長沼先生、エイリアンって地球にもいるんですか? (新潮文庫)

  • 新潮社 (2012年9月28日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (240ページ) / ISBN・EAN: 9784101367910

感想・レビュー・書評

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  • エイリアンは本当にいるのか?それとも、いないのか?

    激しく討論しあった所で、
    目にしていないものは絶対信じない我々の価値観からすると、
    この議論は、まったくの無駄。

    申し訳ないが、
    この本のタイトルを見て、瞬時に過ぎった思いは『なんて無駄な質問を…』
    で、あった。

    では、
    無駄な事はしないほうが良い?
    無駄からは何も産まれない?

    読み終えてまず感じたのは、
    学ばずに学べる面白さ、であった。

    学ぶ、という行為は、
    誰かが新しく考案、証明した知識を
    丸暗記するだけに過ぎない。

    だが、
    仮説を立てる、と言うことは
    これまで証明されている既存のDATEなどをトトトンと並べつつ、
    (この行為も、結構面白い)
    想像力を働かせ、
    行き止まることなくどこまでも、
    好き放題、エンピツを動かしていいのだ。

    知的な対談集なので、
    ちょっと理解しづらい…ところもあったが、
    ふむふむ、と流すように読んでいっても、オモシロイ所は浮き上がって見えてくるから不思議だ。

    (私だけかも知れないが。)

  • で、エイリアンって本当にいるんですか?

    様々なジャンルの方と、エイリアンについて、生命について、生物について、語り合う。文理融合というか、文系とか理系とか、ちっちゃいなあ、と思います。特に第4章の「茶の湯とエイリアン」は秀逸。茶室は宇宙だったのか。地球外生命体を考えるときは、まず「生命とは何か」を考える。もうそれは哲学、禅問答。刺激的な対話でした。

  • 高校生の時に夢中になって読んだ。私の知らないことばかりでとてもおもしろかった。宇宙に思いを馳せるときの、あのなんとも言えないふわふわした感じは一体何なのだろう。その感覚が楽しくて何度もこの本を開いていた気がする。

  • 地球の生物、地球外生命について、科学者である著者が対談したものをまとめた1冊。科学者同士の対談は専門的すぎてついていけなかった。山田五郎、中川翔子との会談がもっともわかりやすく、会話が弾んでいて面白かった。

  • 長沼先生は5時に夢中という番組で存在を知って、面白くて気さくで頭の柔らかい方なのだろうなという印象だった。この本を読んでいて、今まで自分がいかにステレオタイプでものを見ているか思い知らされたし、読んでいてそれこそ思考をどんどん遠くまで連れていってもらったけれど、長沼先生自身、対談中に「自分の硬い頭がほぐされる」というようなことをおっしゃっていて、こんなに自由な発想をする方でもそういう風に思ったりするんだなあというのが一番印象的だったかもしれない。

  • 既存の生命観を壊すことができる。

    頭が柔らかくなる。

  • 原発問題、TPP、アジア外交、エジプト内戦、シリアの化学兵器…。もう世の中の問題が酷すぎてつらくなるので息抜きに科学本を読む。現実逃避。ここには夢がまだあるし、人間の善性を期待できるような気がする。生命ってのはおもしろいなぁと、ひととき気持ちよい好奇心の中に遊ぶことが出来た。

  • 第1章は惑星科学と地球外生命。特に新しい知見はなかったが、大好きな分野だけに既知の内容でも楽しい。2章はポピュラーサイエンスの名著『生物と無生物のあいだ』の福岡伸一教授登場。“生命とは何ぞや?”を語る。『生物~』を再読したくなる。3章は人工生命の話。この手の話や複雑系に興味があるのだが、私の頭ではなかなかついて行けない。それはそうと超ため口対談。年も同じだし元々お友達なのかな?最後が何故か茶の湯話。“茶室はひとつの宇宙である”とは言うけど、この本に含めるのは、ちょっと強引ではなかろうか?内容は面白かった。


    『(前略)見立てという言葉でわれわれは言いますけども、何か別の用途に生れたまったく出自の違うものをお茶の道具として見立てて使うのが茶道具の始まりのわけです。』ううん、“見立て”というと金田一耕助シリーズの“見立て殺人”を真っ先に思い出す私は茶の心には程遠いようだ。(;´▽`A`` 2012年12月15日


    『もてなしって究極的には自分に対してなんです。これはエゴではなく自分がされて嫌なことは相手にもするなということが基本です。また逆に自分がやって貰ってうれしいことは相手にもしなさいということは相手を通して最後は自分をもてなすこと。つまり自分には嘘がつけませんから。そこに尽きると』  2012年12月15日


    「市中の山居」(第4章 茶の湯とエイリアンの中で千宗屋氏が語った言葉)なんか良いね。私もこんな風に生きたい。^^ 2012年12月14日

  • 頭良くてぶっとんでる人同士の対談集・・・という感じでしょうか。

    面白い、、、けど難しいところへいっている感じです。

    私はあとがきが素敵で好きでした。

  • 長沼先生とは何日間か一緒に航海したことがあるので異常な親近感があります。

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著者プロフィール

1961年、人類初の宇宙飛行の日に生まれる。深海生物学、微生物生態学、系統地理学を専門とし、極地、深海、砂漠、地底など、世界中の極限環境にいる生物を探索する。筑波大学大学院生物科学研究科博士課程修了、海洋科学技術センター(JAMSTEC、現・海洋研究開発機構研究員)、カリフォルニア大学サンタバーバラ校海洋科学研究所客員研究員などを経て、現在、広島大学大学院生物圏科学研究科教授。『宇宙がよろこぶ生命論』(ちくまプリマー新書)、『形態の生命誌――なぜ生物にカタチがあるのか』(新潮選書)、『辺境生物探訪記 生命の本質を求めて』(共著・光文社新書)、『地球外生命 われわれは孤独か』(共著・岩波新書)、『生命の始まりを探して僕は生物学者になった』(河出書房新社)ほか著書多数。

「2016年 『ビッグヒストリー われわれはどこから来て、どこへ行くのか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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