小さき者へ (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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レビュー : 221
  • Amazon.co.jp ・本 (460ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101349183

作品紹介・あらすじ

お父さんが初めてビートルズを聴いたのは、今のおまえと同じ歳-十四歳、中学二年生の時だった。いつも爪を噛み、顔はにきびだらけで、わかったふりをするおとなが許せなかった。どうしてそれを忘れていたのだろう。お父さんがやるべきこと、やってはならないことの答えは、こんなに身近にあったのに…心を閉ざした息子に語りかける表題作ほか、「家族」と「父親」を問う全六篇。

感想・レビュー・書評

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  • 表題作、小さき者へがとくに響いた。
    こういうことあっただろうな。
    私にどれくらいのお金と時間を使ったんだろう。

    そろそろ心配ばっかりかけてないで恩返ししたいんだけどな。

  • 六編の小説の中でも団旗を持つコワモテお父さんの話、ビートルズを初めて聴いた14歳の息子とお父さんの話が特に良かった。リボルバーはわたしも大好きなアルバムでますます身近に感じられたのかも。

  • この人はどうしてこんなにも家族や父親を書くのがうまいんだろう。うまく言葉にできない人の弱いところを書くのがうまいんだろう。胸がきゅぅと締め付けられて切なくなる。久々に読むとやっぱり重松清の小説はいいなと思った。2011/407

  • 父親目線で子どもと、そして家族に向き合う短編6作。

    「海まで」家族で故郷の母の元に一泊の帰省する。屈託のない次男と感情表現が不器用な長男。
    「フイッチのイッチ」転校生の山野朋美。両親の離婚で苗字が変ったばかり。片親ベテランの僕は今でも時々父に会うのだが。
    「小さき者へ」部屋に引き篭もりを始めた息子がビートルズのアルバムを買ってきた。父は宛てのない手紙を書き綴る。自分のビートルズの思い出とともに。
    「団旗はためくもとに」お父さんは応援団長。一所懸命頑張ってる者にしかエールは送らない。私は学校を辞めてどうしたいのだろう。
    「青あざのトナカイ」脱サラして商店街にピザ屋をオープンしたが、経営が行き詰まり閉店に。心が閉店するまでどれくらいかかるだろうか。
    「三月行進曲」少年野球の監督の僕が、卒業を目の前にした3人の子どもと甲子園へ向かう。

    結局結論の出ていない話が多いのだが、人生の実際はたいてい結論はでなくて区切りがあるだけ。抱えている問題が多ければ多いほど。
    またいつか読み返したい、そんな作品です。

  • 大人と小人、親と子供。子供は親の気持ちが分からない(分かっていたとしても素直にはなれない)、親も子供の気持ちを分かってあげられない。誰でも昔は子供だったのに。
    坂道のように不安定な人生が、そのまま語られている。答えを示さないところが、この小説のいいところかも。

  • 図書館では本を返して、それと交換のように予約本を借りることが多いけれど、本の確保や回送のタイミングで、本を返しても出てくる本がなく、貸出カードにちょっとスキマができるときがある。

    月曜も、あると思った本がなかったので、ちょっと本棚をぶらぶらした。なんか小説を借りよっかなーと、小説の棚へ行き、重松清の単行本はたくさんあったものの、やたら厚い本が多かったので(重そう…)と敬遠し、文庫棚を見ていると、この『小さき者へ』があった。抜いて、裏表紙の紹介をちらっと見ると「お父さんが…「家族」と「父親」を問う全六篇」とあり、『かあちゃん』読んだとこやしなー、父ちゃんを読んでみるかなと借りてきた。

    表題作で、息子に出せない(出さない?)手紙を夜な夜な書き続ける父親は「来年四十歳になる」。三九歳で十四の中二の息子がいる、それは十分ありうることだと頭ではよくわかるが、すでに不惑を迎えている自分は(うわあ)とちょっとびっくりする。

    もう20年くらい前、ご年輩の女性たちに話を伺う仕事をしていた頃に聞いた話の断片を今もときどき思い出す。ある女性は、子どもをもつことで、親はいつか、子どもに頭を下げるのだと言っていた。子どもに頭を下げるために子どもをもつわけではないだろうが、親は子どもに教えられて、誤りを認めるときがくる、というような話だった。

