を見ると、その画家の世界の捉え方が見えてくるかも。

  • 岡本太郎の著書は不思議な魅力があって、一見すると個々の芸術に関する考察や批評なんだけれども、それらを通して人間や人生についての深い洞察が語られていて、かつその多くが「生きること」について掘り下げて考えるスタイルなので、読んでいて生きるエネルギーが湧いてくるというか、生きていることの実感を得たくなるんですよね。

    本作も、様々な美や芸術の世界における「石」「血」「怒り」「仮面」「火」「夜」の性質や意義を考察するというものなのに、読んでいて不思議と力が湧いてくる気がします。

    美術や芸術、あるいは民族学や人類学の観点からの評論集という読み方もできますが、それらを通じて「人が生きること」について考察した哲学書として読むこともできますし、そういう意味では強く生き抜くための「自己啓発書」として読むこともできるのではないでしょうか。

  • 2月にあった岡本太郎展のグッズ販売で、いいなと思った手ぬぐいが売り切れていて腹立ち紛れに手にとったこの本が思いのほか凄くて買って帰った。

    縄文土器の美を公に広めたのが彼だというのはよく知られているけど、他にも仮面、火、石、あやとり、戦国時代の兜といった事象に感受性を刺激されていることに共感。太陽の塔って謎めいている。その謎めき加減はこういう太古から通じる、はっきりとは表にでてこない感覚、恐ろしさの入り混じった感覚につながっているんだなと思った。


    この前投稿した「ゆふ」という画集にも同じようなことが書かれていたんだけど、「没入する自分を客観視する、俯瞰する目、遊びがあってこその芸術」ということをタロウさんもおっしゃっている。古典芸能や演劇やバレエを見に行くのに、お話の筋や登場人物を見るというよりそれを役者やダンサーがどう演じるかというほうに興味があって見に行く。なるほどなあ。

  • 岡本太郎の感性には舌を巻く。
    火祭りのそばには必ず水があるという話が興味深かった。

  • 著者:岡本太郎(1911-1996、川崎市高津区、芸術家)
    解説:鶴岡真弓

  • 一章と二章が特に興味深く「沖縄文化論」も読んでみようと思いました。

  • 大阪万博の制作と並行して著されたと言う『岡本太郎による世界美術館』的なエッセイ。 怒り・憤り・畏れ… 太郎なりの美的感性から評されるテーマはゴッホ、ピカソ、ゴダールらの著名美術作品のみに留まらず、作者不明の作品、聖地、土着の祭り・儀式など、アミニズム・シャーマニズムに根差した有形・無形の『美』にも及ぶ。 “才能と技巧は違う。技巧を伴わない才能こそが芸術。” 評論の形を取りながら、各々に挑み向き合う様な、ほとばしる言葉は、全編にパワーが漲っている。 この空気感から『太陽の塔』は産まれたのだなと。

  • 強烈。
    透明な混沌と夜の捉え方が印象的だった。

  • 太郎さんの何がって限定したくはないけど
    私の知ってるうちじゃ、柳さんとパイロットと重なるときがある、あともう一人か。

    芸術家が芸術作品に興味ないって言ってるなら、素人の私もそんなの知らない、あんなのこどものらくがきでしょっ、って言えるだろうか。そしてその理由を質すされたときにだってあの偉い人もそういってるんですよなんて、子どもの絵と馬鹿にしておきながら、それでもって子どもの絵も馬鹿にしておきながら、お主がやっておるのは子どものそれとはどうちがうのじゃろう?それは理解できないだけで外にいるものが内側にいる者、内側に入ることができたものに対する嫉妬、そう嫉妬。芸術、芸術家というものがこの世には存在していました、そして今も存在し、この先も存在し続けるでしょう。我々人類のうち一体何割の人間がこの存在をその生のうちに自分の内側に認めることができるのでしょう?

    極めて少数なら存在しなくても、存在しないとみなしてもよいのではないでしょうか?
    そう、微分です。存在量が少ないものは微分して、多で世界を構成させましょう。我々が依れるのは極めて少数の有限な存在だけ。希少性は不要でございます。
    美なんて言葉は女性にだけ用いるのが正しい。
    芸術作品があるから凡人は引け目を感じるのです。
    理解できない存在ガボン人にとってどんなに苦しい次第か、それはちょうど天才がなぜ凡人は自分たちの作品を理解してくれないのかと悶々とするのと似たようなものでしょう?お互いが会い寄れない。そのようなモノが存在していることが誠に滑稽でございます。

    芸術作品と芸術家と鑑賞者。
    いつまでたっても私にはすごい上手って言葉しか
    出てこないのが、とっても恥ずかしい....

