模倣犯(五) (新潮文庫)

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  • 新潮社
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レビュー : 417
  • Amazon.co.jp ・本 (529ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101369280

作品紹介・あらすじ

真犯人Xは生きている-。網川は、高井は栗橋の共犯者ではなく、むしろ巻き込まれた被害者だと主張して、「栗橋主犯・高井従犯」説に拠る滋子に反論し、一躍マスコミの寵児となった。由美子はそんな網川に精神的に依存し、兄の無実を信じ共闘していたが、その希望が潰えた時、身を投げた-。真犯人は一体誰なのか?あらゆる邪悪な欲望を映し出した犯罪劇、深い余韻を残して遂に閉幕。

感想・レビュー・書評

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  • 文庫で全5冊の大部の作品、ようやく最終巻まで読み進めることができました。

    以下にネタバレがありますので、これ以降をお読みいただく場合はご注意ください。

    自分としては、何より「模倣犯」の意味が分かって(再読ですから「思い出して」のはずなのですが、まったく覚えていませんでした…)ホッとしました。
    前畑滋子の単なる思い付きから出たブラフ、大博打にあっさり引っかかってしまったピース。純粋な悪だの舞台を演出だのと大言壮語をしていましたが、仮面を剥いでしまえばその下にあったのはただの目立ちたがりで誇大妄想の子供の顔、ピースは言ってみれば「厨二病患者」だったのでしょう。掲示板やSNSでの論争に顔を真っ赤にして反論しているうちにポロッと自分の個人情報を漏らしてしまう中学生そのものです。
    挑発された犯人が思わず犯人以外知り得ないことを口走ってしまうというミステリは数多くあります(と思います…タイトルを挙げろと言われてもすぐに思い浮かばないのが困りものなのですが)。ピースの告白シーンはこの大作の最大の見せ場です(前畑滋子がCMの入るタイミングを気にしているのが、かつてヒロミがCMにキレたときと重なり、さらにその場を支配しているのは前畑滋子でもキャスターでもピースですらなく、スポンサーであることを改めて思い起こさせます)。
    でも、自分にとって本書のカタルシスはこのピースの告白シーンにはありませんでした。それよりむしろ、それまで節制し、自制を重ねていた有馬義男が、ようやく泥酔して、ようやく大泣きをすることができたことに、読者としても、何か心の中に固まり、蟠っていたものがようやく溶けてどこかに流れ出していくことを感じることができました。

    ピースの仮面の下の幼稚な小物を引きずり出したこと、例え死刑の判決が出たとしても、そこに至るまで小憎らしい言説をうんざりするほど聞かされなければならないこと、そして苦労して死刑を勝ち取ったとしても被害者は戻ってこないこと。有馬義男は悪との対決を勝ち抜き、最後の勝者となりましたが、彼が勝ち取ったのはそんなことです。
    そんな彼にできることは、自らに課していた節制を解いて大酒をのみ、涙を流すこと。読者にできることもその姿を見て涙を流すことでした。


    改めて振り返ってみると、善VS悪は第一部の有馬義男VS犯人グループ、第二部ではカズVSヒロミだった善VS悪の戦いのカードは、第三部では前畑滋子VSピースです。
    前畑滋子は有馬義男やカズとは違い、大人ではあるものの地に足がついているとは言い難い職業に就き、昼夜逆転した生活を送り、大酒を飲んで二日酔いになり、夫から家を追い出されました。だから有馬義男やカズといったヒーローたちと違い、正面突破の横綱相撲でピースを追い詰めることはできず、奇策で一発狙いのハッタリを成功させた彼女は、マスコミに得られたはずの席を蹴って、いったんは夫婦の縁を切ると公言した夫のところへ、よく言えば地に足のついた生活へ、言葉を変えたら退屈な日常へと戻っていきました。

    結局日常を一日一日大切に生きている者が一番偉い…そう言えば「蒲生邸事件」でも、「ズルせずに現在を一生懸命生きている奴が偉い」って言ってましたっけ。
    どちらの話でも、そうしていない奴を引っ張ってきて、対比させて見て初めて日常のありがたさが浮かび上がってきます。地に足が着いていない幼稚な者どもに日常の幸せを崩されたら、また最初から平凡な日々を積み上げていくしかないのです。

