狂うひと 「死の棘」の妻・島尾ミホ (新潮文庫)

  • 新潮社 (2019年8月28日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (912ページ) / ISBN・EAN: 9784101352824

作品紹介・あらすじ

「そのとき私は、けものになりました」情事が記された夫の日記に狂乱する妻。その修羅を描いた『死の棘』。だが膨大な未公開資料を徹底解読し、取材を重ねた著者が辿りついたのは、衝撃の真実だった。消された「愛人」の真相、「書く/書かれる」引き裂かれた関係。本当に狂っていたのは妻か夫か。痛みに満ちたミホの生涯を明らかにし、言葉と存在の相克に迫る文学評伝。読売文学賞他受賞。

AIがまとめたこの本の要点

プレミアム

みんなの感想まとめ

情事を巡る狂乱と愛憎の物語が描かれた作品は、著者の徹底した取材と解読によって、島尾敏雄とその妻ミホの複雑な関係を浮き彫りにします。86歳のミホが語る冒頭から読者を引き込み、905ページにわたる濃密な内...

感想・レビュー・書評

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  • 昨年末、積読の島尾敏雄本を読み終わり、ひとまずの締めくくりとして本書を読んだ。
    本書が面白そうというのは結構前から(たぶん「新潮」連載時から)びびっと来ていて、半分くらいは本書を読むための島尾夫妻月間だったわけだ。
    で、期待に違わず、凄まじい面白さ……いや面白いといっていいのかどうかわからない、とにかく凄かった。
    感想を言語化するのは難しいし、凄さは本の隅々に満ちていて、凄さ=この本そのもの、および島尾関係者の生の総量、と言えるので、感想はきれぎれなポエムになりそうだが、頑張ってみる。

    普通、読書って作者と読者=私の二者関係で、ふたりで一緒に架空の世界を語り、聞くようなもの。
    に対して本書は、敏雄ーミホー関係者ー梯久美子ー読者が、大釜とか坩堝(るつぼ)の中でグラグラ混ざり合うような読書体験を齎してくれたから、凄いとしか言いようがないのだ。

    そもそも島尾敏雄の、日記魔、記録魔、保存魔、という特性があまりに徹底的。
    そりゃ私生活や日記をもとに書くって私小説的文芸の王道なわけだが、そこにミホを巻き込んだところが、文芸史上ユニークなところ。
    つい巻き込んだと書いたが、いやシャーマン的な少女をファムファタールとして云々という、通例の読み方(奥野健夫、吉本隆明)をひっくり返すのが、本書の凄いところ。
    ミホがそもそも書き手になりそうな人だった上、敏雄とミホはあの特別な時間(特攻を前提にした「底上げ」という表現が、本書にあったと思う)に、ノートを遣り取りしていた。
    それはそれはロマンチックな時間だったことだろう。
    しかし出発は遂に訪れず、敏雄本土へ、ミホ追って、さあ新婚生活へ。
    このころの敏雄の荒くれというか、もともと実業家のボンボン息子だった甘ったれ気質というか、分別のなさ、結婚にそもそも向いていなかった感じとか、わからないでもないし、誰にもそういう時期ありそう。
    特攻兵体験なんて持ったことないが、文科系男子あるあると言えなくもない。

    で、本書で暴露された敏雄の癖……性癖……の、愚かだけどその愚かさわかるわー、な、いやそのヘキが致命的だったけれども、創作の題材を得るためのギリギリの賭けだったんかなー、な。
    ちょっと好きになった女中に、ワンチャン、カマをかけるために、日記にあの娘が気になると書いて、開いたまま出かけて、読まれる可能性を作る、って、馬鹿だなー愚かだなーでもわかるわー。
    「死の棘」の発端の「日記読まれ」が、敏雄の作為だった可能性……あると思います! それも大いに!
    私小説の鬼、とか、文学極道、とか、簡単に言い切ることはできるが、さて「その日々」のままならなさとままなり、んな言葉はないか、不如意と如意。
    敏雄がひとりで書くのではなく、ミホが目を通し、清書し、助言、編集、共有、作品化、ゴーサイン……この修羅の生活よ。
    日記として書いて、作品として書き足して、清書で読んで、書き足して……テキストが単品で存在し始めるのではなく、夫妻の間で揉まれて成立するって、まあ稀有なこと。
    スティーヴン・キング「ミザリー」のような構図をちょっと連想したが、むしろこの夫妻のやりとりは、ミハル・アイヴァス「黄金時代」に譬えてもよさそうな気がする。
    なにせ段ボール1000箱ぶんの資料って!
    ちょっと、マジックリアリズムって、安易に言ってもいいですか……!