    20代の半ばころからだったか、ずっと、うっとうしいほどだった親が、小さく感じられるようになった。親のようにはなりたくない、と頑固なほどに思っていたのは、それとともに少しずつほどけ、なんやかや言っても親に似ている部分を自分のなかにみつけて、そうはなりたくなかったような、しかたないかと思うような気持ちを感じるようになった。

    親のほうはどうだろうかと思う。
    母にはもう訊けないが、子どもという自分とは別の人間を、どこかで自分の思うようにしたかったのではないかと、今も父の中にはたまに感じて、それをたたきのめしたいほどの気持ちに駆られる自分もいる。

    文庫の巻末には、華恵が書いた「小さき者から」という解説が収められている。「徹底的に壊れた女の子の姿を、いつか描いて欲しい」と三年前の日付で華恵が書いている。

    重松清がいつかそういう話を書いたら、それはぜひ読んでみたい。

  • 親と子。親にとってはかけがえのない子供。この子を喜ばせたい。いつも一緒に笑っていたいと望むのだけど、親から行くのではなく子供から親に歩み寄って来てくれる。そうなれるといいのだけどなかなか思うようにはいかないものです。
    親と子を考えさせられますが、読んだあと心が重いです。
    重松清さんの作品は読んだあと重すぎるように感じます。

  • 父親と子どもの微妙な関係や、子どもに対する父親の気持ちを綴った一冊。

    今の自分自身が、生活や思考の半分以上を子どもが占めていると言っても過言ではないので、読んでみた。

    娘が成長するにつれて、感じる父親との距離感や、離婚直前や離婚後の子どもの気持ち、普段会話はないけど、お互いに気持ちを通じ合わせる親子の話等の短編集で、どれもすっきり解決したり、親子仲良く幸せ家族みたいなものもなく、涙を流しながらというものでもない、だからこそ、リアルな親子関係が描かれていたんだと思うが、少し物足りなさを感じた。

    そんな中でも、自分から見た子ども、自分が理想とする父親、子どもから見た父親、自分の親だったら等、視点を変えて自分を見つめながら、子どもと関わっていこうと思った。
    今後、子どもの成長によって、関係がどうなっていくのかわからないけど、いつでも応援していることを感じてくれているような存在でありたい。

  • いつだって親は、子供のことを考えて、全力で守っているんだ。
    たとえ、空回りしてしまうことがあっても、自分が情けなくても、子供が心配で、可愛くて、嫌われたくなくて……
    挙げればキリがない、親の気持ち、子供の気持ちがこの作品で分かるだろう。

  • 私たちはいつだって坂にいる。上り調子、下り調子、バランスをとりながら、それが平行であるかのように錯覚して、体と心のバランスをとっている。下り坂の途中にいる主人公たちを渾身の優しさで描ききっているなぁという印象。この本を読むだけで、重松清って絶対優しい…と感じてしまうほど。愛の対にお節介や皮肉を据えながら、程よい色彩で絶望には程遠いけど希望を持てる状況とも言い難い主人公たちを、重松流に救っていく。そして、読んでいるうちに、自分もきっと、読む前よりちょっとだけ救われている。

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著者プロフィール

重松 清(しげまつ きよし)。1963年、岡山県生まれの小説家。早稲田大学教育学部卒業。
出版社勤務を経て、フリーライターとして独立。ドラマ・映画のノベライズなどを手がけたのち、1991年『ビフォア・ラン』で小説家デビュー。
1999年『エイジ』で山本周五郎賞、2000年『ビタミンF』で直木賞、2002年『流星ワゴン』で「本の雑誌年間ベスト1」、2010年『十字架』で吉川英治文学賞、2014年『ゼツメツ少年』で毎日出版文化賞をそれぞれ受賞。
山本周五郎賞、講談社ノンフィクション賞選考委員を務める。2017年、早稲田大学文化構想学部客員教授に就任。
『とんび』、『青い鳥』、『流星ワゴン』をはじめ、多くの代表作がドラマ化、映画化されている。

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