レディ・ジョーカー 上 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
3.82
  • (170)
  • (252)
  • (169)
  • (41)
  • (12)
本棚登録 : 2208
レビュー : 177
  • Amazon.co.jp ・本 (512ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101347165

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 終わりが見事で拍手です。一番好き

  • さすが高村薫という出来。
    上巻は事件がようやく始まったばかり。事件が始まるまでの背景が重厚に描かれている。
    被差別部落の問題、裏社会の問題、警察の問題等々、すべてがこれから先落とし込まれていくのだろう。
    楽しみだ。
    時代が時代だけに、普通預金の金利が2%とか4%とか出てくる。そんな時代があったんだね。

  • すごい筆力。圧倒される。

  • 長い、面白い、でも長い、でも面白い(笑)
    そんな感想。

    この本を読む前にリヴィエラを撃てを読んだのだが、個人的にはレディ・ジョーカーの方が頭に入ってきやすかった(リヴィエラは、アイルランドの歴史的背景等を含むので)

    競馬場で繋がった5人、日之出ビールの社長とその周囲を取り巻く人間関係と後ろめたい過去、警視庁の合田刑事のジレンマ、そしてマスコミ関係者。。。
    高村 薫さんならではの骨太な文章、重厚な物語の内容は健在。時間かかりそうだけれど、気になるので中巻、下巻も引き続き読み進めていく予定。

  • 評価は読了後に。
    何で今まで読んでなかったのかな?多分高村薫ってある程度構えて読まないとその濃厚な世界についていけないからだろう。
    まだ上巻だけだがご多分に漏れずです、そして面白い。
    不公正を社会の絶対的構成要素として捉えて人間関係の闇深さを抉り出す、この人ならではの仕事っぷり。
    それにしても高村薫って「男」の作家だなぁ、冷徹に男社会を眺めてるんだろうな。

  • 読み終えたあと、得体のしれない後味の悪さが襲ってくる。

    それはこの話で誰も救われないからだ。
    色々な要素が絡みあって、バタフライ・エフェクトのように
    大きな波として物語が出来上がっていく。

    淡々とだが着実に蝕んでいくウイルスの如く
    腹の下にうごめく黒い感情を押し込めて物語の役者は彼らの役割を演じていく。

    それは一種戯曲のような滑稽さ、空虚さをはらみながら
    ある種の皮肉を読者に投げかける。

    決して多くのことを語らない作者の文章だが、その下に潜む
    彼らの想いが最後まで交差することのないまま、終りを迎える。
    虚構が最後に見せる現実が、綺羅星のごとく明るく最後までまぶたに残る。

  • 東日本大震災、地震と津波と原発事故の同時連鎖という歴史的体験を、誰か優れた作家が文学作品にしてくれないかなと思う。フクシマは海外の人に、チェルノブイリ同等の原発事故と受け取られている。日本で何が起きたのか、政府と巨大企業と学者とマスコミと、当事者たちの間にどのような齟齬、不条理があったのか、文章にまとめれば、世界的な注目を集めると思える。原発事故をめぐる不条理は、日本社会の問題の縮図なのだから、これを世に広めて、事態の改善を迫るのが得策だ。

    現在はネット社会だから、誰か小説家が事件をまとめる前に、当事者が文章をブログやツイッターやSNSで発表するし、 YouTubeに動画は出るし、情報はハイスピードで流通している。それでも、この歴史的体験を小説にして欲しい日本の作家といえば、村上春樹、桐野夏生、高村薫などが思いつく。

    高村薫の小説『レディー・ジョーカー』を読み始めたのは、震災前の2 月頃だった。彼女はテレビに出演すると、自分のことを「わたくし」と言う。テレビで自分のことを「わたくし」と言う人は珍しいから、彼女の小説を数年前から読んでみたいと思っていた。震災前、『ニュース23クロス』にインタビュー出演した時、彼女は民主党政権を批判していた。政治、経済、社会の現状について、「わたくしは~」と言いながら批判する。19世紀の小説家のようだと思った。

    数年前、ネットで彼女のインタビュー記事を読んだ時、フォークナーの小説を読んでいたことがわかった。元々文学志望、文学では食っていけないから、エンターテインメント小説でやっているのだとわかった。

    『レディ・ジョーカー』を読んでいる時は、トルストイの小説を読んでいるような気分になった。最近の日本の小説は一文が短くて、わかりやすいし、読みやすい。『レディ・ジョーカー』を読むと、久しぶりに本格的な小説を読んだなあという気分になる。『レディ・ジョーカー』では、歴史と社会の中に生きている個人が描かれている。小説に出てくる個人の幅も広い。大企業の社長、刑事、検事、新聞記者、雑誌記者、総会屋、施盤工、トラックの運転手、部落差別を受けていた人、障碍児まで、登場人物は多様である。

    『これは、個人では払えない額の金を企業に出させる誘拐であり、誘拐されたのは社長である城山個人というよりは、日の出ビール本体なのだ、と。(…)この犯人たちは、いつでもどこでも誰でも買えるビールを人質に取って、要求が聞き入れられない場合は、商品攻撃をする気だ』(上巻p.459)

    大企業の新商品を人質にした企業脅迫。キリンビールをモデルにした日の出ビールの社長は、商品ブランドを傷つけないために、犯行グループと裏取引をしようとする。犯行グループの背後には、総会屋や闇社会勢力の存在が感じられる。こう書くと、安っぽい娯楽小説の構図だが、登場人物たちの心理は複雑で、多面的に描かれている。