    もはやただの男女の愛ではなかろう、ついばみ合い、共食いし、共狂いする、書く人の、書くことのどうかしているところを、敏雄とミホどちらにもファインダーを向ける。
    (ちょっと脱線した連想もメモしておくが、「劇場版 少女☆歌劇 レヴュースタァライト」における、真矢クロの「私たちは、燃えながら、ともに落ちていく炎」という台詞は、美と執念と官能そのものの言語化。スタァライトの「演じる」という要素は、島尾夫妻と無関係ではない。)
    すべては夫が悔恨を妻にしたためた手紙であった、とか綺麗事に言いなすこともできそうだし、かつてはそうだったかもしれないが、そんな美談ではなかったと明かしたのが本書だし、敏雄の晩年の「くたびれ」、「うんざり」、「夫婦だからってここまで束縛していいものか」という苦々しさを、関係者の証言をもとにはっきりと文章にしたことも、意義深い。
    敏雄の困り顔というか、生活能力の欠如、とかも、文科系男子には他人事ではない。

    上に私小説の鬼的なことを書いたが、もしかしたら非私小説作家、いやそんな変な言葉を作らなくてもいいのだけど、私生活……妻子を犠牲にしてメシのタネにすることを嫌悪した作家仲間もいただろう、というか少なくなかったのでは。
    島尾敏雄はその「禁断の果実」に手を伸ばしてしまった作家で、妻ミホも被害者という側面だけでなく、共犯者だったし、なんなら野心家であった、と。
    この点、倫理的にどうなのかしらん、と。
    特に息子伸三とか、言語障害になった娘マヤとか。

    まあ、いろいろ考えたし、ここまで読後呆然としたのは、久しぶり。
    で、年始、たくさんある積読アンソロジーを漁った。

    ・桐野夏生・編「我等、同じ船に乗り 心に残る物語――日本文学秀作選」(文春文庫)の、島尾敏雄の「孤島夢」(特攻兵+悪夢)、島尾ミホの「その夜」(再読したが、やはりロマネスクな文体にアテられた)。
    ・中村光夫・編「私小説名作選 下」(講談社文芸文庫)の、「家の中」(猫の玉を、拾って、死んで、夫は放蕩、妻が怒りに転じる)
    ・東雅夫・編「日本幻想文学大全 幻視の系譜」(ちくま文庫)の、「摩天楼」(バベルとかNANGASAKU云々)。これは澁澤龍彦も「暗黒のメルヘン」に採用。
    他のアンソロジー収録ぶんは結構既読。
    さらに、
    ・新潮文庫の「あのひと 傑作随想41編」の、「幼い頃」(母がウチキという)。
    ・つかこうへいの「現代文学の無視できない10人」の、対談(他に、阿佐田哲也=色川武大、中上健次)。
    また、
    ・「日本現代小説大事典」(明治書院)に作家名と作品の項目あり。「死の棘」、「出発は遂に訪れず」、「春の日のかげり」(少年と少女の交流)、「夢の中での日常」、「幼年期」(習作期)。
    ・「新潮 日本文学小辞典」に、作家名と、「死の棘」の項目あり。
    ・「日本幻想文学事典」(ちくま文庫)に、作家名と、「摩天楼」、「夢の中での日常」の項目あり。
    ・宮田毬栄「追憶の作家たち」(文春新書)に。文芸誌「海」にて、安原顯とのイザコザ。

