模倣犯(五) (新潮文庫)

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  • 新潮社
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感想 : 470
  • Amazon.co.jp ・本 (529ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101369280

作品紹介・あらすじ

真犯人Xは生きている-。網川は、高井は栗橋の共犯者ではなく、むしろ巻き込まれた被害者だと主張して、「栗橋主犯・高井従犯」説に拠る滋子に反論し、一躍マスコミの寵児となった。由美子はそんな網川に精神的に依存し、兄の無実を信じ共闘していたが、その希望が潰えた時、身を投げた-。真犯人は一体誰なのか?あらゆる邪悪な欲望を映し出した犯罪劇、深い余韻を残して遂に閉幕。

感想・レビュー・書評

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  • 文庫で全5冊の大部の作品、ようやく最終巻まで読み進めることができました。

    以下にネタバレがありますので、これ以降をお読みいただく場合はご注意ください。

    自分としては、何より「模倣犯」の意味が分かって(再読ですから「思い出して」のはずなのですが、まったく覚えていませんでした…)ホッとしました。
    前畑滋子の単なる思い付きから出たブラフ、大博打にあっさり引っかかってしまったピース。純粋な悪だの舞台を演出だのと大言壮語をしていましたが、仮面を剥いでしまえばその下にあったのはただの目立ちたがりで誇大妄想の子供の顔、ピースは言ってみれば「厨二病患者」だったのでしょう。掲示板やSNSでの論争に顔を真っ赤にして反論しているうちにポロッと自分の個人情報を漏らしてしまう中学生そのものです。
    挑発された犯人が思わず犯人以外知り得ないことを口走ってしまうというミステリは数多くあります(と思います…タイトルを挙げろと言われてもすぐに思い浮かばないのが困りものなのですが)。ピースの告白シーンはこの大作の最大の見せ場です(前畑滋子がCMの入るタイミングを気にしているのが、かつてヒロミがCMにキレたときと重なり、さらにその場を支配しているのは前畑滋子でもキャスターでもピースですらなく、スポンサーであることを改めて思い起こさせます)。
    でも、自分にとって本書のカタルシスはこのピースの告白シーンにはありませんでした。それよりむしろ、それまで節制し、自制を重ねていた有馬義男が、ようやく泥酔して、ようやく大泣きをすることができたことに、読者としても、何か心の中に固まり、蟠っていたものがようやく溶けてどこかに流れ出していくことを感じることができました。

    ピースの仮面の下の幼稚な小物を引きずり出したこと、例え死刑の判決が出たとしても、そこに至るまで小憎らしい言説をうんざりするほど聞かされなければならないこと、そして苦労して死刑を勝ち取ったとしても被害者は戻ってこないこと。有馬義男は悪との対決を勝ち抜き、最後の勝者となりましたが、彼が勝ち取ったのはそんなことです。
    そんな彼にできることは、自らに課していた節制を解いて大酒をのみ、涙を流すこと。読者にできることもその姿を見て涙を流すことでした。


    改めて振り返ってみると、善VS悪は第一部の有馬義男VS犯人グループ、第二部ではカズVSヒロミだった善VS悪の戦いのカードは、第三部では前畑滋子VSピースです。
    前畑滋子は有馬義男やカズとは違い、大人ではあるものの地に足がついているとは言い難い職業に就き、昼夜逆転した生活を送り、大酒を飲んで二日酔いになり、夫から家を追い出されました。だから有馬義男やカズといったヒーローたちと違い、正面突破の横綱相撲でピースを追い詰めることはできず、奇策で一発狙いのハッタリを成功させた彼女は、マスコミに得られたはずの席を蹴って、いったんは夫婦の縁を切ると公言した夫のところへ、よく言えば地に足のついた生活へ、言葉を変えたら退屈な日常へと戻っていきました。