    …でも、自分勝手な理由で何の関わりもない人たちの命を、幸せを奪う身勝手な犯罪のニュースをよく見る昨今、それだからこそ幼稚な者どもを蹴散らし、叩き潰す正義のヒーローを、「クロスファイア」の青木淳子のような超越的な存在が悪者を処分していくさまを、お話の中だけでも見届けたい、と思ってしまう自分もいます。どちらのお話も宮部みゆきの作品として存在するので、両方読めるファンは幸せ、です。

    哀れなピースについて。
    幼い頃からこの世に居場所のなかったピース。最初に実の母を手にかけたピース。心を許せる友人が一人もいないピース(あのヒロミにすらカズがいるのに)。犯行にまったく罪悪感を持たないばかりか、逆にその舞台の「演出」を楽しんでいるピース。
    当初は司直の手がまったく及ばないように見えていましたが、第二部でカズが指摘したとおり、その計画には多数の穴がありました。5巻に入ってからは、その穴が次々に見つかり、身辺に警察の手が伸びかけています。カズに少年探偵団みたいだと喝破されたとおりその計画は幼稚で独りよがりなものでした。
    まさか真犯人Xが自らスポットライトの下に現れるまいという思い込みを逆手にとってマスコミデビューした彼ですが、強固だったはずのペルソナは剥げかけて、本来の彼は「反感」という形で塚田真一や、武上や、前畑滋子や、ニュースキャスターにすら見抜かれています。
    ところで、前畑滋子のブラフに引っかかって、全国民の前で犯行を自白した彼が、その場から逃走して篭城したのはなぜだろう、と考えています。
    単にまんまと引っかかったことを恥じ入ったのか。
    塚田真一に電話をし、その心をずたずたにすることで堕ちていく自分の道連れにしたかったのか。
    自分には、作者が有馬義男とピースが話す機会を作りたかったのだろうと思います。
    飲んだくれて泣くことだけが救いだった有馬義男が得た、唯一の復讐の機会を。

    ほんの少し斜視であることについて。
    塚田真一の交際相手、精神の均衡を欠きがちな彼にはもったいないほど活発で勝ち気で行動的で思いやりのある水野久美ですが、彼女がほんの少し斜視であることを塚田真一がとても可愛らしく、神秘的だと思ったという一節がありました。
    女の子の可愛らしさの表現としてあまり見かけることのないこれって、実はかなり初期(1995年)の作品「夢にも思わない」にも出てきます。
    「夢にも思わない」を読んだときはアバタもエクボ、ということなのかな?と思っていましたが(もちろんそれもあるのでしょうけれど)、人とは少し違う何かが見えているのではないかと感じさせることがある、ということのようです。
    言われてみれば納得なのですが、あまり思いつくことのない褒め言葉(?)です。

    なお、作者は公式サイトである「大極宮」の「宮部みゆきへの質問と回答」に、カズの視覚障害について、『高井和明というキャラクターは、子供のころに、「自分の目に見えていたものが、他人の目に見えていたものと同じではなかった」という体験をしたことで、他者に対する深い優しさを抱いた大人へと成長していくことができたのだ――』と書いています。
    いずれも、人と同じものを、同じ方向を見ているようで実は少し違うものを見ていることは、神秘的で、素敵で、他者への思いやりを育てる源泉なのだ…ということを考えているようです。

    何にせよ、お気に入りのようなので、今後の作品でまたほんの少し斜視であることが可愛らしくて神秘的で優しい女の子の登場を、楽しみにしておくことにします。


    最後に。
    怖々再読を始めたこの大部の作品でしたが、作品世界にどっぷり浸っている間はこれ以上ない幸せな時間でした。もともと「もっと作品の世界にとどまりたい、終わってしまうのであれば最後のページを読みたくない」と感じてしまう性質なので、このボリューム感は満足以外の何物でもありません。また、ところどころにあるキツイ描写も、有馬義男の最後の勝利を信じてしっかり読むことができました。
    そして、読了してしみじみ思ったのは、ストーリーを追うことから解放されて本を読むことの清々しさです。
    今回は1~5巻を通して再読したうえで、5巻まで通読した後すぐにまた再々読しました。初読の時はとにかく先が気になってタイトル「模倣犯」の意味を覚えていないくらい先へ先へと読み進んでしまいましたが、今回はいろいろなことを考えながら読む余裕がありました。ストーリーの力が最大の魅力である物語の、ストーリーを味わい尽くした後のあれやこれやをたっぷり堪能するのは、とても贅沢な読み方です(だって、再読、再再読をしたこの時間で、積読が5冊ずつ崩せたはずです)。

