散るぞ悲しき―硫黄島総指揮官・栗林忠道 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (302ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101352817

作品紹介・あらすじ

水涸れ弾尽き、地獄と化した本土防衛の最前線・硫黄島。司令官栗林忠道は5日で落ちるという米軍の予想を大幅に覆し、36日間持ちこたえた。双方2万人以上の死傷者を出した凄惨な戦場だった。玉砕を禁じ、自らも名誉の自決を選ばず、部下達と敵陣に突撃して果てた彼の姿を、妻や子に宛てて書いた切々たる41通の手紙を通して描く感涙の記録。大宅壮一ノンフィクション賞受賞。

感想・レビュー・書評

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  • 硫黄島は、小笠原諸島に属する。現在は、自衛隊の基地があるのみで、民間人の立ち入りは制限されている。火山帯に属する、非常に小さな島で、面積は24km2程度。実際にはそういうことはないが、仮に島の形が正方形だとしたら、縦横の長さが、5kmに満たないような大きさである。
    この島は、太平洋戦争時には、軍事的に重要な位置を占めていた。東京から、1,250km。硫黄島には、当時の日本軍の飛行場があり、この飛行場を制圧出来れば、アメリカ軍は、ここから日本へ爆撃機を飛ばすことが出来るのである。また、沖縄まで1,380km。沖縄上陸のための、前線基地ともなり得るのだ。
    この島は、太平洋戦争の中での最も熾烈な戦闘が行われた場所である。硫黄島で、日本軍の指揮を執ったのが、栗林忠道陸軍中将だった。この島に、アメリカ軍が上陸したのは、1945年の2月19日。以降、双方におびただしい数の犠牲者を出しながら、戦闘は続くが、物量に圧倒的に劣る日本軍は、徐々に劣勢となり、栗林中将率いる日本軍が、最後の攻撃を仕掛けたのは、3月26日の早朝。その間、25km2に満たない島で、双方合わせると数万人の兵士達の闘いが行われたのである。

    この本は、その闘いの総指揮官であった、栗林中将に焦点を当てた、ノンフィクション。
    読み物として素晴らしいのであるが、私の読後感は、やり切れないな、というものである。
    硫黄島は、上記の通り、戦略的に重要な地点に位置するため、ここを死守することは、大本営の重要な戦略のひとつであった。しかし、戦争全体の劣勢、彼我の戦力差が明らかになるにつれ、この島を守ることは難しいとの判断のもと、死守すべき拠点から、外されてしまう。それは、物資投入の優先順位が下がることを意味する。それでも、栗林中将以下2万人を超える兵士が、この島に送り込まれ、ほとんど独力で闘うことを、強いられる。万に一つも勝ち目はなく、ただ、少しでも、硫黄島を敵の手に渡すことを遅らせるためだけに。
    それでも、栗林中将以下の部隊は、立派に闘う。アメリカ軍からレスペクトされるくらいに。
    いよいよ、劣勢が明らかとなり、栗林中将は、訣別の電報を日本に向かって打つ。その中に、3つの短歌が含まれていた。
    しかし、
    「国の為重きつとめを果し得で、矢弾尽き果て散るぞ悲しき」
    という詩の最後の部分が、「散るぞ口惜し」と大本営により書き換えられて、発表される。
    「悲しい」では、国民の士気に関わるという理由であろう。軍人としては、「口惜し」くないと、まずいのだ。
    うまく説明できたかは、心許ないが、こういったエピソードの一つひとつが、やり切れない。
    栗林中将のような、有能なリーダーが、ほとんど見殺しにされる、使い捨てられる。そういう体制の中で、太平洋戦争は、闘われ、そして、なお多くの悲惨さを経て敗戦に至ったということだ。

  • 第二次世界大戦、日本軍は栗林中将を硫黄島総指揮官として任命する。任務は米軍との戦闘を長引かせ、本土攻撃を遅らせることだ。物資補給が絶たれ、飲食もままならず、衛生環境は酷い有り様。日本軍2万人は、生きることと死ぬことの全てが戦いであった。米軍は硫黄島をほぼ手中に収めると、即座にB-29を本土に向わせ東京を蹂躙する。これを知ったであろう栗林の無念さには心が痛む。栗林の無念を示した辞世の句「散るぞ悲しき」への想いを馳せ、家族、部隊員への無念の叫びが悲壮感を生む。この悲劇は二度と繰り返してはならない。

  • 山本五十六といい、栗林忠道といい、当時の知米派が、最前線で米軍との血みどろの戦いを演じなければならなかったのか。まちがった人の使い方をしていたのでは、勝てるはずもないといってしまってもいいのだろうか。あくまでも結果論としてですが。