    結局日常を一日一日大切に生きている者が一番偉い…そう言えば「蒲生邸事件」でも、「ズルせずに現在を一生懸命生きている奴が偉い」って言ってましたっけ。
    どちらの話でも、そうしていない奴を引っ張ってきて、対比させて見て初めて日常のありがたさが浮かび上がってきます。地に足が着いていない幼稚な者どもに日常の幸せを崩されたら、また最初から平凡な日々を積み上げていくしかないのです。

    …でも、自分勝手な理由で何の関わりもない人たちの命を、幸せを奪う身勝手な犯罪のニュースをよく見る昨今、それだからこそ幼稚な者どもを蹴散らし、叩き潰す正義のヒーローを、「クロスファイア」の青木淳子のような超越的な存在が悪者を処分していくさまを、お話の中だけでも見届けたい、と思ってしまう自分もいます。どちらのお話も宮部みゆきの作品として存在するので、両方読めるファンは幸せ、です。

    哀れなピースについて。
    幼い頃からこの世に居場所のなかったピース。最初に実の母を手にかけたピース。心を許せる友人が一人もいないピース(あのヒロミにすらカズがいるのに)。犯行にまったく罪悪感を持たないばかりか、逆にその舞台の「演出」を楽しんでいるピース。
    当初は司直の手がまったく及ばないように見えていましたが、第二部でカズが指摘したとおり、その計画には多数の穴がありました。5巻に入ってからは、その穴が次々に見つかり、身辺に警察の手が伸びかけています。カズに少年探偵団みたいだと喝破されたとおりその計画は幼稚で独りよがりなものでした。
    まさか真犯人Xが自らスポットライトの下に現れるまいという思い込みを逆手にとってマスコミデビューした彼ですが、強固だったはずのペルソナは剥げかけて、本来の彼は「反感」という形で塚田真一や、武上や、前畑滋子や、ニュースキャスターにすら見抜かれています。
    ところで、前畑滋子のブラフに引っかかって、全国民の前で犯行を自白した彼が、その場から逃走して篭城したのはなぜだろう、と考えています。
    単にまんまと引っかかったことを恥じ入ったのか。
    塚田真一に電話をし、その心をずたずたにすることで堕ちていく自分の道連れにしたかったのか。
    自分には、作者が有馬義男とピースが話す機会を作りたかったのだろうと思います。
    飲んだくれて泣くことだけが救いだった有馬義男が得た、唯一の復讐の機会を。

    ほんの少し斜視であることについて。
    塚田真一の交際相手、精神の均衡を欠きがちな彼にはもったいないほど活発で勝ち気で行動的で思いやりのある水野久美ですが、彼女がほんの少し斜視であることを塚田真一がとても可愛らしく、神秘的だと思ったという一節がありました。
    女の子の可愛らしさの表現としてあまり見かけることのないこれって、実はかなり初期(1995年)の作品「夢にも思わない」にも出てきます。
    「夢にも思わない」を読んだときはアバタもエクボ、ということなのかな?と思っていましたが(もちろんそれもあるのでしょうけれど)、人とは少し違う何かが見えているのではないかと感じさせることがある、ということのようです。
    言われてみれば納得なのですが、あまり思いつくことのない褒め言葉(?)です。

    なお、作者は公式サイトである「大極宮」の「宮部みゆきへの質問と回答」に、カズの視覚障害について、『高井和明というキャラクターは、子供のころに、「自分の目に見えていたものが、他人の目に見えていたものと同じではなかった」という体験をしたことで、他者に対する深い優しさを抱いた大人へと成長していくことができたのだ――』と書いています。
    いずれも、人と同じものを、同じ方向を見ているようで実は少し違うものを見ていることは、神秘的で、素敵で、他者への思いやりを育てる源泉なのだ…ということを考えているようです。