    たまにはこんな読み方も悪くありません。

    …なんて思っていたら、前畑滋子とピースのその後を読むことができる「楽園」を再読したくなってきました。
    あれ、初読の時は「模倣犯」の記憶がほとんど消えていたはずだよなあ、今この状態で読むとまた別の感想があるんじゃないかなあ…。
    まだまだ積読が大量にある状態にもかかわらず一度読んだ本を再読するのは、正直順序がおかしいと思うのですが、それでも何とか時間を作って前畑滋子とピースのその後を見届けられないものか、と考えています。

  • 【感想】
    宮部みゆきの長編小説のラスト1巻!!代表作という前評判に違わぬ作品でした。
    かなり長かったが、そんなのが気にならないくらい面白かった。

    最終巻では、真犯人Xこと網川浩一の生い立ちに関するエピソードや、彼目線でのストーリーも描かれていた。
    このサイコパスがどのように育ってきたのか、また今まで分からなかった謎についてもきちんと書かれていたので面白かった。
    ただ、個人的には網川浩一の煽られた際、打たれ弱すぎるなーと少し笑えた。
    現代で同じことを行なうと、2ちゃんねらー達に一瞬で煽られ負けちゃうんじゃないのか?笑

    網川浩一は、なるほど確かにスペックが高く天才肌ではあるが、目立ちたがり屋で同じくらいプライドが高すぎるので、付け込むスキがあるすぎる。
    あんなにTV出演しちゃって・・・声紋を調べられたら一発アウトなんじゃないのか?と疑問に思った。
    要するに彼はただのバカでは一切なくて、逮捕されるリスク以上に自分の能力の高さを世に披露せしめたいだけの人間なのかなと思った。

    終わり方が少し簡単すぎるような気がしてスッキリしなかったが、なにはともあれ、評判に違わぬ名作でした!


    【あらすじ】
    真犯人Xは生きている――。
    網川は、高井は栗橋の共犯者ではなく、むしろ巻き込まれた被害者だと主張して、「栗橋主犯・高井従犯」説に拠る滋子に反論し、一躍マスコミの寵児となった。
    由美子はそんな網川に精神的に依存し、兄の無実を信じ共闘していたが、その希望が潰えた時、身を投げた――。
    真犯人は一体誰なのか?
    あらゆる邪悪な欲望を映し出した犯罪劇、深い余韻を残して遂に閉幕!


    【引用】
    1.人殺しが酷いのは、被害者を殺すだけじゃなくて、私やあんたや日高さんや三宅さんたちみたいな、残った周りの人間をも、こうやってじわじわ殺してゆくからだ。
    そうして腹立たしいことに、それをやるのは人殺し本人じゃない。自分で自分を殺すんだ。こんな理不尽な話はない

    2.「真犯人Xにとって、危険って何かしら?そもそも警察に捕まるこのを、彼は危険だと考えているかしら」
    「犯罪を犯しているという認識はあるだろうから・・・」
    「犯罪」また、大声で読み上げるように言う。「それもどうかな。彼、つまり真犯人Xのことだけど、これを犯罪だと思ってないかもよ、お父さん」

    3.網川は面白がっていた。
    真一はそれを、ほとんど手に触れることができるくらいにはっきりと感じた。彼の愉悦を。彼の喜びを。彼の快楽を。
    こいつは俺の怒りを、俺の混乱を、俺のぶつける言葉を玩具にして遊んでいる。

    こいつは、最初から、この状況を期待してここに来たんだ。
    真一は足元がすうっと寒くなるような感覚を覚えた。
    こいつは全部計算してるんだ。

    4.グリーンロードでの栗橋と高井の事故死。2人がいっぺんに片付いて、網川の手間を省いてくれた。しかも幸運に幸運が重なり、網川は完全に事件の圏外に逃れた。
    そのまま放っておいて、忘れたって良かったのだ。そうすべきだったのだ、きっと。
    だが、何か物足りなかった。何か不満足な感じが残った。社会がこれだけ騒いでいる事件に、もう少し関わっていたかった。

