わたしの渡世日記〈下〉 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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レビュー : 12
  • Amazon.co.jp ・本 (404ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101369822

作品紹介・あらすじ

本邦初の総天然色長編映画「カルメン故郷に帰る」、「名もなく貧しく美しく」、「二十四の瞳」、「恍惚の人」…戦後を彩る数々の大ヒット映画の製作裏話と共に、女優・高峰秀子が綴った半生記。養母とのしがらみに苦しむ一方で、谷崎潤一郎や梅原龍三郎らとの交流を成長の糧とし、松山善三との結婚で初めて安息を得たことにより、「ひとりぼっちの渡世」に終止符を打つまでを描く。

感想・レビュー・書評

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  • この表紙の写真がすごくいい。個人的にはキレイなお嬢さん女優(それも素敵なのだけど)のイメージから一転、「二十四の瞳」や「放浪記」の重みのある演技に驚き、感動したものですが、その背景にある彼女自身の生き方に裏打ちされた本質的な「強さ」が、この写真に象徴されているようです。「他者を描くときの的確さと、自己を描くときの突き放した態度」(解説)。物事を捉える眼光の鋭さとともに、文筆家としてもまことに優れた方だと思います。

  • 美しくて気高くて、賢くて優しくて、きっぷがよくて、お茶目でいじらしくて可愛らしくて…
    高峰秀子という大女優の中に、手塚治虫アニメの様々なキャラクターが息づいている感じがした。
    何度も読み返して、一生大事にしたいエッセイ。

  • 778.2

  • 文章の上手さに感服。交友(?)の幅広さにも感服。
    沢木耕太郎の解説とともに読む価値有り。

  • こんなにいいと思わなかった。
    谷崎潤一郎との交流で日本美に、親子についてで人生の深みに。こんなに引き込まれたエッセイってちょっとない。

    にしても、このひと文章上手い。沢木さんの解説で締めまで完璧。これは永久保存本行き。

  • 上巻の感想に同じ。

    記憶にある高峰氏からは想像できない人生模様。
    黒沢監督とのエピソードにビックリ。

    たまたまちょうど「煙突の見える○○」を放送していたので録画。尊敬する田中絹代さんとの共演だけど、エッセイを読んだばかりなので、このころ家は大変だったんだぁ~~~と感慨深く思ってしまいました。

  • 終戦後のデコちゃん。母との確執が大きくなり、でも見捨てられないんだなあ。
    パリに行って、普通を体験するところも痛々しい。ただ、現在と違うところはみんなが特別になりたがるのではなくて、普通を求めてるように思えるところ。
    どちらでも苦しいものだ。
    だんなさんが包み込んでくれてデコちゃんは幸せだなあ。
    これからもこの世をなんとか生きていこうとするんだろう、と予感させる終わりかただった。
    しかしこの世代の人はみな戦争に翻弄されたんだなあ。
    矛盾をかかえつつ皆生きるのだなあ。

  • 1924年、大正13年に生まれ、2010年の暮れに亡くなった高峰秀子自身が書いた半生記。文庫としては朝日、文春、新潮と3度目の刊行。おおもとは1975年の5月から翌年の5月まで「週刊朝日」に連載されたものである。

    生まれた家族のこと、養女にもらわれることになったいきさつ、5歳で子役デビューするに至った偶然から、映画界で生きぬいてきた年月のことが書かれている。そうした経歴の概略は、「芸術新潮」の特集号や、高峰の養女となった斎藤明美の本などでも読んでいたが、この文庫で上下2巻になる「渡世」日記はまたすごかった。

    13歳のころから、高峰秀子は無学コンプレックスに悩みはじめた。
    ▼同じ十三歳の女の子に比べて、自分は、なんと物知らずの人間なんだろう……。今でこそ「大学を出たってアホウもいるさ」などと、やけくそな啖呵の一つも切れるけれど、当時の私は純情だったから「小学校もロクに行っていない情けない奴」と、自分で自分をののしり、同じ年頃の娘に嫉妬した。(p.150)

    高峰の無学コンプレックスは、ずっとずっと彼女のうちに居座ったものとみえるが、一方でその無学ゆえに、自分はこうなのかもしれないと書く。たとえば谷崎潤一郎や新村出(広辞苑の編者)とのつきあいについて。

