シズコさん (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
3.81
  • (55)
  • (75)
  • (64)
  • (14)
  • (1)
本棚登録 : 655
レビュー : 101
  • Amazon.co.jp ・本 (248ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101354156

作品紹介・あらすじ

四歳の頃、つなごうとした手をふりはらわれた時から、母と私のきつい関係がはじまった。終戦後、五人の子を抱えて中国から引き揚げ、その後三人の子を亡くした母。父の死後、女手一つで家を建て、子供を大学までやったたくましい母。それでも私は母が嫌いだった。やがて老いた母に呆けのきざしが-。母を愛せなかった自責、母を見捨てた罪悪感、そして訪れたゆるしを見つめる物語。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 「私は母をなぐったりつねったりしたのではない。愛してなかったのだ。」

    「100万回生きたねこ」なとで知られる絵本作家の佐野洋子さんの、時にぎょっとしてしまうほどに率直な言葉で、実母への愛憎と罪悪感、そして、贖罪という、家族だからこその割り切れない関係を綴ったエッセイ集。

    終戦後、五人の幼い子供を連れて中国から引き上げ、三人の幼い息子を亡くし、夫の死後は、戦後に生まれた子供を含め、完璧なまでの家事と仕事で、四人の子を大学まで行かせた母。
    その実、ヒステリックで身勝手で、子供を支配下に置く毒親的側面を確かに持ち、今の時代ならば児童相談所通報案件ではと思うような虐待に近いこともしていた人。

    佐野さんは、進学を機に家を出た後、「愛していない」母とは距離を置きながら付き合っていたのに、老いて痴呆の症状が見え始めた母と訳あって一時の同居をして疲弊を覚え、老人ホームへ入れたことを、「金で母を捨てた」と罪悪感で胸をいっぱいにし、そして、長い長い葛藤を経て…。

    正直、今の時代を生きる私には、佐野さんの選択は、佐野さんの人生を守るためにも間違ってないし、現実的な選択だった、と思います。
    私自身、誰がなんと言おうと、一緒にいないほうがよほど平和で穏やかな均衡を保てる家族は絶対にあると思っているので。

    佐野さんも、きっと、それは分かっているのだけど、それでも割り切れない家族の情や、消えない幸福な記憶、そして、最終的に佐野さんが得た「許し」の瞬間まで、余すところなく書ききっています。

    読んでいる途中は、気が張っていたのか、けっして泣かなかったのだけど、読み終わって、もう一度冒頭からパラパラとめくって拾い読みしながら全体を把握していたら、私もいつか、佐野さんが体験したようなことを体験し、佐野さんの境地に立つことがあるのだろうかと思い、まとまらない感情が溢れて号泣してしまいました。

    両親との関係に少なからずひずみを感じている人は、一度読んでみると、色々と想いを馳せることがあるのでは、思う作品です。

    この作品を読んでみて、佐野さんの代表作「100万回生きたねこ」はまさに、人間のあらゆる面を直視して言葉にすることを選んだ佐野さんが描いた作品だなあ、としみじみと思わされました。セットで読むと、より一層奥深さを感じると思います。

    • nejidonさん
      hotaruさんも読まれたのですね・・
      終盤に来る頃ようやくほっとするものの、読んでいて胸が苦しくなる本でした。
      親の虐待のニュースが耳...
      hotaruさんも読まれたのですね・・
      終盤に来る頃ようやくほっとするものの、読んでいて胸が苦しくなる本でした。
      親の虐待のニュースが耳に入ると、この本を思い出すほどです。
      佐野さんはたぶん、お母さんと似ていたのかも知れませんね。
      しかし親の立場から見て佐野さんはどんな子だったのだろう?と、考えます。
      答えのない問いです。

      ところで、私も5人きょうだいです。
      穏やかな両親でしたが姉はしょっちゅう本気で言い争っていました。
      傍で聞いていて苦しくなるほどのケンカでした。
      でも私はただの一度も言い合ったことなし。腹も立てたことなし。
      でも両親は姉の方にはるかに信頼を置いていたのです。そんなものです。
      葛藤が生じるのも、肉親への愛情ゆえかもしれませんね。
      2017/06/25
    • hotaruさん
      nejidon さん、こんばんは。
      そうか…私は子供がいないので、親の立場から考えたことがなかったです。親御さんにも思ったことや苦しんだこと...
      nejidon さん、こんばんは。
      そうか…私は子供がいないので、親の立場から考えたことがなかったです。親御さんにも思ったことや苦しんだことがあったのかもしれませんね…。