    この小説の主人公の一人、合田刑事は、20世紀初頭の思想家、シモーヌ・ヴェイユを愛読している。

    (シモーヌ・ヴェイユの本の感想)
    『言葉の一つ一つ、ページの一行一行から溢れ出る一人の人間の、とてつもない息吹、信念、情熱、優しさ、脆さ、危うさ、美しさに打たれ、人間が物を考えることの偉大さに触れ、生きていてよかったと思わせる悦びに満ちているのだった。(…)その真剣な眼差しを受け取って心が洗われ、半世紀も前に死んだ一人の女性に感謝しつつ、それではおやすみと本を閉じるのだった』(中巻p.232)

    僕自身シモーヌ・ヴェイユのファンなので、この文章を読んで、合田のファンになった。合田は巨大組織である警察の中で、個人の正義を貫き通すために、浮いていく。犯人を追う彼の行動は、警察の規範に従う他の刑事から見たら、狂気と受け取られ兼ねない逸脱を示していく。

    最近のビジネスでは、サービスの提供者と利用者双方が満足するウィンウィンの関係が尊重される。よく考えてみると、政府と官僚と企業と地元の癒着は、関係者全てが利権を共有するウィンウィンの関係と言える。利益共有関係ができると、関係者の間でトラブルが起きても、解決がなおざりにされる。組織の論理に対して、個人の正義を貫き通すこと。シモーヌ・ヴェイユや合田のように生き抜くのは難しいが、ネットの情報技術化は、個人の発言力を高ている。

  • 緻密、の一言に尽きます。
    犯罪グループ「レディ・ジョーカー」、企業、警察、記者、そして彼らを取り巻く様々な人間たち。政治、社会。

    それぞれの立場の視点、そしてその組織が一枚岩でない複雑な構造をしていて、そのある一つの組織の中にいる個人としての視点、すべてがみっちり描かれていて、息苦しいぐらいです。

    いつもあるのが、社会の中にいる一個人が抱える空虚で、その空虚といかにつきあおうとするのか、どのように捉えようとするのか、社会に対して牙を剥くのか、己を傷つけてしまうのか。
    ひとりひとりの人生が、登場人物が互いに評し合うことはあっても、作家によっては肯定もされず否定もされず、生々しく描かれています。

    何を悪とするかその基準はしっかりある。そういう意味では安心して読めるといえばそうかもしれません。
    ただ、その悪が告発され罰せられているかというと、実際にはそんなシステムは作動していない。そんな事実が容赦なく突きつけられてきます。

    犯罪を犯す人間が何らかの目的をもっているかどうかはいつも明らかなわけではないし、犯罪者を追う側の人間が常に正しく美しいわけではない。
    お話の中には理不尽な苦しみを背負う個人、報われない個人、埋没する個人がいて、それは現実を的確に捉えたものだと思います。

    この複雑さ。
    描ききろうとする作家の執念には脱帽です。

    そして、私が好きなのは、苦悩する人間に対する作家の優しさです。
    この小説の中では、死というものがきちんと重みを持っているところも。

    読んで心がウキウキするような本ではないですが、読む価値のある本だと思います。

    それにしても男だらけなのですが、それもまた潔いですね。

    2010/8/17 読了

  • とある事情で最新刊を読みたいと思ったので。

    三作目にして、多少面白くなってきた。
    作風に慣れてきたのもあると思うが、
    感情移入する対象があったせいだろう。

    といってもコージーミステリーの主人公の境遇に
    一喜一憂するのとは異なる。
    大企業の役員たちや、
    刑事や新聞記者といった大きな傘の下にいる面々ではなく、
    競馬場に吹き寄せられたレディー・ジョーカーたちに
    肩入れしたくなるのは、
    判官びいきの日本人の習いと言うべきなのか。
    いや、作者にうまく導かれているだけなのか。

    (中巻へ)

  • 説明 (Amazonより)
    内容紹介
    空虚な日常、目を凝らせど見えぬ未来。五人の男は競馬場へと吹き寄せられた。未曾有の犯罪の前奏曲が響く――。その夜、合田警部補は日之出ビール社長・城山の誘拐を知る。彼の一報により、警視庁という名の冷たい機械が動き始めた。事件に昏い興奮を覚えた新聞記者たち。巨大企業は闇に浸食されているのだ。ジャンルを超え屹立する、唯一無二の長篇小説。毎日出版文化賞受賞作。


    WOWOWのドラマ化を観て 内容がとても良かったので原作を読んでみようと思いました。
    冒頭の手紙の部分はとても読みづらく 頭に入ってこなくてこの時点ですでに諦めかけましたが その後の内容は登場人物の多さに頭を抱えますが 人間関係が入り組んでいてとても読み応えがあると思いました。
    ドラマを観ていたので その時の俳優さんが頭に浮かんでいました。

全177件中 11 - 20件を表示

著者プロフィール

高村 薫(たかむら かおる)
1953年大阪市東住吉区生まれ、現在大阪府吹田市在住。国際基督教大学教養学部人文学科(フランス文学専攻)卒業。外資系商社の勤務を経て、作家活動に入る。
1990年『黄金を抱いて翔べ』で日本推理サスペンス大賞、1993年『マークスの山』で直木三十五賞、1998年『レディ・ジョーカー』で毎日出版文化賞、2016年刊行の『土の記』では大佛次郎賞、野間文芸賞、毎日芸術賞をそれぞれ受賞し、新たな代表作となった。
『レディ・ジョーカー』を境として、重厚な社会派ミステリーから純文学に転向。織田作之助賞選考委員を務める。

高村薫の作品

ツイートする