    梯久美子・編「妻への祈り - 島尾敏雄作品集」(中公文庫)で、文章が芳醇だと感じた「日の移ろい」を、「続」含め買い、時間をかけて読む準備をした。
    ここで気づいたのだが、晶文社の全集は作者生前にまとめたもので、「日の移ろい続」は未収録っぽい。
    年始に図書館に行った。
    (もう日記じゃん……)
    島尾敏雄、島尾ミホ、島尾伸三、しまおまほの本を。
    同時に貸出10冊なので、一部借りられず。
    島尾敏雄の、
    ・島尾敏雄日記 『死の棘』までの日々 新潮社 2010
    (この本刊行に、伸三の妻・潮田登久子が、凄まじい文章を、寄せている。
     https://www.shinchosha.co.jp/book/310107/
    ・夢の中での日常 沖積舎 1992
    ・対談集 平和の中の主戦場 冬樹社 1990
    ・はまべのうた ロング・ロング・アゴウ 講談社文芸文庫 1992
    ・その夏の今は・夢の中での日常 講談社文芸文庫 1988
    ・夢屑 講談社文芸文庫 2010
    ・贋学生 講談社文芸文庫 1990
    関連書として、
    ・島尾ミホ・石牟礼道子 ヤポネシアの海辺から 弦書房 2003,2023
    ・島尾伸三 小高へ 父島尾敏雄への旅 河出書房新社 2008 ※島尾ミホ死去は2007
    ・島尾伸三 小岩へ 父敏雄と母ミホを探して 河出書房新社 2018
    を借りた。
    借りなかったが、
    ・しまおまほ まほちゃんの家 2007
    を読んだ。祖父母はもちろん、マヤさんとの交流や、写真もいくつか。
    内容確認して今後借りたいのは、
    ・死の棘 短篇連作集 2017
    ここに「家の中」が入っていた。
    今後借りたいのは、
    ・日本幻想文学集成24 島尾敏雄 1993(ほとんどが沖積社の「夢の中での日常」から、だが、2編ほど未収録のものと、種村季弘の解説は読みたい。)
    ・しまおまほ 家族って 2021
    ・車谷長吉・編 文士の意地―車谷長吉撰短篇小説輯(上下アンソロジー) 2005
    あと、図書館では除籍したと聞いたが、なんとかして読みたいのは、
    ・文學界 2017年6月号 【特集】 島尾敏雄・ミホ──「神話」を超えて

    で、この感想を書いている時点で、しまおまほ「まほちゃんの家」に眼を通し、島尾伸三「小高へ」、「小岩へ」を読んだ。
    そして、
    ・「課外授業ようこそ先輩」 ケンムンのいる島@奄美小学校(宝物、ケンムン) 2007

    ・「ドルチェ 優しく」 ソクーロフ監督 1999
    を見てみた。
    しまおまほが、父は酒で結構荒れていて怖かった的なことを書いていた。
    「死の棘」を読みながら、「カテイノジジョウはやめろ!」、「おとうさんまたキチガイになるのか、いやだなあ」などの台詞に、ユーモアを感じながらも、ひやひやで、「変に曲がらないでくれ……!」と切望した息子が、確かに父に似た業を背負って。
    敏雄とミホ、今風にいえばズバリ毒親といえるであろう。
    「ようこそ先輩」はほんわかおじさんな雰囲気だったが、本は辞書だけで十分と言っていた。
    ミホによる愛の神話糊塗と、梯久美子による神話崩しの間に、息子がいて、「きれいごとにはしないでくださいね」と言われたらしい。
    「小高へ」、「小岩へ」には、簡単に愛憎ということもできない思いが籠められていて、いいとも悪いともいえない。
    ただ妹マヤの死(2002)を背負って、はっきりと父母への怒りを書いている。
    そして母の強烈さは想像できていたが、息子の眼からするととにかくシニカルで、やりきれない。
    その上父が理解者だったとかいうこともなく、相当に厭な父親像。
    伸三が幼いときの荒れ具合に、後年やはり許せないという気持ちが残っているし、伸三が成長したあとも、父の言葉ってほとんどが皮肉とか冷笑とか諦念とか、とにかくイヤなことばかり言っている。
    母の強烈さに対して、もう傍観でしかない、と。
    文章の端々に怨嗟がなすりつけられていて。
    もちろん父母に写真を提供しているのだから、否定だけではないのだろうけれども。
    ……という態度が、「狂うひと」にすでに表れているし、「ドルチェ 優しく」や著作で作り上げようとしたミホの神話を、崩してくれ、という思いを受けて、梯久美子がもう他人ではないところまで、食い込んでいる、とも思った。
    ダブルスタンダード、どころか、トリプル、クアドラプル(クワトロ、カルテット)クインティプル(クインテット)、もう多層的な本で、内臓がまろびでるような気がする。
    今後島尾敏雄の小説に戻るわけだが、「狂うひと」にて整理された、敏雄の島への罪悪感と、妻の狂気という島からの復讐。
    このへんが幻想的な小説にもつながっているんじゃなかろうか。
    まだまだ読書は続く。

  • 序章、冒頭で、いきなり86歳のミホさんが語っているのを読み、のっけからテンション爆上がり。島尾敏雄著『死の棘』の妻、あのミホさんが、目の前でしゃべってる! と一気に本書にのめり込んだ。

    興味深くて、心がいろんな方向に揺さぶられた905ページ、すごく楽しい、という表現が適切かどうかわからないけど、有意義で濃い読書時間だった。

    島尾敏雄とミホの、それぞれの誕生から死去まで、よくぞここまで調べて書いてくださった、本にしてくださったと、著者はもちろん、本書に携わった方々に感謝の気持ちでいっぱい。