    5.デタラメではありません。すべて、この本に書いてあることです。
    事実なんですよ。10年前、いえ、正確に言うとこちらの事件が起こったのは11年前のことです。アメリカの、メリーランド州でね。
    ですからわたしは、わたしたちが抱えている今度の事件の犯人も、この11年前の事件を知っていて、それが日本で広く知られていないのをいいことに、そっくり真似たんじゃないかと思うのです。
    サル真似ですよ、サル真似。大がかりな模倣犯です。読んでいて、わたしの方が恥ずかしくなるくらいでした。



    【メモ】
    p102
    有馬義男はゆっくりとパイプ椅子から立ち上がると、真一に近寄ってきた。そして、すぐ傍らに一緒になってしゃがんだ。
    「人殺しが酷いのは、被害者を殺すだけじゃなくて、私やあんたや日高さんや三宅さんたちみたいな、残った周りの人間をも、こうやってじわじわ殺してゆくからだ。そうして腹立たしいことに、それをやるのは人殺し本人じゃない。自分で自分を殺すんだ。こんな理不尽な話はない」


    p138
    「網川さんが注目を浴びてること、Xは面白く感じていないと思う。めちゃくちゃ不愉快なはずよ。だってさ、事件の主役の座を、今のところは、すっかり彼に奪われちゃってるものね」
    「しかし、迂闊に動けば我々にその存在を確信させちまうことになるぞ。黙って隠れ続けていれば、アホな警察は栗橋・高井共犯説で事件に蓋をしてくれるかもしれないんだ。わざわざ危険な橋を渡ることはあるまい」
    「危険」法子は台詞でも言うように大声で、台所の天井に向かって言った。
    「真犯人Xにとって、危険って何かしら?そもそも警察に捕まるこのを、彼は危険だと考えているかしら」
    「犯罪を犯しているという認識はあるだろうから・・・」
    「犯罪」また、大声で読み上げるように言う。「それもどうかな。彼、つまり真犯人Xのことだけど、これを犯罪だと思ってないかもよ、お父さん」


    p215
    網川浩一とは、そもそも何者なのか?
    栗橋浩美と高井和明の幼馴染で、和明の汚名を晴らすべく立ち上がった好青年。
    会った者をひとしなみに惹きつける魅力を有し、頭の回転が速く、弁も立ち、ハンサムで姿勢の良い若者。
    それらの「形」を見て、それに接するだけで気が済んでしまって、今まで誰も素のままの網川浩一を追求しようとはしなかった。

    遊んで暮らしていかれるほどの金持ちの御曹司が、何故に、栗橋浩美と高井和明と同じ、公立の小中学校に通っていたのだろう?
    今現在、彼はどこに住んでいるのか。彼の両親はどこにいるのか。
    彼の子供時代は、本当に彼が語っている通りのものなのか?


    p248
    有馬義男は網川をさえぎった。「あんたが覚悟を決めるのは勝手だが、私がそれに付き合わなきゃならない義理はない。それは、この妹さんだって同じだよ」
    この場を包み込んでいた、見せかけだけの平和的雰囲気の「箱」は、完全に壊れた。
    一瞬だが、網川は明らかに怒ったような表情をした。有馬義男は涼しい顔で見返していた。それは、これまで網川が出演してきたどんなテレビ番組でも、どんなインタビューでも、けっして生まれることのなかった「場」の誕生だった。


    p291
    ほんの数瞬のあいだだが、さっき園内を歩いてくる網川を一方的に観察した時と同じように、真一は網川の「隙」を見た。
    そして、そこから驚くべきものを感じ取った。