      五人きょうだい!すごいですね。
      お姉様ばかりが争われたのも、それでも信頼されていたのも、個々人の相性とは別の次元で一生付き合う家族は、より複雑で難しいから葛藤も出てしまうってことなのかもしれませんね…。
      いろいろ考えさせられます…。
      私は兄と二人だけの兄妹ですが、争う程のエネルギーはないけど、二人とも、両親とは距離を保ってしかいられない…という状態で、これからどうすべきかなぁ、という感じで、この本を読んで色々考えてしまいました。
      2017/06/26
  • 帰省から戻る時に読み終わって車内で泣くかと思った。感動ではなく悲しいかな。いや寂しいかな。この度の帰省でオカンの老いをとても感じたから。誰にでも来る老いで、その子供はある程度の面倒をみるのは予定路線なんだけれども、なんかどっかで親はずっと元気だしずっとボケないし、ずっと介護しないでずっと楽しく一緒にお出かけとかできるって思ってしまってるんだよな。甘いなーあたしは。両親との関係は概ね良好なあたしではあるが、ヨーコさんの腹の中はわかるわかるってことばっか。女同士だからね。なんかイライラすることばっかよね。口が悪くて大変面白かった。大変面白いしスカッとするんだけど、ハッとする言葉が出てきてボーッと考えちゃってその先ページめくれなかったりも。次の帰省はいつになるかな。いい加減帰るまで優しい気持ちでいたいなー。今度はそうできますように(毎回そう思ってる気がするけど!)

  • 母親を憎んでいても、母親が呆けてから愛することができるようになることもある。
    呆けてから「ごめんなさい、ありがとう」を言えるようになった というのが印象的

  • 母親が嫌い。だけどいつか許せる日がくる‥かもしれない。

  • 苦しい。
    自分の心の汚いところ、目を逸らしたいところを、
    これでもかと書こうとする佐野さんが痛くて。
    それでも読み進めようとする自分は、この作品の外側の
    人間なんだなと痛感します。

    拒絶しながらも母を恋う。
    自伝的なこの本から、佐野さんの強さ・優しさ・哀しさ
    全て、透けてみえる。

    神様、わたしはゆるされたのですか。
    神様にゆるされるより、自分にゆるされることがずっと難しいことだった。
    (本文中より)

    母に対する自責の念から書かれた、一文。
    肉親だからこそ、赦せなくて、それだからこそ赦される、
    感情の揺れが、心にぐーっと入り込んできて、
    最終章は、涙が止まらなかった。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「ずっと難しいことだった」
      率直な物言いの底にあるのが、こう言ったストイックさだと判る一文ですね。
      「ずっと難しいことだった」
      率直な物言いの底にあるのが、こう言ったストイックさだと判る一文ですね。
      2012/09/12
  • 佐野洋子さんの本は読んだことがなかった。
    彼女が描くイラストの目がなんとも怖くて、絵本すら読んだことがない。
    あの名作といわれている『100万回生きたねこ』すらも。

    だから、佐野洋子さんのことは、失礼だとは思いつつも
    「アノ谷川俊太郎をオトした女」として記憶していた。

    お亡くなりになってやっと読む気になった。
    違う世界へいってしまった彼女が描いた目を見ても怖くなくなったから。

    で、本書。すごい本だった。


    簡単にいうと、
    佐野さんと実母(表紙に描かれたどろりとした視線の女性)との確執が書いてある。
    「確執」なんて言葉もかわいく見えてくるくらい、
    それはそれはもう辛辣に手厳しくばっさり自分の母親を切り捨てている。


    小説なのかエッセイなのか、
    同じ話、同じ文章が何章にもわたってくりかえされる。
    まさに恨み節を何度も愚痴られている気分にもなる。


    だけどその文章、その世界は、
    まるで柳原可奈子の下ネタのように、
    ギリギリのところで踏みとどまり、「芸」へと昇華するのだ。
    (例えが変かな・・・)


    母を筆頭に父、妹たち、弟たち、弟の嫁・・・
    佐野さんの手厳しさは身内全員に向けられる。
    いろいろ世話になり、ウマがあったはずの叔母(母の妹)すら、
    「(母にくらべて)情が深く、でも情しかない」と切り捨てていた。
    いわく自分の母親は家族に愛を見せない反面、他人への愛があった。
    叔母は家族しか愛せない。


