消された一家―北九州・連続監禁殺人事件 (新潮文庫)

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  • 新潮社
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レビュー : 206
  • Amazon.co.jp ・本 (339ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101368511

感想・レビュー・書評

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  • これからこの本を読む人がもしこのレビューを見たなら、ぜひこの事件で保護された息子の言葉を探してほしい。検索したら見つかるはず。
    この本の内容では「松永の息子は優遇され」感を感じると思いますが、息子がどうあったのか、実の息子ですらどういう扱いをしていたのか、知ってあげてほしい。保護された子どもたちの描写はほぼないので、それだけでも印象は変わるかと。
    モンテクリスト伯の「父の罪が子に問われる時代じゃない」を思い出す。

    二度と読まないと自信をもって言える。でも読めば現実に起こったのだと再確認できる。
    だいぶ昔にwikiで読んで、概要を知っていたはずでも胸糞悪くなる。心が荒む。
    すべての描写がすさまじい。イライラして腹が立って心が荒むから早く読み切りたい、その一心で途中から一気読みした。電車で少しずつ読んでいた間、数日間の私の不機嫌さは仕事に支障すらあったと思います。
    自分で決定させる、だから勝手にやった、自分は悪くない。とんでもなく胸糞悪い。
    関わった人間すべてを不幸にする才能なんてとんでもない。

    世の中では気づかれないだけで、知られていないだけで死体の見つからない・発覚していない事件はまだあるのではないか、と最近また思いました。
    逃げてくれてよかった、保護してもらえてよかった、未成年の彼女の話を聞いてくれる世の中でよかった。保護された子、過去の被害者、遺族、本当に救われてほしい。

  • たかしげ 逢瀬を重ねた 懐柔 居丈高 詰問しながら殴打を加える バタードウーマン(DVの被害女性) 安全ピンと墨汁を使って 心的外傷をシステマティックに反復して痛めつける 死人に口なし 柳川市 一連托生の逃亡生活 JR小倉駅 競馬予想のビジネス 無頼漢気取り 事実関係証明書 身体への通電 亀の子束子 蹲踞の姿勢 肉が溶けてケロイド状になり、骨が見えていた。 絶対服従の奴隷を何人も従え 秩序型通電 大分県の湯布院 解離症状 暗澹たる気持ちになった 関門海峡 富士の樹海 門司駅 松永の巧みな誘導術 理事長の座を虎視眈々と狙っていた学習性無力感 倒錯的な心理段階に至ったようだ ナチス収容所 カポー 誰が聞いても荒唐無稽な死因だが 静美は皮下脂肪が多かったので、大腸を切断すると多量の便が出てきて、強烈な悪臭が漂った。 肉片を煮込む鍋に大量の茶の葉を入れたり、内臓を泥状にするミキサーに大量の生姜を入れたりといった処置がなされた。 オールP この種の供述は、枚挙に暇がない。いずれも法廷が寄席と化したかのように笑いに包まれた。 哀悼の意を表しますが 両被告は善悪のタガが外れた発案者と、その指示にひたすら従う忠実な実行者として、車の両輪と言える関係だった。 かつての『天動説』の信者みたいなものです 激しい徒労感に苛まれた 僥倖 岩波明 アーサー・ウィリアムズ 「私の解体方法はオリジナルです。魚料理の本を読んで応用し、佃煮を作る要領でやりました」 復讐するは我にあり サイコパス(精神病質) 情動麻痺 離人症 群馬県榛名山 永田洋子 酸鼻な犯罪

  • 暴力によって人間の心がどのように支配され思考停止に追いやられていくか、が当事者の独白を基に淡々と綴られている。読んでいて、こんなに無力感が読者を襲う本はないと思った。フィクションであって欲しい、現実と認めたくないけれど、全て過去に起こった事実。子どもから老人まで7人の命が、たったひとりの男の生活費や遊興費のために消えた。この事件や尼崎の事件、さかのぼればオウム真理教事件や浅間山荘事件を「常軌を逸した」というひと言で、自分たちとは関係がないもの、にしてはいけないと思う。事件が発覚するまでは、みな一般市民として一般市民のすぐ近くで生活していたのだから。暴力で、自らの権力を誇示し集団を統率しているという点でDVも体罰も構造は同じ。体罰という言い方はもうやめて「暴行・傷害」という呼び方に替えてはどうか。罰というのは悪いことをした人に課されるもの。少なくともこの本の中の被害者は、基本的に悪いことは何ひとつしていない。ただひたすら脅されて、思考停止に至っただけ。