    網川は面白がっていた。

    真一はそれを、ほとんど手に触れることができるくらいにはっきりと感じた。彼の愉悦を。彼の喜びを。彼の快楽を。

    こいつは俺の怒りを、俺の混乱を、俺のぶつける言葉を玩具にして遊んでいる。

    こいつは、最初から、この状況を期待してここに来たんだ。
    真一は足元がすうっと寒くなるような感覚を覚えた。
    こいつは全部計算してるんだ。


    p371
    栗橋は自分では相当の頭脳の持ち主だとうぬぼれていたが、中身はてんでバカだった。カッとなると、その場の思いつきでとんでもないことをやりかねなかった。
    だから、差し障りのない範囲内では、時々本人の好きなようにさせた方がいいと思っていた。それでもコントロールが利きにくくなってきたら、もう切り捨てるしかない。
    事が拡大し始めてからは、できるだけ早いうちに栗橋を「処分」してしまおうと、網川はずっと考えていた。
    とりあえず高井に罪を着せて、ほとぼりが覚めたらひっそりと栗橋を自殺させようかと考えていた。
    ところが現実はあんなふうになった。グリーンロードでの栗橋と高井の事故死。2人がいっぺんに片付いて、網川の手間を省いてくれた。しかも幸運に幸運が重なり、網川は完全に事件の圏外に逃れた。

    そのまま放っておいて、忘れたって良かったのだ。そうすべきだったのだ、きっと。

    だが、何か物足りなかった。何か不満足な感じが残った。社会がこれだけ騒いでいる事件に、もう少し関わっていたかった。
    そんな折に、テレビで前畑滋子を観たのだ。彼女のルポを読み、彼女は世間から注目を浴びたが、網川浩一に言わせれば、あんなものはただの作文でしかなかった。
    腹立たしかった。イライラした。自分だったらもっと上手くやれると思った。どこかで聞いた覚えがあるような言葉を並べなければ何一つ書けないようなあの女に、彼のドラマを横取りされて、どうして黙っていられるだろう?
    取り返そう、そう思った。ドラマをこの手に。


    p438
    なるほど彼は大したものだ。彼のやったことは前代未聞だ。空前絶後だ。
    自分で散々人殺しをしておいて、その罪を他人になすりつけて、いけしゃあしゃあとその無実の人の遺族の味方をしてみせる。こんなことをやる人間を、誰が想像するだろう?だからこそ彼はこれまで隠れおおせてきたのだ。
    人々の想像の及ばないところでプランを練り、筋書きをつくり、それに沿って演出をした。それは見事な手際だった。

    これほど独創的な筋書きは、今までどこにも存在していなかった。彼が創り出したのだ。物真似じゃない。根っこのところからオリジナル。
    ふと、滋子の頭の隅を、誰かとかわした会話がかすめた。
    (人間なんて、みんな誰かの真似をしてるんだよ、シゲちゃん。)
    網川浩一の犯罪に、手本などなかった。すべて彼の独創。思い切って斬新な独創と独演だった。


    p456
    「デタラメではありません。すべて、この本に書いてあることです。事実なんですよ。10年前、いえ、正確に言うとこちらの事件が起こったのは11年前のことです。アメリカの、メリーランド州でね。ですからわたしは、わたしたちが抱えている今度の事件の犯人も、この11年前の事件を知っていて、それが日本で広く知られていないのをいいことに、そっくり真似たんじゃないかと思うのです。サル真似ですよ、サル真似。大がかりな模倣犯です。読んでいて、わたしの方が恥ずかしくなるくらいでした」


    p458
    石のような目をしていた。それは生前の栗橋浩美が恐れ、ピースのなかの不可解な謎として敬遠していた、あの目だった。
    今、前畑滋子はそれを目の当たりにしていた。かつて栗橋浩美が見たもの。高井和明が見抜いていたもの。
    「冗談じゃない!僕がそんな真似をするものか!僕がやったことはオリジナルだ!すべてが僕の創作だ。僕が、僕の、この頭で考えて、一人でやってのけたんだ!」

    「僕はケチな模倣犯なんかじゃない!前畑滋子、おまえこそ模倣犯じゃないか!サル真似はあんたの方だ。
    (中略)
    僕は自分で考えたんだ!全部自分で考えたんだ!何から何まで!すべてオリジナルなんだ!栗橋だってただの駒だった。あいつは筋書きなんか何も考えられなかった。ただ女どもを殺したいだけだった。高井和明を巻き込む計画だって、全部僕が考えたんだ。僕が筋書きをつくって実行したんだ!手本なんてなかった!サル真似なんかじゃない!僕は模倣犯なんかじゃないぞ!!」

  • タイトル「模倣犯」の意味がやっと分かった!