  • 昔、渡辺謙が主演した『硫黄島からの手紙』を観たが、この著作によってあの時の感動が再びよみがえってきた。

    今回新たに深く印象に刻まれたのが、栗林の指揮官としての行動様式。今はやりの言葉でいうと、VUCA(ブーカ)でありOODA(ウーダ)といったところか。とにかく観察眼に優れ、前例を踏襲することなく、目で見たものから判断し、実行する。
    そして、指示が具体的である。中間管理職ってビジョンも大事だけど、それを具体的な指示に落としていくことが重要。栗林中将は硫黄島では決して「中間管理職」ではないが、現場を動かす言葉のパワーがある。
    最後に、部隊の一人一人、その家族まで見据えた温かい眼差しである。自分の家族のみならず、である。

    戦争は不幸だ。世界が不安定化しているなか、戦争は誰も幸せにしないということを、こういう著作に触れて考えたい。

  • 映画「硫黄島からの手紙」でも有名になった名将、栗林忠道の硫黄島での戦いや、家族へ宛てた手紙を取材したルポルタージュ。
    栗林中将の戦いぶりは日本より敵国アメリカからの評価が高く、有名な人物らしいが、日本では、あの映画で初めて知ったという人も多いのではないだろうか。私も硫黄島の戦いのことなんてほとんど知らなかった。

    この本では栗林中将の軍人としての姿を描くとともに、家族に宛てて書かれた何十通もの手紙から垣間見られる、一人の夫、子を持つ父の姿を描き出している。
    生きては帰れないと覚悟を決めていた彼の手紙は、そのどれもが「遺書」という思いを込めて書かれたものである。
    他愛のない内容も多いのだが、東京の家族のことをどれだけ心配しているかも分かり、手紙の部分はほとんど涙なしには読めません。

    多くの南方の日本軍が、最後には「玉砕」する中で、栗林中将の率いる硫黄島の日本軍は、とにかく1日でも長く硫黄島で生き延び、本土(東京)が空襲にさらされるのを一日でも遅らせたい、という一心で地獄の中を生きた。
    いっそ自決した方がどんなに楽だったか知れない。栗林本人も最後の最後まで兵とともに戦ったので、最後にどのように死んだのかは誰も知らないし、本当に遺骨も帰らなかった。最後は拳銃自殺したという説も、敵兵に刺され出血多量で死んだという説もあるらしいが、証言する人も一人も残っていない。

    戦後、日本では「愛国心」というと変な意味に取られ、教科書などには使われていないが、この時代の人たちの「国を愛する心」を、国のために戦争をするとかそういうことではなくて、私たちはもっと学ぶべきだと思う。
    国を愛するって、ぜんぜん難しいことじゃない。
    ただ家族を愛するっていうことの延長なのではないかと思った。

  • 栗林中将という人は、知っていました。硫黄島の総指揮官で、家族に絵入りの手紙を送っていた、ということも。

    この本を読んで改めて詳しく栗林忠道という人を知り、なんという格好良くて魅力的な人か、こんな人を硫黄島で死なせるなんて、やっぱ大本営とかいうとこはバカばっかだったんだな、と思いました。

    すごく悲しくて悔しい読書でした。
    出来るなら家族の元に戻って、自分でお勝手の隙間風を防いでいただきたかった……。

    著者の梯さんが、栗林中将の手紙を見て取材したくなった気持ちはすごくわかる。
    あの時代に、こんなにも周りがよく見えていた人がいたんだ。

    こんな立派な人の話を、すごく読みやすい1冊にまとめてくれて、なんだか梯さんにお礼を言いたい気分です。

  • ■以下は、2006年に初めて読んだときの感想です。

    今年(2006年)の大宅壮一ノンフィクション賞受賞作だ。
     
    太平洋戦争末期、本土防衛の最大の要衝となった硫黄島。その総指揮官として米軍を迎え撃ち、すさまじい死闘の果てに散っていった栗林忠道を主人公としたノンフィクションである。
     
    米軍は物量で圧倒的に勝り、しかも本土の日本軍は早々に硫黄島を見捨てた。栗林が率いた兵団は、初めから全滅を決定づけられていた。劣悪きわまる条件のなか、名将・栗林は、米軍すらもその知略と統率力を讃えたほどの闘いをくり広げた。
     
    本書の感想を記したブログを検索してみると、「戦記ものとしては中身が薄い」といった苦言がいくつか目についた。
    そりゃまあ、著者はとくに右がかっているわけではない40代の女性なのだから、軍事オタク/戦記オタクの目から見たら物足りない面もあるだろう。

    しかし、本書はそもそも「戦記もの」ではないと思う。
    栗林が指揮官に赴任してから最期までが描かれているし、戦況・戦略の分析も過不足なくなされてはいるが、著者の筆は栗林の人間像のほうに重点を置いている。それも、「軍神」としてではなく、優しさ・あたたかさ・繊細さに満ちた一個の人間としての栗林が描かれているのだ。