    ▼私は無学のせいか、こわいもの知らずで、「偉い人」を恐れない。あちらがたまたま「偉い」だけで、こちらが「偉くない」だけで、人間であることに変わりはないからである。
     しかし、この言葉を不遜と取られては困る。はじめからそう思っていれば、背のびをする必要もなく、肩もこらないからというのがその理由だが、そうは言うものの、いくら私が図々しくてもやはり偉い人に会えばガックリと疲れて、ふだんはかかない大イビキをかいて寝たりするらしい。(p.176)

    そして、大のデコちゃんファンであったという新村出に、谷崎夫妻の手引きで会ったあと、高峰秀子は谷崎にこんな手紙を出している。
    ▼…新村先生のようにはとうていなれないけど、どんな方の前に出ても背のびしたりちゞまつたりせず、自然にありのまゝの姿でぽかんとしていられる人間になりたい、というのが私たち夫婦の課題です。…(p.185)

    下巻は、ポツダム宣言受諾の後、終戦からの年月が書かれる。戦後の映画界の話、高峰の青春時代の話にも興味はひかれたけれど、いちばん印象に残ったのは終戦直後のことを書いたここだ。

    戦中に、高峰は「日本軍の兵士のために軍歌を歌い、士気を鼓舞し、一億玉砕と叫び、日本軍の食糧に養われていた」。食糧のみならず衣服も、民間では到底手に入らぬ立派なウールが日本陸軍から贈られていた。それが終戦から半年たらずで「今度は米軍の将兵のためにアメリカのポピュラーソングを歌い、PXのチョコレートやクッキーに食傷し」、アメリカ海軍から与えられた服地で仕立てたコートを羽織っていた。

    つじつまの合わない「昨日までの自分」と「今日の自分」、20歳すぎの当時を振り返り、そのうしろめたさについて高峰はこう書いている。

    ▼私の歌った「同期の桜」で決意を固め、爆弾と共に散った若き将兵も何人かはあったはずだ。私がみせた涙で「生」への決別を誓った軍人もあったに違いない。あの日の涙は、何人かの人間を殺している。私は「アーニー・パイル」のステージに立ちながら、混乱するばかりであった。(pp.11-12)

    アーニー・パイルは、米軍用に急遽改造された日比谷の東宝劇場である。

    自身を率直に書いていく高峰の筆はかなりおもしろく、私はこの渡世日記の上下巻を読みながらずいぶん笑っていたらしい。この年に高峰は何歳…と数えながら、たとえば私は5歳のころに、13歳のころに、20歳すぎのころに、何を思い、どんなことをしていただろうと考えたりもした。

    (上3/7了、下3/8了)

  • 映画女優としてトップに上り詰めて行く高峰秀子。太平洋戦争の末期、出征する兵士は彼女のブロマイドを胸に旅立つ人も多かったという記述を読み、「そんなに大スターだったんだ!!」と改めて驚愕。

    そんな立場にあった人が、年月を経てとはいえあそこまで赤裸々な内容を発表するのはほんとに凄い。発表当時の芸能界は騒然としたんじゃないだろうか?

    それにしても驚くのは、高峰秀子のあまりにも極端な恵まれないプライベートと、恵まれ華やかな芸能生活。養母との諍い、軋轢は読んでいるだけでも胸がつぶれそうだった。

    下巻ともなると私はすっかり彼女に感情移入してしまい、養母と彼女がトラブルになるなり「デコちゃん!早く養母と離れて!!」と何度心の中で叫んだことか。

    幸せな結婚を機に彼女が「ひとりきりの渡世」を終えて本書は締めくくられる。紆余曲折、波瀾万丈とも思える半生だが、ウエットさがほとんどないことも印象的だった。彼女のサバサバした性質と冷静さが、本書を素晴らしい読み物に仕立て上げたのだろう。

    爽やかな読後感だった。

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著者プロフィール

1924年生まれ。日本を代表する名女優であり、歌手、エッセイスト。著書に『私の渡世日記』など。

「2018年 『あぁ、くたびれた。』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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