    自らシナリオを書き、登場人物を配置し、日常と違う完璧な舞台を作り出し、観客を熱狂させることが目的だった網川浩一にとって、それが、11年前アメリカで起こった事件のサル真似に過ぎないと指摘されたのでは、何にも代え難い屈辱であったのだろう

    5巻まで読み終え、終始一貫して思うのは、人間としての有馬義男の生き様の深さであった

    人殺しが酷いのは、被害者を殺すだけでなく、残ったまわりの
    人間をもじわじわ殺していく

    "もしも" ああしていたら、"もしも" ああしていなかったら、今でも生きていたんじゃないか と
    人殺し本人じゃなく、残された者が自分で自分を殺していく

    こんな理不尽な話には、我慢できない!
    受け身でいるのはまっぴらだ! と

    こんな有馬の生き様が、塚田真一に勇気を与えることにもなる

    有馬義男の72年間の生き様に裏打ちされた言葉は、『人生訓』ともいうべきものであった

    有馬さんのファンになってしまった

    こんな一言が言える人間になりたいとも思った

  • とうとう読んじゃった!完結ですっ!
    この小説はほんと凄かった!その一言に尽きる。
    今まで読んだミステリーの中で最高の1冊でした。
    宮部さんの筆力に脱帽。

    話の展開さ、登場人物たちの背景、完璧。
    加害者、被害者、被害者の家族、ライターとその家族、警察の上司を部下、こんなにいっぱいのキャラクターが出てくるのに、個々の置かれてる立場や、心境・心情を一言も漏らすことなく、それかといってしつこくなく、まるで台詞を言ってるように自然に聞こえるの。ほんとすごいな~。って思う。
    ここまで良く書かれちゃうとね、映像化は絶対無理。映画の『模倣犯』がコケたの分かるわ~(笑)だって、宮部さん、試写会を途中退席したんでしょ?

    実は、前畑滋子っていうキャラ、最初読んでてずーっと好きになれなかった。「自分にやれるのか」と最初弱気だったのに、書き出すと何故か知ったかぶりし、高井由美子の言い分なんか結局聞かず、それで仕事コケ、家族を振り返らず、「なんちゅー、自己中な女なんだ」と思ったの。
    でもね、最後、網川に白状させたとこ、鳥肌たった。この女、かっこい~!ってね。最後、ほんと彼女にやられた~。

    そして、鞠子のおじいちゃん・有馬義男。これもカッコいい。すっごい「粋」なおじいちゃん。この人の頭の良さや鋭さには恐れ入りました。
    この人の言い分を聞いてると、ほんとスカッとするの。もう惚れたね。

    私の好きなシーンは、最後の方でね、昔、和明の水泳の顧問だった先生が奥さんと喫茶店を訪ねるとこ。病弱なのを無理してきて、最後「いい子だった。本当にいい子だった。」って何度も言うとこ。泣いちゃった。
    網川がTVで切れたときよりも、このシーンを読んだときに、「ああ、よかった~~。やっと高井和明が浮かばれたね」って思ったんだ。

    ほんと、最後はめでたしめでたし。
    これだけ、いろんな人がいろんな思いをし、最後まるく納まったところに、「ほんとにこの本を読んでよかったな」と思えた。
    素晴らしい小説でした。

  • 最後は滋子との対決でケリがつきました。以外なもろさを露呈する綱川に少々驚きました。これだけの大作を組み立てる著者に構成力に感心します。人物の描き方にも手抜きがなく、プロの作家であれば、加害者に視点で描く事は簡単だと思うのですが、それぞれの被害者立場で心理状態を細かく描いている事がすごいと思います。中でも、有馬豆腐店の有馬義男さんが最後に描かれていますが、義男さんの今後の人生が少しでもすくわれるように祈らずにはおられません。

  • 面白かった!!
    今まで分厚さに躊躇して読んでなかったけど、何故読んでなかったのかと後悔するほど面白かった。読む気になって本当に良かった。
    単行本にして5巻もある本作だけどその文量が苦になることは全くなく、むしろ各巻で何度も驚かされ、涙させられた。
    構成としては1部から3部に向けてミステリーからサスペンスへも変わっていくもので、その意味でも味の違ったハラハラドキドキがずっと続く。
    内容的にはいわゆる”サイコパス”の話なのだけど、連載開始から20年以上経った今読んでも使い古された感じはなく、むしろ新しさを覚えるほど。

    “犯人が誰か分からない”という意味ではミステリーだが謎解き要素は特になし。サスペンスとしては最高で、海外ドラマの刑事モノが好きな人にはオススメです!