    何にせよ、お気に入りのようなので、今後の作品でまたほんの少し斜視であることが可愛らしくて神秘的で優しい女の子の登場を、楽しみにしておくことにします。


    最後に。
    怖々再読を始めたこの大部の作品でしたが、作品世界にどっぷり浸っている間はこれ以上ない幸せな時間でした。もともと「もっと作品の世界にとどまりたい、終わってしまうのであれば最後のページを読みたくない」と感じてしまう性質なので、このボリューム感は満足以外の何物でもありません。また、ところどころにあるキツイ描写も、有馬義男の最後の勝利を信じてしっかり読むことができました。
    そして、読了してしみじみ思ったのは、ストーリーを追うことから解放されて本を読むことの清々しさです。
    今回は1~5巻を通して再読したうえで、5巻まで通読した後すぐにまた再々読しました。初読の時はとにかく先が気になってタイトル「模倣犯」の意味を覚えていないくらい先へ先へと読み進んでしまいましたが、今回はいろいろなことを考えながら読む余裕がありました。ストーリーの力が最大の魅力である物語の、ストーリーを味わい尽くした後のあれやこれやをたっぷり堪能するのは、とても贅沢な読み方です(だって、再読、再再読をしたこの時間で、積読が5冊ずつ崩せたはずです)。

    たまにはこんな読み方も悪くありません。

    …なんて思っていたら、前畑滋子とピースのその後を読むことができる「楽園」を再読したくなってきました。
    あれ、初読の時は「模倣犯」の記憶がほとんど消えていたはずだよなあ、今この状態で読むとまた別の感想があるんじゃないかなあ…。
    まだまだ積読が大量にある状態にもかかわらず一度読んだ本を再読するのは、正直順序がおかしいと思うのですが、それでも何とか時間を作って前畑滋子とピースのその後を見届けられないものか、と考えています。

  • 【感想】
    宮部みゆきの長編小説のラスト1巻!!代表作という前評判に違わぬ作品でした。
    かなり長かったが、そんなのが気にならないくらい面白かった。

    最終巻では、真犯人Xこと網川浩一の生い立ちに関するエピソードや、彼目線でのストーリーも描かれていた。
    このサイコパスがどのように育ってきたのか、また今まで分からなかった謎についてもきちんと書かれていたので面白かった。
    ただ、個人的には網川浩一の煽られた際、打たれ弱すぎるなーと少し笑えた。
    現代で同じことを行なうと、2ちゃんねらー達に一瞬で煽られ負けちゃうんじゃないのか?笑

    網川浩一は、なるほど確かにスペックが高く天才肌ではあるが、目立ちたがり屋で同じくらいプライドが高すぎるので、付け込むスキがあるすぎる。
    あんなにTV出演しちゃって・・・声紋を調べられたら一発アウトなんじゃないのか?と疑問に思った。
    要するに彼はただのバカでは一切なくて、逮捕されるリスク以上に自分の能力の高さを世に披露せしめたいだけの人間なのかなと思った。

    終わり方が少し簡単すぎるような気がしてスッキリしなかったが、なにはともあれ、評判に違わぬ名作でした!


    【あらすじ】
    真犯人Xは生きている――。
    網川は、高井は栗橋の共犯者ではなく、むしろ巻き込まれた被害者だと主張して、「栗橋主犯・高井従犯」説に拠る滋子に反論し、一躍マスコミの寵児となった。
    由美子はそんな網川に精神的に依存し、兄の無実を信じ共闘していたが、その希望が潰えた時、身を投げた――。
    真犯人は一体誰なのか?
    あらゆる邪悪な欲望を映し出した犯罪劇、深い余韻を残して遂に閉幕!