    「それでいいんじゃないの?」という声も聞こえてきそうだけど、
    わたしは佐野さんの言いたいことの方に共感できちゃった。
    大震災以後、ツイッターやブログなどでちらほら見られた
    「我が子を守る!」的発言からにおってくる違和感の素を
    掘り出した気がして、ヒザを叩いたものだ。
    そして佐野さんはなんて深い目で人間を見る人だろうと
    感心してしまった。


    愚痴と共に母の一生を的確に描き、
    終わりに近くなってきて、現在の佐野さんが認知症の母と
    1つのベッドに入ってする会話はやっぱり心が震える。
    佐野さんは母を許す。
    よかったな、と素直に思えた。

    だって、
    最初から最後まで、佐野さんのきついこきおろしの文章の中には
    「母さん、愛してる。母さん、愛して」って言葉が含まれているように
    感じられてならなかったから。


    読了後、
    わたしの中で佐野洋子は、ただの佐野洋子となっていた。
    また彼女の本を読もうと思う。

  • 佐野洋子さんの母娘関係を綴った私小説(と私は読んだ)。
    4歳のときから母を憎んで憎んで、そのことに自責の念があり。という壮絶な関係を、独特の文体で時代が行きつ戻りつしながら進んでいく。
    詩人の言葉。この人は詩人なんだと強く思う。頭に浮かんだ言葉を並べていくだけで絵になるような。その言葉の率直な乱暴さが、否が応でも家族に対する想いを浮き彫りにする。
    「人は皆、狂人なんだ。長い間私がそれを認められなかっただけで」
    というような言葉があって非常に深く心に残った。

  • 母親を嫌いな娘が、母親が嫌いと人前で口にすると、
    実際にこころの中で思っていたよりも、ずっと、軽薄に響くものだ。
    娘は、そうやって軽々しい声を出して、母親を救っている。
    本当は、もっともっと嫌いなんだ。

  • 「最後に口紅をつけて口を結んで『ムッパッ』とすると別人の母が仕上がるのだ。」
    そうそう95歳の私の母も「ムッパッ」してました。母の名は「シヅ」という。洋子さんは実に正直な人だと思う。最終章に近づくほどに笑いと涙。二人のベッドインの会話は・・・・・
    私の母は要介護5を取得。満面の笑顔で私に問う、「どちらさまですか?」。返事はにっこりと笑顔だけ。そして我が家にも佐野さんの絵本「100万回生きたねこ」が有るのにビックリ

  • 母親が「貴方には貸したくない!読まれたくない」って渡さないのを無理矢理、パクって読んだ一冊。読了後、直ぐに思った事は・・・これだけ母親との事を思い出せて語れるんだから、好きなんだなぁ~て思った。本当に嫌いだったりしたら、、何一つ語れないし思い出すらないから。(経験上w)何だかんだ言って、ここまで母親を語れるんだから、、愛してきたのね・・・て思ってしまいました。

全101件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

さの・ようこ――1938年、中国・北京で生まれ、終戦後、日本に引き揚げました。1958年、武蔵野美術大学に入学。1967年、ベルリン造形大学でリトグラフを学びます。著書の絵本では、ロングセラーとなった『100万回生きたねこ』(講談社)や第8回講談社出版文化賞絵本賞を受賞した『わたしのぼうし』(ポプラ社)ほかがあります。童話にも、『わたしが妹だったとき』(偕成社)第1回新美南吉児童文学賞受賞作などがあり、そのほかに『ふつうがえらい』(新潮文庫)をはじめとするエッセイも執筆、『神も仏もありませぬ』(ちくま文庫)では第3回小林秀雄賞を受賞しました。2003年、紫綬褒章受章。2010年、永眠。享年72。

「2018年 『ヨーコさんの“言葉” じゃ、どうする』 で使われていた紹介文から引用しています。」

シズコさん (新潮文庫)のその他の作品

シズコさん 単行本 シズコさん 佐野洋子

佐野洋子の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
京極 夏彦
村上 春樹
村上 春樹
吉田 修一
有効な右矢印 無効な右矢印

シズコさん (新潮文庫)を本棚に登録しているひと

ツイートする