なるほどの対話 (新潮文庫)

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レビュー : 84
  • Amazon.co.jp ・本 (312ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101359519

作品紹介・あらすじ

吉本:「学校は自分をぐしゃぐしゃにした」という印象が強くあります。学校、つらかったですねえ…。河合:とにかく日本には、おせっかいが多い。それは、"創造する"作業にとって、ものすごくマイナスなんですよ。日本はクリエイティビティを表に出すのが、難しい社会です。-個性的な二人のホンネは、とてつもなく面白く、ふかい。対話の達人と言葉の名手が明かす生きるコツ。

感想・レビュー・書評

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  • 最初は自己紹介のようなセッションから、往復書簡を経て、最後ガンガン心の深い所に話しが入っていきます。尻上がりだと思うので、頑張って最後まで読みましょう。

    ・河合:コンピューターでバーッとやるというのは、イエスかノーかということでしょ。そっちの方が世界を制覇した。だけど人間というのは、はっきりしない方が本当なんじゃないかと思っているんだけど。
    吉本:時間の節約ということを考えたときに、はじめて出てきたんですね。
    河合:そうそう、能率。だから、そんなに能率よくするのが好きやったら、能率よく死ねと。うろうろ生きてないで。うろちょろするのが好きだから生きてるわけでしょ。

    ・ぼくらはだいたい時代精神に合わない人とばかり会っているわけじゃないですか。だから以前はそういう人たちが頑張って生きてるのを見てたら、時代精神に合ってスイスイやっている人を見ると腹が立っていたんです。「あいつは表面的だ」と。でも、よく考えると、表面的では無いんですよ。それは、その人に合っているだけのことで。
    …以前はなんとなく腹が立っていましたが、この頃はいいと思うようになりました。いま時代に合っている人たちも、戦国時代だったらむちゃくちゃになっていたかもしれんから。これは、しょうがない。運命ですよ。

    ・吉本:対談中、オフレコの部分でふと河合先生が「(男と女は)あんまり好きすぎたら一緒に暮らすのは難しい」というようなことをおっしゃったのですが、覚えていますか?ものすごく印象深い言葉でした(文学的見地から…)。それについて、何か思うところがあったら教えてください。
    河合:男女があまりにも好きになると、一体感への希求がやたらに高まり、何から何まで「ひとつ」でないと収まりがつかなくなります。そして、そのような生き方は、一緒に住んでいると長続きしないのです。残念ですが。

    ・吉本:小説を書く場合には、目的地意識みたいなものが間違っていなければ、だいたいちゃんと何かが起こって、うまくいきます。また、たとえば、誰かの相談を受ける場合だったら、「治すことを目的としない」ことがとても大切ですね。そういうのと同じで、小説の場合も、誰かを感動させようとか、そういうことを目的にしなければ、まず大丈夫。その小説が自分に対して求めていることにこたえられるか、という部分が合致すれば、絶対大丈夫。「こんなのを書いてやれ」なんて思ったら絶対だめですね。そうすると、何も偶然が起こらない。堅苦しい空間ができて、広がりがなくなってきちゃう。

    ・吉本:技術に関して言えることがあるとすると、技術は偶然にアクセスする最低限のものなんですよ。それがないと、結局偶然にさえアクセスできないと思います。…
    河合:それ、すごく面白い言い方ですね。それは、ぼくらの世界でも活かすことができる。技術とは何か。我々の世界では、技術とは何かが常に問題になるんですよ。それの片方の極はね、「人と人のころに、技術とはけしからん」と。「愛情があればいい」とか言う人がいるわけ。
    それは教育者に多いんです。「そんな、技術なんていう非人間的なことを言うのはけしからん」と。「人間が人間を愛するのが最高だ」とか言うやつに限って、ほんまはあんまり愛してない。

    ・河合:難しい人との時間というのは、なんというか、二人一緒に水の中をもぐっているようなものでしょ。こっちが息が切れて死ぬかというくらいのときに、フッとその人がよくなっていきますよ。「よくなってきました」って言われれば、こっちも「よかったですねえ」と言うでしょ。「それやったら今度、これしたらどうですか?」、「やってみます」。「たいへんやったねえ」、「先生のおかげです。先生がおられなかったら、もう私は死んでいたでしょう。先生のおかげで、ここまできました」。そうすると、こっちも嬉しくなってきてね。この調子で次のステップに進もうと思うわけ。で、その人が帰っていって、「ついにここまできたかあ」なんて思っていると夜中に電話がかかってきて、「河合、今日の態度はなんだ。ちょっと言うただけで、嬉しいなりやがって」。
    ちょっと、こっちが浮いてるんですよね。一緒に浮いてるのはいいけれど、向こうより浮いてはだめなんです。