    【引用】
    1.人殺しが酷いのは、被害者を殺すだけじゃなくて、私やあんたや日高さんや三宅さんたちみたいな、残った周りの人間をも、こうやってじわじわ殺してゆくからだ。
    そうして腹立たしいことに、それをやるのは人殺し本人じゃない。自分で自分を殺すんだ。こんな理不尽な話はない

    2.「真犯人Xにとって、危険って何かしら?そもそも警察に捕まるこのを、彼は危険だと考えているかしら」
    「犯罪を犯しているという認識はあるだろうから・・・」
    「犯罪」また、大声で読み上げるように言う。「それもどうかな。彼、つまり真犯人Xのことだけど、これを犯罪だと思ってないかもよ、お父さん」

    3.網川は面白がっていた。
    真一はそれを、ほとんど手に触れることができるくらいにはっきりと感じた。彼の愉悦を。彼の喜びを。彼の快楽を。
    こいつは俺の怒りを、俺の混乱を、俺のぶつける言葉を玩具にして遊んでいる。

    こいつは、最初から、この状況を期待してここに来たんだ。
    真一は足元がすうっと寒くなるような感覚を覚えた。
    こいつは全部計算してるんだ。

    4.グリーンロードでの栗橋と高井の事故死。2人がいっぺんに片付いて、網川の手間を省いてくれた。しかも幸運に幸運が重なり、網川は完全に事件の圏外に逃れた。
    そのまま放っておいて、忘れたって良かったのだ。そうすべきだったのだ、きっと。
    だが、何か物足りなかった。何か不満足な感じが残った。社会がこれだけ騒いでいる事件に、もう少し関わっていたかった。

    5.デタラメではありません。すべて、この本に書いてあることです。
    事実なんですよ。10年前、いえ、正確に言うとこちらの事件が起こったのは11年前のことです。アメリカの、メリーランド州でね。
    ですからわたしは、わたしたちが抱えている今度の事件の犯人も、この11年前の事件を知っていて、それが日本で広く知られていないのをいいことに、そっくり真似たんじゃないかと思うのです。
    サル真似ですよ、サル真似。大がかりな模倣犯です。読んでいて、わたしの方が恥ずかしくなるくらいでした。



    【メモ】
    p102
    有馬義男はゆっくりとパイプ椅子から立ち上がると、真一に近寄ってきた。そして、すぐ傍らに一緒になってしゃがんだ。
    「人殺しが酷いのは、被害者を殺すだけじゃなくて、私やあんたや日高さんや三宅さんたちみたいな、残った周りの人間をも、こうやってじわじわ殺してゆくからだ。そうして腹立たしいことに、それをやるのは人殺し本人じゃない。自分で自分を殺すんだ。こんな理不尽な話はない」


    p138
    「網川さんが注目を浴びてること、Xは面白く感じていないと思う。めちゃくちゃ不愉快なはずよ。だってさ、事件の主役の座を、今のところは、すっかり彼に奪われちゃってるものね」
    「しかし、迂闊に動けば我々にその存在を確信させちまうことになるぞ。黙って隠れ続けていれば、アホな警察は栗橋・高井共犯説で事件に蓋をしてくれるかもしれないんだ。わざわざ危険な橋を渡ることはあるまい」
    「危険」法子は台詞でも言うように大声で、台所の天井に向かって言った。
    「真犯人Xにとって、危険って何かしら?そもそも警察に捕まるこのを、彼は危険だと考えているかしら」
    「犯罪を犯しているという認識はあるだろうから・・・」
    「犯罪」また、大声で読み上げるように言う。「それもどうかな。彼、つまり真犯人Xのことだけど、これを犯罪だと思ってないかもよ、お父さん」


    p215
    網川浩一とは、そもそも何者なのか?
    栗橋浩美と高井和明の幼馴染で、和明の汚名を晴らすべく立ち上がった好青年。
    会った者をひとしなみに惹きつける魅力を有し、頭の回転が速く、弁も立ち、ハンサムで姿勢の良い若者。
    それらの「形」を見て、それに接するだけで気が済んでしまって、今まで誰も素のままの網川浩一を追求しようとはしなかった。