    本書の要所要所で重要な役割を果たすのが、栗林が戦地から本土の妻子に宛てた41通の手紙である。その内容はいずれも、1人の夫・父親としてのあたたかいまなざしに満ちたものであった。

    また、食べ物も飲み水も乏しい硫黄島にあって、栗林は総指揮官でありながらけっして自分を特別扱いさせなかった。

    《島での栗林は、毎日隅々まで歩いて陣地構築を視察し、率先して節水に努め、みずから畑を作った。自宅からの差し入れを断り、三度の食事は兵士と同じものを食べた。兵士たちの苦しみの近くにあることを、みずからに課していたのである》
     
    そうした姿勢は、最後の戦闘まで変わることがなかった。

    《玉砕を覚悟した最後の出撃に際し、将軍は陣の後方で腹を切るのが当時の通例だった。しかし栗林はそれをあえて破り、みずから陣頭に立った。
     戦闘の後、敵将の敢闘ぶりに敬意を表した米軍が遺体を捜索したが、階級章を外していたため発見できなかったという。栗林は部下の兵士たちと同じく、誰のものとも分からぬ骨として島の地下に眠ることを選んだのである》

    ただし本書は、日本軍や太平洋戦争を美化する書物ではけっしてない。むしろ、栗林の将としての姿勢は、典型的日本軍人のそれとは似て非なるものだった。彼は、敵軍に向かって無謀に突撃して果てる「バンザイ突撃」を、部下にけっして許さなかったという。

    「(日本軍の)見通しの誤りと作戦の無謀を『美学』で覆い隠す欺瞞を、栗林は許せなかったのではないか」と書く著者は、その視点を栗林と共有している。

    日本軍を美化するのではなく、事実を見据えたうえで、著者は栗林を1人の「誇るべき日本人」として描き出し、深く哀惜するのだ。

    書名は、「訣別電報」に記された栗林の辞世の句からとられている。

    「国の為重きつとめを果たし得で 矢弾尽き果て散るぞ悲しき」

    帝国軍人が辞世の句に、死にゆく兵士の姿を「悲しい」と書くことは異例である。とくに、2万人の兵を統率する指揮官にとっては、タブーを犯す行為であった。
    「悲しき」の一語には、栗林が軍部に向けたぎりぎりの抗議がこめられていた。当時の大本営は、この句を「散るぞ口惜し(くちおし)」と改竄して報道させたという。

    悲運の名将の最期は、諸葛孔明の最期を彷彿とさせる。「~散るぞ悲しき」という辞世の句は、孔明の最期を描いた「星落秋風五丈原」の哀切な旋律のようだ。

    梯久美子の筆は抑制がきいているが、それでも、涙なしに読めない場面がいくつもある。電車の中で読んではいけない本だ。

    たとえば、69歳になっていた栗林の末娘・たか子を、著者が取材する場面。その冒頭がじつによい。

    《夕空はれて 秋風吹き
     月影おちて 鈴虫鳴く

     細く美しい声で、その人は歌い出した。薄化粧した頬を、涙が伝った。
    「この歌を、地下壕掘りを終えた帰り道、海軍の少年兵たちが口ずさみながら歩いていたんですって。ご存じ? 硫黄島には、16歳の兵隊さんもいたんですよ」
    (中略)
     まだ幼さの残る声のまま、少年兵たちは死んでいった。父の最期について語ったときも、「たこちゃんへ」ではじまる手紙が話題に上ったときも平静だった彼女が、彼らを思って泣いた。それはまるで、父の悲しみが60年近い時を超え、娘の涙となってあふれ出たかのようだった》

    うまいなあ、文章。

    そういえば、クリント・イーストウッドの監督としての次回作は、『硫黄島からの手紙』だという。その映画の中で、栗林忠道はどのように描かれるであろうか。

  • 硫黄島の玉砕自体は知っていてもその実情は知らなかった。同じ著者の書簡集のような本から、栗林中将のことを知って当時の軍人だった彼が、どんな人だったのか興味を持って読了。二日間で夢中で読んだ。

    戦争当時、良識と知性と優しさを兼ね備えた人々が多く戦死したことは、祖父母から聞いていても、あまり現実味はなかった。でも、これは私達が知っておくべき戦争の現実を告げている。万歳と叫んで、ただ猛進し死んでいったのかとばかり思っていたら。それはそれで悲しい死に様だが…。

    何もかも透徹した目で見通しながら、あえて後方の家族の安らかな生活のために、生きて死んでいった人たちがいる。猛進せざるを得なかった多くの人々もまた同様に
    戦場で現実を見据えていたはずだ。英明で、心優しく優秀な人たち。穏やかで、よく働き、愛情こまやかであった人たちが、いったいどれだけ戦争で犠牲になられたか。軍人だった方だけではない。亡くなられた全ての方にかけがえのない人生があったのに。