    いちばん大事なのは、「その人が本当に言いたいことはなんなのか」を知ることなんですよ。で、その人がいちばん言いたいことは、「このぐらいのことで、ウロウロするな」ということなの。こっちが、ちょっと失敗したと思うと、ウロウロってするでしょ。それが、その人の不安をかきたてるんですよ。よけいに不安になる。その不安を解消するためには、その人はむちゃくちゃ言うより仕方ないんですよ。

    ・河合:「自分のにおいがする」というノイローゼがあるんです。変な臭いがしてきて、もちろん本当はしていないんだけれど。で、その人ははじめ皮膚科に行ったりするわけ。ところが皮膚科の先生は、どこもおかしくないから、「カウンセラーのところに行きなさい」。で、ぼくのところに来る。ぼくのところに来て、はじめは「いやな臭いがするんです」と言うけれど、「はあ」って聞いておったら他の話しになってしまうんですよ、自分の心のなかの。「こんなとき、こんなやった」とか、「あんなことがあった」とか。「そうですか、また話しに来てください」。また来られて、そんな話になって、臭いの話しなんてなくなってしまうんですよ、ぜんぜん。ひたすら自分の心の問題の追跡に入っていって、そして、そのまま進んでいって、きれいによくなったらなくなってしまう。ところが、うまいこといってないと思っていたら、あるときにその方がパッと入ってきて、ぼくの鼻のところに自分の体をもってきて、「先生、臭いがするでしょう」と言うんです。そのときに、「臭いがする」と言ったら嘘でしょ。でも「しない」と言うと、ものすごく怒るわけ。自分では、してると思ってるから。「嘘つくな」とか、「勝手なお世辞言うな」。臭いが「する」と言ってもだめだし、「しない」と言ってもだめでしょ。そういうときに、「どっちにしようか」と思うのは間違いで、「そういうところに追い込まれているのはなぜか」と考えなければいけない。ものすごく切羽詰って、ぼくを追い込みに来ている。何かあると思ったら、その前の回のことを思い出してね。「前の時間、あなたに会ったすぐあと、講演に行こうと思ってたから、どうしても時間が気になって、終わりの10分は、ちょっと本音で聞けなかった」と言ったら、「ああ」って、ちゃんと座って、もうそのことは何もなし。臭いの事は消えて、普通の話しになる。すごく面白いのは、その人は、来て「先生、前の10分はちゃんと話し聞いてくれなかったでしょう」とは言えない。
    吉本:そう言ってくれればいいんだけど、言えないんですね。
    河合:言えない。そのうちに臭いがしてくるんですよ。そういう形で出てくる。で、考えてみたら、その人は「臭い」という通路を持っているわけ。それが人に対するいちばんいい通路になっている。「臭いがします」ということで訴えてくる。それは「助けてくれえー」といちばん言いやすいところでしょ。
    吉本:翻訳を間違えるとたいへんなことになる。
    河合:そのときに、そこの通路にこっちが入って、「する・しない」と言うと、答えがなくなるんですよ。

    だからそのときに、いちばんもとの、言いたいところにかえって、そこで会うかぎり絶対大丈夫という自信をもっていたら、よっぽどのことを言われても。それが「臭い」だったらいい方で。「死ぬ」とか「殺す」になってくるからね。

    ただ、ありがたいことに、ちょっとぐらい失敗しても向こうも辛抱して笑ってるから。もう、すっごい感受性やね。本当にあれには感心します。

    ・自分がわからなくなったときというのは、まだ自分のなかに、「ぼくが治そう」という気が残っているんですよ。「こうすれば」とか「ああすれば」とか「こうしてあげたら」とか、どこかにに凝っているんです。それを超えないといけないんです。

    ・自分で「生きたいです」なんて言うたら、あかんわけよ。「あ、そう。ほな、頑張って」ってなことで(笑)。その意を汲めば「生きたいということが、どんなに困難で、どんなにたいへんで、やっぱり死んだ方がいいというぐらいのところなんだ」ということになるのでしょうが、「死にたい」としか言いようがない。

    ・私の頭のなかにある空想を、ただ書いているだけだったら誰も面白くなんかないはずだから。みんなの持っている深いところへ一緒に降りていかないといけない。

  • 対談集。話を忘れると最初から読む。なかなか読み終われなかった一冊。

  • よしもとさんと河合さんはこんな感じの大人なんだなーとゆるゆる、時にはドキッと鋭く進む二人の対話記録。お二人とも素敵な大人ですね。わたしは好きなタイプの大人です。