    遊んで暮らしていかれるほどの金持ちの御曹司が、何故に、栗橋浩美と高井和明と同じ、公立の小中学校に通っていたのだろう?
    今現在、彼はどこに住んでいるのか。彼の両親はどこにいるのか。
    彼の子供時代は、本当に彼が語っている通りのものなのか?


    p248
    有馬義男は網川をさえぎった。「あんたが覚悟を決めるのは勝手だが、私がそれに付き合わなきゃならない義理はない。それは、この妹さんだって同じだよ」
    この場を包み込んでいた、見せかけだけの平和的雰囲気の「箱」は、完全に壊れた。
    一瞬だが、網川は明らかに怒ったような表情をした。有馬義男は涼しい顔で見返していた。それは、これまで網川が出演してきたどんなテレビ番組でも、どんなインタビューでも、けっして生まれることのなかった「場」の誕生だった。


    p291
    ほんの数瞬のあいだだが、さっき園内を歩いてくる網川を一方的に観察した時と同じように、真一は網川の「隙」を見た。
    そして、そこから驚くべきものを感じ取った。

    網川は面白がっていた。

    真一はそれを、ほとんど手に触れることができるくらいにはっきりと感じた。彼の愉悦を。彼の喜びを。彼の快楽を。

    こいつは俺の怒りを、俺の混乱を、俺のぶつける言葉を玩具にして遊んでいる。

    こいつは、最初から、この状況を期待してここに来たんだ。
    真一は足元がすうっと寒くなるような感覚を覚えた。
    こいつは全部計算してるんだ。


    p371
    栗橋は自分では相当の頭脳の持ち主だとうぬぼれていたが、中身はてんでバカだった。カッとなると、その場の思いつきでとんでもないことをやりかねなかった。
    だから、差し障りのない範囲内では、時々本人の好きなようにさせた方がいいと思っていた。それでもコントロールが利きにくくなってきたら、もう切り捨てるしかない。
    事が拡大し始めてからは、できるだけ早いうちに栗橋を「処分」してしまおうと、網川はずっと考えていた。
    とりあえず高井に罪を着せて、ほとぼりが覚めたらひっそりと栗橋を自殺させようかと考えていた。
    ところが現実はあんなふうになった。グリーンロードでの栗橋と高井の事故死。2人がいっぺんに片付いて、網川の手間を省いてくれた。しかも幸運に幸運が重なり、網川は完全に事件の圏外に逃れた。

    そのまま放っておいて、忘れたって良かったのだ。そうすべきだったのだ、きっと。

    だが、何か物足りなかった。何か不満足な感じが残った。社会がこれだけ騒いでいる事件に、もう少し関わっていたかった。
    そんな折に、テレビで前畑滋子を観たのだ。彼女のルポを読み、彼女は世間から注目を浴びたが、網川浩一に言わせれば、あんなものはただの作文でしかなかった。
    腹立たしかった。イライラした。自分だったらもっと上手くやれると思った。どこかで聞いた覚えがあるような言葉を並べなければ何一つ書けないようなあの女に、彼のドラマを横取りされて、どうして黙っていられるだろう?
    取り返そう、そう思った。ドラマをこの手に。


    p438
    なるほど彼は大したものだ。彼のやったことは前代未聞だ。空前絶後だ。
    自分で散々人殺しをしておいて、その罪を他人になすりつけて、いけしゃあしゃあとその無実の人の遺族の味方をしてみせる。こんなことをやる人間を、誰が想像するだろう?だからこそ彼はこれまで隠れおおせてきたのだ。
    人々の想像の及ばないところでプランを練り、筋書きをつくり、それに沿って演出をした。それは見事な手際だった。