    戦争関係の本は、むごいからいやだと敬遠しておられた方も全ての世代の方にお読み頂きたい。

    かく言う私もその一人だが。

    むごい現実の傍らに、こんなにもやわらかな、人間の心が寄り添っていたことを、読んで頂きたい。

    誰にも平等で、自ら部下と同じ地平で苦楽を共にし、戦争の愚断の中で、ひとりでも多くの人のためにあえて地獄を見てくれた方々。

    靖国参拝云々なんて、そんな、国と国のレトリックみたいな駆け引き以上に、この現実を知れば誰だって襟を正すだろう。亡くなられた方全てに、頭を垂れたい。自国の贔屓とかではないのだ。

    こんなことがあったと知らないでいるのは、私たち自身の未来にとって損失であるし、あの戦争を耐えた全ての方々に申し訳ない。

    そして、今もって戦争の影が落ちていることを思い起こしてNO!と言えるのは自分たちしかいない。言わなくてはと、思ってもらえれば。戦争を出来る体制にしてしまったら、やってみたくなるのかもしれない。「ここまでしかしません」と言っていても、行使できる力を持てば、ずるずるとその範囲を広げたくなるのが人間の弱さだと思うから。

    酸鼻を極めた状況で、愛する人も自分も死んでゆく。そんな経験をしたことがないから、ごくあっさりとやろうといってしまうかもしれない。その恐ろしさに歯止めをかけられるのは私達しかいない。

    作り事のようにあっさりとは人間って死ねないから。
    忘れてはいけにことが、あるのだ。

  • 壬生義士伝(下)を読むところを、理由あってこちらを読了。

    お恥ずかしい話、硫黄島のことは全然知りませんでした。映画のタイトルになったくらいは知っていましたが、映画も見ていませんし。

    読んでいて、ただただ悔しく哀しい思いに駆られます。現場を知らない大本営の偉い人が責任も取らず、勝手に命令し、勝手に見捨てていく。そんな中、生きて帰ることができない、絶海の孤島で2万人の部下たちの指揮を執る姿が切実に鮮やかに記されています。その胸中、想像できるものではないです。
    家族を思い、部下を思い。家族を思いやるからこそ、あの過酷な環境を耐え抜けることができたんだろうなぁ。家族への手紙はほんとうにごく普通の一人の良い父親であり夫であることがひしひしと伝わってきます。これはこの作者の書き方が事実を淡々と伝える書き方だからこそ、一層強く感じるのだろう。

    途中の銀行員、江川氏のエピソードも心締め付けられます。遺族がまだわからない少年の遺言の書。栗林忠道氏のように表に名前が出ない人がたくさんいる。そういうことも感じないといけない。東北大震災で亡くなられた方にも思いが及ぶ。

    死ぬとわかっていて、というより部下に死ぬことを命じるという、この感覚が読んでいても納得できなかった。それが『戦争はやってはいけない』という思いなのだろう。

    最後の最後、老爺のようなうなだれた姿に触れられている。感情をもったひとりの人間であること、完璧超人ではないということを感じた一節。それでも内地を思い、戦い抜いたことに栗林忠道氏の強さを感じる。

    軍人にならず、新聞記者になっていれば幸せに長生きできたのかも、なんて思うのは部外者の勝手な想いか。

    組織に必要なリーダーシップが示されていると思う。徹底的なリアリズムと家族,部下への慈愛をもって事に当れるよう心掛けたい。

    長男太郎、次女たか子から直接話が聞けたというのは、すばらしいタイミングだったと言えよう。というより、ほんとに何かの力で引き付けられ、語り継がれたことで、役目を果たせた、ということだろうか。

    散るぞ悲しき・・・さまざまな思いのこもった一言。

    来週、仕事のため、硫黄島に行ってきます。骨の上に立つということをしっかりと認識して。

  • 出血持久戦。目的は勝つ事ではなく、1日でも長く島を持ちこたえること。全将兵に対し潔く戦ってぱっと死ぬるのではなく、最も苦しい生を生きよと命じ続ける強靭な「精神力」。目的を明確にして各自の行動まで落とし込む「具体化」こそが重要だと再認識した。

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著者プロフィール

ノンフィクション作家。1961(昭和36)年、熊本市生まれ。北海道大学文学部卒業後、編集者を経て文筆業に。2005年のデビュー作『散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。同書は米、英、仏、伊など世界8か国で翻訳出版されている。著書に『昭和二十年夏、僕は兵士だった』、『百年の手紙 日本人が遺したことば』、『狂うひと 「死の棘」の妻・島尾ミホ』(読売文学賞、芸術選奨文部科学大臣賞、講談社ノンフィクション賞受賞)、『原民喜 死と愛と孤独の肖像』などがある。

「2020年 『サガレン 樺太/サハリン 境界を旅する』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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