    私は先に『死の棘』を読んでから本書を読んだので非常におもしろく読んだのだけど、同時に、本書の内容を知った上でもう一度『死の棘』を読みたいとも思っている。いろいろと細かい部分で、「これはそういうことだったんだ」という理解や気づき、また一度目とは違った感情を味わえそうだから。

    本書を読んだことで、この2人が戦時に出会って恋に落ちて結婚し、島尾が愛人を持ちミホが狂い、『死の棘』という文学作品が書かれ、さらにはこの『狂うひと』という本が生まれたことまで、すべてがこうなるべくしてこうなった、全員が何かに導かれて動かされ、こうなることになっていた、絶対的必然であったという思いを、確信と言ってもいいくらいに、今、強くしている。

    そして輪をかけて強く興味を引かれて興奮したのは、奄美大島の歴史と、西郷隆盛の奄美大島時代の妻、愛加那のこと、そして島尾がそうそうたる作家たちと交流があったこと。阿川弘之、庄野潤三、埴谷雄高、井上光晴、武田泰淳と百合子夫妻、遠藤周作、吉行淳之介、司馬遼太郎、福田恆存などなど、すごい人たちの名前がたくさん出てきて目が回りそうだった。島尾が心底文学者であったことがよくわかった。

    巻末の、著者と沢木耕太郎さんとの対談「奪っても、なお」がまたとても良かった。沢木さんが読者の思いをバッチリ語ってくださっていてうれしくなったし、ノンフィクション作家としての心持ちなどもかなり興味深い。今回読んだ『死の棘』&『狂うひと』のように、『火宅の人』&『檀』も読みたいと思った。

    • workmaさん
      Sachiさん
      はじめまして。

      書評、すばらしかったです。これは読まなきゃ!と思いました。本書の存在知ってましたが、不倫などの生々しい...
      Sachiさん
      はじめまして。

      書評、すばらしかったです。これは読まなきゃ!と思いました。本書の存在知ってましたが、不倫などの生々しいのが苦手…でも、梯久美子(硫黄島からの手紙)さんの評伝なら大丈夫そう…。
      2023/02/26
    • Sachiさん
      workmaさん、はじめまして。
      コメントありがとうございます。

      私の感想で「読まなきゃ」と思っていただけたなんて、めちゃうれしいです!
      ...
      workmaさん、はじめまして。
      コメントありがとうございます。

      私の感想で「読まなきゃ」と思っていただけたなんて、めちゃうれしいです!

      『死の棘』も『狂うひと』も、激しさはありますが、生々しさはそんなに感じませんでした。不倫そのものよりも、妻もしくは夫、子供たちとの関係の方に焦点が当てられているからかも。
      2023/02/26
    • workmaさん
      Sachiさん
      生々しくないようなので安心しました…_(^^;)ゞ近いうちに読みたいとおもいます。読書の背中を押していただきありがとうご...
      Sachiさん
      生々しくないようなので安心しました…_(^^;)ゞ近いうちに読みたいとおもいます。読書の背中を押していただきありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ
      2023/02/26
  • 圧巻というほかない作品。「死の棘」は「地獄変」だったのだな、と。

  • 運命的な恋が一転、お互いを狂気へと引き摺り落としていく夫婦。虚構と虚飾にまみれた理想の夫婦の幻想。ミホさんのその執着は愛なのか憎しみなのか。島尾敏雄の非道さ薄気味悪さに背筋が寒くなる。わたしだったら一発ぶん殴って走って逃げるな…良著。

  • 『火宅の人』の檀一雄の奥さんの証言を基にして、沢木耕太郎が奥さんに成り代わって書いた『壇』という小説を以前読んだ。細かい内容を忘れてしまったけれど、檀一雄は檀ふみのお父さんで、不倫して、それを題材に小説を書いて、石神井公園が出てきたことだけ覚えていた。
     
     『狂うひと』も作家が不倫して、それを題材にして小説を書いて、石神井公園が出てくるところは同じだが、こちらは『死の棘』を書いた島尾敏雄とその妻ミホの話。檀家は家庭崩壊くらいで済んでいるが、島尾家は家庭崩壊および夫婦それぞれ精神崩壊している。比べるものでもないだろうが、こちらのほうが、一度読んだら忘れようがないくらい壮絶。