    これほど独創的な筋書きは、今までどこにも存在していなかった。彼が創り出したのだ。物真似じゃない。根っこのところからオリジナル。
    ふと、滋子の頭の隅を、誰かとかわした会話がかすめた。
    (人間なんて、みんな誰かの真似をしてるんだよ、シゲちゃん。)
    網川浩一の犯罪に、手本などなかった。すべて彼の独創。思い切って斬新な独創と独演だった。


    p456
    「デタラメではありません。すべて、この本に書いてあることです。事実なんですよ。10年前、いえ、正確に言うとこちらの事件が起こったのは11年前のことです。アメリカの、メリーランド州でね。ですからわたしは、わたしたちが抱えている今度の事件の犯人も、この11年前の事件を知っていて、それが日本で広く知られていないのをいいことに、そっくり真似たんじゃないかと思うのです。サル真似ですよ、サル真似。大がかりな模倣犯です。読んでいて、わたしの方が恥ずかしくなるくらいでした」


    p458
    石のような目をしていた。それは生前の栗橋浩美が恐れ、ピースのなかの不可解な謎として敬遠していた、あの目だった。
    今、前畑滋子はそれを目の当たりにしていた。かつて栗橋浩美が見たもの。高井和明が見抜いていたもの。
    「冗談じゃない!僕がそんな真似をするものか!僕がやったことはオリジナルだ!すべてが僕の創作だ。僕が、僕の、この頭で考えて、一人でやってのけたんだ!」

    「僕はケチな模倣犯なんかじゃない!前畑滋子、おまえこそ模倣犯じゃないか!サル真似はあんたの方だ。
    (中略)
    僕は自分で考えたんだ!全部自分で考えたんだ!何から何まで!すべてオリジナルなんだ!栗橋だってただの駒だった。あいつは筋書きなんか何も考えられなかった。ただ女どもを殺したいだけだった。高井和明を巻き込む計画だって、全部僕が考えたんだ。僕が筋書きをつくって実行したんだ!手本なんてなかった!サル真似なんかじゃない!僕は模倣犯なんかじゃないぞ!!」

  • 昔ドラマで見たものの内容はすっかり忘れてしまい、原作は評価が高いものの長編すぎて手を出せずにいたが、この年末年始にゆっくり読もうと試みた。
    つもりが、続きが気になってどんどん読み進めてしまった。
    4~5巻は特に。
    これは大作。読み応えあり。

    有馬義男の実直な人柄に惹かれ、
    言葉はとても印象的で毎回胸打たれ涙した。
    被害者である孫娘と霊安室で対面するシーンは胸が詰まる。

    もし加害者側の身内だとしたら、自分には何が出来るのだろう。
    もし冤罪だとしたら、証明する為にどれだけの事が出来るのだろう。
    どれだけの真実が埋もれてしまっているのだろう。

    【人殺しが酷いのは被害者を殺すだけじゃなくて残ったまわりの人間をもじわじわ殺してゆく】
    犯人が逮捕された事でひとつの区切りにはなるかもしれないが、残された遺族は日常と家族を奪われ、終わらない悲しみと苦しみを落としていく。

  • 全巻通しての評価。次の日朝早いのに徹夜してしまった。そのくらい面白い。これだから読書はやめられない。
    聡明な義男だけでなく、みんな少しずつ網川の破綻に気付いていく。子供はその場しのぎの嘘をつく。だから大人が見ると筋が通っていないことが分かる。見下している印刷所の職人にすら見破られる。浮かれ、侮り、足元がすでに危ういことには全く気づかない。自分を天才だと思い込む凡人の末路。
    前畑夫妻の結末が癒し。世話焼きで優しい妻がほしかった。だけど、愛しているのは滋子なんだなぁ。
    あれほど冷静で深い洞察力を持った義男の慟哭に胸が詰まった。そのことから目を逸らすために冷静に事件を見つめていたのかもしれない。鞠子は帰ってこないけれども、その時抱きしめてくれる人がいたことを覚えていてほしい。それができるようになった真一の成長が嬉しくもある。