  • 最後だからすととーんと進んでいった。模倣犯てそういう意味かぁってやっと納得。この時代よりもたぶんもっと『私は〝本当〟はこう思ってて、あの時は間違いだった』って壁にぶち当たったときとか『本当は』って思う人は多いんだろうなって。私がそうだから、有馬義男さんの言葉には救われたなぁ。だからこそ最後が辛すぎた。ここまでずっと慧眼で芯があって前を向いてた有馬義男の最後が死ぬほど切なくて苦しくて、当事者ではない前畑滋子は辛いものを乗り越えたように未来が明るくみえて、なんかやり切れない。確かに前畑滋子は知らなくて私は知ってるから、知ってると知らないじゃ180度考え方が違ってくるのは当たり前なんだけど、やっぱりマスコミやルポを書く意義がこの話の中では分からんかった。昭二がすごいすごいって言ってる意味が分からんかったなぁ。
    前を向き始めてる塚田真一がそばにいること、しかも前を向けるようになった1つに有馬義男がいること、すごい良い。私はお酒で泥酔することは悪いことなんかなって思ってたけど、感情を爆発させられた良いことでもあるのかな。自分の善悪だったり正誤で人を判断したり意味づけてしまうの、ほんとになんの違和感もなくやってんだなぁ。
    ほんとに考えさせられるのが止まらないやい

  • 4~5巻の終盤直前あたりまでが一番おもしろかった。
    そのあたりでは今までのいろいろな要素がだんだん噛み合ってきながら不気味な方向へ加速度的に動いていくさまに引き込まれた。

    ただし、
    ・真犯人が堕ちるのが思いの外一瞬だったこと
    (途中でピースの激情について少し伏線はあったものの、序盤であれだけ浩美を諌めていたからには、もう少し取り繕いながら崩れていくのではないかと思っていた)
    ・なんだかんだで「あいつがなんとなく怪しい」と感じている、という主要人物たちの描写が割と急に出てきたりしてちょっと浮いていること
    ・回収されないネタの顛末
    ・最後の駆け足感
    ――が気になってしまった。

  • 柿崎先生の、「本当にいい子だった。優しくて、いい子だった。いい子だったんだよ」のセリフに涙が出ました。

  • 昔ドラマで見たものの内容はすっかり忘れてしまい、原作は評価が高いものの長編すぎて手を出せずにいたが、この年末年始にゆっくり読もうと試みた。
    つもりが、続きが気になってどんどん読み進めてしまった。
    4~5巻は特に。
    これは大作。読み応えあり。

    有馬義男の実直な人柄に惹かれ、
    言葉はとても印象的で毎回胸打たれ涙した。
    被害者である孫娘と霊安室で対面するシーンは胸が詰まる。

    もし加害者側の身内だとしたら、自分には何が出来るのだろう。
    もし冤罪だとしたら、証明する為にどれだけの事が出来るのだろう。
    どれだけの真実が埋もれてしまっているのだろう。

    【人殺しが酷いのは被害者を殺すだけじゃなくて残ったまわりの人間をもじわじわ殺してゆく】
    犯人が逮捕された事でひとつの区切りにはなるかもしれないが、残された遺族は日常と家族を奪われ、終わらない悲しみと苦しみを落としていく。

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著者プロフィール

宮部 みゆき(みやべ みゆき)
1960年、東京都生まれ。1987年に「我らが隣人の犯罪」でオール讀物推理小説新人賞を受賞し、デビュー。1992年『龍は眠る』で日本推理作家協会賞、1999年には『理由』で直木賞、2002年『模倣犯』で司馬遼太郎賞、2007年『名もなき毒』で吉川英治文学賞など、数々の文学賞を受賞。大沢オフィス所属。日本推理作家協会会員。日本SF作家クラブ会員。直木賞、日本SF大賞、小説すばる新人賞、河合隼雄物語賞など多くの文学賞で選考委員を務める。『模倣犯』や『ブレイブ・ストーリー』など、多くの作品がドラマ化や映画化などメディア・ミックスされており、日本を代表するエンターテインメント作家として人気を博している。2019年7月10日『さよならの儀式』を刊行。

宮部みゆきの作品

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