  • 同じ新潮の「凶悪」読了後一気に読んでしまった。
    「はぁ~」深いため息が出た。人間はここまで落ちてしまうのか。

    松永太が会社において従業員を異常な手段でしぼりあげて行く状況や犯行現場のマンションM内において行った事は、閉じられた空間にいる強力な権限を持ったリーダーが階級序列社会をつくりあげ、時として序列を入れ替え常に最下位に位置するターゲットを「いたぶって」行くと言うのは現代の学校、社会、軍隊などあらゆる組織にありふれている。

    読んでいて精神心理学の中で有名な「スタンフォード監獄実験」を思い出した。
    すなわち「権力を与えられた人間と力を持たない人間が、狭い空間で常に一緒にいると、次第に理性の歯止めが利かなくなり暴走してしまう。」と言う実験結果に・・・

    緒方家のような九州のごく普通の生活を営んでいた普通の家族がお互いを落としいれ殺しあう凄惨な場面を直視すればこの種の犯罪が国家的規模になるとヒトラーが挙げられるだろうし文明以前の法や道徳心の無かった時代の原始社会も同じような序列を作り残忍な行為を繰り返していただろう。

    精神科医のエリザベス・キューブラー・ロスは「誰もが自分の中にいるヒトラーを直視せよ」と言っている。すなわち人間一人ひとりの中にある原始的な残忍性、従順性を直視しそこに目をつぶらない事が非常に重要であると感じた。もちろん怖いものみたさの興味本位で本を読破してしまった私自身の行為もそれを全く否定出来るものではない。

    しかしこの史上まれにみる犯罪は決して許されるものではないし松永太は極刑が当然だ。服従を余儀なくされていたとする内縁の妻純子においてもこの著者の「死刑犯罪は重過ぎる」と言う著者のスタンスも理解出来なくは無いが6人の殺人に実際に関与した純子に犯罪抑止力としての死刑は法治国家として当然だと思う。
    多様な文化、情報を受け入れ広い視野を持って行く事が改めて重要な事と思い知らされた。最後に恭子が祖父の家に逃亡し客観性を取り戻したように。

  • ■紹介<br>
    遺体なき大量殺人事件。<br>
    このように聞くとサスペンスドラマなどが思い浮かぶが、<br>
    この本の内容はフィクションではない。<br>
    <br>
    巧妙なテクニックを様々に駆使し、<br>
    非凡とも言える支配する才覚を持った一人の男が、<br>
    一家族を監禁し、家族同士を殺し合わせた。<br>
    <br>
    私達はこの事件から何を学ぶことができるのだろうか。<br>
    <br>
    ■抜粋<br>
    ○心理的支配の最終段階は、<br>
     被害者みずからの論理原則をみずからの手で侵犯し、<br>
     みずからの基本的な人間的つながりを<br>
     裏切るようにさせてはじめて完了する。(P.56)<br>
    <br>
    ○実験的に檻に閉じ込めた人間や犬などに電気ショックを与えつづけると、<br>
     当初は逃げようとしていても、<br>
     次第にそれが不可能だと学習し、無抵抗になっていく。<br>
     そしてしまいには、扉を開けても檻から出なくなる。<br>
     (中略)<br>
     強制収容所における囚人たちの最終的な心理段階とは、<br>
     生きる意志や自殺する気力さえも失くし、<br>
     絶対受身の態度に徹することだという。<br>
     こうした囚人達は「もはや食物を探そうとも暖をとろうともせず、<br>
     殴られるのを避けようともせず、<br>
     生きながらの死者とみなされた。」(P.111)<br>
    <br>
    ○『詰問を否定しても通電、<br>
     肯定しても通電、黙っていても通電』というパターンのものとで、<br>
     次第に『目前の通電をいかに回避するか』に注意が集中するようになる。<br>
     (中略)<br>
     『通電の制裁』の観念が先に浮かんでしまい、<br>
     合理的な行動選択、動機付けがブロックされてしまうのである。<br>
     その結果、緒方にとっては<br>
     松永の意向をいかに敏感に的確に捉えるかが最優先課題となる。<br>
     (中略)<br>
     松永の支持は直接的、明示的ではなく、<br>
     常に婉曲な示唆をほのめかしの形を取るが、<br>
     緒方は直ちにそれを実行のサインと受け取り、<br>
     そこに批判が介在する余地は無い。(P.289)