    「みんな忘れるよ。あんたのことなんか、みんな忘れちまう」と義男は言う。本人だけが忘れられない。どうして「大衆」が忘れていくのか分からない。これは社会の本質だと思う。座間市の事件も、相模原市の事件も、時と共に薄れる。ネットで自殺をほのめかす若者の不安定さや、優生思想への警鐘はきっといつまでも残るだろう。自分にも関係があるから。死にたくなることも、誰かを「生きる価値がない」と思うことも、誰かに思われることもある。でも犯人のことは忘れていく。網川はこれが分からない。今これらの事件の犯人が手記を出したとして、当時のように大衆はこの話題一色に染まるだろうか?元少年A(中年A?)の手記の時もそうだった。無神経さに憤って批判したけれど、実のところ「呆れ」が最も多かったのではないか。まだ言ってるよあいつ。もうお前自身はどうでもいいんだよ。誰も興味ないんだよ。
    事件は風化する。遺族にとってこれほど残酷なこともないのだと思う。けれど、犯人にとってもこの上ない罰なのではないか。捕まってからの網川の足掻きを恐れていた気持ちが、この発言で一気になくなった。

    唯一気に入らない点は、解説が大衆という幻を打ち砕けるのは家族の絆だけだとしたこと。義男と真一は擬似家族ではなく同志だったのでは?小さい時に慰めてくれた親じゃない、同志の腕だから抱きしめられて安心したんじゃなかったか。真一を助けたいと思う久美も、木田も、足立好子を慮る増本も家族じゃない。理解した気になる網川や解説として理解する滋子とは違って、理解しようとして、それが出来なくても寄り添う人達だから乗り越えられた。それは別に家族でなくてもいい。

  • ついに読み終わってしまった。
    私の中で宮部みゆきナンバーワンは「火車」だけど、この話も人間の心理をついていてゾッとする。
    自己満足のために簡単に人を殺してしまう。
    それは自分の表現する完全な舞台の為だから。
    吐き気がする。

  • 5巻通じてあっという間に読み切った。
    単純に面白いだけでなく
    多くの登場人物に惹きつけられた。

    ただ、由美子の最期だけは納得いかない。
    真犯人崩壊のきっかけになる出来事として必要なのは分かるが
    あまりにも救いがない。

  • ピースの嘘がどんどん暴かれていく最終巻。有馬さんが言う通りで「世の中甘く見るなよ」と思う。人の人生を舞台だ演出だって好き勝手に出来ると思った時点で彼はろくでなし、だったんだろうと思う。基本的に親に問題があるんだけども。カズの思いがどこかで届いて欲しかった。時折言葉の使い方に古さを感じて、その違和感がちょっと残念だったけどとても面白く読めました。最初から最後まで頑張ってまともでいられたのは、真一と有馬さんと、刑事さん達だったなぁ。ピースの落ちたきっかけに少し物足りなさも感じました。

  • 胸糞悪い展開が多く、悪夢をみるほどだった。

    様々な視点から重層的に物語を描いた本作は、息苦しくなるような、どんよりとした雰囲気を出している。
    特に第2部は胸糞悪い展開ばかりで本当に読んでいて辛かった。バカみたいに人のいいカズには少し腹が立ってしまった。ホントに焦れったい。
    殺害シーンでは怒りと絶望が込み上げてきた。
    これほど読者を感情輸入させる作者はすごいなと素直に思った。

    ご都合主義というか、少し登場人物繋げすぎな気もした。
    ラストにかけては少し駆け足のように感じてしまった。未回収な要素が残ったように感じてスッキリしない…
    滋子が君恵と接触したのだから、ヒロミが舞衣と明美を殺したことを天下に晒して欲しかった。特に明美は滋子がルポに書いた女性でもあるのだから。
    カズがした電話相談の音声で、カズの無実をはっきり示してほしかった。
    それらの未回収はきっと活字になっていなくても、物語世界のその後でわかることだろう。でも私はちょっと白黒つけたい人だから、そんな粋な表現にはしっくり来ないところがあるのです…