    お二人の共通点は、感受性というか、どこかがとっても過剰に鋭くて大変な思いをしている人と向き合っていること。よしもとさんはそれを小説という形にして、読む人を元気づける。河合先生は面と向かって話す形で安心させる。だからなのか、お二人とも実にグサッと刺すような表現、話題が尽きない。
    お二人のファンであれば読むとグっと来るでしょうし、「誰やコイツ」という方であっても「なかなかええ事言うてるやないか」と思えるのではないでしょうか。

  • 既に仙人の次元に入ってるお二人。本当に癒されるとしかいいようのない対談集。

  • お二人の人間性と職のなんとも言えない雰囲気を感じた一冊でした。

    真剣に生きている人は仕事と自分がリンクしているものですね。

    人を通して職を感じたり職を通して人を感じたり。

    対談って内容そのものよりも案外考え方というか人の雰囲気みたいなものをより感じられるのでしょうか。

    そうではなくて、このお二人だから人間性というものを感じやすいのですかね。

    わりと話のテーマがお互いに深く入り込まない程度で向いているからですかね。

    最後の河合さんのよしもとさんからの宿題がなんか気になっちゃいました。

    一体解けたのですかね。

  • 一般的な価値観で物事を図る日本的しがらみの中で、個人として生きていくのが難しい日本。家族が個人として仲よくすることが不自然に感じる風潮は、不格好な家族形態であると思う。
    その反面、日本的なYes,Noで割り切らないという文化のよさも持ち合わせている。

    自分の足で立ち、自分の頭で考え、自分の心で感じる。
    ともすれば、忙しさや氾濫する情報の中で忘れがちになることを、
    自分の中心として置いておきたいと思う。

    自分と向き合うことは、人にとって必要な作業。
    せっかく生まれてきたんだから、自分はほかのどこにもいないし、しかも、どうせ死ぬわけだから、その間くらい自分を大事にしないと。

  • 「なるほどの対話」というタイトルが本当にしっくりくる本。
    社会に溢れる自分が言葉にできない空気が見事に言葉になっている。
    「自分は普通に生きている」という人の圧力。この見えない圧力。
    特に上記の一文は自分自身が外から強く感じていることだった。
    この圧力に押されるがあまり、普通に近づこうとする自分がいた。
    それはつまり流行りの怖さ。そこから外れる怖さなのだと思う。

    具体性を帯びる事で安心する自分は既に欧米が染みている気がした。
    河合さんの本からは、欧米の良くない部分がはっきりと見えてくる。
    理由は説明できなくてもいいから、あくせくしないようにしたいな。

  • 私の中で河合隼雄ブームが再燃しているようだ。特に対談が面白い。対談の中での相手への深い理解や解釈を読むと、河合隼雄さんのカウンセラーとしてのバックボーンにある理論が透けて見えるような気がする。もちろん、対談相手ものこともよくわかるようになる。吉本ばななは、一度読もうと思って、なんだかあまり好きな感じがしなかったのだけど、俄然興味がわいてきた。この人も、深く潜って、物語に出会うんだな。
    そのほかに、この対談の時代にはやってた「自己実現」のあやうさについて「自己実現は他己実現や」という鋭い指摘があったりして、そういう二人の会話がとても深くて面白い。自分が完全に制御できる、形がわかる自分なんて、本当はないけど、そういう自分であることをたのみに生きることを受け入れる、そういう泥臭いことが、本当に生きるということなんだなあ、と改めて想う。

  • 吉本さんの飾らぬ態度が対談を盛り上げ、河合さんもこれまでの対談より饒舌だ。2017.5.20

  • 生きることに深く関わるお二人の対談は、楽しく、そして、深い。

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著者プロフィール

河合 隼雄(かわい はやお)
1928年6月23日 - 2007年7月19日
兵庫県多紀郡篠山町(現・篠山市)出身。京都大学名誉教授、国際日本文化研究センター名誉教授。文化功労者。元文化庁長官。1952年京都大学理学部数学科卒業後、京都大学大学院で心理学を学びつつ、数学の高校教諭を兼業した。
天理大学で助教授時代にユング研究所に滞在し、ユング派分析家の資格を取得。日本における分析心理学の普及と実践に邁進。箱庭療法導入者としても知られる。欧米の心理療法を日本文化に根ざす仕方で導入を試みており、日本論・日本文化論の著作も多い。
主な受賞歴に、1982年『昔話と日本人の心』で大佛次郎賞、1988年『明恵 夢を生きる』で新潮学芸賞、1992年日本心理臨床学会賞受賞、1996年NHK放送文化賞をそれぞれ受賞。1995年紫綬褒章、1998年朝日賞、2000年文化功労者顕彰。
なお2012年に一般財団法人河合隼雄財団が設立されており、そこで本人の名を冠した「河合隼雄物語賞・学芸賞」が設けられている。

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