  • 実際に起こったとはとても信じがたい残忍な話。

  • 実はこの事件のことは知らなかった。「モンスター 尼崎連続殺人事件」を読んだ時に、この事件との関連性が書かれており、なぜ被害者は逃げ出すことができず、主犯の言いなりに自分の家族を手にかけていったのかという心理的な観点での分析が、恐ろしい事実を明らかにしていく中でわかってきた。おかしい…と思ったらまず逃げないといけない。だがサイコパスは言葉巧みで魅力的にさえ見える、うう。そういう人知ってます。。
    解説で前川裕「クリーピー」の原案になった事件とあり納得した。あの嫌悪感を催す薄気味の悪さは、実在したものだったのか。毎度感じるがノンフィクションは事実であり逃げ場がない。だが小説もつくりごととしてやり過ごせるものでなく、事実の核心をより純粋に取り上げているものだと思って読まないとという思いが今回ノンフィクション2作を読んだことで強くなった。

  • こんなことが現実に起きたなんて、信じられない。どうしてあの男はここまで残虐なことができて、しらを切るのか全く理解ができない。

  • 『消された一家 北九州連続監禁殺人事件』
    豊田正義 読了。
    この本は皆さんご存知の通り、ノンフィクションです。人間の所業とは思えないほど残虐極まりない殺し方。また、家族同士で殺しあうという…。事件当時報道規制がかかったほど残虐極まりない殺人事件です。
    私は事件のルポを読んでその殺人犯の生い立ちとか、育った環境とか、テレビでは語られない部分を知るのが好きで良くそういう本を読むんですが、この本が今まで読んで来た本と違うのは、内容が恐ろしすぎて途中で読めなくなったと言うこと。
    事件を知っている人はどれほど恐ろしい事件かは大体知っていると思うけど、その細部に触れてみると正気じゃ居られないほどでした。こんな事が私が日常を送っている間に同じ日本で起こっていたとは…。と驚いてしまいました。そしてこの本の1番大切な部分は松永の死刑と緒方の無期懲役が決まった後の事も細かく書かれているところです。
    この事件の1番のポイントは、暴力と恐怖心を煽る事で殺人に加担させるというDVが行われていたという点で、松永は妻の緒方に対し通電と言う手段でDVを繰り返していました。もし今DVを受けていてそこから逃げられなくなっている人が居たらこの本を読んでみるといいかもしれません。この本を読めば、先ず逃げる事が最善策だと分かるからです。緒方は現在刑務所で贖罪しながらもDVを受けている人の相談に乗っているそうです。

  • 「これはきっと日本一怖い本」として読まずにとっておいた。でもテレビで息子が出ると聞いて、じゃぁ、読んでから特番を見ようと。事件の内容はネットで読んでいたけど、なんだかひどすぎて現実味が・・・・本当にあったのか?やりすぎのサイコパス小説なのではないかと思っていたけど、つい最近のことなんだ。同じ時代に、この事件が。そりゃあ報道規制かかりますな。

    ノンフィクション本としては清水潔さんの「殺人犯はそこにいる」の方が面白かった(とは言ってはいけない内容だけど)かな。事件内容のせいだけじゃなくて書き方が?文章が?考え方が?読んでる間、ずっとモヤモヤしていた。気持ち悪かった。なんだか読み終わるまでに随分時間がかかってしまった。

    本の感想、と言うか事件の感想になってしまうけど。
    「家族一家全員を監禁・暴行・殺人」だから恐ろしい事件とも言われてるけど、これが無差別に集められた少女とか老人とかが被害者だった場合だって、相当残虐な事件だ。もっと騒ぎになって裁判も回数が増え時間もかかるだろう。「無差別よりマシ」とは絶対言えないけど、本の中にあったように「一家が殺されたから訴える人がいない」っていうのは、あぁなるほどな、と。親戚・知人が被害者であり加害者っていう難しい立場の人達がたくさん生まれてしまったんだなぁ・・・・この事件で。
    しかしこんな内容の裁判中に、松永の言葉で笑いが起きるという異様な状態がすごく怖いと思った。

著者プロフィール

1966(昭和41)年、東京生れ。早稲田大学第一文学部卒。ニューヨークの日系誌記者を経て、ノンフィクション作家に。戦争、犯罪事件から芸能まで取材対象は幅広く、児童書の執筆も手がけている。『ガマ 遺品たちが物語る沖縄戦』(講談社)は、厚生労働省社会保障審議会の推薦により「児童福祉文化財」に指定される。著書に『妻と飛んだ特攻兵 8・19満州、最後の特攻』(角川文庫)、『消された一家』(新潮文庫)他多数。

「2018年 『ベニヤ舟の特攻兵 8・6広島、陸軍秘密部隊レの救援作戦』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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