    好きなシーン
    ・死ぬ直前のカズとヒロミ。走馬灯のように浮かぶ記憶がスローモーションになって、こっちの目にまで見えた。
    ・篠崎が由美子を心配するシーン。”あなたたち一家を正当に扱いましたか。その人間は正しくふるまいましたか。”
    ・滋子の山荘〜生放送までは、本当に手が震えるほど没入した。山荘ではホラー並に心臓がバクバクしたし、テレビ出演にてタイトル模倣犯の意味がわかる場面にはホント、スカッとした。その後、安否を心配してくれる夫の電話には涙が出た。
    ・ピース逮捕後にカフェを訪れた校長夫婦にも涙が出た。カズ、やっと報われたね。


    メインテーマというのは人間の醜さだろうか。犯罪により、被害者・加害者の家族や関係者、その双方に降りかかる地獄を描くことで、マスコミに付和雷同する人間の愚かさと醜さをさらけ出したいのだろうか。今では“マスゴミ”という言葉も定着しつつあるのだが、当時のことを加味すると作者の鋭さがより伝わってくる。

    あんまりメインテーマじゃないが、真面目に生きることの正さしさが自分には響いた。
    有馬や高井家のように真面目に働くこと、カズのように自分の人生に納得すること。それらは目立たないけど、とっても立派だ。地に足のついた生き方だ。マスコミみたいな虚業でチヤホヤされるより、よっぽど立派だ。

  • 模倣犯の意味がやっとわかった。
    1巻を読み終えた時は犯人が死んでしまったので、その思いを背負った仲間や触発された若者によって犯行が繰り返されるのかと思っていたが、そんな単純な話ではなかった。

    ピースの作られた表の顔がどんどん剥がされていった最終巻。
    はじめはピースの描いた物語が穴だらけだと気づいていたのはカズだけだった。
    しかし徐々に警察や滋子、真一や有馬さんが穴に気づき、疑惑を持ち、最後はニュースキャスターまでもが不信感を持っていた。
    はっきりとストーリーに描かれてはいないが、テレビ局や視聴者の中にも、ピースに違和感を感じる人は多かったのではないだろうか。

    表の顔を剥がされたピースはただの子供だった。
    誰からも生まれたことを許されない、特別になりたかった子供。
    子供だから大人は自分の良いように動かせると思っているし、反対意見には耳を傾けない、大声で怒鳴る。
    誰もやって良いことと、悪いことを教えてくれなかったから、表面はただニコニコしているだけのピースができ、この演出を思いついてしまったのではないだろうか。

    しかし最後に真一はめぐみに自分の気持ちを伝え、有馬さんは渇いていた涙を流し、カズの優しさは柿崎先生が知ってくれていた。
    みんな後悔ばかりで、幸せではないけれど、少しでも心が軽くなれたようで安心した。

  • やっと終結。前半がまだまだ網川の思うように進んでいて、腹ワタ煮えくりそうだったけど、プライドを傷つけられた時の網川の逆襲の仕方が自爆だったので、溜飲が下がった。世間体も頭も良かったのは、そうしなければ家族から捨てられてしまうという危機感から出来上がったものなのか。母親を殺したのは、裕福とは言えども縁組に入れてもらえない、本当の父からも拒絶されているという出来事が、自分の人生にうまく折り合いがつけられなかったからなのか。被害者の有馬さん、真一くん、久美ちゃんには本当に幸せになって欲しい。

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著者プロフィール

1960年東京生まれ。87年「我らが隣人の犯罪」でオール読物新人賞を受賞。『龍は眠る』(日本推理作家協会賞)、『本所深川ふしぎ草子』(吉川英治文学新人賞)、『火車』(山本周五郎賞)、『理由』(直木賞)ほか著書、受賞歴多数。

「2021年 『ブレイブ・ストーリー 下』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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