     敏雄とミホ、二人の出会いは戦中、奄美群島にある加計呂麻島からはじまる。

     敏雄は戦争末期、特攻艇「震洋」の乗員をまとめる立場の隊長として(敏雄自身も特攻することを運命づけられた立場として)加計呂麻島に赴任した。ミホは島の有力者の家の子として育った。
     特攻することは決まっていたが、命令が下るまでは、これといった作戦もなく比較的のんびりした時間が加計呂麻島の隊にはあったようだ。ベニヤ板でつくったボートで特攻することの無力さを誰もが薄々感じていて、アメリカが攻めてきたら集団自決するしかない、と島民は考えている。集団自決用の墓穴まで自分たちで掘っているが、あまり悲壮感がない。あきらめきっていて、残り少ない人生を、穏やかに生きましょう、みたいな雰囲気だ。
     まあ、そんなものなのかもしれない。死への不安で皆が怯えている、というよりも、なぜだか腑に落ちる。

     敏雄とミホの恋愛は、死が必然の関係として熱くなる。心中と一緒だ。
     二人は夜の海岸で逢瀬を繰り返す。思いの丈を手紙に綴る。敏雄は作家として大成するから、文才があるのは当然として、ミホも負けず劣らずの深い教養で愛の言葉を紡ぎだす。
     このまま米軍が上陸してきて、二人とも命を散らしていたら、不謹慎な言い方ではあるが、戦時下の悲恋として物語は完結していた。

     しかし、米軍は加計呂麻島には上陸しないまま、終戦を迎えた。
      
     期せずして生き残った二人は、その後結婚するが、なにかぎくしゃくとしていた。うちなんちゅうとやまとんちゅうという関係も、周囲からは歓迎されなかった。

     そして数年後に事件は起こる。
     ある日、机の上に開かれたまま置かれていた夫の日記に、不倫の記述があることを発見してしまった妻のミホは、突如、発狂してしまう。
     私小説を書くために、敢えて妻に発見されるように敏雄が置きっぱなしにしたという見方もあるようだが、そうだとしても、ここまでミホが狂うとは思ってもいなかっただろう。

     その後の島尾家は凄絶そのもの。四六時中、夫の不貞を詰り続けるミホ、それに耐え続ける敏雄というのが基本的な構図だが、敏雄も精神的に参ってしまって、嘘かほんとか、自殺を仄めかす。自業自得と言えばそれまでだが、それを近くで見ていた娘も心を病んでしまい失語症になってしまった。想像するだけで、精神的にきつい。

    「死の棘」を読んだことがないけれど、この本を読む限り、読みたいとは思わない。この島尾敏雄という作家にあまり魅力を感じない。でもミホはすごい。キャラクターが強烈。彼女自身、のちに小説を書くようになり、芥川賞にノミネートされたこともあるらしい。紹介されている要約を読むだけでも強烈な作品を書いていたことがわかる。すごく読みたい。

     島尾敏雄は文壇で一時代を築いた人なのかもしれないけれど、その名前が今後も残るとすれば、それはほぼ島尾ミホという強烈なキャラのおかげだと言っていい。

     満島ひかりが島尾ミホ役で主演した映画があるのだが、レビューを見ると、どうも結婚前で話が終わっているらしい。なんじゃそりゃ?

     この「狂うひと」を演じられるのは満島ひかりしかいない!と思っていたのに、狂う前で終わらせてしまうとは、満島ひかりの無駄遣いだ!

     撮り直して欲しい。

  • 【配架場所、貸出状況はこちらから確認できます】
    https://libipu.iwate-pu.ac.jp/opac/volume/571444

  • 途中で脱落

  • 2022.06.01 図書館

  • やっと読了。かなりの読み応えがあって、幸せを感じた。死の棘の腑に落ちないところがストンと落ちてきた瞬間の心地よさとは別に、書くということの恐怖を感じた。全てを捧げたから、死の棘を評価してくれた人の思うような愛された女(巫女)でありたい。近くにいたら嫌だけど魅力的な人なんだろうなと思った。

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著者プロフィール

ノンフィクション作家。1961(昭和36)年、熊本市生まれ。北海道大学文学部卒業後、編集者を経て文筆業に。2005年のデビュー作『散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。同書は米、英、仏、伊など世界8か国で翻訳出版されている。著書に『昭和二十年夏、僕は兵士だった』、『狂うひと 「死の棘」の妻・島尾ミホ』(読売文学賞、芸術選奨文部科学大臣賞、講談社ノンフィクション賞受賞)、『原民喜 死と愛と孤独の肖像』、『この父ありて 娘たちの歳月』などがある。

「2023年 『サガレン 樺太/サハリン 境界を旅する』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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