  • しおり p45

  •  大阪万博の直前に芸術新潮で連載された「わが世界美術史」がもとになった本。 自分も生まれる前だし、日本中が熱狂した万博直前の岡本太郎がどれほど忙しかったかは想像もできないが、たぶん寝る間もないほど忙しかったと思う。それなのに、こんな連載を執筆していたなんて、おそろしいほどのバイタリティだ。


     岡本太郎の作品は公共の場にもよくあり、目にする機会が多いが、著作を読んだのは恥ずかしながら初めて。
     
     著述の範囲は、イヌイットの石像、ストーンヘンジ、スフィンクス、グリューネバルトの宗教画、アステカ文明と血の儀式、オルメカ文明の巨石人頭像、曼荼羅、菩薩像、ロシア・イコン、ボッシュの絵、ゴッホの絵、平治物語絵巻、組紐文、ケルトと縄文・・・ などなど、多岐に渡る。 
     それらに共通するテーマが「呪力」だ。


     炎や血などの鮮烈で荒々しいイメージ、石像や仮面に込められた念、動と静のようなイメージの中にも、二律背反するように静と動が内在されていることが、感じ取れた。 


      この1冊しか読んでいないのに、うんぬんするのは良くないが、おそらく岡本太郎にとっては、美しいとかきれいとか、日本人一般が「美術」と捉える心を落ち着かせるようなものには、あまり美を見出さなかったのではないかと思う。


     うまくまとめられないけど、解釈の仕方が独創的で新鮮だった。


     巻末の鶴岡真弓さんという方の解説が丁寧で大変助かった。あっちこっちに話が飛び、芸術家らしく、情熱の赴くまま綴られる熱い文章が表したかった真意がよくわかった。


     岡本太郎の作品を見かけるたびに、読みなおしたいと思う本だ。 

  • あるということを拒否するところからないを考えるという言語化の仕方が気に入ったけど、後半同じテーマの話が引き延ばされている感じでちょっとぐだった。あとあらすじが「わたしは赤が好きだ」という引用からはじまっているがあまり適当でないと思う。

  • 何となく網野善彦さんの「無縁・苦界・楽」に似てるなと思った。
    人が営んでいく上での本能(?)的な所を突き詰めていくと、血や炎、石積みにもある種のアジール的な所を見れてしまうのかもしれない。

    これまで芸術に全く興味が無く、岡本太郎さん自体、万博で太陽の塔を建てたり、「芸術は爆発だ」とか言ってる何か変な人と言うイメージしか持っていなかった。

    けど、もし、あの世で網野善彦さんと岡本太郎さんが対談したら、結構、面白いんじゃないかなぁと思いましたよ。

  • 飾られるために創るのでなく、使うために作る。だから使われるときこそ最も輝く。単純なものほど、原点。語学や美術史にも深い岡本太郎のすばらしさを再認識。イヌクシュクの石積み。

  • 石積みの回、失われていった文化にみる本当の芸術、終盤のゴッホ、あやとり宇宙論が特に面白かった
    今日までにのこったものでなく失われたものの側から真の芸術を強烈に照らし出そうと試みた一冊

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著者プロフィール

岡本太郎 (おかもと・たろう)
芸術家。1911年生まれ。29年に渡仏し、30年代のパリで抽象芸術やシュルレアリスム運動に参加。パリ大学でマルセル・モースに民族学を学び、ジョルジュ・バタイユらと活動をともにした。40年帰国。戦後日本で前衛芸術運動を展開し、問題作を次々と社会に送り出す。51年に縄文土器と遭遇し、翌年「縄文土器論」を発表。70年大阪万博で太陽の塔を制作し、国民的存在になる。96年没。いまも若い世代に大きな影響を与え続けている。『岡本太郎の宇宙(全5巻)』(ちくま学芸文庫)、『美の世界旅行』(新潮文庫)、『日本再発見』(角川ソフィア文庫)、『沖縄文化論』(中公文庫)ほか著書多数。


平野暁臣 (ひらの・あきおみ)
空間メディアプロデューサー。岡本太郎創設の現代芸術研究所を主宰し、空間メディアの領域で多彩なプロデュース活動を行う。2005年岡本太郎記念館館長に就任。『明日の神話』再生プロジェクト、生誕百年事業『TARO100祭』のゼネラルプロデューサーを務める。『岡本藝術』『岡本太郎の沖縄』『大阪万博』(小学館)、『岡本太郎の仕事論』(日経プレミア)ほか著書多数。

「2016年 『孤独がきみを強くする』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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